時刻12 再生の魔法
システィアの目に飛び込んできたのは、重症を負ったシグレと血が溢れないよう懸命に傷を押さえているトキヤの姿。
「ごめん……ごめん、システィ。シグレが俺を庇って……俺はシグレを守れなかった」
俯いたトキヤの目からポタポタと涙が零れ落ち、赤に染まっていた地面の色を少しだけ薄くする。
あのとき二人と離れなければ、もっと早く二人と合流できていれば、こんなことにはならなかったかもしれない。システィアは下唇を噛みながら、自分の不甲斐なさを悔やんでいた。けれども、そんな後悔に苛まれている暇などない。
ミリアを抱きかかえたまま、システィアは倒れているシグレの傍らに座ると傷の確認を始める。
かなりの血が流れていたが、トキヤの施した止血で若干の猶予がある。致命傷はぎりぎり避けているのか損傷は見られずだが、左足、特に腹部へ受けた傷が深いことには変わりがない。
「酷い……。けど、よかったわ。まだ間に合う」
「そんな馬鹿な……今から救急車を呼んでも、もう……」
残念ながら、このナインズティアに救急車なんてものはない。
誰が見ても助からないと思えるほどの傷と血の量。もし救急車がこの場に存在して、すぐに病院へ搬送できたとしても、現代の技術で助かる見込みは零に近い。
「大丈夫、私ならやれるわ。トキヤ君にはまだ見せたことなかったよね? 見てて――」
ごめんね、とミリアを近くに寝かせシスティアは集中に入る。
手で傷を塞ぐわけでもない、システィアは目を瞑っているだけだ。
神様に祈れば助かるなどと、馬鹿げた考えがトキヤの中にあるわけではない。不可解すぎる行動だ、トキヤにとっての今のシスティアは。
だがそれは、トキヤが見てきた現代世界での奇跡を起こす。
「一体、何を……? ……っな、なんだ?」
見回すと、暗い袋小路だったのにも関わらず周辺に光が集まってきている。それは更に輝きを増し続け、システィア自身も光を帯びていた。
「シグレ……今、助けるわ。光よ、傷つき倒れし者をどうか癒やして。光魔法―光治療―」
まばゆく柔らかな光はシスティアの手を伝い、シグレへと渡っていく。
その瞬間から、傷がだんだんと癒えていき、みるみる内にシグレの顔色に生気が戻っていく。まるでそれは魔法のようで――
「まほう……? 本当に魔法が、ここにはある……のか?」
シグレの傷を塞いでいたトキヤの手に、あたたかな光を感じる。天使の羽根に包まれるような、感じたことのない感覚の光。
「っ……思ったより、傷が深い……。これじゃ魔力が足りないかも……」
「ど、どうすればいい? 俺に何か……何かできることはないか⁉」
奇跡を行使し続け、顔を歪めるシスティアにトキヤは申し出る。システィアはすぐに笑顔を取り繕うと、腰についている小さなポーチに目を向けた。
「ポーチの中に赤い薬が入ってるの。っはぁ、はぁ……それをシグレに、飲ませてあげて……」
「よし……分かった!」
笑顔とは裏腹に、疲れを隠しきれないシスティアは額に汗を滲ませていた。
トキヤはそれを心配しつつも彼女のポーチを開くと、入っていたのはフラスコ状の小さな薬が二種類。青い液体と赤い液体がコルクによって封入されたポーションのようなものだ。彼女に言われたとおり、赤い薬を取り出すと飲ませるためにシグレの体を抱きかかえる。
そんなわずかな揺れの中、気を失っていたシグレが意識を取り戻した。
「トキ……ヤさん? ミリ……アは……」
「シグレ……! ああ、大丈夫だ。システィが全部やってくれたよ」
「気を失ってはいるけど……命に別状はないわ。大丈夫よ、シグレ……」
「システィ……よかっ――ゲホ! ゲホッ!」
咳き込みと同時に血を吐き出すシグレ。
こんな状態でも、ミリアを心配している。システィアがミリアを奪還してくれて本当によかったと思う反面、シグレが助かるのかとトキヤは不安で手が震えていた。それはシグレの体に伝わっていくシスティアの光が、徐々に弱まっていく様子がはっきりと見て取れたからだ。
トキヤはコルク栓を歯で引き抜くと、その場へと吐き出す。
「シグレ、飲めるか……?」
「馬鹿にしないで、ください……。一人でも飲め……ます」
「そんなこと言ってる場合かよ!」
心配をかけたくない気持ちはトキヤも気づいていた。そんな気丈な彼女の口に薬ビンをあてがうと、ゆっくり飲ませていく。
「ん……んく……っ、ゲホッ! ゲホッ!」
「っ……くっ、ダメか! でも、頼む……シグレ、どうか飲んでくれ……!」
システィアに目線を配っても、手一杯なのは顕著。シグレも気を失いかけていた。
このままじゃ……。このままでは……。
トキヤとシスティアがそう思ったとき、
「システィア様ー! こ、これは……! 衛生兵を寄越してくれ! 大至急だ!」
衛兵たちが駆けつけてくれた。
失われかけていた希望が灯り、システィアが安堵の表情を示す。
「た、助かるのか……? こ、これで……」
「うん……。よかったぁ、間に合った……。シグレ、もう大丈夫だよ……」
呼び集められた衛兵たち、事件の処理が行われる。
システィアも衛生兵と代わると、側で寝かせていたミリアを抱きかかえ、一人の衛兵へ引き渡した。
「シグレとこの子を屋敷までお願い……」
「はっ、責任を持ってお届けいたします」
とりあえず、一山は越えた。疲れた表情が少しだけ和らぐ。
衛兵によって背に担がれたミリアと、担架に乗せられたシグレを見送る。そして、残されたトキヤは――
「っ……」
何もできなかった。力になることすらもできなかった。シグレとミリアが衛兵に運ばれていった後も、その場で何も言わず蹲っていた。
そんな彼を見て、ゆっくりとシスティアは歩み寄る。
「俺は……何も、何もできなかった……」
その声には以前の元気も、覇気も感じられない。
システィアは眉を下げ、膝をつくと、項垂れたトキヤの頭をそっと抱きしめていた。
「んーん、そんなことないよ。トキヤ君が止血をしてくれていなかったら、シグレは危なかった。トキヤ君がいなかったら、ミリアを助けられなかった。トキヤ君がいたから、犯人を早く捕まえられたんだよ。ありがとう、怖かったね……」
優しい言葉を掛けられると、急激に悲しくなる。事が終わってしまえば、思い浮かぶ。
あのときこうすることもできたんじゃないのか。なぜもう少し早く動かなかったんだ。そんなどうしようもない言葉が現れては消え、後悔の念がトキヤを押しつぶそうとする。
「違う……違うんだよ。俺は何もできなった。俺にもっと力があれば、もっと考えて行動できてれば、シグレやミリアだって……」
涙は途切れることを知らない。
悲痛な彼の言葉をシスティアは一語一句、聞き届け続ける。彼が落ち着くその時まで、優しく頭を撫で続けていた。
数ある作品の中から、この物語を読んでいただきありがとうございます。
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