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スターダストクロノス―星に願いを、時に祈りを―  作者: 桐森 義咲
第1章 異世界への旅立ち、ナインズティアへ
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時刻22 一週間の戦い

 次の日の朝、システィアとトキヤの両名はジョシュアから「朝食後、執務室まで来てくれ」と告げられており、執務室へと向かっていた。


「一体、なんだろうね?」

「俺、何かやっちまったのかな……」


 偉い人から呼ばれるときは、何かしら悪い予感がつきまとう。学生ならば先生にお呼ばれ、社会人ならばミスの指摘、重ければ損害の通達などだ。

 かの現代でも、お偉い人に呼ばれることはトキヤにも経験があった。ただしミスや損害ではなく、人間関係での苦い思い出。たとえ作られた悪評だったとしても、自分ではなかなか消せないもの。

 憂鬱そうな顔をトキヤはなかなか変えることができなかったが、執務室の前に立てば表情を真面目に変える。ジョシュアにそういう顔を見せるわけにもいかないからだ。

 システィアが両開きの扉をノックする。


「兄様、参りました」


 しばしの沈黙の後、扉の向こうから入ってくれと返事が届いた。

 失礼します。システィアが扉を開け、トキヤもそれに続く。執務机の向こう側に座るジョシュアと対面した。

 何を言われるのかと緊張の取れないトキヤにジョシュアは笑う。


「別に取って食おうと思ってるわけではない。そう身構えるな」

「で、ですが……俺ってなんか粗相になることをしたんじゃ……」


 ジョシュアは何のことだ? と頭の上に疑問符を付けながら、呼んだことについての本題へと移る。


「このところ、町付近で魔物たちの動きが活発化しているとの報告が相次いでいる。それについて、王都にいる父上と母上宛に親書を届けて欲しい」

「えっ、二人に? 別に構わないけれど……でも、どうして?」


 手紙なら直接でなくとも、然るべき機関へ渡せば王都まで送ってくれる。しかし、直接というのならばそれ相応の何かがあるということだ。


「こちらも何度か送ってはいるのだが、返答がない。一応届いてはいるようだが、読んでいるのかいないのか分からんときた。その程度の問題ならばそちらで対処できると踏んでのことだろうが、面倒を押しつけるために帰ってこない説が濃厚でな」

「ふふっ、つまり二人に早く帰ってこいって催促ね」


 ジョシュアはそういうことだと頷く。


「私にもやるべきことがあってな。父上たちは一年も屋敷を空けたんだ、そろそろ押しつけないといけんだろう?」

「おっけー分かったわ。兄様が大変なのは重々承知しているし、多少はね? それでいつ出発すればいい?」

「一週間後だ、あちら側も王都での依頼は一段落ついているだろう。頼めるか?」

「もちろんよ、任せて。直接会うなら多分、適任は私しかいないだろうし」


 ジョシュアは町のことを任されていることもあり、そう簡単に動ける体ではない。もちろん、数日の間ならば外出することは可能だが。

 しかし、役割を分担するというのならば、ある程度手空きのシスティアを選ぶのが一番だ。それに肉親であるシスティアが、両親に直接親書を届けるというのなら無下にはしないだろう。

 こんなことをしなくとも、手紙を読んだ両親がさっさと帰ってくれば問題はなかったのだが。


「先ほども言ったように魔物が活発化している。いくらシスティアといえども油断は禁物だぞ? 出発までにしっかりコンディションは整えておけ」

「はーいっ! 了解しました、兄様!」


 手を振り上げ、軽い敬礼ポーズを取るシスティア。

 ジョシュアは「俺はどうしたら?」と困惑しているトキヤを見ると、すぐに妹へと向き直った。


「トキヤの調子はどうだ? 王都へは連れて行けるか?」

「え? トキヤ君?」


 トキヤは突然、会話の焦点に合わされ動揺する。

 先ほどまでの柔らかい表情とは一転、システィアは顔を難しく変えると下唇に親指を当てた。

 普通ならば考えるまでもない。だが、言葉を待っているトキヤの顔を見て、しばらく思考を重ねた。

 短いとは言いがたく、長いともいえないしばしの時間。悩んだ末に言葉を絞り出していく。


「……とてもじゃないけど、無理だと思うわ」


 一週間という準備期間があろうが、譲歩しても難しい。いや、無理と言い切った。

 トキヤの中には、もしかしたらという気持ちがあったのは否めない。しかし、システィアの出した言葉は、彼を「だろうな」と納得させるには充分すぎた。


「分かった。システィア、下がっていい」

「はい、失礼しました」


 なぜそんなことを聞いたのかと問いもせず、システィアは言われたとおりに執務室を後にする。苦々しい表情をしているトキヤを置いて。


「と言うわけだ。トキヤ、当たり前だが今のお前ではシスティアの足手まといにすぎん」

「……でしょうね」


 分かってる。そんなことを言われなくとも。

 魔法も、戦う術さえも持ち合わせていない。あるのは無駄な体力だけ、それが取り柄だとしても足手まといには変わりがない。

 システィアはトキヤのことを考え、悩んでいた。しかし、最終的にはトキヤの身を案じ、無理だと告げた。

 知っているからこそ納得できる。でも、それがどうしても悔しかった。自分の弱さにどうしようもない苛立ちを、歯痒さを感じて自然と拳が握られる。

 だが、そんな現実を突きつけるためだけに、ジョシュアはここへトキヤを呼んだのではなかった。


「私が言ったのは()()()()()()、だ。システィアが出発するまでに一週間はある。その間に王都へ着いていけるくらい実力を上げろ」

「そんな……無理ですよ。魔法も使えないのに、一週間でなんて……足手まといにしか――」

「お前の気持ちはどうなんだ? 着いていきたいとは感じないのか?」


 そんなの、決まっている。着いていけるなら着いていきたい。何かしらシスティアのためになれればと思っている。だが、当人であるシスティアから無理だと言われたのだ。身勝手は通用しない。


「できる、お前ならな。私も協力する」

「え? ジョシュアさんが……?」

「システィアも一週間……いや、六日間ならばお前に付き合ってくれるだろう。そしてその毎夜毎晩、私がお前を鍛えてやる」


 突然の言葉にトキヤは困惑していた。たとえジョシュアから修行をつけてもらっても……いや、もしかしたらという再度の気持ち。だからこそ――


「俺は……本当に、本当に俺は強くなれますか? 修行を付けてもらえば少しくらい、システィの役に立てますか?」


 それは、お前次第。だが、始めに言っておくなら王都行きができるくらいにはなる。そうジョシュアははっきりと言った。


「私の鍛錬はかなりきついぞ? どうする、やるか?」


 どうするもこうするも、もうそんなのは決まっていた。トキヤはその目に確かな炎を宿し、力強く答える。


「やります、やらせてください!」

「フッ――よく言った。それでは、今夜からだ。システィアとの鍛錬も大いに励めよ」

「ありがとうございます!」


 深々と頭を下げるトキヤ。そんな活力に満ちあふれた彼を下げると、昨日、この執務室へと偶然舞い込んできた黒い模様のついた古い魔法紙をポケットから取り出した。神妙な面持ちでそれを握ると蒼炎が燃え移り、あっという間に灰すらも残らない。


「システィアとの修行、私との鍛錬……これだけあれば、間に合うさ」



 § フローレンスの町 屋敷 裏庭



 システィアは自分が言ったことに対してトキヤを傷つけていないかと思っていたが、裏庭へとやってきた彼の顔は自信に満ち溢れていた。

 ジョシュアが何かをしたことは言うまでもなく分かる。だが、あえて聞かない。今は今日のトキヤの修行へと打ち込むことに決めた。


「トキヤ君、今日は実際に武器を持ってもらうわ。シグレいいかしら?」

「はい、トキヤさんどうぞ」


 トキヤの元へとシグレは歩み寄ると、布に包まれた三つの得物が姿を現す。

 全て鉄製。剣、槍、短剣――それぞれが別リーチの武器だ。

 近接戦闘に優れ、白兵戦に特化された、【鉄の剣】。

 間合いが離れていても有利が取れる、【鉄の槍】。

 軽く取り回しのいい、零距離戦闘が特に光る、【鉄の短剣】。

 一本一本手に取って感じるのは、ゲームで勇者や戦士が振り回しているこれらが想像以上に重いことだ。

 その中でトキヤが選んだのは槍。己の弱さを知っているからこそ、力に影響しない間合いで有利の取れる槍を選ぶ。システィアはその選択を意外に思っていたようだ。


「てっきり、剣を選ぶかと思ってた」

「鉄の槍は一応、勇者の最強武器でね!」

「そ、そうなの?」


 昔のゲームでそんなのもあったはずだとトキヤは言い張っているが、もちろんシスティアには何のことだかちんぷんかんぷんである。

 シグレは他の武器を布で包み、ミリアがいる屋敷近くまで下がる。それを確認するとシスティアは腰につけている白銀剣を抜いた。

 陽光を反射し、キラリと輝く細い刀身。美しさとは裏腹に、ざっくりと斬られれば重傷は免れない。しかしそれは、トキヤの武器である槍も同じだ。


「まずは間合いとか関係なく私にぶつかってきて! トキヤ君の力、見てあげる!」

「よしっ、行くぞ!」


 刀身は向けず槍を斜に構えると、トキヤは持ち手でぶつかりに行くように走った。

 相手は誰であれ女の子だ。それに彼女の持つ剣は細身、全力でいけるはずがない。少々様子を見るために、適当な力でぶつかるのがベスト。そうトキヤは思っていた。

 ガキィィンと金属が打ち合う音。細身の剣はポキリと折れることも、力の作用で反ったりすることもせず、難なくトキヤの槍を受け止める。

 それどころか動かない。槍を阻む剣がピクリともシスティア側へ移動しない。そこだけがまるで時を止められているかのようで、代わりにトキヤの槍だけがプルプルと震えている。


「ぐっ! そんなに細いのに、なんて固いんだ!」

「特殊な金属でできてるからね。それより……これがトキヤ君の限界?」


 小悪魔的笑みを見せ、システィアがトキヤを煽る。

 手加減していたはずのトキヤの手には、いつの間にか力が入っていた。だが、限界ではない。

 そんなわけねぇだろ! と相手が女の子だということも忘れ、挑発に乗ったトキヤは渾身の力を槍へ込めた。

 それを見ていたミリアは手で顔を覆い隠しながら、時折、指の間から目を覗かせている。


「だ、大丈夫なの? シグレお姉ちゃん……」

「大丈夫です。システィはちゃんと手加減してますよ」

「え? システィア様がてかげ……ひゃっ!」


 渾身の力だったはず。だがシスティアは軽くそれを払い、トキヤは弾き飛ばされると地面に転がっていた。だが、すぐに起き上がりまた突っ込んでいく。


「うぅぅ……見てられないよぉ……」

「ふふ、それでは私たちはお部屋の片付けでも致しましょうか」


 シグレが笑うとミリアはコクコクと頷き、二人は屋敷に戻っていく。しかし、二人が戻った後もトキヤの鍛錬はもちろん続いた。

 ぶつかっては鉄の槍ごと薙ぎ払われ、地面に転ばされてはまた突っ込んでいく。それでもトキヤはめげず、諦めず、システィアに食らいついていた。

 何時間経っただろうか? あっという間に日は傾き、打ち合う音が闇の中で響き始める頃、ようやく今日一日の修行が終わりを迎える。


「今日は頑張ってたね。トキヤ君の覇気に押されて私も熱くなっちゃった」


 あぐらをかいて座っている上半身裸のトキヤに、回復魔法を施していくシスティア。

 最後の方のトキヤは本当に可哀想なほどボコボコだった。起き上がっては薙ぎ倒され、起き上がっては吹き飛ばされ、相手が女の子だと手加減しようと思っていたことが大間違い。

 直に本気じゃないとどうしようもないことに気づいてからは、全力に全力を重ねていた。それでも手も足も出なかったのは言うまでもない。

 しかし、ボロボロにされたとしてもシスティアとの鍛錬は楽しくて、トキヤの中には確かな高揚感があった。


「俺、もっと頑張って強くなるよ……いてて! もうちょっと優しく!」

「ごめんごめん、うふふ」


 システィアは嬉しそうに笑うと、「よーし、これでもう大丈夫!」と傷が癒えたことを確認する。


「そういえばさ、トキヤ君は前に買った服は着ないの?」


 今は上半身裸だが、ずっと執事服を着ているトキヤに問う。前に買った服、それはトキヤがシスティアたちと町に出かけ、シグレが選んでくれた服のことだ。


「あーあれは外行き用にしようと思ってるんだ。せっかく買ってもらった服なんだし……とはいえ、この執事服には世話になりっぱなしだな。汚れてもピカピカにしてくれるし、シグレには頭が上がらねぇ。だけど今日は特に泥だらけだ……なんて言われるか……」

「あはは……私がトキヤ君を飛ばしちゃったから」


 打ち合っては転ばしているのは否めない。システィアは申し訳なさそうに笑うが、トキヤは首を横に振っていた。


「いや、あれがねぇと張り合いがないぜ。だけどまぁ、今以上に手加減されたとしても俺みたいな凡人には分からねぇんだけどさ……」

「トキヤ君は真面目だねぇ……。王都に出発するまであんまり時間がないけど、できる限りは付き合うからね!」


 王都行き。システィアに連れて行くのは無理だと言われたこと。まだ全てが立ち直れているわけではない。足手まといにならないくらいまでの域に辿り着けるのか、不安が隠せないトキヤは顔を俯かせていた。

 それでも一日目、まだ一日目だ。トキヤは顔を見られないように立ち上がる。


「俺、風呂に行ってくるよ!」

「……うん、行ってらっしゃい!」


 そのまま屋敷へと戻ったトキヤは夕食の用意をしていたシグレたちと挨拶を交わし、ガミガミ叱られながら脱衣所へと向かっていく。

 残された彼女は、今まで彼に見せなかった表情を夜の裏庭で露わにする。そして、それを振り払うよう虚空に剣を走らせた。


「少しだけ、ほんのちょっとだけ不安……でも、一人で王都に行くくらいなんでもないはず。トキヤ君を危険な目になんか遭わせられないもん。だから……やるのよシスティア」


 軌跡には星屑が舞い、一心不乱の閃きは剣技に磨きを掛ける。徐々に早くなっていくその様子は、舞踏会のフィナーレを思わせる激しさと儚さが醸し出されていた。

 そして――その日の深夜、皆が寝静まった頃。


「来たか、トキヤ」


 足音を立てず、ゆっくりとトキヤはジョシュアに言われたとおり裏庭へとやってきていた。


「はい、ジョシュアさん、よろしくお願いします」


 トキヤが礼をして顔を上げれば、鞘に入った見覚えのある剣がジョシュアから投げ渡される。


「剣も使えるようにしておけ、絶対に必要になる」


 朝、シグレが持ってきた三つの武器の内の一つ、鉄の剣だ。受け取ったトキヤは鞘からそれを抜き取る。

 月明かりに照らされ、鈍く銀色に輝いてはいるがシスティアの剣とは根本的に違う。分かるのは、トキヤが使うには相応の剣だということ。重量のある槍を振り回してはいたが、この幅広の剣もやはり思ったより重い。

 手に馴染むかはこれから決まる。二、三度、空を切らせるとジョシュアを見据えた。


「よし……」

「準備はいいか? 心配はいらんし、遠慮もいらん。私に当てるつもりで打ってこい」


 それは当てれば合格ということ。システィアとの修行で、力の差は嫌というほど見てきた。遠慮なんかしなくとも、難しいことはもう分かっている。

 もし当ててしまっても、ジョシュアなら何かしらの対処ができるのだろう。多分、恐らく……殺すつもりでいかないと当てることすら無理だ。

 殺す恐怖、それは未だ拭いきれない。しかし、だからこそジョシュアを信じてトキヤは剣を構えた。


「行きますっ! はぁぁっ!」


 夜更けの中、ジョシュアとの修行が始まる。疲れた体に鞭を打ち、剣が空を切っては次に修正を入れ、最適化を施していく。

 早く、鋭く、次は当てると何度もひらりと躱すジョシュアを相手取って。

 天上で輝く月が荒削りな男と、白いコートを纏った男を優しく見守る。

 夜が更けていく。この日、トキヤは彼に一撃も当てることはできなかった。しかし、その分経験値は貯まる。剣と槍の使い方、それは眠ろうとも体が覚え、染み込んでいった。


 ――システィアが王都へと旅立つまで、あと六日。

数ある作品の中から、この物語を読んでいただきありがとうございます。

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