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魔法自衛隊1964  作者: 秋山 完
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068●第10章● 〃 1964年6月19日(金)夜⑥:はばかり対策

068●第10章●決戦の日本橋へ…1964年6月19日(金)夜⑥:はばかり対策




「ところで未来少年」とヒル先生が、ふふっと笑みを載せて尋ねてきた。

「シモネタ振ってわりいが、作戦中の“はばかり”のことは聞いてるだろうね?」

「は、はばかり?」

「ままかり、じゃないよ。雪隠せっちん、御不浄、かわや、お便所の関係さ。トイレとか、お手洗いともいうか」

「あ、聞いてます。マンさんから」

 最初から“お手洗い”と言ってほしい……と思いながら、久は答えた。

 特車隊と一緒に出動する前に、本社の食堂で、たくあん付きのおにぎり二個を竹の皮で包んだ残業食の弁当と、ビタミンの錠剤と、アルマイト製の小型水筒の支給を受けた。水筒はポケットに入れやすいフラスク形だ。

 弁当はいつ食べてもよし、ビタミン剤は作戦開始の一時間前に服用、水筒の中身は三角ベースの井戸水で沸かした番茶、容れ物は作戦後に食堂へ返却する仕組みだ。

 で、食べたら、出るものは出る。いかに綺麗で夢一杯なファンタジーの登場キャラでも、“食ったら出る”という万古不易の生理学的法則から逃れることはできないはずである。

 たとえ異世界でも。

 そのとき食堂に万城が来て、久を片隅に呼ぶと、小声で作戦直前のアドバイスをしてくれた。

「他人には聞きにくいだろうから、今、言っておくよ。作戦時の生理現象のことだ。我慢の限界で追い詰められたら、仕事にならない。そんなときは、近くの隊員に一言伝えて、地下へ逃げ込むんだ。今回の場合は、地下鉄の駅や地下街だ。地下は、この国土の大地母神の支配域になるので、基本的に魔物の影響は及ばない。霊的に、かなり安全といえる。だから地下の公衆便所を使いたまえ。地下に入れない場合は、魔自、すなわち四谷プロの車輛まで後退して、その中で用を足すこと。中に折り畳みの簡易トイレがある。絶対に恥ずかしがらずに使うこと。隊員はだれもが、気にせず使っている。それと、この袋の中には昨年開発された最新の“大人用紙おむつ”が入っているから、念のため着用しておくのを勧める。俺も使っている。あまりいい感じではないが、そのうちどうでもよくなるよ」

 正直このアドバイスは感謝感激だった。慣れない環境で、お腹の調子がいつ崩れるか、冷や冷やしていたのだ。

 万城によれば、ピンチの際に、お腹の中の問題物だけを、遠く離れた某所へ魔法でテレポートさせる猛者もどこかにいるようだが、魔法自衛隊では聞いたことがなく……といっても、わざわざ話して周りの顰蹙ひんしゅくを買う馬鹿はいない。それに一歩間違うと、問題物と一緒に自分の内蔵の一部までどこかへ捨ててしまう恐れがあり、そうなると命にかかわる……というわけで、隊員である魔法使いも魔女も、それぞれがそれなりに苦心して、切り抜けているということだ。

 それにしても、時空転移した先が六十年前で本当によかった。公共施設や百貨店や銀行など大きな建物には、水洗トイレがあるからだ。これが中世レベルの剣と魔法の世界だったら、日々、超すさまじく困った事態に直面して、冒険どころではなくなっているだろう。

 恥ずかしながら、万城から受け取った“招和”の“紙おむつ”が“神おむつ”に見えてくる久である。

 万城は最後にこう激励してくれた。

「無理はするな。危険と感じたら逃げろ。周りの誰かが“危ない!”とか叫ぶとき、それと、心が“怖い!”と警告を発したときがそうだ。その時は、ためらわず逃げて、身の安全をはかれ。誰一人、君を責めたりはしない。いいな、できるだけ怪我せずに、帰ってこいよ。迷子になったら魔法自衛隊の四谷本部に電話しな。ナンバーは666666。いいな、6が六つだ。電話交換室の玉由良たまゆらさんが受けてくれる」

 感謝感激の、ありがたいアドバイスだった。

 それを、久はヒル先生に報告した。

「グート! それでよろしい。生理的にも精神的にも無理だと感じたら、キミの場合は、上役の許可を得ずに勝手に撤退していいんだよ。自律的な単独行動だからね。それから、作戦後に現地ではぐれて、隊に合流できなくなったら、歩いてあそこへ帰ってくればいい。特車隊の休憩用に、今夜の宿を取ってあるんだ」

 ヒル先生の手が指し示すのは……

「あれって……東京駅ですか?」

 たしかにJR東京駅があるはずの場所に、明らかに東京駅の丸の内駅舎の建物だが、屋根の形が異なる洋館が横長に延びていた。

 ドーム状のずんぐりした屋根ではなく、直線的な台形のシルエットを持つ、まるで山小屋のような急勾配のスレート葺きになっている。それに、かつてドーム屋根だった南北の建物と中央玄関の建物をつなぐ部分は三階でなく、二階建てだ。

 これは、二〇一二年に復元工事を施される前の、“招和”の“東亰駅”だ。戦災でドーム屋根を消失し、終戦直後に応急的に改修されて、そのまま二十世紀を生き延びた駅舎である。

 久が四歳のころに創建当初の外観に復元されたので、この角屋根の駅舎はまるで記憶にない。

 久の目からみて、復元工事後の駅舎は、煌びやかで豪華な宮殿のイメージだ。駅舎の中につくられたリッチなホテルは、自分とはまるで縁のない、セレブの別天地である。

 しかし、今、目の前にある“招和”の世界の駅舎は、チープではあるけれど、威張ることなく腰が低くて、庶民的な親しみが感じられた。赤レンガが古風で上品な、落ち着きのある印象だ。

 特車隊は駅舎南側の、地下鉄丸ノ内線出入口の横に並んで停車した。

 戦車男タンクメンたちが下車して、各自の車輛の前に整列する。

「あの……そこって、とんでもない高級ホテルじゃないですか?」

 久の問いに、ヒル先生は、心配ないとばかりに答えた。

「いいホテルだよ。けれど敷居は高くないね。普通のサラリーマンが出張の宿にしている。まあ、あたしらの部屋は二階の上の屋根裏なんで、格安さ。幽霊のボーイさんもやってくるけどね。……そういえば今夜は、首都の表玄関にしては、幽霊の姿を見ないねえ。やはりダイハチがおっかなくて、みんな、どこかに隠れているようだね」

 ホテルの玄関のひさしは簡素なビニール幕で、その先端のアーチ型の枠に、“東亰ターミナルホテル”と表示されていた。

 とても東京の駅とは思えない、古めかしさだ。壁面の煉瓦はつやがなく、くすんでいる。しかし“昔ながら”の伝統を感じさせる。なんだろう、戦前を舞台にしたスパイ映画に出てきそうなたたずまい。まるでアニメの世界というのか。 

 久は見上げる。

 頭上には、星があった。

 人と車の騒音は耳につくが、街の灯はひそやかで、つつましい。

 魔法自衛隊が、守ろうとする街だ。

 戦場は、近い。


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