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魔法自衛隊1964  作者: 秋山 完
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075●第11章● 〃 1964年6月20日(土)未明③:夜空へ!

075●第11章●“ガチンコ作戦”…1964年6月20日(土)未明③:夜空へ!




 久が続いてシャッターボタンを押した瞬間、その、バシャッという音に、ダイハチが反応した。

 怯えたかのように、ぶるっ、と首を振り、後じさる。

 その爛々と光る眼は、久をじっと見つめていた。睨んでいる。

 久を発見し、目標と定めたのだ。

 久の背筋が凍り付く。

 殺気。

 ギリッと牙をきしませて、久めがけて噛みつこうとする刹那。

 二人の人影が躍り出た。

 左から真幌場、右から丹賀。

 二人とも、剣を横に薙ぎ払う構え。見えないが、巨大な“何か”を持っている。

 旋風のように、ダイハチの牙の前で二人は交差する。

「ぬおっ!」

 烈迫の気合いが二人の雄叫びとなって久の耳に届く、その瞬前しゅんぜんに……

 真幌場と丹賀が横ざまに撃ちおろした巨大で強烈な念動力のハンマーが、まったく同時にダイハチの頭を左右から叩いた。

 金属工場のプレス機を横にして閉じたようなものだ。

 刹那、ダイハチの頭部は、縦にぺしゃんこになった。

 久はミコンFZのシャッターを切りながら、アニメの格闘技の一場面のようなシュールな情景を、さほど不思議とも思わずに見ていた。

 とにかく現実ばなれしていたので、かえって驚かなかったのだ。

 ファインダーのフレームの中で、ダイハチの頭部は、手のひらを合掌した姿になり、ぼろぼろと崩れて下へ落ちる。

 同時に、バァン! と、二人の念力ハンマーの激突で生じた衝撃波が久の顔面を打ち、カメラのボディで、がつん、と額を殴られてしまった。思わずファインダーから目を離す。

 そこには、左右から擦れ違った姿勢で止まった、真幌場と丹賀の姿があった。

 いちどきに魔法力を極限まで使い、脱力して、膝をつく真幌場。

 彼女に駆け寄った丹賀が支え、抱き起こす。

 激しく肩で息をつき、二人は並んで下界を見おろす。

「ご苦労、いいタイミングだった」と丹賀。

「いいえ、隊司令こそ」と真幌場。

 期せずして、阿吽あうんの呼吸で反撃したわけだ。

 そこへ、バゥン! バゥン! と大砲の発射音が届く、日本橋の方角だ。

「ダイハチの胴が、まだ、ちぎれておらん。わしが行く」

 自ら戦闘に参加することを決めた丹賀に、真幌場は進言する。

「わたくしも参ります」

 丹賀は即座に却下した。

「君はここに残れ。みんなを守ってくれ」

「……はい」

 やむなく唇を噛み、真幌場は従う。確かにそうだ。ここにいるのは十名ばかりだが、指揮連絡のセンターを維持しなくては、闘いの趨勢すうせいに関わる。

 丹賀はジャンプした。飛行箒を使うこともなく、ひょいと、停車したバスのステップを降りる要領で空中へ飛び出すと、北隣のビルに飛び移り、さらに二度ばかり跳ねて、木白屋きしろや百貨店の屋上へ。その下は永代通りだ。

 くるみと久を見つけた真幌場は声をかける。

「キュウ君、もう下がっていいわ! ここは危ないから」

 すみません、それじゃ失礼します……と、紋切り調の挨拶が頭を掠めたが、久は、はっきりと答えていた。

「大丈夫です! まだ、シャシンを撮れます!」

 お先に逃げ出すなんて、この状況では、できない。戦いが優勢で、みんなが余裕ならともかく、見ての通りピンチなのに。未来人が真っ先に、この時代の人たちに背を向けて逃げ出すなんて、恥ずかしすぎる……と、常々“人並み”を旨とする久の、自慢するに値しない小さなプライドなのだが、それでも、その場にとどまることを決意させたのだ。

 しかし真幌場は手を横に振って否定した。

「避難しなさい! この建物が崩れたとき、あなたは飛べないのよ。今はまず、自分の安全をはかりなさい!」

 うっ、と久はひるむ。自分の魔法力の足りなさを指摘されると、逆らえない。霊写力のほかには、なにひとつ“人並み”に魔法を使えない自分だ。

 が、くるみが敢然として言った。

「あたし、キュウさまを守ります。絶対に!」そして久を向いて、言葉をほとばしらせた。「シャシン撮ろうよ! キュウさま。みんなのシャシン、撮ってあげてよ。それが、シゴトなんでしょ!」

 真幌場は言葉を失う。久もそうだった。くるみに、これほど強く懇願されるとは、全く予想外だった。

「ああ、だけど」久はカメラを握り締めて悔し気に言った。「ここでは暗すぎて、あまり写らないと思う。下の階に降りて、ダイハチの近くへ行かないと。危なくても……」

「じゃ、空から撮ろう!」

「えっ?」久は息を呑んだ。「空撮できるの?」

「うん、できる!」

 言うや否や、くるみは久の腰をがしっとつかむ。

 あっ、と気付いたら空中だった。自由落下。

 断崖絶壁から無理心中するカップルの如く、八階のビルの屋上から一気に投身……!

 久が、アーメンと唱えるべきか迷う間もなく、くるみが叫ぶ。

「シベール!」

 主人に名前を呼ばれた飛行箒がシャッと拡大、二人を載せて緩降下かんこうかする。

「えっ、えっ、ええっ?……と、飛んでる?」

 たまげた声を上げてしまったが、それはヒル先生の箒で島高屋しまたかや百貨店の屋上へ昇ったときの安定感が著しく欠けていたからだ。

 乗り心地を比較すれば、ヒル先生の方が豪華リムジンならば、失礼ながら、くるみの箒は原付バイク、しかも無免許だ。それだけパイロットの技量と年季に差があるわけだが、もちろん久は文句クレームをつけられる立場ではない。

 ちょっと……というより、死ぬほど怖いが、とにかく、落ちずに飛んでいる!

 箒に乗る二人の態勢は、久が前で箒にまたがり、くるみが後ろで横座りしている。

 外見的には、自転車の二人乗りで、久がくるみを運んでいるような構図だが、実態は久の方が乗せてもらっているわけだ。

 くるみの片腕が久の腰をしっかりと巻いて、安全ベルトの代わりをしている。従って、彼女の胸は久の背中にこの上なく圧着し、その高反発の弾力性は、この世のいかなる玉座よりも甘美であり、彼女の頬も唇も、カメラを保持するため背中を丸めた久の首筋に、限りなく密着。こうなると、箒の操縦が適度に下手であることは、むしろ久にとって昇天にも等しい至福の体験に恵まれることが期待できる。

 これがデートならば、このまま日本一周の旅に出たい……

 だが久がロマンティックな旅情にひたれたのは、良くてコンマ一秒であった。

 ダダダッ、ダダダッ! と、脇腹の横で弾ける銃声、まばゆいマズルフラッシュ。

 げっ! と腰をよじると、くるみが右腕で百式機関短銃モモキを腰だめに構え、発砲している。それだけで耳が潰れそうだが、同時に、眼前の空中に屏風のように立ちはだかったダイハチのボディの一部が砕け、飛び散って落ちる。

 機関銃が吐く炎にたじろぐ久。正直、脇腹が痛い。少し火傷したみたいだ。

 しかし、それを気にするゆとりはない。

 すぐ足下あしもとで、ダイハチが狂ったように悶えている。

 道路上でU字形に身体を曲げて、のたうち続ける。サンダーネットの高圧電流に感電して、ゼリー状の胴体が沸騰、破裂したのち、焼け焦げて裂けた肉体を元に戻そうと、激しい細胞分裂を続けているのだ。

 久は撮影する。思いついて、動画撮影用のマリフレックス16MZを構える。チィィィ……とシャッターの開閉音、回るフィルム。そこで、はっと気づいて自分に気合を込め、念写サイコプリントを意識する。ぼんやりと撮影したら、機械的にフィルムに露光するだけであり、その場合、“あの世”の霊体であるダイハチは写らないからだ。僕の霊写、できているのか? 腹の裂けたダイハチ、フィルムに綺麗に収まってくれるだろうか?

 ファインダーの中で燐光を発しながら、ダイハチはうごめく。

 どろどろ、むくむくと半透明の肉塊が持ち上がり、それが無数の指のように突き立って、左右に揺れてつなぎあわさると、膨れながら倒れ込んで、肉体を追加する。

 全長三百メートル……いや、実際はU字形に曲がっているので、真っすぐ延ばせば五百メートル近くになるだろう。それが、そこかしこでねじれ、とぐろを巻きながら、直径が数メートルにおよぶ触手を数限りなく空中に這わせるさまは、蛇型の超巨大イソギンチャク。

 周囲の建物一帯は停電していて、街灯も真っ暗だ。西側に並ぶビルの窓から、小型の投光器……その燭光は舞台のスポットライト程度だが、手元のバッテリーで試しに点灯したらしく、ダイハチを照らそうとした。

 が、細い光の帯が触れたとたん、ダイハチの触手が跳ね返るようにしなり、長大な鞭となって窓を襲う。

 ガラスの割れる音がして、照明は消えた。

 ダイハチは、明るい光を嫌っている。健康体ならばそれほどでもないようだが、傷ついた身体を修復している今、“この世”の光は障害になるようだ。

 その触手の一本が、獲物にからみつく蛸の腕のように襲い掛かってくる。

 それを、くるみの射撃でかわす。

 二人の飛行箒“シベール”は、からくも難を逃れて飛び上がる。

 急上昇。耳にはただ、びゅっと、風の音。

 数瞬、街は眼下の闇に消え、二人は満天の星空に包まれる。

 宙返り。星が夜空を一斉に走る。

「ひゃお!」

 くるみが嬌声を上げた。

「きれい、お星さまが素敵ね。キュウさま。みーんな、流れ星よ!」

 はい、さようでございます、夢いっぱいのお嬢様。今宵はキラキラ星に何を願われましたかな……と、忠実な執事を演じてあげたいところだが、久の健康状態は全く非人道的なありさまだ。

 錐もみで下降しながら何度も宙返りし、失速したかと思うと垂直に急上昇して、どすんと空中に静止したわけで、無秩序なGに振り回された久の胃袋は、いつ肉体を離れて口から脱走してもおかしくない、釣り上げられた深海魚が胃袋を口から吐き出す……その直前状態であった。

「あわ……あわわ」と、情けない声で泡を噴きながら、早めに夜食のおにぎりを消化しておいたことを神に感謝する久である。

「気持ちよかった? カイカン?」と、くるみの笑顔。なんだか、嬉しそうだ。いや、心底、楽しんでいる!

 あいにくですが、気持ち悪うございます! と言い返す元気すら搾り取られた自分が、情けない。


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