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魔法自衛隊1964  作者: 秋山 完
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074●第11章● 〃 1964年6月20日(土)未明②:サンダーネット

074●第11章●“ガチンコ作戦”…1964年6月20日(土)未明②:サンダーネット




「サンダーネット許可する。やれ!」と丹賀。真幌場はマイクに怒鳴る。無線だけでなくスピーカーの肉声も加えて、中央通りの隅々まで届かせる。

「SJTと営業部隊、特車隊と六〇式自走無反動砲マメタン、全員後退せよ。サンダーネットを使う、サンダーネット準備! ただちに後退せよ!」

 司令所テントの背後の塔屋、エレベータの機械室から地下の電気室へと敷設ふせつしてあるケーブルにつないだ制御ボックス。その上に突き出したT字形のスイッチに手をかけていた池条いけちゃんが叫ぶ。

「通電!」

 ガチャッ、と押し込まれると同時に、地下の配電盤に接続しておいた特設電路の回路が開いた。

 都電の空中送電線を支えるため、道路の数メートル上には格子状にワイヤーが張り巡らされている。それを利用して、あらかじめ永代通りから八重洲通りまでの間に、ジグザグに高圧電線を張っておいたのだ。

 これがサンダーネットで、その電源は、昨年まで操業していた、四本の“お化け煙突”で知られる千住火力発電所を臨時稼働することで確保していた。ダイハチが暴れて電線が切断されることを考慮して三本の送電回路を用意していたが、幸いにして三本とも耐え抜いていた。ダイハチのボディの“質量化”がまだ中途半端で、半ば液体のような状態だったからだ。

 そこに高圧電流がほとばしった。

 ブワッ、とダイハチが痙攣した。電線をくわえ込んだボディの中で、雷電が飛び跳ね、バチバチとぜる。ゼリー状の細胞が沸騰した、体内を駆け巡る高圧電流。バウッと泡を噴き、内部から盛大に破裂する。しかしダイハチは死なず、全身をばねにしてS字形にしなり、反動をつけて筋力を解放する。

 全長三百メートル以上の、重光子が詰まったチューブ型風船の破裂だ。

 ダイハチのクラッシュと同時に……

 すさまじい気圧差攻撃が発生した。

 ドォン! と列をなすビルが一斉に揺れ、地上の瓦礫がその風圧で吹きあがった。

 轟然と膨らむ砂塵と粉塵、ブロックや木くずや看板や鉄骨のかけらが島高屋しまたかや百貨店の屋上を超えて飛び上がる。そこに嵐のようなダウンバースト。頭の上から風圧が、ずん、と落ちてきて、瓦礫やなにかが雹のように降り注いだ。力場結界門フォースゲートの一部が負荷に耐えかねて破れ、司令所のテントが吹き飛ぶ。

「危ないキュウさま!」

 くるみが両腕で久を背後から抱きしめ、後方へ跳ぶ。同時に、ダイハチの胴体が生み出した爆風で、道路から飛んできたコンクリートブロックが久のヘルメットをかすめる。

 目の前に落下して割れるブロックに身を縮めた久は、くるみを下にして植え込みに倒れ込んでいた。

「ご、ごめん!」

 あわてて飛び退こうとしたところを、くるみが咄嗟に足をからめて久をうつぶせに倒し、背中にかぶさる。その上に、ざあっとシャワーのように細かな瓦礫が降って来た。

 ばちばちと地面に跳ねる音が、数秒続く。

「大丈夫? キュウさま、怪我してない? カメラ、壊れてない?」

 くるみの荒い吐息が、耳元と頬にかかる。花壇の中に倒れたらしく、土と草と花の香りを感じつつ久が顔を上げると、そこに、くるみの涙ぐんだ眼があった。念動力のバリアを被せて守ってくれたのだ。

 くるみの湿った頬が、久の頬に触れる、と、つかの間、離れずに、強くぎゅっと押し付けられた。

 久の心臓が、この日一番の激しい鼓動をドンと打つ。

 やわらかいけれど冷たい頬が、久の意識を戻す。半身を起こす。くるみの頬がそっと離れる。

「大丈夫、とても大丈夫、ありがとう。ごめん、きみこそ怪我してな……」

 そう口走って久は凍り付く。くるみの首すじに、右のこめかみの髪から、つうっと赤い血のすじが走ったからだ。見下ろすと、くっきりと血痕をつけた、靴ほどのブロックのかけらが転がっていた。

「あ……」久は呆然として、くるみの血がにじむうなじの金髪に手をかざす。「そこ、怪我してるよ! 手当てしないと、……えっと、救急箱!」

 くるみは、自分よりも背の高い久の方を、優先して守ってくれた。心がキュッと痛むのを感じ、久はあわてて、机や椅子が散らばった司令所を見回す。

 くるみは自分の右手で何気なく首筋から耳へとなぞり、指についた血を見て、あ、と顔色を変えた。

「いいの! 平気! 全然平気だから……見ないで!」

 激しい勢いで埃まみれのベレー帽を目深にかぶり直し、髪を寄せて傷口を隠すと、あたふたとハンカチを出して、頬の血痕をぬぐった。久に訊く。

「取れた? キュウさま」

 久はうなずく。セーラー服の白い三角の襟に、血のしずくが数滴、ちいさな染みを残していたが、それだけになった。

「いいのよ。気にしない、絶対に気にしない。痛くないし、血も止まったし、小っちゃなかすり傷。帰ったら赤チン塗ってもらうから、キュウさま、今のこと忘れてね。あたしは平気!」

 燃えるような目線で、ぴしゃりと断言されて、久は一言も言い返せなかった。

 土煙は漂っているが、ようやく、周囲の様子がおぼろげに見渡せる。

 テントは壊れたが、司令所の重要備品は各自が念動力で守っていた。

 花壇の縁や地べたに板切れを敷くなどして平らな場所を作り、そこに無線機や電話機を置いて、あるいは屋上後方の塔屋から信号灯を明滅させて、スタッフが通信を送っている。

 アドバルーンは不規則な突風に揺れながらも、落ちることなく浮かんでいた。その風船の下のカンテラが、ちかちかと明滅している。

 くるみと久に声をかける者はいないが、事情はわかる。

 物凄く切迫しているのだ。

 あたりは暗かった。明かりは、いくつかの懐中電灯しかない。

 ……そうか。投光器がみんな、潰されたんだ。

 ふと気付いて、カメラのレンズを望遠から広角に取り換える。広角レンズの方が、シャッターの“絞り値”が小さい……すなわち、カメラに取り入れる光の量を大きくできるので、いくらかでも明るく撮影できるだろう。

 久は、くるみに腕をつかまれたまま、屋上の手すりに近づく。

 ぼおっと、虹色の輝きが、下界から昇ってくる。

 照明が消えた今、霊界物質エクトプラズムと、この世の物質が混ざり合ったダイハチの巨体が、燐光を発しているのだ。

 サンダーネットの電撃でダメージを受けたはずだが、まだ滅びていない。

 薄明りの中、司令所の人々は慌ただしく動いている。

 真幌場や池ちゃんの声が聞こえる。

「空電のため、有線で伝達する」

「各部、被害状況知らせ」

「サンダーネット、電纜でんらん焼失、次発攻撃不能!」

「投光器、復旧急げ!」

「暗すぎる。一基でもいい、点灯してください!」

「SJTと営業部隊、白兵戦用意!」

「六〇式自走無反動砲マメタン、特車隊の前へ! 鎮魂レクイエムロケット弾、発射用意、そのまま命令を待て!」

 丹賀の声も交じる。

「隊司令だ。永代通り、どうなっている。ダイハチを切断したか?」

 日本橋の“隠火路おんかろ”から三百メートルも延びているダイハチの胴、それを、永代通りで待ち構えた四輌のTS特車の射撃で切断するつもりだが、いまだに成功の報告が入っていないのだ。

 ダイハチを散水ホースにたとえれば、その後端が蛇口につながれた状態。このままでは、ダイハチは隠火路おんかろの向こう側、“あの世”の魔界から無限にエネルギーの供給を受けて、たちまち再生してしまう。

 ……まさか?

 屋上の手すりの向こうの暗がりに、ぐおっ、と虹のような光芒が持ち上がるのを見て、久は全身で、ぞわっと震えた。

 ……来た!

 ぬっ、と眼前に持ち上がる、銀のうろこと金の目。

 一戸建ての家ほどもあるダイハチの頭部が、鎌首をもたげて、こちらをぎろりと睨む。

 両眼が爛々と光っている。投光器が失われて薄暗がりとなったので、眩しさが和らぎ、目蓋を開けているのだ。

 今度は司令所の全員がサンダーネットに感電したかのように、ぴんと身を起こし、総立ちになった。

 久はダイハチと目を合わせていた。ただし、カメラのファインダーを通して。

 横長のフレーム一杯に、楕円形の、大福餅を二枚重ねたような印象の顔面。

 そこに人間的な感情は見えず、恐ろしい、というよりは、動物園を脱走した猛獣と道端で鉢合わせしたみたいで、危険とか安全といった判断に至る前の、ただ単純な驚愕に久はとらわれていた。

 しかし、ひとつだけ、はっきりと判断できた。

 こいつは敵だ。

 魔法自衛隊を、SJTのみんなを、危機に陥らせる敵だ。

 そして、敵に対して自分ができることは、残念だけど、一つしかない。

 シャッターを切る。必死で、何回も続けてシャッターボタンを押す。

 このカメラが銃ならば、レンズの銃口で、奴を撃つ!

 ダイハチが口を開けた。規則正しく並んだ牙は水晶のようで、クリスタルの屈折光に彩られて、冷たいが、美しい。

 ダイハチの口蓋の中で、その光が渦巻いた。“あの世”の物質と“この世”の物質の固有振動の差……その“位相差”が作り出す、空間の歪み。次の瞬間にダイハチが吼えれば、異常な気圧差が横方向の竜巻となり、この屋上はばらばらに吹き飛ぶ。

 そのとき。


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