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スターダストクロノス―星に願いを、時に祈りを―  作者: 桐森 義咲
第1章 異世界への旅立ち、ナインズティアへ
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時刻19 家族の一員

 食堂には食欲をそそるスパイシーな香りが漂っていた。鍋の下で燃えさかっていた石は炎を潜めさせ、いつの間にか消えていた感じだ。

 これでようやく完成。出来は上々、もちろんここへ隠し味なんて入れようとは思わない。システィアの味付けだけで充分だったからだ。


「早く食いてぇなぁ……ん?」


 そんなことを口走っていたとき、食堂側に綺麗な洋服を着た少女を見つける。彼女が振り返りトキヤと目が合うと、お互いに知っている者同士。

 幼い体にちょうどよく似合う小さな白いフリルブラウス、そして足下まである紺色のロングスカート。ボロボロだった前の服とは一転した、金色の髪の少女ミリアだった。


「ミリアか! 見違えたよ!」

「あ、トキヤお兄ちゃん! 実はシスティア様が着せてくれて……あの服で大丈夫って言ったんだけど二度目は逃げ切れませんでした。えへへ……」


 二度目、そういえばとトキヤは朝のことを思い出す。今のお風呂へ行くまでは、ミリアの服はまだボロボロのままだった。

 ミリアがシスティアと共に風呂へ行ったのは、朝と夕の二回。逃げたという朝が一度目だが、それは言葉のあやで実際にはミリアが遠慮に遠慮を重ねた影響だ。

 だがしかし、やはりそこはシスティア。トキヤの鼠色ジャージのときもそうだったが、あのままの服装では流石に……と考えて二度目は逃せなかったのだろう。

 最初の内は遠慮していたミリアだが、実際に着替えてみれば嬉しそうにしている。ボロ服に思い入れがあり、違う服を着るのが嫌だったのならばこんな表情は見せないだろう。

 くるりと回ってその愛らしい姿を見せられるトキヤ。そんなことをせずともよく似合っているのは一目瞭然だ。良かったなと告げると、満面の笑みで「うん!」と頷いていた。

 数刻もしないうちに、システィアもこの食堂へと戻ってくる。


「トキヤ君、ありがとう! どんな感じかな?」

「ああ、ばっちりだ! 文句のつけようなんてないぜ!」

「そういえば、すごく良い香りです……これは、カリーニャ?」


 正解! とシスティアがミリアの頭を撫でる。

 現代の子どもたちがカレーを好きなように、カリーニャもこのナインズティアで子どもたちに大人気。それ以上に老若男女に愛され、幼いミリアも少々年齢の離れたトキヤも大好きな料理だった。体力の弱った者にも、薄くスープ状にすれば食べられてしまう。

 キッチンへと赴いたシスティアは一定量のカリーニャを取り、少しだけ手を施すとカリーニャスープができあがる。


「良かったらミリア、シグレのところに持って行ってもらってもいいかな?」

「はい! もちろんです!」


 そっと受け取ると、零さないようにミリアは急ぎつつもゆっくりシグレの部屋へと向かっていく。それと入れ替わるように、ジョシュアも香りに誘われ食堂へとやってきた。


「これは良い香りだな。今日はカリーニャか」

「早速来たわね、兄様。今日はシグレが居ないんだから、手伝ってもらうわよ」

「やっぱカレーって異世界でも人気なんだなぁ」


 白いご飯と共に黄金色のカリーニャが人数分、食卓へと用意される。それからはミリアが戻ってくるのを待ち、全員が着席すると一同はお腹がいっぱいになるまで夕食を楽しんだ。


「いやー美味かったなぁ。こんなに美味しいのを食べたのは初めてだよ」

「ふふっ、お粗末様です。そう言ってくれるなら作った甲斐があったわ」


 褒められ上機嫌なシスティア。ジョシュアもトキヤの言葉に同感だという頷きを返す。

 ひとときの談笑を楽しんだ後、システィアがミリアへと会話を移すことになる。それは夕食後に聞こうと思っていたことだ。


「ねぇ……ミリア。私、すっかり忘れていたことがあって。お家に帰らなくて大丈夫? ご両親も心配しているはずだから、私も少しお話ししたいのだけど――」

「あ、えっと……」


 ミリアの視線がシスティア、ジョシュア、トキヤと順に彷徨う。なんと言おうか迷っている挙動、それはトキヤにも感じられるほど明らかだ。

 すぅ……と二、三度深呼吸をして息を整えた後、ミリアはか細い声で身の上を話してくれた。


「あの……わたし、孤児で両親がいないんです。昔のこともあまり覚えていなくて、気づいたときには孤児院……隣町のマーカに住んでました。けれど、そこじゃお花は売れなくて……この町に来たんです。シグレお姉ちゃんにはそのとき出会って、よくしてもらって」

「そう……だったの、それでシグレに……。ごめんなさい、辛いことを聞いちゃったわね」


 だから『ミリア』、ミリアという名だけ。自己紹介のときに名字を告げていなかったのだ。それ以外にも、考えてみれば思い当たる節はシスティアにもそれなりにあった。

 徒歩の花売りなんて、今のフローレンスの町にはいない。あの値段で花を売らなければ暮らしていけないほどこの町の貧富の差は激しくはなく、貧民と呼ばれる家庭は存在しない。それはジョシュアの手腕によるおかげだ。

 シグレがどうしてジョシュアやシスティアにミリアのことを話していなかったのか、彼らには容易に想像がついた。

 上の者となれば、面倒くさいしがらみが多くなる。フローレンス家が、ある民に対しての異常な肩入れを見せればそれは不信感に繋がるだろう。


 シグレは今までの働きから、フローレンス家筆頭侍女としての肩書きがある。町の人々にもその顔は知られている。自分が肩入れしすぎればフローレンス家の不信感に繋がる。しかし、それで板挟みになろうとも、優しい彼女はミリアを放っておけなかったのだろう。

 ただ、原因は世間体だけではない。恐らくシグレが考えていたのは、侍女の身である自分がシスティアやジョシュアへミリアのことをお願いするわけにはいかなかった。その一点だ。

 なんて馬鹿な――

 一言助けてと伝えてくれれば、システィアはもちろん、ジョシュアだって手を貸しただろう。不信感など、そんなものは後で取っ払えばいいだけなのだから。

 ミリア以外の表情が、徐々に険しいものになっていく。


「わたし、このフローレンスの町が大好きです、それを伝えたくて。もうここへ来てから一年になりますが、町の人は優しくて……特にシグレお姉ちゃんからは勉強を教えてもらったり、親切なおじさんが畜舎小屋を寝床として貸してくれたり。あっ、藁があるから寒い時期でもすっごくあったかいんですよ! それにお花だって、特別な力を持つものがあると教えてもらって! たくさん売れちゃうんです! それから――」


 健気な嘘、そんなのは昨日の時点でカゴにたくさん入っていた花を見れば分かる。トキヤもそれに気がついていた。

 ミリアの言うそれがたとえ本当だとしても、完売したところであの値段。数十ゼル程度ではお腹いっぱいに食べられることもない。アイスクリームの一つだって買えやしない。

 恐らくも何も、確実にミリアはこのフローレンスの町で圧倒的なワースト1。唯一の貧民ということになる。


「えっと……だから……わたし、大丈夫なんです。全然帰――」

「兄様」


 ミリアの言葉を遮るように、システィアが立ち上がり発言する。

 上座に座っていたジョシュアはテーブルに両肘をつき、指を組んで目を閉じていた。


「ミリアをこの屋敷の侍女として雇いませんか?」

「えっ……?」

「…………」


 ミリアから驚きの声が漏れる。だが、ジョシュアは相も変わらず沈黙を破らない。


「彼女はこの通りしっかりしています。特にシグレのことをよくしてくれたのは、兄様もご存じのはず。それにミリアは一度、賊に狙われている。彼女を守るためにも検討してはいただけませんか?」


 その言葉は兄と妹を越えた真剣な訴えそのものだ。今、このフローレンス家の実権は彼が握っている。ジョシュアの意向なくしては、システィアでも決められない。

 これ以上黙っていられなかったトキヤは、ガタンと椅子を跳ね上げつつも立ち上がり頭を下げていた。


「お、俺からもお願いします! なんだったら俺を放り出しても構わないんで!」

「システィア様、トキヤお兄ちゃん……」


 トキヤの訴えは無謀そのものだ。異世界へと来てしまったのにフローレンス家を追い出されでもしたら、それこそ行き先は真っ暗だろう。だが、それを甘んじて受け入れてもいいほど、ミリアの境遇にトキヤは胸を痛めていた。

 ジョシュアは長い沈黙の後、二人の真剣な眼差しに根負けしたのか、ため息をつく。


「システィアはこうなるともう聞かない、それにトキヤにも言われてはな。私自身もミリアについては考えていた」

「兄様……それなら!」


 ジョシュアはシスティアに手のひらを向け、制止させる。

 ここからはミリアと彼の、一対一の対話だ。


「だが、最後に決めるのはミリア、君だ。システィアとトキヤはこう言っているが、流されずに自分の意思で決めるのが一番だと私は思っている」


 ジョシュアが目を開く。

 その瞳は凍てつくような、自己紹介のときにも感じた冷たい眼差し。幼い少女に向けるような視線ではない。


「君は……フローレンス家のために、侍女として尽くしてくれるか?」


 ミリアは身じろぎして顔を俯かせた。

 たとえこの申し出を受けなかったとしても、同じ生活が待っているだけ。

 いつものようにシグレに勉強を教えてもらい、花を売っては少量のゼルを稼ぎ、お腹を少し満たして藁の中で眠る。

 そんな劣悪な環境でも、密かな幸せは見つけられた。それはシグレがいたから。

 迷惑をかけないのなら、今のままでも構わない。けれども、この先シグレが自分に接していることで迷惑がかかってしまう可能性があるならば、いつか何もかも失うことになるだろう。

 それだけは何があろうと嫌だった。


「……わたしなんかで、本当に良ければ――」


 自信なく、つまづいた言葉。

 その選択は本当? システィアやトキヤの優しさに甘えているだけじゃないか? シグレと一緒に居たいだけで選んでないか? ぐるぐると回る思考の中、ミリアは自分がどうしたいのか見定めた。

 今のまま、流されるだけの選択で決めるならば、ミリアはフローレンス家のお情けで侍女になったことになる。それではフローレンス家の利益に何も繋がらない。

 侍女として尽くすという言葉の意味を、ミリアはもう一度自分の中で確かめた。

 ――違う。わたしは、わたしのために、シグレお姉ちゃんと離れるのが嫌だから選ぶんじゃない。フローレンス家のため、シグレお姉ちゃんのために……わたしが侍女になることで、引き算なんかにしちゃいけない。

 見上げる顔、意思の灯った力強いミリアの瞳は真っ向からジョシュアの視線と当たる。

 本当の回答はここから始まる。

 先ほどの小さな声を飲み込み椅子から立ち上がると、大きな声で宣言した。


「ううん、ぜったい! ぜったいに後悔なんてさせません! きっと……きっとフローレンス家のお役に立ってみせます! だからどうかわたしを、フローレンス家の侍女にしてくださいっ!」


 それは自信の籠もった一声。

 誰もがか弱いと思っていた少女が、力強くそう発言したのだ。もしも本当に流されるだけで選んでいたのなら、もしかしたら結果は違っていたのかもしれない。

 ジョシュアはフッと微笑むとミリアと同じく立ち上がり、彼女の前に立って手を差し伸べる。


「それでは、これから私たちは家族だ。ミリア、よろしく頼む」


 告げられた言葉はミリアを正式にフローレンス家の侍女、家族として認めるというもの。もうジョシュアの瞳には先ほどの威圧感はない。

 流されて選んだのではなく、意思を持ってこの選択をした。本当に、本当に良かったと満面の笑顔を咲かせたミリアは、差し伸べられた大きな手を握る。

 その様子を見てトキヤとシスティアも安堵し、顔を見合わせると微笑んだ。


「ミリア、これからは私とも家族だよ!」

「俺は認められてるのか分からねぇけど……こ、この際だ! 俺も家族に混ぜてくれ!」


 同じくミリアたちの手の上に、システィアとトキヤの手が重ねられる。


「システィア様、トキヤお兄ちゃん! えへへ……すごく、すごく嬉しいです……」


 勇気を振り絞ったミリアはうっすらと涙を浮かべながら微笑むと、家族となったみんなも微笑み返す。

 これで一件落着、そう思われたときだ。


「――誰かを忘れていませんか?」


 最後にスッと五人目の温かな手が乗せられる。


「シグレ……お姉ちゃん……?」


 まだ万全ではないのにもかかわらず、シグレはこの場へとやってきた。いや、来るべくしてきたのだ。

 ミリアへと微笑みかける顔は、誰よりも優しくて。


「夢を見ていました。いつか、こうなったらいいと……。ミリアは思った以上にすごく成長していたんですね。私はずっとミリアを助けたいと思いながら、倦ねていたのに」

「そんなの……そんなこと」


 一年という期間、ミリアを見ていたシグレにしか分からないものだ。きっとシグレにとってはこの瞬間、ミリアがとても成長しているように見えていた。

 なぜならば、その笑顔が物語っている。シグレが何よりも嬉しそうだったから。


「これからは私も家族。ジョシュア様、ミリアの姓はアサミヤで登録をお願いします。もちろん、ミリアが良ければですが――」

「ぐす……嫌なわけ……ないっ! むしろ、嬉しいっ……うぅ……っシグレお姉ちゃぁん!」


 勢いよくシグレの胸に飛び込んだミリアは、ギュッとその服を掴み大声で泣き出してしまう。シグレは少しだけ驚いた様子だったが、すぐに彼女を抱き留めると優しく、よしよしとあやしていた。


「シグレが美味しいとこ全部持ってっちゃったな」

「ふふっ、でもいいじゃない。本当の姉妹みたい……」

「システィア、嬉し泣きか? 私の胸で泣いてもいいんだぞ?」


 馬鹿! とジョシュアの肩を少しだけ強く叩き、目尻を拭いてはプイッと顔を逸らす。

 こうしてミリア、そしてトキヤは晴れて、フローレンスの家の一員となれたのだった。

数ある作品の中から、この物語を読んでいただきありがとうございます。

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