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人を呪わば

作者: けむまきウロコ
掲載日:2020/08/13

やっぱりこれが一番だな。

広々した浴槽に浸かりアイスを食べながら、小夜はしみじみ幸せを感じていた。


去年、このアパートに引っ越してきた。

前に住んでいたところは単身赴任者用のワンルームマンションだったため住人はほぼ男性、エレベーターも狭く2人乗れば圧迫感を感じた。

さらにベランダに出ると大嫌いなタバコの臭いがひどく、最悪な日は向かいのマンションに住むおじさん(半裸)と目が合うこともあった。


地味なストレスに耐えかねて去年引っ越したのだが、このアパートは木造ながら新築で間取りも広く理想的だった。


1階しか空いておらず、防犯上の不安は感じたけど人通りは全くない私有地に面しているし、何より煩わしいエレベーターに乗らなくて良いのがありがたい。


お風呂もキッチンも広々として余裕がある。

何よりも毎日ゆったりお風呂に浸かりながら読書をしたり、アイスを食べたり、歌を歌ったりするのが幸せだった。


半年ほどはこんな穏やかな日々が続いていたが、最近、隣に男性が引っ越してきたようで、物音が少し聞こえるようになった。

木造のアパートだけど、最近建てられた物件だしそこまで物音はしないと言われていたのに、お風呂の音なども少しだが聞こえてくる。

集合住宅だから少しの物音は仕方ない。

私が神経質なのかな?とあまり気にしないことにした。


か、やっぱり気になるので友人の柚子と飲んだときに聞いてみた。

柚子は以前勤めていた会社の同僚で、サバサバした性格だ。

「小夜は神経質というか、細かなことにも気がつくタイプだから少しの物音でも気になっちゃうんだろうね。でも自分も何か迷惑かけてるかもしれないしお互い様だね。」


と、その時、隣のテーブルで男性2人がひそひそす声が聞こえてきた。

「保険金詐欺がうまくいってさ…」

「60万も、どうやったんだ?」

「保険会社にすればそこまで高額じゃないからよく調べないんだよ…」


え?保険金詐欺の話?こんなところで?

「柚子…聞いてた?」

「え、どうしたの?むしろ私の話聞いてた?次なに飲む?」

やっぱり私は神経質なんだろうか。

隣の会話が気になるなんて。

「ううん、何でもない。じゃハイボール」

「オッケー」

その日は少し飲みすぎたようで、家に帰るとすぐに眠ってしまった。


翌日は土曜日。

昨日飲みすぎた割には7時に目が覚めた。

いい天気だな…洗濯でもしよう。


歌を歌いながら洗濯物を干し、ついでにベランダの柵も拭き終わった時だった。

隣の住人がベランダに出てきて、突然タバコを吸いだした。

あわてて干したばかりの洗濯物を取り込む。


いい加減にして。

いい加減にして。

もう我慢できない。


急に限界が訪れた。

なぜ?なぜ私が洗濯物を干しているのを知ってて隣でタバコが吸えるの?

世の中はそういうことを気にしない人ばかりなの?


もうここには住めない。

引っ越そう。

些細なことかもしれないが、これからしばらくこのストレスを感じなければいけないなんて私には地獄でしかない。

でも引っ越すお金もないし…


と、ふと昨日の夜に隣のテーブルから聞こえてきた保険金詐欺の話を思い出した。


そうだ、火事を起こせばいい。

火元が私じゃなければ責任は問われないし保険金がおりるし、そのお金で引っ越せる。

最低限必要なものは先にクロークに預けておけばいい。


隣の住人はいつもベランダでタバコを吸うし、火の不始末ということにすれば私が疑われることはない。

警察に何か聞かれても、

「隣がいつも夜にタバコを吸うからこんなことになるんじゃないかと思ってたんです…」

とかなんとか言えば完璧だ。


よし、決まった。

決行を決めたその日からアパートの防犯カメラの位置の確認をしたり、自分がタバコを吸うならどうするか?のシミュレーションをしたり入念な準備を始めた。


隣の住人がタバコを吸うのはだいたい午前中か、夜12時~翌2時の間。


やるとしたら夜だ。


防犯カメラに写らないように火を付けなければいけない。

隣のベランダにはいつもごみ袋が積んであるし、どこかから洗濯物が飛んできたように見せかけて玄関マットとかにタバコを落とせばよく燃えるだろう。


一週間ほどかけて身の回りを整理した。

突然クロークを契約すると怪しまれるので大事なものはまとめて実家に送った。

引っ越しのときの段ボールを沢山残しておいてよかった。

でもあまり沢山送ると変に思われるので3箱程度にしておいた。


決行の夜。

夜中1時頃に隣の住人がタバコを吸い終わって部屋に戻ったのを見計らい、同じ銘柄のタバコに火を付け、玄関マットの上に固定し、防火扉の下から隣のベランダに追いやった。


すぐに逃げると怪しまれるから、少し時間をおいて慌てた感じで外に出よう。

ちょうどいい、しばらく大騒ぎになるから先にトイレを済ませておこうっと。

と、トイレに入り用を済ませる。

ドアの向こうでパタン、と音がした。

何の音だろう?と思いドアを開けようとした。


が、ドアが開かない。

え、なんで?

鍵は外れるのにドアがどうしても開かない。


さっきのパタンという音…

もしかして…

段ボールの束が倒れた音?


荷物をまとめるときに廊下に立て掛けておいたものが倒れたのだろうか。


もしかして廊下と同じ幅だった…?

段ボールは10個ほどが束になっていてかなり分厚かった。


血の気が引いた。



このアパートは木造だから火の回りも早いはずだ。

早く、早く出て逃げなければ。


どうしても開かない。

助けて、と叫んでみるがどうやらみんな火事に気付きだしたらしく、騒がしい。


どうしよう、と壁に手をやると火傷しそうなほど熱くなっていた。


必死で叫ぶが、応答はない。

消防の音もまだ聞こえない。

トイレの中はさらに温度が上がり、叫ぶたびに喉が焼けつきそうだ。


こんなはずじゃなかったのに。


絶望のなか聞こえてきたのは、消防のサイレンではなく、壁がパチパチと鳴る音だった。



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