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スターダストクロノス―星に願いを、時に祈りを―  作者: 桐森 義咲
第1章 異世界への旅立ち、ナインズティアへ
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時刻18 カリーニャを楽しみに

 空が赤く燃え上がり、太陽が山の向こうへ消えてしまう前。ある男が一心不乱で振り続けていた木刀が止まる時がやってきた。


「9998! 9999……! はぁ、はぁ……!」


 息も絶え絶え、冗談かと思われたシスティアの修行はようやく目標へと到達する。もう一振りで――


「いちっ……まんっ!」


 気合いを込めた最後の一振り。一万回は聞いたであろう風斬り音が、トキヤの耳の中でようやく鳴り止んだ。


「すごいわトキヤ君。正直ここまでやれるなんて思わなかった、頑張ったね」

「む……ぐぅ……おぉぉ……」


 システィアへの返事は言葉にならない声だ。上半身を裸にしたトキヤはカランと木刀を地面に落とし、体も倒れさせる。

 日の落ちた裏庭の地面はひんやりしていて、火照った体には心地よい。


「トキヤお兄ちゃん、ボロボロじゃないはずなのにボロボロだね……」

「んぐ……はぁ……ひぃ、流石にもう一歩も動けねぇぜ……」


 ミリアが心配そうに告げる。

 彼女の言葉は実に正しい。実際のところ、トキヤは肉体的に無傷である。あれだけ木刀を振り続けたにも関わらず、手には不思議と外傷の一つも、筋肉痛などもない。それはシスティアの回復魔法の影響だ。

 しかし、トキヤが途中気づいたのは回復魔法をかけてもらったとしても、傷や痛みが癒えるだけで体力までが元に戻らないということ。だから、ボロボロじゃないのにボロボロ。体力としての意味だ。

 トキヤが思っていた以上に回復魔法は万能ではない。傷が癒えたはずのシグレがなぜ、すぐに立ち上がれることができないのか、その理由が明らかになったときだった。


「とりあえず、体力だけはあってよかったな……っと」


 疲れで鉛のように重い体を起こし、あぐらをかく。

 学生時代、バイトで肉体労働をしていた賜物だ。それはトキヤが正社員になった後でも活躍していた。無理難題な仕事にもある程度、耐えられたからだ。

 しかし、いくら体力があろうとメンタルへのダメージは肉体のダメージと違う。このナインズティアでも辛いことはあったが、現代とどっちがマシなのだろうとふとトキヤは考えていた。


 そんなとき、トキヤの視線の端にキラリと輝く何かが舞う。

 顔を上げると暗くなった見晴らしのよい欄干をバックに、システィアが美しい剣捌きを繰り広げていた。

 木刀とは違う真剣の風切り音。ヒュン、ヒュンと小気味よいリズム。彼女のステップも交えると、まるで妖精が踊っているようにも見える。

 先ほど目に映った輝きの物体。どうやらそれは彼女の持つ華奢な刀身から漏れ出ているようで、軌跡は星屑を描き、トキヤを幻想の世界へと誘うには充分だった。


「すげぇ……な、システィ……」

「んふふ、ありがとう。でも、そんなことないんだよ? 私なんてまだまだだし、兄様の方がもっとすごいわ」


 最後にインフィニティのマークを描いた剣閃は、星屑と共にカチンと鞘に納められる。

 男としては気になるものだ、強い人がどれほど強いのか。強いだろうと思うことはできても、想像でしかそれを描くことはできない。


「やっぱり、ジョシュアさんってすごく強いのか?」

「うん。まだ勝ったことはないかなぁ……」


 ほんの少しだけ少女は悔しそうに笑う。とはいえ、トキヤ自身もシスティアがどの程度まで強いかまだ分からない。

 たが、ミリアを一瞬のうちに男の手から奪還したのは覚えている。それだけでトキヤよりもずっと強いことを表しているだろう。

 ――俺と変わらないくらいの女の子なのに。

 そういうと偏見かもしれないが、トキヤ自身にも悔しさがあった。

 そんな話をしていると、テラスに居たはずのミリアが水を持って二人の元へとやってきた。


「お二人とも、お疲れ様です! シグレお姉ちゃんが二人に持って行ってくださいって!」

「え? シグレが?」


 システィアが屋敷の方へと目を向ける。この裏庭からすぐに入れる食堂ではシグレが椅子に座り、ひらひらと手を振っていた。


「もうシグレってば……ミリア、ありがとう。頂くわ」

「へへへ、俺もちょうど喉が渇いてたんだ。ありがとな」

「どういたしましてです!」


 二人へカップを渡すと、パタパタとシグレの方へと走り去っていってしまう。

 その様子を目で追いながらトキヤは水を飲み干すと、しんみりした気分を変えるため、修行についての話題へ入った。


「なぁシスティ、今日は修行について聞きたいんだ! 木刀を振ってるだけだったけど、俺ってどんな感じかな!」


 振っているだけとはいえ、一万回だ。

 センスあるね! 才能ありすぎ! とか言ってもらえればトキヤとしては最高なのだが、多分そういうのはないだろうと心の中では留めておく。

 それでも、疲れで脱力した状態で剣を振れば無駄のない、意外と様になった型ができているというのは漫画でも良くある話。だが、実際問題、剣の扱い方を知らぬ当人からしてみればそれは分からないものだ。

 しかし、次にシスティアから告げられた言葉はトキヤの想像を越え、斜め上だった。


「え? …………あぁ! センスあるね! 才能ありすぎだよ! トキヤ君!」

「嘘言ってんじゃねー! ちょっと間があったの気づいてるからな!」


 ――言ってもらいたいってのが顔に出てたか……?

 そんな具合でトキヤが頬をポリポリ掻いていると、システィアは困り顔でごめんごめんと笑う。


「んーとね、実はこれ、トキヤ君の体力がどれくらいあるのか知りたかったからやってもらったの。冗談のつもりで一万回って言ったんだけど、本当に最後までやり通しちゃうからびっくりだったんだよ?」

「え? ま、マジか……途中で止めてくれよ……」


 異世界ではどこからが本当で、どこからが冗談なのか今のトキヤにはあやふやだ。現代でならば冗談だろ? と先手を打てたのかもしれない。

 だが、よくよく考えてみれば冗談で始まった一万本をやりきったということ。体力に関しては、システィアから文句なしのお墨付きをもらったと同義だ。

 なんだかんだやって良かった! トキヤは内心ガッツポーズを掲げる。


「次は何をやればいいんだ! 強くなれるならなんでも頑張るぜ!」

「体力は問題ないから……んーそうだね、明日はトキヤ君がどんな魔法を使えるか調べてみようと思うの」


 その言葉に一瞬だけトキヤの時間が止まる。再度、動き出したと思ったら想像以上の食いつきでシスティアへと駆け寄っていた。


「ま、魔法⁉ マジで⁉ 昨日も言ってたけど、俺にも本当に使えるのか⁉」

「ちょ、ちょっと! 落ち着いて!」


 奇跡を目の当たりにして、それが使えるかもしれない。ここまで聞いてテンションが上がらない現代人がいるだろうか? 現代人では絶対に扱えないファンタジーマシマシの要素、興奮しない方が無理という話だ。


「あれか! ファイヤーボールとか、サンダーボルトとか、アシッドレインとか使えたりするんだな!」

「え? ええっと……そういった魔法はちょっと分かんないけど、もしかしたら何かしらの属性魔法が使えるかもしれないわね」


 とにかく! 今日はお疲れなんだから、楽しみはそこまでにしてゆっくり休んでくれないと困る! トキヤは先ほどの疲れもどこへやらだったが、そう言われるとちゃんと聞き分けた。

 体は疲れに正直である。今は大丈夫だとしても、無理をすれば後でツケが回ってくるのは間違いない。それは彼も現代で経験済みだった。

 お預けを食らった犬のようにテンションが下がっていたが、明日の楽しみは活力になる。


「まぁ……そうだな。システィの忠告ちゃんと受け取っとくよ」

「うん、お願い!」


 その笑顔を見るだけで、この選択を取って良かったと思える。トキヤはだらしなくした顔を見られないように背けた。


「それじゃ、先にお風呂貰うぜ!」

「うん、ゆっくり入ってきてね」


 照れ隠しは神風の如く。トキヤはすぐに浴場へと向かい、今日は解散となった。

 見送ったシスティアは屋敷へ戻るとこの食堂、ミリアとシグレが座っている近くの椅子へと腰を掛けた。


「シグレ、まだ本調子じゃないのに動いちゃダメよ」

「ごめんなさい、寝ているだけでは落ち着かなくて。体が鈍るというか……恐らく明日には動けるようになりますので」


 ふぅ――とため息一つ。昔からそうだ、様々なことに対して無理をするシグレをシスティアは知っていた。そして、言ってもなかなか聞かないことも。


「それならまぁ、大目に見るけど無理だけは禁物よ。それと今日の夕食も私が作るから、キッチンには立ち入り禁止だからね?」


 そんな! あんまりですっ! と反論が持ち上がるが、明日から動けるようになるなら、今日まで安静にするのは当たり前! というシスティアの反撃の方が強かった。

 それは、この場でシグレを心配するミリアがいる影響もある。それ以上の弁論は出ない。なぜならばシグレの息が、彼女自身でも思った以上に上がっていたのを気づいたからだ。


「シグレお姉ちゃん……」

「もうシグレ……」


 心配そうな二人の表情、特にミリアは立ち上がってシグレの手を握っていた。


「すみません、体は正直なものですね……」


 もし修行を続けると言って聞かなかったらトキヤがそうなるかもしれないはずだったのに、まさかシグレの方がこうなるとは。システィアは頭を抱えていた。


「ミリア、悪いけど……シグレを部屋に連れてってもらえる?」

「はい、分かりました!」


 回復魔法は体力を回復させるものじゃない。心身の回復はどうしても休息を取るしかないのだ。

 シグレはミリアの手に引かれ立ち上がると、自分の部屋へと足を進める。その振り返りに、申し訳なさそうにシスティアへ告げた。


「すみませんシスティ。それでは今日まで、よろしくお願いします」

「ええ、任せておいて。シグレが無茶しないようにミリア、お願いね」


 はい! という元気な言葉にシスティアは笑顔を返すと、二人は食堂を後にする。

 残されたシスティアは「よしっ!」と気合いを入れ、立ち上がった。


「それじゃ、今日も作っちゃいましょうかね」


 腕まくりをして、侍女の代わりに今日もキッチンへと入っていく。

 昨日の荷物を探りながら、作れそうな料理はカリーニャという、現代でいうカレーに似た料理……というかカレーだ。

 野菜や肉をキッチンナイフで切りながら、彼女はミリアのことについて考えていた。

 シグレを姉と慕う良い子だ。

 ミリアが側にいれば、シグレもそう意固地になったりはしない。今日は特に弱っていただけかもしれないが、ミリアの力が偉大なのはシスティア自身も気づいていた。

 シグレはよく体調の悪さなどシスティアたちに気取られず、無理をする。そのシグレが今日のほとんどを出歩いていないのは、紛れもなくミリアのおかげだ。

 鍋の下にあるトキヤでは使い方が分からなかった多数の綺麗な石。それにシスティアが手をかざせば、ボゥと炎が漏れ出した。さながら現代でいうガスコンロ。


「そういえば……ミリア、帰らなくて大丈夫なのかな」


 ふと心配になる。昨日の事件から丸一日、ミリアは親元へと帰っていない。

 フローレンス家に置いているとはいえ、これではどちらが誘拐犯なのか。年端もいかない少女が一日も帰っていないのだとしたら、親御さんは心配どころの騒ぎではないだろう。

 けれども衛兵から『娘がいなくなった』、等の連絡は受けていない。

 兄のジョシュアならば知っているだろうか? いや、知っているならばすぐにシスティアへと連絡が来るはずだ。

 夕食後、ミリアに聞いてみよう。

 そんなことを考えていると、ちょうどお風呂から上がったトキヤが食堂へとやってきた。


「この香り……今日はカレーか!」

「トキヤ君のところにも似た料理があるの? っと、それよりちょうど良かった!」

「へ?」


 素っ頓狂な声を上げるトキヤの腕を掴むと、キッチンへと連れ去りカリーニャの入った鍋の前に立たせる。

 これは味見してって誘いだな! なんて甘いことをトキヤは考えていたが、現実はそうではなく料理の引き継ぎだった。


「兄様じゃ料理をダメにしちゃうし、トキヤ君しか頼めないの!」

「ええっ⁉ でも、俺、火消せないぞ!」

「大丈夫! できあがる頃には消えるから! 私はミリアを連れてお風呂に行ってくるね!」

「ちょ、俺は異世界料理免許持ってないんだって! システィさん⁉ おーい⁉」


 トキヤの悲痛な呼び止めも空しく、システィアからは手を振られ去られてしまう。

 仕事を押しつけられてしまったが料理について手抜きは許されない。失敗すれば疲れた体プラス空腹で今日を越えなくてはいけなくなるのだから。


「……つまり、料理をしてるんだから先に味見しても良いよな!」


 シグレならそれを防止するため毒を盛るかもしれないが、システィアなら大丈夫という謎の理論をくみ上げる。

 小さな皿におたまでカリーニャを注ぐと、くーっと飲み干した。


「カレーだこれ! うめぇ!」


 比較的普通の感想だ。それもそのはず、素材が違えど味はカレーなのだから。

 食欲をそそる夕食を楽しみに、満面の笑みを浮かべながら、トキヤは謎の原理に基づき、火が消えるまで鍋の中身を混ぜ続けるのであった。

数ある作品の中から、この物語を読んでいただきありがとうございます。

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