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魔法自衛隊1964  作者: 秋山 完
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078●第12章● 〃 1964年6月20日(土)黎明②:死の顎

078●第12章●危険と魅惑の夜間飛行…1964年6月20日(土)黎明②:死の顎





 ダイハチの胴体が危機感に震え、猛烈な勢いで跳ねる。

 それを見て、さきほどヒル先生の歓声を流した一号車アリスのラウドスピーカーが、盛大なマーチを奏で始めた。瓢明ふくべあきら教授の名曲“怪獣大作戦マーチ”である。

 ビルの谷間に木霊するその曲を、島高屋しまたかや百貨店屋上の司令所のマイクが拾い、通りに向けたラウドスピーカーで流す。木霊が木霊を呼んで、スピーカーが痛みそうなほど奇怪なハウリングを起こすが、構うことなく、がなり立てる。

 もはやただの騒音……と誰もが思ったが、そうとも限らなくて、ダイハチはその空気振動に反応した。いかにも不快な様子で、胴を波打って、まるで踊るかのように、のたうち回る。

 ……ヒステリー状態だ。

 “秋花”から撮影する久がそう感じたとき、くるみの右手が動いた。左手で座席の横の飛行箒を握り、両脚は方向舵の制御ペダルに置いているが、右手で握っていた操縦桿を放し、百式機関短銃モモキを持つと、コクピットから突き出して発砲する。

 幸い、久は左側にカメラを向けていたのでよかったが、右側だったら銃口のマズルフラッシュで目がくらみ、ついでに頬を照り焼きにされただろう。

 銃撃を浴びせて、眼前に盛り上がったダイハチの背中を一部こそげ落とし、“秋花”はぎりぎりで接触を避け、上昇する。

 見ると、TS特車が次々と中央通りに顔を出すと、タイミングを合わせて一斉射撃を繰り返している。ダイハチが日本橋の隠火路おんかろへ逃げ戻るのを防ぎ、なんとしても、この場で叩き潰すつもりだ。

 飛行騎兵隊も手を緩めない。TS特車の射撃が餅つきのきねならば、その間隙に行う“手返し”のタイミングで、特車隊が八十八ミリ砲の次発装填を行う間にダイハチに痛撃を与える。

 祓魔弾エクソスの破裂光と、こよみたち飛行騎兵隊の神楽剣とバヨネットのきらめきが交錯する中……

 ダイハチが渾身の力で、左右のビルを打った。その霊体のボディに混合された瓦礫片や砂塵がビルの壁面を叩き、気圧差のパンチが窓を割り、手すりを砕き、ネオンや看板、トタン板や銅板の屋根材を飛散させる。

 投光器がやられた。ふっ、と薄闇のベールが降りる。

 そこへ、ぐいっとダイハチの頭部が現れた。巻いたとぐろの内側に頭部を押し込んで、こよみたちの攻撃を避けていたのだ。あたりが暗くなったことで、両眼に怒りの炎を燃やし、鎌首を持ち上げる。飛行していた営業部隊の数名が衝突し、跳ね飛ばされたように見えたが、幸い、負傷する前に念動力のバンパーで反跳したようだ。ビルに激突しないように、SJTメンバーが念動力の保護結界をかけて助ける。

 空へ逃げる飛行騎兵隊、その後を追って、ダイハチが口を開け、轟然と吐いた。

 グオオオッと大気の穿孔音が耳を打つと、渦巻くひょうとともに、棍棒のような形の、ただし、高さは数百メートルにもなる竜巻が伸び、空の魔法士たちを打ち据えた。

 即座に隊形は崩れ、各自が散り散りになって夜空へ飛び出してしまう。

「キュウさま!」

 くるみが、許可を求める。

「うん、そうしよう。助けに行って!」と久は応じた。

 魔法によるフライトは、地球の重力を念動力で相殺することになるので、上下の感覚が狂いやすい。くるみの飛行箒に乗って最初に飛んだ時の、胃袋が浮き上がりそうな浮遊感と、無秩序なGの感覚を久は思い出した。

 宙返りしたことが視覚的にわかっていても、空を下にして普通に飛行しているような体感が続く。上昇しているつもりで、実は真っ逆さまに地表めがけて突進しているかもしれないのだ。これは“空間識失調くうかんしきしっちょう”に近い状態であり、“秋花”に乗っていても魔法飛行に集中すると計器の確認を怠りがちになるので、かなり危険だ。ましてや飛行箒フライブルーム一本だけで夜間に飛行するときはなおさらである。

 くるみが操る“秋花”は、一時的な空間識失調くうかんしきしっちょうに陥ったと思われる魔自の隊員に接近し、口頭で警告し、機体につかまらせて休憩させる。

 しかし数分もたたずして……

「ダイハチに注意! 奴はジャンプする。注意せよ!」

 ラウドスピーカーから、真幌場の声。

 すぐ目の下で、こよみたちSJTのメンバーが百式機関短銃モモキをけたたましく発砲し、神楽剣をふるった。暴れるダイハチの背中がビルの屋上よりもはるかに高く持ち上がってきたからだ。

「うわっ」

 久が声を上げると、正面に、ダイハチの顔面。薄闇に乗じて首を持ち上げたのだ。

 ダイハチと目が合った。刹那、声が聞こえたような気がした。

『お前の時間へ帰れ!』 

 電撃のように、久は悟る。

 こいつ、僕を狙っている!

 “秋花”はひらりと翼を翻し、くるみは上昇しざま、百式機関短銃モモキを放つ。

 パンパンと炸裂する弾丸をものともせず、ダイハチは牙を剝いて口を開け、低空を飛び回る飛行騎兵隊に再び気圧差攻撃を浴びせようとする。

 そのとき、パリパリと何かが爆ぜる音が頭上高くから聞こえると、横方向から、ドン! と発砲の音が遅れて届いてきた。すると……

 夜空に光が満ちた。

 数十個の火の玉が、まばゆい光を発しながら花束のように頭上に開く。

 まるで真昼だ。

星弾せいだんだわ!」

 飛行中の誰かが叫んだ。すぐに“営業部隊”の田山が命じる。

「女子隊は上空で星弾の落下を止めてくれ。男子は女子を援護せよ!」

 真幌場女史が、西南西へ二キロメートルほどはなれた国会議事堂頂上の高角砲台へ“撃ち方始め”を命じたのだ。

 星弾せいだんは照明弾の一種で、射撃目標を明るく照らして光学的に確認するときに用いられる。目標のダイハチまで二キロメートルと近距離のため、砲身の仰角を最大に取って上空へ高く打ち上げられた星弾は、ゆっくりとこちらへ降下してくる。

 田山の声に応じて、箒に乗った女性隊員が数名、急上昇し、空中で燃え盛る光の玉を念動力で受け止め、落下を防ぐ。男性メンバーはその下方で、伸び上がるダイハチの頭部を旋回し、白兵戦を仕掛ける。

 次々にダイハチに撃ち込まれる百式機関短銃モモキ祓魔弾エクソス

 星弾の眩しさに目蓋を閉じ、やみくもに首を振り回すダイハチの後頭部にバヨネットの斬撃が浴びせられる。銀色の肉塊が飛び散る。しかしダイハチの頭部は鎌倉の大仏様の全身ほどの体積があり、まだ致命傷は与えられない。

 数秒で次の星弾が頭上に花開いた。

 そして数秒して、もう一発。

 真夜中の街に、半径数百メートルの真昼が出現する。まさに、夜の昼。

「これは国会高角砲の星弾せいだんです。続いて鎮魂弾レクイエムを発射します。各員、ただちに退避せよ! 退避確認後、六〇式自走無反動砲マメタン部隊も鎮魂弾レクイエムで一斉射撃します。……警報! まもなくレクイエム攻撃、レクイエム攻撃。各員、至急退避せよ!」

 司令所を守る池条いけちゃんの声が、肺活量一杯に響き渡った。

 鎮魂弾レクイエムは威力が大きいものの、神女挺心隊《SJT》の少女たちが手作業で製造しているので、数が少ない。今回の戦闘では、ダイハチの尻尾が隠火路おんかろの中へ続いたままだった。そこでダイハチの胴体を切断することで隠火路おんかろからの霊的エネルギーの供給を止めるまで使用を控えていたのだ。

 鎮魂弾レクイエムを一気に何発も使用する場合、現場の魔法士たちは戦闘を中断して避難することになっている。百式機関短銃モモキなどの祓魔弾エクソスはその爆発力によって魔物を“爆散”させるだけだが、鎮魂弾レクイエムは、魔物に小さな霊的特異点を打ち込んで、ほんの一瞬の間、“魔界隧道”を発生せしめ、一定範囲の魔物を魔界へ叩き出すのだ。

 魔物を“あの世”へ排除する、その霊的な斥力は、“爆縮インプロージョン”の形をとる。

 そこには極めて短い時間だが、暗黒の真空状態が現れるので、瞬間的な暴風が巻き起こる。もろに巻き込まれたら、魔法士といえども、生命にかかわる。悪くすると、自分の肉体も“あの世”への道連れにされかねないからだ。

 飛行騎兵隊は大急ぎで散開した。ダイハチの気圧差攻撃で隊形は崩れ、バラバラの乱戦状態だったので、見た目は綺麗でないが、ともかく各自が戦場から遠ざかる。

 永代通りのTS特車隊も、あわてて後退し、距離を取った。

 そこで、待ってましたとばかりに、中央通りに横一列に展開したマメタン四輌が百六ミリ無反動砲を斉射する。

 ズバン! と腹に響く発射音。砲身後端のノズルから吹きだしたブラストが路面を叩く。

 今度は一人として爆風の巻き添えになる者はいなかった。車体の内部と側面に要領よく隠れている。

 八発の百六ミリ鎮魂弾レクイエムが全弾命中、とぐろを巻いたダイハチの胴が、瞬間的に膨らんだ暗黒の空間に呑まれると、瞬時を経ずして極小の点に収縮する。

 内向けに空間を閉じる音が、バチン! と鼓膜に突き刺さると、ダイハチの肉体が消滅する。しかし、あまりにも巨大なので、一撃で消せたのは三分の一程度だ。

 六〇式自走無反動砲マメタン各車の側面に身を隠していたSJTの装填手が、熱した砲身の尾栓を開け、車体側面の弾薬箱から次の鎮魂弾レクイエムを引き出して、装填する。一連の動作は念動力で行うので、火傷の心配はない。

 その間、はてるかを始め、四輌の車長はハッチから車体の上に出て、車体の左側面に固定した九七式自動砲クンナジに手をかける。バン! バン! と射ち出す二十ミリ鎮魂弾レクイエムが、ダイハチの虹色の肉に小型ながら球形の暗黒を爆縮させ、こそぎ取る。

 落ち着いて正確な照準ができたとは言い難いが、ちょっとした山のようなサイズの怪獣に、距離百メートルほどに接近して打ち込むので、事実上の零距離射撃だ。食欲旺盛な少女がフルーツゼリーやプリンをスプーンで次々と掬って食するかのように、ダイハチは鎮魂弾レクイエムに食い散らかされていく。

 マメタンの第二射を受けて、ついにダイハチは覚悟した。断末魔を予感して、逃げに入ったのだ。

 残された胴体を鞭のようにしならせて全力で路面を打つ。全長二百メートル近くの、胴体後部を失った大蛇が虚空に踊り出し、ビルの屋上よりもはるかに高くジャンプ、日本橋の方向を目指して弓なりに反り返り、頭部をもといた隠火路おんかろへ突進させる。

 突如、その胴に球形の闇が膨らみ、ダイハチの首から後ろが消滅した。

 ぐわっ、と空気が渦を巻き、中心点に圧縮されると、“あの世”へ消し飛ばす。

 光学測距儀で照準をつけていた国会高角砲が発射した、口径十サンチの鎮魂弾レクイエムが命中したのだ。

 ダイハチの首が、飛んだ。

 それは数分の一秒のことだった。

 くるみと久の“秋花”が、撮影のため高度を落とした矢先だった。

 久はカメラを構えていたので、胴体からちぎれて空中を突進してくるダイハチの首をファインダー越しに見たが、不思議と、驚きも恐怖も感じなかった。

 カメラのレンズを通して覗く出来事は、どこか現実離れした“向こう側”のことのように感じられてしまう。かりに弾丸が飛んできても、それがリアルに危険であると悟るまでに、ほんのわずかなタイムラグが生じてしまうのだ。

 本当に危険なのに、カメラを目から離せず、その場にとどまろうとする。

 リスク認識よりも使命感がまさってしまう、魔の一秒。

 戦争の悲惨な歴史の中で幾多のカメラマンが命を落とした瞬間を、そのとき久も体験することになった。

 ダイハチの首は“秋花”に激突した。

 あまりにも急だったので、くるみは一言も発することができなかった。

 刹那、全力で機体の前方に念動力を集中し、小さいながら力場結界門フォースゲートのバリアを張る。

 そのため魔法の飛行力が失われ、機首を捻って離脱することもできない。

 翼は左右とも引きちぎれ、ダイハチの牙に噛み砕かれる。

 しかし、かろうじてコクピットは救われた。

 その機体が、ダイハチの長い舌に巻き込まれる寸前。

 ダイハチは悲鳴を上げて、のけぞった。

 何者かが強烈なパンチを鼻づらに見舞ったのだ。

 ダイハチの鼻っ柱が粉砕されるのと同時に、“秋花”の両翼をもがれた胴体だけが、ダイハチの牙の前で 跳ね返り、上空に投げ出される。寸暇をおかずダイハチは首を弓なりにしならせ、開いた口で、がぶり、とくわえ、呑み込もうとしたが……

 同じ何者かが、その口に見えないい棒をかました。

 ダイハチの下顎が無理矢理に、ほぼ九十度下方へ開くと、顎の先端を猛烈なキックが見舞う。

 がっ、と下顎が折れて、だらんとぶら下がり、だらしなく口を開けたまま、ダイハチの頭部は眼下へ落ちて視界から去る。

 くるくると縦に世界が回り、ビルの谷間をラグビーボールのように放物線を描いて飛んでいる、と久が感じたら……


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