時刻0 星の涙と時の秘宝
ある屋敷の一室、少女が力なく座り込んでいる。
白に近いアイボリー色をした長い髪を持つ彼女は、髪を返り血で汚し、天井に虚ろな目を彷徨わせていた。
虚無を見つめるその蒼い瞳は、数時間前まではあったであろう光や希望は既になく、悲しみの海色に染まっている。
本や勲章、書類が散らかされたここ。この執務室には彼女を除く四つの死体が佇んでいた。
砲弾でも受けたのかと思わせるような左上半身が抉り飛ばされた黒髪の、黒い和服の少女。
蒼い瞳を持つ少女と同じ髪色をした、彼女の兄である切り取られた生首。
金の髪を持つ誰よりも幼い少女。纏うドレスはかつて純白であっただろう面影すら残さず、胸から血という赤い薔薇を咲かせている。
そして床から突如飛び出してきたかのような獣の口を模した岩の牙。その牙の間からは両目だけを抉り取られ、原型をほとんど留めていない黒髪の青年がかろうじて身を覗かせていた。
今生きている彼女にとってその全員は大切で、守りたくて、家族だった。
だがこの日、襲ってきた黒いローブを纏う女によって全てが狂ってしまった。
よろよろと少女は立ち上がり、壁際の窓に寄ると外の様子を伺う。
夕暮れの町の中、見えるだけでも数人、町の人々が無残にも切り刻まれ死んでいる。
苦痛の表情。どうにもならない、できることはない。この町で生きている者は彼女だけで、もう既にここは町ではなくなってしまったのだから。
彼女は本棚へと目を向け、刺さっていた剣を引き抜く。
白銀の刀身を持つ、華奢で美しい剣。血の一滴もついていないのに、この剣は彼女の大切な人の命を奪っていた。
部屋の中央へと戻り、少女はゆっくりと目を瞑る。そして自分の記憶を呼び起こしていった。
『はぁ……はぁ……ごめんな、俺はここまでのよう――』
『この呪われた世界を、■■■の望む世界に変えてぇぇぇぇぇ!』
『うるさい……うるさい! わたしの名前を呼ばないで! あいつを殺した後、■■■お姉ちゃんを殺した貴女を……貴女も殺してやるから!』
大切だった人達の最後の言葉が耳に残っている。蒼い瞳の少女は泣き崩れ、膝を落とすと自身の首筋へと剣を当てた。
『目的は達成できた。本当は殺すつもりだったけれど、特別に逃してあげてもいいわ。その気があるのなら追ってきなさい? それじゃ、さよなら。システィア・フローレンス』
黒いローブを纏った女の最後の言葉。
しかし、もう彼女は――
「ごめんなさい……ごめんなさい! 私が弱いばっかりに、みんなを助けられなかった! それどころか大切な人まで殺してしまった!」
悲痛な叫びと共に溢れ出した悲しみの雫は、返り血で汚れてしまった頬を洗い流しポタポタと床へと落ちていく。
それと同じだけの思い出が蘇る。しかしどれも今日で悲しい思い出となってしまった。彼女は泣き喚き、大声で四人の名前を叫ぶ。
悲しき悲鳴だけが虚しくも反響し続けるが、呼び声に誰一人答えることはない。
一頻り泣き続けた後、悲しみと絶望を胸に持った剣を震わせる。
「ねぇ、【時遡】……? 本当に時を戻せるのなら、戻してよ……。こんな絶望しかない未来を変えてよ……」
星に願いをかけるように、時に祈りを捧ぐように。どこかにあると伝えられている時の秘宝へと想いを込める。
同時に両手に力を込め、剣で自分の首を引き裂いた。
大量の血が吹き出し、体から熱が引いていく。蒼い瞳に映る世界がまるで、死を急がせるように暗く、灰色へと変化していく。
眠り落ちていく感覚。彼女はそんなはずないのに、と考えながらもまた明日が来るような気がしていた。
――トキヤ君、ごめ……んね。
水を弾けさせる音。少女は血溜まりへと体を転がせ、ゆっくりと瞳を閉じ、意識を闇へと沈めていく。
闇の中で聞こえたのは幻聴かもしれない。けれど、彼女の耳には確かに聞こえた。恐らく彼女にしか聞き取れない声で。
「…………シス……ティは……俺が……守……るから……」
命の灯火が途切れる。声の主が生きていたのか死んでいたのか定かではない。
しかし少女、システィア・フローレンス。そして声の主、トキヤ・ホシヅキは今日ここで、その生を終わらせることとなった。
これは数ある未来の内の一つ。幾多に渡る悲しみの結末を変えるため、今宵、一人の青年が異世界へと飛ばされる。
数ある作品の中から、この物語を読んでいただきありがとうございます。
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