084●【解説1】“魔法”とは何か
084●【解説1】“魔法”とは何か
《魔法の定義》
“魔法”は下記のように定義される。
「魔法とは、“あの世”から物理力を移動し、それを自在に制御する行為である」
《“あの世”=“三大霊界”について》
私たちが生きているこの世界は、物理法則が異なる、別な世界と接している。
私たちは自分たちの世界をありていに“この世”と呼んでいる。
そして“この世”に接している別世界は、ありていに“あの世”と呼んでいる。
自由に行き来することはできないが、接点のある、もう一つの異世界。
それを私たちは、「神様や幽霊や魔物」が存在する“霊界”として認識している。
“霊界”はおおまかに、次の三種に分類される。
神様がおわす“神界”。
幽霊がさまよう“幽界”。
そして魔物が巣食う“魔界”である。
(私たちが住む“この世”は“人界”と呼ぶ)
神様は神界から人界へ、降臨なさる。
幽霊は幽界から人界へ、化けて出る。
魔物は魔界から人界へ、侵略してくる。
この“神界・幽界・魔界”の三つの霊界を合わせて、
“三大霊界”…スリー・スピリチュアル・スベース…と呼称される。
世間の俗称として、“あの世”と呼ばれることが多い。
《“あの世”の質量問題》
この宇宙に、私たちの“この世”に加えて“あの世”の質量とエネルギーが存在できる余地なり容量が果たしてあるのか?
……それは1964年時点では、永らく魔法学上の謎とされてきた。
“あの世”は、人界にとって異次元の、より高次な概念の世界なのだろうか?
そう考えた科学者たちは、19世紀以来、さまざまな天文物理学的な観測と推論を重ねてきた。
かの天才アルベルト・イアンシュタイン氏も研究テーマに掲げたものの、「“あの世”すなわち三大霊界が存在するのは高次元空間でなく、我々人類と同じ三次元空間を共有しているのではないか?」という、あやふやな推論にとどまった。
しかしそうだとすれば、基本的な問題が発生する。
我々の三次元空間に、“あの世”の質量が存在する余地があるのだろうか。あるとすれば、その質量は本当に存在するのか?
いわゆる“あの世の質量問題”である。
しかし2024年からやってきた少年がもたらした学術上の重大知見によって、理論上の問題は劇的な解決を見るに至った。
いわゆる、暗黒物質と暗黒エネルギーの存在である。
未来少年が語った「人類がこの宇宙に認識している質量は全体の5%にすぎない、正体不明である、残り95%のうち、27%は暗黒物質、68%は暗黒暗黒エネルギーである」という情報は、魔法自衛隊の協力組織である“長沢の科学センター”を震撼させるに至った。
《“霊的特異点”と重光子》
“三大霊界”とは、私たちが“あの世”と認識している世界のことである。
“三大霊界”は、ある種の要因で、私たちの世界である“この世”との間に隧道に類似した接点をつくり、そこに三大霊界からのエネルギーの滲出…流入現象…が発生することがある。
この接点のことを“霊的特異点”(スピリチュアル・シンギュラリティ)と称する。
“霊的特異点”とは、端的には、「“あの世”から“この世”へエネルギーを“汲み降ろす”ことのできる蛇口」と捉えてもいいだろう。
蛇口のサイズは一定でなく、ダムの放水口のような大出力の大きな蛇口もあれば、ポタポタとしたたる程度の、小さな蛇口もあるという具合だ。
具体的には、惑星や恒星などの天体ほどに巨大な“霊的特異点”が存在する一方で、針の先よりも小さい、人間の細胞の中に格納できる、極小サイズの“霊的特異点”も存在する。
“霊的特異点”から私たちの“この世”に滲出するエネルギーは、一九六四年現在の観測結果を総合した結果、「光子によって媒介される」と推論されている。
エネルギーを荷って滲出してきた“三大霊界”の光子が、“この世”の重力子やヒッグス粒子と相互作用することで、独自の質量を獲得する。
要するに“重さのある光子”である。
これを“重光子”…ヘヴィフォトン…と呼ぶ。
“三大霊界”から滲出してきたエネルギーが、私たちの“この世”に物理的影響を与えるほどに質量を増大した結果、“重光子”として存在を現した状態を、十九世紀フランスの心霊科学者シャルル・ロベール・リシェは、“霊界物質”……エクトプラズム……と名付けた。
すなわち、
“あの世”(三大霊界)の存在=“神様・幽霊・魔物”を構成する物質
=霊界物質=重光子
となる。
この霊界物質すなわち重光子は、“この世”の、霊能力を持たない普通人には、ほとんど目に見えない。
見えたとしても、もやもやとした、揺らぎのある半透明なゼリー状の物質として認識されるのがせいぜいである。
これは、質量によって空間がわずかに歪められることで、光の進行方向が乱された攪乱現象の結果であり、陽炎とか蜃気楼に近い見え方である。
このように、霊界物質が“見えそうで見えない”状態にあることを、学術的に“ラッセル=ヴァイトン状態”と呼ぶこともある。
しかし霊界物質が、さらに質量を増大させると……
① この世の物質を粒子粘着や分子結合等の手段で取り込んで、“混合状態”となったら、普通人から見て、“実態を得る”ことになり、その眼に見えるものになる。
② あるいは、この世の物体なり生命体に憑りついて操る“憑依状態”となれば、それも普通人から見て、“実態を得る”ことになり、その眼に見えるものになる。
“混合状態”や“憑依状態”に遷移した霊界物質が、独自の自律意思を持って、生き物のように行動する場合、これを私たちは“神様・幽霊・魔物”といった“霊体”として認識することになる。普通の肉眼にも見える状態になるからだ。
つまり……
“あの世”の物質(霊界物質)が、“この世”の物質との“混合状態”や“憑依状態”になることで、普通人にも認識できる“神様・幽霊・魔物”となるのである。
《魔法と“霊的特異点”》
そこで“魔法”に話を戻すことにする。
魔法とは、基本的に、“この世”の中に存在するエネルギーのやりとりだけでは実現できない行為である。熱力学の第一法則(エネルギーの保存則)およびエントロピーの増減に関わる第二法則を無視した物理現象を生起させるからだ。
自分自身を含めたさまざまな物体を超高速で運動させたり、飛行させたりする念動力や、放熱や冷却などといった熱量の移動、それらを応用した攻撃や防御。
あるいは化学的合成力、分子の結合や剥離の能力、それらを応用した新物質の生成すなわち錬金術。
あるいは視覚や聴覚といった五感に頼るのではなく、各種の情報を特殊な魔法言語……いわゆる“妖精語”、学術的には“前バベル語”と呼ばれる……によって、直接に脳内の“第六感覚野”で送受信する魔法通話能力。
それら一般に“魔法”として認知されている行為は、大なり小なり……
「この世の“エネルギー保存の法則”を超越している」のである。
“この世”の範囲内に存在するエネルギーのみで実現できる魔法類似の行為は、俗に“奇術”や“手品”と呼ばれる「タネも仕掛けもある」マジックのことである。
魔法も広義には“マジック”と呼ばれるので、混同されやすい。
奇術師や手品師は、それだけでは、魔法使いを意味するとは言えないのである。
魔法とは文字通り、“タネも仕掛けもない”マジックなのだ。
なお、世にいう“超能力”に、
“念動力……サイコキネシス”
“精神感応……テレパシー”
“予知……プレコグニション”
“透視力・千里眼……クレアヴォイヤンス”
“瞬間移動……テレポーテーション”
などがある。
これらも大なり小なり「“この世”のエネルギー保存則を超越している」のであり、“魔法”の一形態に含まれる。
“魔法を使える者”と、俗にエスパーとも呼ばれる“超能力者”は、本質的に差異はない。広義の“魔法使い”には超能力者も含まれることになる。
“魔法”と“超能力”に現象的な差異はない。
両者の区別が明瞭に定義できないからだ。
ただ、それぞれの能力を発現させる“手順の様式”が異なるだけと解される。
魔法の場合、呪文や魔法陣や魔法具などが、魔法力の発揮にもちいられる。
超能力の場合、ある種の“気合い”や“決め技”がもちいられることがある。
いずれも「“あの世”からエネルギーを呼び込んで自在に制御する」点では、同一視して差し支えないのである。
繰り返し述べる。
“魔法を使う”とは、同じ三次元空間に存在しながら“この世”とは別な異世界である“三大霊界”すなわち““あの世””からエネルギーを抽出し、その質量や熱量によってなしえる物理的作用を、自己の意思で、この世の“エネルギー保存則”を超越して、思うがままに制御する行為である。
三大霊界すなわち“あの世”から霊的特異点を通じて抽出されるエネルギーは、この世では、最初に、霊界物質……エクトプラズム……として姿を現す。
「魔法を使う」とは、自分の力で得た霊界物質の質量ないしはエネルギーをもちいて、この世で「何かをする(仕事をする)」ことなのだ。
ということは、裏を返せば……
「魔法を使える者は、その体内に、霊的特異点を有している」ことになる。
「体内に、霊的特異点を有している」ことは、すなわち、自分の身体が、何らかの形で“超霊界”の“霊的エネルギー”を引き出して利用する能力を備えることである。
このことから“魔法を使える者”は霊的な能力者……“霊能者”とも呼ばれる。
《“霊能者”:サイキック=“魔法を使える者”》
自己の身体に何らかの霊的特異点を有し、そこから得られる物理力を自己の意思で制御する能力が覚醒した者を、“霊能者”と呼ぶ。
“霊能力”とは、広い意味で“魔法”のことである。
“魔法”には、“超能力”も含まれる。
魔法自衛隊では、いわゆる“魔法使い”や“超能力者”等を合わせて、“魔法を使える者”とし、“霊能者…psychic…サイキック”と総称している。
また、法的な国家資格ではないが、一定の魔法力を持つ者で、その魔法力を生業とする者……例えば魔法自衛隊の隊員、統聖庁や鬼象庁の職員など……は“魔法士”と呼び、あるいは、より魔法力に熟達した者を“魔法師”と呼称することもある。
《第六感覚野…シックスセンサー…》
では、“霊的特異点”は人体のどの部位に位置しているのか?
有力な仮説としては、一般的な細胞の内部に含まれている器官、ミトコンドリアに格納されているという。
“霊的特異点”が、三大霊界から物理力を“汲み降ろす”機能を発揮することで、その人間は魔法を使えるようになる。
そして歴史上の経験則から、魔法使いの形質は、女性の遺伝子を介して継承されることが認識されている。男性の魔法使いよりも、女性の魔女の方が発現率が圧倒的に高いことからも推測される。
ゆえに、遺伝情報が母系遺伝で継承されるミトコンドリアに“霊的特異点”が収められているとする説が、一九六四年時点では有力となっている。
自己の体内に有する“霊的特異点”から引き出した“超霊界のエネルギー”の受発信や制御を司る部位を、“第六感覚野”という。
第六感覚野が体内のいずこに位置するのか、その所在箇所はまだ正確に突き止められていないが、有力な学説としては、ある特殊な条件を備えた脳細胞の中に受容体が格納されているという。
おそらく脳内と思われるその部位には、普通の人間が持つ“五感”とは別な、“第六の感覚”に関与する受容体が集められている。
そこは魔法に起因する念動力や精神波、熱量や質量の移動や化学変化などを感じ取り、その影響を判断して、自らの魔法力をコントロールする、いわば制御卓…コンソール……の役割を果たすと考えられている。
魔法を使う人は、霊的特異点から自分が得たエネルギー、もしくは、魔法を使う他者が発信するエネルギーを、自分の“第六感覚野”で感じ取り、その状態を把握して、自分の魔法力を操作するのである。
よくある例としては、「神様や幽霊や魔物が見える」とき、私たちは肉眼でなく、脳内の“第六感覚野”によって、「見えるようにしている」のである。
また、魔法力で相手を攻撃するときには、“第六感覚野”を使って、敵の魔物を察知し、自分が使用できる魔法力を選択し、敵に向けて発射する、あるいは防御力場(結界)を形成する……などの作用を行うことになる。
《“神のみもとへ至る音楽”と第六感覚野》
古来より、音楽に、人の“霊感”を増幅する作用があることが指摘されている。
“霊感を増幅する”とは、“第六感覚野”を著しく活性化させることだ。ただし、活性化の程度には多様な個人差がある。
すぐれた音楽が、ヒトの第六感覚野を刺激し、その機能を増幅して、霊能力すなわち魔法力を発現させる可能性は否定できない。
したがって、その音楽によっては、三大霊界から“この世”へ訪れる霊体(神様・幽霊・魔物)とのコミュニケーションをより容易にする効果があると考えられる。
はるかな昔、古代ギリシャ世界の神託都市デルフォイにおいて、古代の神々を“この世”の地上へ招喚する“能動的な神寄せ”が定期的に行われていた。
デルフォイの聖別区域である“ピュートゥ聖域”で四年に一度開催されていたピュートゥ大祭で、この“神寄せ《アクティブ・コーリング》”が実施されていたという。
そのさい、人の精神に神様を受け入れ、神様と心を通じ合わせるために、美しい歌舞音曲がもちいられたことは周知の事実である。
そして近代。
因果関係の科学的立証はなされていないが、おおむねモーツァルト以降の偉大な音楽家は、人間が神様を受け入れ、神様と言葉を交わし、心を通じ合わせることのできる“神のみもとへ至る音楽”の作曲に取り組んできた。
そして十九世紀、神様と人間の関係を科学的に解明することを目指す“組織”が、密かに有能な音楽家に働きかけ、古代ギリシャの研究から得られた科学的な手法を伝授して、“神のみもとへ至る音楽”の実現を促してきたものと思われる。
その結果、ベートーヴェンとワーグナーが成功し、決定的な功績を残した。
人類が科学的に創り出した“神のみもとへ至る音楽”は、十九世紀末の音楽家ガブリエル・フォーレが採譜に成功し、一八九四年に挙行された“エッフェル塔の神寄せ”に使用して、ただならぬ成功を収めたと伝えられる。
《“エッフェル塔の神寄せ”の功績》
一八九四年六月十六日、フランス共和国の貴族ピエール・エッシェンバッハ男爵が、心霊科学者シャルル・ロベール・リシェと“組織”の後援を受けて、パリのエッフェル塔にて古代神に対する万神規模の“能動的な神寄せ”を挙行し、これに成功した。
この偉業は、神々・幽霊・魔物の世界である“三大霊界”すなわち“あの世”の実在を科学的に証明する……という、歴史的な成果を心霊科学の分野にもたらした。
それだけではない。
それまで中世のレベルのまま停滞していた“魔法学”を飛躍的に発展させる契機を生んだのだ。
“魔法を使う者”(霊能者)の魔法エネルギーの源泉が、三大霊界、すなわち“あの世”であることが、実証的に突き止められたからである。
“エッフェル塔の神寄せ”は、その後、二十世紀において、“魔法”を科学的に体系化し、その合理的な活用を推進するための“開発基盤”となった。
西暦一九六四年時点における、“魔法に関する知見”は、十九世紀以降、“組織”に連綿として伝えられてきた情報に基づくものであり、魔法自衛隊の活動も、それらの知見に立脚しているのである。




