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時刻113 降参

 その夜。夕食、風呂、と寝支度を終えたトキヤは一人、自室のベッドで天井を見上げていた。

 トキヤを含め、三人が暮らす相部屋。初めはどうなるかと不安を覚えてはいたが、蓋を開けてみれば何のこと。一人になれる時間は割かし多かった。

 夕食を終えればスロウンは「くれぐれも開けるなよ」と念を押して部屋に籠もる。アユムも特に何かを言うわけではなかったが、部屋に戻れば出てくることは少なかった。

 干渉を避けている訳じゃなく、夜時間はそれぞれのプライベートを大切にしているということだろう。派手な音さえ立てなければ、自室内は一人暮らしと変わらない。


「明日の魔力測定ってどんなことするんだろ……」


 トキヤが呟く。どんな授業にせよ、魔法のなかった世界からの転移者にとって、魔力測定と言われても高得点は見込めないだろう。

 せめて体力測定なら――なんて考えはするが、世界は広いもの。同じ班であるケリーの実力は分からないが、端から見ても相当な体力の持ち主であることは窺える。


「いやいや、何張り合おうとしてんだ。同じ班だし、そもそも明日は体力測定じゃねぇし……」


 せめて魔力の貯蔵量が多ければ――今度は無い物ねだりだ。

 小さな虫がトキヤの目前をくるくると舞っている。ふとトキヤは魔法を発動させると、その小さな虫を手で払った。


「……まただ。ダメだな、こりゃ」


 払った手に、強い抵抗を感じた。こんな蚊ほどもない小さな羽虫相手に。

 原因は分かる、イメージが足りていないのだ。だから、時の加速(クロノアクセル)時に物体ではない『生命』を動かせない。足りないから動かせないのは分かるが、自由に動かせる物体と何がそんなに違うのか、正直理解が及ばない。

 

「っ……くそ」

 

 やってくる反作用、頭痛。これだけは時魔法を何度使っても慣れない。

 トキヤは悶えるように、もう一度天井を仰ぐ。

 魔法も上手く使えない。この世界で一般的と言われている魔力貯蔵量も保有していない。これでは測定でエリート班にひと泡吹かせるどころか、点数さえ残せるかも怪しい。


「このまま入学期間が終わって、何の成果もないままフローレンスの町に帰ったら……」


 本当にシスティアと接点がなくなってしまいそうな――そんな気がして、トキヤを焦らせる。


「……くそ。せめて試行回数を稼げるように魔力を……。星屑列車、今すぐ来ねぇかな……」


 切実な願い。魔力貯蔵量を一般的にすると言われているナインズティア独自の現象『星屑列車』。時魔法のデメリットが引いたトキヤは、それを求めて窓を開けてみる。

 空に瞬く星々は美しく、昨日と何ら変わらない。前兆すら見せないでいた。

 だが、その代わりに――


「あれ?」


 寮からオレンジ髪の男が制服を纏い、出ていく姿が見えた。

 アユムだ。部屋の外からは、出ていく音なんて一切聞こえなかったというのに。


「……一体どうやって。つーかこんな時間に何を」


 追ってみるか? 手に残っていた羽虫を外へ逃がした時には、トキヤの気持ちは既に決まっていた。

 制服の袖に腕を通し、聖槍、剣、短剣を装備。極力、音を立てないように寮を出る。方角からして、学校へと向かったようだが。

 アユムの通ったであろう道をなぞれば、流石の王都でも、深夜になれば人通りが疎らだ。もちろん、その疎らに位置するのは学生や民間人などではなく、衛兵たち。

 こんな夜更けに学生服で出歩いていれば、職務質問の格好の的だろう。悪いことをしているつもりはないが、見つからないことに越したことはない。

 少々不審者っぽくはなったが隠れ潜んで、夜の学校に無事到着。明るい時間帯とは違って不気味なオーラが漂っているように見えるのは――トキヤからの視点だけだ。


「と、とりあえず……アユムを探すか」


 ビビりながら踏み出す足。校舎に入らないのは断じて恐れからではない、まずは外堀を埋めてから。そんな意味不明なことを自身に言い聞かせながら、先に校庭へと足を進める。

 しかし、その判断は逆に功を奏した。


「……お」


 慌てて近くの壁に張り付き、窺う。

 トキヤが暗闇の中で見たのは月明かりの下で、流れるような動作を行う一人の人物。

 空を裂く拳に、高く上げられた足から放たれる鋭い蹴り。それ以外も数々の動きが洗練されており、トキヤの視線を釘付けにする。

 無駄のない動きだ。けれどもその中で一つ。たった一つ、違和感を上げるとすればそれは。


「アユムか? まさか、そんなわけ」


 目を擦り、もう一度窺う。

 間違いない。制服にあの髪型、アユム・トウドウだ。

 数日見た限りでは、授業中のほとんどを寝ていて、よくケリーに叱られていたイメージしかない。大目に見ても、自己鍛錬をするような人物には思えなかった。

 トキヤがうむむと悩んでいると、先程まで鳴っていた風斬り音が消える。


「……おい、そこの。隠れてないで、出てこいよ」


 バレとる⁉ い、いやまさか――


「壁。裏に隠れてんだろ? さっさと出てこいって」


 ああ、やっぱりバレてる。その威圧声に観念して、壁の影からトキヤが現れるとアユムの表情はポカーンと変わっていた。


「トキヤ? こりゃ驚いた。一体どうしたんだ? こんな夜更けに」

「あ、いやーちょっと寝付けなくてさ! 明日、魔力測定だろ? 俺、そういうの初めてで少しくらい鍛錬しておこうか……なんて」


 咄嗟にそういうことにしておく。寮から出るのが見えたから追いかけた、なんてストーカーチックなのは言いっこなしだ。


「アユムもそうなんだろ? さっきのとか」

「さっきの? ……あー、まぁな。うん、そんなとこ」


 苦笑気味に笑うアユム。知らない振りをしていた方がよかったか? 秘密裏にやっていることを知られたいとは誰も思わないはず。迂闊、とトキヤは心の中でかぶりを振った。


「邪魔しちゃったな。それじゃ俺は先に――」

「今の時間帯だと、帰りはさっきより衛兵がうようよいるだろうな。もう少し待ってからの方がいいと思うぜ」

「……邪魔になんねーか?」

「今更」

「そうハッキリ言われるとちょい傷つくんだが」

「ははは、冗談だよ。ジョーダン」


 一旦休憩とアユムは芝生の上に寝転ぶと、トキヤもそれに倣って星を見上げた。


「今日、大丈夫だったか?」

「え?」

「クロードだよ」

「あー……ああ、まぁ……」


 その様子だと、やっぱ言われたな? とアユムが笑う。


「ま、あいつが大貴族だからってのもあるだろうけど、言うこといちいち気にしてたら身が持たない。どうせ好きか嫌いかしかないんだ、この世界には」


 だから気楽に行こうぜ? そう言われても、すぐに切り替えられないのもトキヤの悪い癖だった。


「……なぁ、アユム。聞いてもいいか?」

「ん?」

「アユムはさ。どう思ってるんだ? 貴族と平民の違いとか」

「授業を抜け出した不良かと思えば、随分真面目な……。まーそうだな、あんまし好きじゃねーかな。話すの面倒だし」

「それは……システィもか?」

「個人、ってなってくるとなかなか反応に困るな。良い人なんだろうとは思うよ。けど、苦手な部類ってのは変わらない」

「……そっか」

「あーでも勘違いするなよ? ただ距離感が掴めないというか、そもそものオーラが違うというか。あの人も……大貴族だろ? クロードとは違う立ち位置にいるみたいだけど、看板を背負ってる以上、普通の貴族とは一線を画してる。だからこそかな? 俺みたいな面倒を避けたい人種からすると苦手っていう意味」

「つまり、委員長的な人を苦手だと思う気持ちと似てる?」

「たとえがアレだな……はは。まーそんなとこ。ケリーの小言もそれと同じか? あれも苦手だ」


 おい、彼女だろとツッコミを入れるが、アユム的にはケリーの小言とシスティアは同じくらいの位置なのだろう。関わり合いが薄いのに、すごく悪い例を出されないだけ好意的だ。


「ま、面倒な奴に目を付けられたのは変わらない。二人の関係は知らないけど、身分だとかどうとか言うより前に、トキヤからすればシスティアさんはシスティアさんで、システィアさんからすればトキヤはトキヤだろ? この学校で、クラスメートでいる間は遠慮する必要ないと俺は思うけどな」

「それはいつも通りでいい……ってことか?」

「『俺は』そう思うってだけだ。既に起こっている面倒事があるのに、距離を置くなんてことすれば更なる面倒が舞い込んでくるだろ? 俺なら最小限に抑えるため、そうするってだけ。けど、実際に決めるのは俺じゃない。トキヤだ」


 指を差されそう言われる。

 そう、結局のところどうするかは自分で決めるしかない。アユムはただ例題を挙げてくれただけに過ぎないのだ。


「でも、アユムはさ。面倒事を嫌ってるはずなのに、なんで俺を……その」

「心配してくれんのかって話なら、もしかしたらケリーの悪い癖が移ったのかもな。それでも同情半分、気まぐれ半分、ってとこだ。数日で消えられんのは寝覚め悪いし」

「数日で消えるって……んなわけ」

「冗談だ。真に受けんなって」


 それが冗談かどうかはともかく、心配してくれたことには変わらない。その優しさに、トキヤは心の中で感謝を述べた。


「さて、と」


 アユムは下半身を振って跳ね起きすると、トキヤを見た。


「トキヤ、秘密を見られたついでだ。少し手合わせしないか?」

「手合わせって、アユムと?」

「他に誰がいるんだよ。ま、正直、魔力測定には役立たないだろうから無理にとは言わないけど」


 トキヤも起き上がると、せっかく話を聞いてくれたアユムのために頷いた。


「俺で良ければ是非。でも、怪我とかしたら……」

「そうならないように! お手柔らかに頼むぜ」

「お、おう、分かった。じゃあ、やるか」

「ああ、早速」


 お手柔らかに、なんてこの時までは笑えていた。

 蓋を開ければ、何もかもが遠い。

 どの武器の、どの攻撃すらもアユムを捉えることはできず、続いた十数分の手合わせは、まさかのアユムからの降参という言葉で幕を閉じることとなった。

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