時刻10 焦る気持ち
§ フローレンスの町 噴水広場
二人と別れたシスティアは、詰め所に集まる衛兵たちから詳しい話を聞いていた。
「ご苦労様、何かあったの?」
「こ、これはシスティア様! 申し訳ございません、怪しげな団体を町に入れてしまった可能性が」
「怪しげな団体? どうして招き入れてしまったの?」
「かなり精巧に作られた偽造通行証だったようです。不審に思った者が確認したところ、発覚しました……」
照合された書類を手渡され、一致しない番号にアンダーラインが引かれ納得する。
小さな集落だが、それなりに優秀な衛兵たちが集められているここフローレンスの町。余程のことではチェックミスが発生したりはしない。だが、確認するのはどうしても人間だ。完璧とは程遠いのも事実。
「人間誰しもミスはあるわ。今後、注意しておいて。それと人数、風貌、町に入れてからの時間を教えてほしい」
「はっ、町に入ったのは今から二十分ほど前。人数は五人、リーダー格はターバンを巻いた商人のような風貌、荷車はなしです。早急に衛兵を集め、捜索しているのですが……」
「見つかってないのね。それにしても二十分で発覚か」
失敗したとしても、気づくまでの時間は優秀だ。無法者が町へと立ち入ってから、そう時間は経っていない。しかし、安心はできない。見つかっていないのだから。
悩むときの癖で、下唇に親指を当てるシスティア。
時間は夕暮れ、人の多い買い物時である現状、場所を絞らないと見つけることは困難だろう。そしてこの時間、町に立ち寄るのならば宿屋の可能性は充分にある。
手がかりのもう一つ、相手は商人のような風貌であること。徘徊している可能性があるとするならば、この噴水広場の市場か――
「商店街……? 大変、あそこには人が多い上にトキヤ君たちもいる」
システィアの表情が焦りを隠せなくなる。そして、大きな声を上げた。
「商店街を重点的に探して! 後、宿屋に五人ほど泊まれる……ううん、もしかしたらバラバラの可能性がある。近い時間でチェックインを済ませた人間を調べて!」
方針が決まった。システィアの指示に衛兵たちは了解すると先行して宿屋、商店街へと向かう。
「システィア様、精度は低いですが似顔絵ができあがりました」
「ありがとう、この五人組ね。兄様にもこのことを伝えておいて」
「了解しました!」
似顔絵を受け取るとジョシュアへの言伝を衛兵へ任せ、道を分かつ。
商店街へはそう時間もかからず到着したシスティアは、近い店の店主から聞き込みを始めた。
「この多さだからねぇ……ちょっとわかんないな」
「システィア様の力になれず、面目ねぇ」
「すまない、見てないな」
「そう……ありがとう」
残念ながら、誰も有力な情報を持っていない。周りで衛兵たちも探してはいるが、手がかりは掴めていないようだ。
「市場の方は既にあれだけの衛兵がいた。動くなら絶対こっちだと思ったんだけど……やっぱり、大勢だと目立つから分散して身を潜めてる? それとも、認識阻害の魔導薬を使った……?」
出回ること自体が少ない薬。使った本人を不可視に近い状態にし、その場で何かが起きたとしても人々が認識しにくい空間を作り出す魔法の薬だ。
しかし、しにくいだけで完璧ではない。不可視の効果も近づけばうっすら見えるものだ。だが、危険な薬であることに変わりはない。
「人が多ければそれだけ注意力が分散される。ここでは充分に効果は発揮する、か……トキヤ君たちが巻き込まれてなければいいけど」
買い物をしているはずの彼らの姿を見ていないことに心配を向けつつも、考えを導いていく。
認識阻害を使ったと仮定するならば、人が少ないところへ行きたがるもの。透明になるというのは多少なりとも危険がつきまとう。
大勢の目がここまであるのにもかかわらず、見つからないとなると行き先は絞られていく。
――路地裏だ。
システィアがそこへ足を踏み入れると、寝そべっている酔っ払い爺を見かけた。
「おじいさん、こんなところで眠ってると危ないわよ」
「むにゃ……お、おぉこれはシスティア様、ご機嫌麗しゅう」
はぁ、と溜め息。しかし、もしかしたら、とシスティアは似顔絵を見せ質問を投げかけた。
「ねぇ、おじいさん。この人を見てない?」
「むにゃ……んー。おぉぉ、見たぞ。小さい子を連れて、そのまま奥へ――」
期待以上の答えが返ってくる、ドンピシャだ。
「ありがとう、おじいさん!」
今までまとめた考えに手応えを覚え、グッと拳を握ると、奥へと走り去っていく。
「そういえば、お宅さんの黒い和服を着た子と、その連れも――まあええかぁ……」
残された爺さんの言葉は残念ながらシスティアに届かず、よっこらせと立ち上がると自宅へと帰っていった。
§
ギリリと歯を噛み締めるシスティア。
――迂闊だった。子どもを攫うなんて人身売買でもするつもり? 違うとしても許されることではないわ。居場所は絞り込めたんだから、まだ間に合うはず。
暗がりの路地を進んでいたシスティアは、その途中で一人の衛兵と出会った。当たりをつけていたのか、この場を調査していたようだ。
「ご苦労様、どうやら痕跡を見つけたようね」
「システィア様! はっ、この先の袋小路が恐らく奴らが屯している場所だと思われます。相方が現在応援要請に行っているので、集まり次第、強襲をかけようかと」
「正しい判断だわ。でも、どうして袋小路なんかに……。逃げ場もないし、兵が揃えば取り押さえるのなんて時間の――っ⁉」
一瞬の間。
髪の毛が逆立つような強烈な殺気をシスティアは覚えると、白銀の剣を抜き取り、瞬時に上段へ構えた。
どうしたのかと衛兵が狼狽えていると、続くガキィィィンと金属同士がぶつかる甲高い音、同時に訪れるはシスティアの腕にかかる衝撃だった。
背後から彼女の頭部を狙った一撃は、掲げた美しい星屑を振りまく剣によって阻まれる。
「シ、システィア様!」
「っ……! 兵を呼んできて! こいつの相手は私がするわ!」
システィアの上に黒く、大きな剣が現れ始める。
衛兵にとっては後ろ髪を引かれる思いだろう。だが、命令だと認識すると了解の合図をとり、大急ぎで大通りへと足を急がせた。
「兵では敵わないと見て逃したか、暢気 なことだ」
「町の民を守るのはフローレンス家の使命。命をかけてこの町を守ってくれている衛兵とはいえ、無駄な血を流させるわけにはいかないの」
「……? 女か」
頭上から黒い剣が退き、システィアは見えなかったはずの人物と対面する。
「アイボリーの髪、蒼い目に整った顔立ち、貴様が蒼炎帝と思ったのだが、女だとすると違うな」
顔を布で覆い隠し、黒いマントを羽織る巨漢、目の前にいる少女よりも一回りは大きい。
蒼炎帝という人間を探しシスティアを襲ったようだが、彼女はそう呼ばれる人物とは違う。
「お生憎様、残念だけど違うわ。で、残念ついでに蒼炎帝を狙う理由も聞けるといいんだけど」
「まさか聞けるとでも?」
「それじゃ捕まえて、聞くことにする……わっ!」
地面を蹴り、システィアは男の懐へ潜り込むと剣を下から上へと切り上げる。しかし、虚しくも剣閃は空を切り、相手をしていた人物が消える。
「この発動の速さ。魔導薬じゃない……闇魔法―認識阻害 ―? 厄介な!」
まるで風景に溶け込んだように視認ができない。だが、殺気はある。剣圧が空気の流れを変え、肌でそれを感じる。
体を反らし、不可視の刃を避けると、胸に挿していたフロリアローズが散った。
「っ……逃さない!」
花びらが宙を流れ、認識阻害を生んでいる人物を映し出すように体へとまとわりつく。だが、相手の武装解除を狙った剣はマントを突き抜け、もう一歩届かなかった。
まとわりついていた花びらが地面へと落ちた頃、声が響く。
「悪いが遊んでいる暇がなくなった。任務を優先させてもらう」
「くっ!」
システィアは左腕を屋根の虚空へと向ける。しかし、向けただけで彼女は表情を歪ませていた。相手の思惑に気がついたからだ。
「こんな人の多い場所で貴様が魔法を放てば町はパニックに陥るかもしれんな。だが、安心しろ。俺の目的は蒼炎帝だ。金にもならん町の人間に手を出すつもりはない」
「なら、貴方を目撃した私を殺す必要はないの?」
「蒼炎帝を始末した後にそうするつもりだ」
「待てっ!」
システィアの呼び止めも空しく、スッと屋根から気配が消える。
自分自身を囮にして足止めをするつもりだったが、思惑は外れ、その上、逃してしまった。
「……なんてザマなのシスティア! みすみす逃すことになるなんて!」
不甲斐なさから地団駄を踏む。けれども踏み鳴らしたのは一度だけ、すぐに冷静さを取り戻すと剣を鞘に納めていた。
心を乱されると、思考も太刀筋も鈍る。すぐに追っていたとしても、今更追ったとしても見つけるのは至難の業だ。
襲ってきた男の言葉を鵜呑みにするのは問題がありすぎるが、任務と口にしていた以上、何かの雇われで金にしか興味のない人物だということをシスティアも知っていた。
だが、現実には子どもが連れ去られている。
「似顔絵の中にあんな風貌の男は存在してない……。もしかして、この五人とさっきの男は無関係で、二つの事件が一度に起こっている……?」
ここで止められたのなら一番良かった。だが、あの男が本当に無関係ならば、この事件は狙われている蒼炎帝と呼ばれる人物に任せるしかない。
蒼炎帝と呼ばれる者の強さはシスティアが一番理解している。みすみす狙われている者へ任せるという選択が間違いであることも重々理解している。けれども、一人では体が足りない。その上で決断した結果、これが一番の最善策だった。
最優先するのは、民を守るために動くこと。
地面に横たわっている、刃によって散らされたフロリアローズ。それを手に取ろうとした時、システィアに不安がよぎる。
この花はミリアからもらったものだ。そして、今、連れ去られているのも子ども。
「連れて行かれたのはミリア……? でも……だとすると」
その予感は的中していた。途端、男の大きな悲鳴が入り組んだ裏通りに響き渡る。
絶望。言い表すとすれば、そんな叫び声。
「トキヤ君……!」
散ってしまった花を拾うことも忘れ、システィアは焦りのまま走り出す。彼女は、この先にある絶望へと進んでいくことを余儀なくされた。
数ある作品の中から、この物語を読んでいただきありがとうございます。
もし良かったと思っていただけたなら「いいね」を。めんどくさくなければ下部にある☆☆☆☆☆からのお好きな評価とブックマークをしてくださると励みになります。
惹かれないと思ったら、低評価とかBADボタン……はないので、そのままブラウザバックしてください。