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ベテラン死神の割に合わないおしごと。

第二回書き出し祭り提出作品。


 私は、「死神」と呼ばれる存在だ。


 よく人間たちには勘違いされるが、私たちは生き物の命を狩る存在ではない。

 これは、お仕事なのである。




 私は今、とある小さな村にある素朴な家の庭に立っていた。全身を覆う真っ黒なローブから覗く、私のつま先の近くには、今まさに息絶えようとしている老犬。家族に可愛がられ、幸せな犬生であったことだろう。けれど、誰にも知られないまま息を引き取る。それもまた運命か。


 軽く屈み、無言でノートを口元に持っていくと白紙のページが光り、その数秒後に老犬は旅立って逝く。このタイミングで生き物が死んでいくからこそ、ごく稀に私たちを視る事の出来る人間に誤解され、「死神」と名付けられ、さらにはその名が定着してしまうハメになったのだ。全くもって解せないけれども、こればかりは仕方がない。


 でも。

 人間たちが、私たちの正体を知ったらどう思うだろう。死神と呼ばれる私たちが、「今際の言葉」の記録係に過ぎない、という事実を。


 軽くため息を吐きながらたった今記されたばかりのノートに目をやる。


《またあの頃のようにお腹いっぱい肉が食べたい》


「……本能に忠実だな」


 老衰でこの世を去った犬が最期に残したいと思った言葉。思わずふっと笑ってしまう。こういうものばかりなら良いのに。つい来世で叶う事を祈ってしまう。


「次は……貧民街の人間か。……はぁ」


 胸元から出した手帳を確認してため息を吐く。人間相手は本当に気が滅入る。ほとんどの者が心残りを胸に旅立って逝くからだ。実に難儀な生き物である。憂鬱だがこれも仕事。私はすぐに、次の消えかけの命の元へと転移した。




 転移した先では、薄汚れた小さく細い身体が数体地面に転がっていた。ボロボロの建物、陽の当たらないジメジメした路地裏、乾いた風が巻き上げる砂埃。私が人であったなら、思わず鼻を覆いたくなるだろう悪臭が漂っている。

 嫌なパターンだ。もしもこの数人が同時に旅立ったとしたら、どうしても記録漏れが生じるじゃないか。悼む心? そんなものは邪魔なだけである。


 これが事故や事件、災害であったならあらかじめ多めの死神が派遣され、事故が起こる数分前に、同時に現場に転移して仕事に当たれるのだけれど。それでも記録漏れは生じてしまうのだからどうしようもない。

 死神だって限られた数で上手いこと回しているっていうのに、記録漏れがあると上司から文句を言われるし。死神たちのストレスも溜まるってものだ。事故や戦争を引き起こしたものは来世虫にでもなればいい、とは死神たちの間でよく言われる愚痴の一つでもあった。


 ま、それも時の女神に業務外で頼めば万事解決ではあるんだけど、あの女の依頼料はふざけている。昔は何度も吸い上げられたっけ。人の足元ばかりみるあの女にはもう二度と頼んでやるものか。これは意地である。


 さて、そんな文句を言っている場合でもない。今回はそんな事故でもないのだから、私だけでなんとかしなくては。気を引き締めて死ぬ順番を見極めないと。長年の経験を活かして残り僅かな生命力を比較し、確認していく。……よし、あの子から。


《おかあさんにあいたい》


《なんで僕がこんな目に……?》


《アイツを殺してやりたかったのに》


 概ね予想通りの言葉だ。大抵は己の欲を最期に残していく。こんな劣悪な環境で過ごしてきた、まだ小さな子どもたち。中には口汚い罵りで一ページ埋まってしまう子もいたが、それも理解は出来る。

 そして私は毎回、これが心に刺さる。不思議なものだ。死神となった今もそんな事を感じるだなんて。そんな事を思いながら私は最後の一人の元へとやってきた。薄汚れた茶髪の少年。


《もう二度と、生まれたくない》


 ——ああ。私と、同じ。


 それを願ってしまった者は、上司うえから事実を知らされて、絶望するのだろう。私のように。

 それを想うと、自然と眉間に皺が寄った。




 ……切り替えよう。この感情に支配されては、この仕事はやっていられないのだ。今日はもうこれで終わりだったはず。ノートを転生管理部へと届けに行かなくてはならない。これによって魂の来世の運命が決まるのだから重要な仕事である。

 死神の仕事は記録するだけで楽だよな、と零したのは誰だったか。馬鹿馬鹿しい。楽なだけの仕事なら私もやりたい。というか、どれほど簡単だろうが毎日同じような作業を繰り返すのはどんな事でも大変でしょうに。隣の芝は青く見えるとはまさにこの事だ。


 頭の中で愚痴を飛ばしながらノートをしっかり鞄にしまい、再び手帳を確認すると、先ほどまでなかったはずのこの後の予定が浮かび上がっていた。


「うわ、残業? ちゃんとその分支払ってくれるんだよねぇ……?」


 これがあるから手帳の確認はこまめにしなければならない。気付かないうちに魂監視部の奴らが勝手に予定を詰め込んでくるのだ。しかも気付かず忘れたら私たちが叱られる。解せない。まったくもって解せない。

 帰ってから絶対文句言ってやる。……たぶん言わずに終わるけれど、思考を切り替えなければ。今は追加の仕事をさっさと終わらせないと。

 そう思いながら次の行き先に目をやった私は、息を飲んだ。


「……テナーシャ国、国王……」


 そろそろだ、という噂は聞いていた。けれどまさか私が担当する羽目になるとは。今期で一番の気の重さだ。手帳に書き込んだ魂監視部のヤツめ……いつか、いつか、そう。地味な嫌がらせをしてやる! そう心に決めて、私は国王の元へと転移した。




 転移した先には何人もの人間が、豪華な天蓋付きのベッドを取り囲むように立っていた。その様子はすでに通夜のようである。明かりはあるのに心なしか室内も暗く感じた。

 国王の最期の瞬間。これでも集まった人は少ないのかもしれないが、私には大人数だ。とても居心地が悪い。自分が取り囲まれているような錯覚を覚えて吐き気がする。どうやら私はほんの少し早くここへ来てしまったようだ。なんたる失態。プロの死神たるもの、死の直前にのみ現れるのが美徳なのに。お陰で国王の近くで暫し人間たちの話を聞く事になってしまった。


「セオドア王、突然過ぎます……! まだ後継者が決まっておられぬと言うのに!」

「王、どうか後継者の名だけでも!」


 人間の感覚では突然と思われるかもしれない。元々持病持ちだった国王は、表向き元気に振舞っていたからだろう。

 国王に話しかけている連中は、重鎮と呼ばれる存在だろうか。もうこの者たちの中では彼の死後、次に誰が王となるのか、という事しか頭にないようだ。死ぬ直前にそんな事を話さなければならないとは、国王も可哀想な立場である。


「父上、私にお任せを! このオリバー、必ずやこの国を発展させてみせますから……!」


 長身の黒髪青年が涙ぐみながらそう告げる。


「おいお前まだ言ってんのか。発展なんか国民の負担を増やすだけじゃねぇか。ったくそれでも長男かよ……」

「発展なくては豊かな国にはならず、それこそ民が貧しさに苦しむだろう? お前こそ次男のくせにわからないのか、ジーク」

「てめぇのやり方は強引だって言ってんだよ!」


 赤髪の青年が、黒髪の青年の言葉に割って入る。


「また、兄上たちはいがみ合いをしている。父上……この国にはまだ貴方が必要だ……」


 唯一、国王の死を惜しむ金髪の少年が、国王の手を握っている。


 彼らは王子たちだろうか。これはかなり揉めそうだ。……私には関係ないけれど。


 それにしても。

 安らかに、そして静かに旅立つ事も出来ないなんて。死に逝く者に対して、私は少し同情する。そして疑問に思った。

 国王というのはそんなに良いものなのだろうか。争って、揉めて、手に入れたいと思うほど? 私が首を傾げていたその時、ようやく国王が声を絞り出した。


「つ、ぎ……の、お、……は……」


 ——あ、今だ。

 私はノートを国王の口元に近付けた。


「父上……? 父上っ」

「そんな、何も言わずに……!?」

「父上っ!!」


 国王は、後継者の名を口にする前に力尽きてしまった。でも、それも運命。私はそれぞれ違った反応を示す人間たちを無視してノートに目を向ける。


 そこには、この場にいる人間たちが知りたかったであろう言葉が記されていた。


《私の死後、この国は————》


 ……これが、国王の最期の願い、か。

 結局最期の瞬間まで国のことを考えていたこの男は、真の国王だったと言える。どうか来世では穏やかな生を、と思わず願った。


 一人軽く祈り、今日の仕事は今度こそ終わりと手帳をパタンと閉じた私は、この暗く沈んだ室内を軽く見回した。生き物の多い場では必ずやる事だ。この場で生を終える魂が他にいないとも限らないからである。


 しかし、今回はこの確認作業が私の命運を分けた。恐らくは、私にとって悪い方へと。


「待ってくれ……死神様」


 一人の王子が間違いなく私をその目で捉え、そう声をかけてきたのだから。

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