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スターダストクロノス―星に願いを、時に祈りを―  作者: 桐森 義咲
第1章 異世界への旅立ち、ナインズティアへ
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時刻13 破壊の魔法

 § フローレンスの町 屋敷 執務室


 まだシスティアがトキヤたちの元へ辿り着く前、一人の衛兵がフローレンスの町、高台にある屋敷へと赴いていた。事の不手際と現状をシスティアの兄である、ジョシュアへと報告するために。


「申し訳ございません、ジョシュア様……。賊と思われる五名の行商人たちは未だ見つかっておらず、現在はシスティア様が指揮を執られ捜索中であります」

「そうか……誰にでも失敗というものはある。システィアが指揮を執っているのなら、すぐにでも見つかるだろう。お前も力になってやれ」

「はっ……! 失礼致します!」


 衛兵は深々と頭を下げると、足早に屋敷を後にする。

 一人になったジョシュアは椅子から立ち上がると、背後にある窓の外を眺めていた。

 システィアたちが出かけた頃はまだ明るかったはずの空。今では闇が広がり、星々が瞬き始めている。


「……少々不安だな。無事だといいが、まさか招かれざる者が紛れ込むとは」


 扉の方へ向き直ると、腰につけた帯剣用のホルダーがカチャリと音を立てる。そして、誰もいないはずの空間へと声をかけた。


「いるのだろう? 出てくるといい」


 空しく響き渡る声、シンと静まりかえる執務室。

 誰もいない。だが、確かにいた。

 誰もいなかったはずの空間に空気の揺らぎが生じると、漆黒の大剣を持った大柄な男が現れる。


「俺の魔法を見破るとは。蒼き目、アイボリーの髪、そしてこの威圧感。まさしく蒼炎帝のジョシュア・フローレンスと見受けられる」


 顔を布で覆い隠す男は、ようやくターゲットを発見したことにぐいっと口元を出すとニヤリと笑った。


「……雇われか。何の用かは知らんが、急ぎの用があってな。妹の加勢に行かねばならん」

「妹? なるほど、容姿が似ていると思えば……それは残念。死んだから行けなかったとあの世で伝えてもらいたい。後にそちらへ妹君も送る予定なので――ね!」


 全てを言い切るとジョシュアもろとも剣で横一閃。大剣による風圧が巻き起こり、机の上に積み上げられていた書類が宙を舞った。


「避けたか」


 先ほどまで目前にいたジョシュアの姿はなく、代わりに背後から声が聞こえる。


「誰に雇われた?」

「……依頼人の名前を告げるのは御法度なんでなっ!」


 男は飛び退くと、机へと着地しジョシュアに手を向ける。

 念を込めるような集中。何かをしでかそうとしていることは、ジョシュアも気づいていた。


「知っているぞ、蒼炎帝! 貴様は魔法の属性を一つだけしか使えないんだとな!」

「だからどうした?」


 魔法。それが発動しかけているこの状況でもジョシュアは一切表情を変えない。それどころか、防御の姿勢もとらず棒立ちのままだ。


「お前が使える属性は火のみ。つまり、水魔法への対処は難しいというわけだ! 食らえ! 水魔法―水の爆発(アクアバースト)―!」


 男はヘラヘラと笑いながら、魔力を腕から放出させる。

 位置指定の魔法。ジョシュアの足下から水が溢れ出ると体全体を球状に覆うように、少しずつ飲み込んでいく。


「もう一度聞く。一つしか属性を使えない。だから、どうした?」

「っ……強がりやがって……!」


 水に沈む中、尚も男はジョシュアから身も凍るような瞳に射貫かれていた。

 次第に笑いは消え、焦りから全力で魔力を込める。何もできないはず、全力で捉えている。大丈夫だと言い聞かせながら。

 そして――


「ふんっ!」


 かけ声と共に凝縮した水が、水流となり小規模の爆発を起こす。

 水が辺り一面に弾け飛ぶそれは、常人ならば全身の骨がバラバラになるほどの威力。手応えは充分にあった。完全に決まったと勝ちを確信し、男は笑い声をあげる。


「ふ……ふはは! やっぱりハッタリだったか。これで古代道具(アーティファクト)を持ち帰れば――」


 男の言葉に割り込むように消える部屋の明かり。それは、男の笑いをかき消すには充分だった。闇の訪れと共に濃い霧が執務室を包み込む。


「な……! ま、まさか……」


 深い霧の中、ゆらりゆらりと一人の人物が立ち上がる。蒼炎をその身に宿し、男が発動させた魔法の水分を一滴も残さず霧へと還す。


「初級魔法バースト、水の章。初級といえど魔力を込めれば使いようによりけり。しかし、所詮は初級だ。認識阻害ほどの魔法が使えるのに、もっとマシな攻撃魔法はないのか?」

「な……なんでだ! 確かに反属性の魔法を当てたはず! なぜ平然としていられる⁉」


 部屋全体に蒼炎が燃え広がり、包んでいた闇はやがて青く、蒼く染まっていく。

 ジョシュアは他の水魔法がないと悟ると、首を横に振っていた。


「なんで、か。思慮のない頭では分からんのだな」


 鞘に納められている剣を抜くわけでもなく、ジョシュアは一歩一歩机へと近づいていく。

 表情は変えない。だが、机に居座られているのが気に入らず、蒼い瞳には静かな怒りを灯っていた。


「うっ……うわ、うわぁぁああ!」


 男は情けない声を上げながら大剣を掴むと、これ以上近づかせないようにぶんぶんと振り回していた。

 だが――


「っ……なっ!」


 剣の動きが止まる。

 振り回していた大剣、力の限り暴れていた凶器が、素手の左手に軽々と白羽取りされてしまっていた。

 もう、ここは彼の間合い。


「この程度ならシスティアの敵でもない。仮に妹がお前と相対していて逃がしてしまったとするならば、大方人々を案じてのことか」

「ぐっ……ば、化け物……!」

「化け物とは、失礼だな」


 ジョシュアは右手で男の首を掴むと、机から引きずり下ろし、扉の方へと投げ飛ばす。


「ぐあっ……ぐっ!」


 受け身もとれず勢いよく床へ転がる男。持っていた武器すらも取り上げられ、ガランという音と共に床へと捨てられていた。


「く、そ……武器が――」


 視線を向けた先は絶句。

 自慢の大剣に蒼炎が纏い、燃やされている。もう持つことも叶わぬ、剣の残骸といってもいい物だった。


「この蒼炎は、一体……」

「なぜ私……いや、俺が蒼炎帝と呼ばれているか教えてやろうか?」


 優しげな声が、凍るような声色へと変わる。

 コツ、コツと一歩。また一歩、男へと歩み寄るジョシュア。蒼を基調とする身も凍えさせる瞳は相手の動きすら止め、言うなれば蛇に睨まれた蛙とふさわしい状況だ。


「や、やめろ……っ」


 腰を抜かして動けない男の顔を、ジョシュアは両手で優しく触れる。


「ただ、蒼い炎を使えるからじゃない。恐れられているからだよ」


 蒼炎が両手に灯る。それはまだ燃え移るわけではなく、男の頬もまた熱さを感じていない。だが、凍てつくほどの恐怖は本物だった。


「この炎は転がり回ろうが、水をかけようが消えん。お前のような闇に魂を染めた者が死ぬまで、消えることはない。さぁ、舞踏会の幕を開けようか」


 グッと無理矢理に首を持ち上げ立たせると、その瞬間から蒼炎が男へ燃え移っていく。


「がっ……ぎゃぁぁぁあ! ああああぁぁぁぁっ! おがあああぁぁあああっ!」

「そうか、熱いか。お前みたいに死の舞を踊る奴は何人も見てきたよ」


 顔に押しつけられた両手。その手首を男が掴むと、力いっぱいもがき逃れようとする。

 だが、ビクともしない。たとえ逃れられたとしてもジョシュアの意思が働かない限り、炎は彼を燃やし尽くすまで消えはしないだろう。

 逃げられない状況の中で、ジョシュアは彼に一つ案を説いた。


「そうだな、提案をしよう。俺の質問に答えたらその炎を消してやらんこともない」


 天秤に掛けるのは情報と命、だ。


「貴様の雇い主は誰だ? 古代道具(アーティファクト)と言っていたが、狙いはコンパスか?」


 男は泣きわめき、掴まれた手の中でコクコクと頷く。


「がっ……ぐ! そう、ですっ! その通りです……ぅぅううう!」


 その答えにジョシュアの顔が歪み、掴む手は先ほどよりも強くなる。メリメリと骨が悲鳴を上げ、男の叫びが部屋内に響き渡る。


「何がその通りなんだ? さっさと言わんと死ぬぞ」

「ひぎぃぃぃ! が、が…………ぐ……こ、ここにある……古代道具(アーティファクト)を持ち帰れ、と! 依頼者は、黒いローブに深くフードを被って顔を隠してだがら、正体までは知らないんだ! あ、あがぁぁあっ!」


 途切れ途切れに情報を吐いていく。


「なるほど、そうか」


 必要な情報は聞き終わったのか、ジョシュアは両手から男の顔を解放させる。だが、床に倒れた男は未だ燃え盛る炎にのたうち回り、絶叫が続いていた。


「あっ……わっ、あぁぁあああっ! 火を、火を消してぐれぇぇぇえええ!」

「……あぁ、そうだったな。人間だったら考えてやったが、お前はもう既に人間ではないのだろう? それも弁えず、俺の領域へと入った」


 炎を消そうと転がる男は、普通の人間にしか見えない。だが、ジョシュアはそう言い切った。


「そ、そんなっ! やぐぞぐがぢがう!」

「俺は奴の息にかかった者は根絶やしにする、その為に生きてきた。たまたまとはいえ、お前は多額の報酬に目が眩み、この依頼を受けた。だからそんな体なのだろう?」


 背を向け、冷たく吐きかける。この状況を生んだのは自業自得だと言いたいのだ。

 実際に報酬は異常に高く、秘密裏に一人を処分するだけならば破格だ。問題があるとすれば、相手は相当な手練れの蒼炎帝ということ。

 それでも犯行に及べたのは、依頼主が男へとあるものを前金としてプレゼントしていたからだ。


「俺は言ったな。もっとマシな魔法は使えんのかと。しかし、お前は初級魔法以外では認識阻害(インビジブル)しか使わなかった。いや、使えなかったが正しいか。その魔法はイメージだけでなんとかなるようなものではない。思慮も、剣の腕も、魔法力もないはずのお前が、実行に移せたのは破格のそれらをもらっていたということ」


 男がもらっていたものをジョシュアは全て言い当てていた。

 奇襲用に使える認識阻害の魔法の極意と、男を飛躍的に強くする闇の力。特に認識阻害の魔法は悪人からしてみれば、喉から手が出るほど欲しい代物だ。破格すぎるほどの前金。

 これだけの物を提示され、想像以上の力を手に入れれば誰もが傲慢になる。男はそれに漏れず傲慢になった。

 手練れだろうが相手は人間。透明化から意表を突けば殺害は可能、失敗したとしても闇の力がある。成功の暁には力と魔法、そして巨額の報酬を受け取り文字通り順風満帆な生活が送れるはずだった。しかし、結果はこのザマだ。


「がっ……うぅ……!」


 命を掛けた天秤など最初から壊れていた。ジョシュアは救う気は更々なかったのだから。

 この身を焦がす炎から自分は助からない。いつの間にか全身に燃え広がっていた炎は、そう男を悟らせるに充分だった。

 己をこんな目に合わせたジョシュアへ怒りの矛先を向ける。たとえそれが、自分の行いのせいだったとしても。

 人間だったはずの体から闇が漏れる。みるみる内に真っ黒な体毛、指先からは鋭利な爪が生え、叫びと憤怒のまま蒼炎帝と呼ばれる恐怖へ襲いかかった。


「ジョシュアぁぁぁあああああ!」

「……残念だよ。お前がもう、人間でなくて」


 背に向けられた攻撃を見るわけでもなく、右手に宿した蒼炎を軽く握る。

 それが人狼となった男の最期、命の灯火。男へと纏わせた炎は激しさを増し、爆炎と共に中空へ青白い花を咲かせていた。男は最後まで、ジョシュアに剣を抜かせることも、傷の一つも負わせることができないままに。


「……まったく、時間を使いすぎたな。これではもう間に合わんか」


 執務室を埋め尽くしていた蒼炎はやがて収まり、書類や家具を燃やすことなく消えていく。それは、まるで最初からなかったかのように。

 男の存在も灰も、居た事実すらも全て、蒼炎の彼方へと焼失していた。

数ある作品の中から、この物語を読んでいただきありがとうございます。

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