064●第10章● 〃 1964年6月19日(金)夜②:カメラマンの出動
064●第10章●決戦の日本橋へ…1964年6月19日(金)夜②:カメラマンの出動
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こちらも出撃の時を迎えていた。
「|虎よ、虎よ、世界に冠たれ《ティーゲル・ティーゲル・ユーバー・アレス》!」
「ハイル、虎、虎、虎!」
ヒル先生の掛け声と戦車男たちの雄叫びが四谷プロダクションの前庭にどよめくと、エンジンスタート。
八輌のTS特車が、一斉にうなりを上げる。
一号車アリスから、バーバラ、クララ、ドロシー、エルザ、フレイヤ、ゲルダ、ヒミコと、女性の名をつけた車体が、もうもうと吐き出す排気ガス。
出動。時刻は十九時五十七分……イチキュウゴーナナ。
前進し、左の履帯を止め、キュラキュラと右の履帯をきしませて左へ信地旋回すると、敷地の正面ゲートにさしかかる。
TS特車は、都内の狭く曲がりくねった路地を走行するために動力伝達装置を特注品に換装して、信地旋回と超信地旋回を可能にしている。このトランスミッションは、操縦する戦車男たちの魔法箒を接続することで、通常のシャーマン戦車の限界を超えた機動を可能にする。
先頭の一号車アリスはピッピッとクラクションを鳴らし、ウインカーを点滅させる。
四谷プロのスタッフが赤色光の懐中電灯と電灯を仕込んだ提灯を振って、夜道を通りかかる自動車に注意を促しつつ、TS特車隊を誘導する。
ヒル先生は、砲塔の車長ハッチから上半身を出し、前後左右に目を配り、インカムで指示を出す。久はその隣で、砲塔の上に載せた来客用座布団のお世話になっている。ハッチを前に倒した装填手用の穴に両脚を入れ、片手を換気口のカバーに引っ掛けて身体を安定させる。
久も完全装備だ。下半身は四谷プロの制服と同じデニムのカーゴパンツに戦闘用の半長靴だが、カーゴパンツは地面に膝をついても楽なように、ニーパッドを着けている。
上半身は、デニムシャツの上に、大小のポケットだらけのカメラマンベストを着用していた。ベストは都電カラーの山吹色で、目立ち具合が少し恥ずかしいのだが、夜間でも個人識別をしやすくするために、この色になっている。
ベストの肩にはショルダーループがあって、左肩のそこに一眼レフの魔動カメラ、ミコンFZのストラップを通し、35ミリ広角レンズを装着したカメラ本体は脇下に提げている。万城から、「カメラの紐は、首に掛けるな。高速移動中に紐が何かに引っかかったら、絞首刑になっちまうぞ」と注意されていた。
ベストの左ポケットには、焦点距離一三五ミリの望遠レンズ、そして予備カメラとして、小型のマシカ・ハーフFZを入れてあり、あとはひたすら予備フィルムだ。夜間撮影になるが、ストロボの使用は断念した。この時代のストロボは、本体と肩掛け式のバッテリーを合わせて五キロ以上の重さがある。体力的に、運ぶだけでバテてしまうだろう。ミコンFZだけでも、重みがずっしりと肩にかかる。
それに、もっとかさばる装備品を右肩から提げていた。動画撮影用の十六ミリムービーカメラ、ドイツ製の“マリフレックス16MZ”だ。三種の撮影レンズが、まるで三連装の擲弾投射器だ。本体だけで五キロ近くの重さ。十分間ほど撮影できる大型のフィルムマガジンは断念し、スタンダードなサイズのマガジンで良しとする。撮影可能時間は二分四十五秒、動画はそれだけしか撮影できない。
そのかわり、静止画のフィルムは腰のベルト周りに、ふんだんに用意した。すべて魔法自衛隊特製の高感度霊写フィルムだ。
万城によれば、「現場は高燭光のサーチライトで照らすので、ストロボはなくてもいけるだろう。むしろ暗がりでストロボを焚くと、魔物にこちらの所在を知られてしまうので危ない。暗くても構わんから、とにかく撮影してくれればいい、被写体は巨大な蛇だ。そいつの姿を撮ればいい。極力ピントを合わせてくれ。露出不足でも、現像処理でなんとかする」
とんでもないものを撮影することになりそうだ。国立西欧博物館で大暴れしたスケルタルドンを超える規模の怪獣だろう。
万城はこうも言った。「キュウ君の写真は、魔法の世界史に残るかもしれないよ。蛇竜ダイハチの本体の精密写真が一枚でも手に入れば、それだけでも歴史的な偉業だ、そう断言する。そしてその写真は、貴重な偵察写真となる。写真の情報から、我々はダイハチを構成している物質とその強度を知ることができるだろう。ダイハチの強みも弱みも分析できるだろう。……じつは、世間に知られていないだけで、ダイハチに食われた犠牲者は、戦後だけで千人を下らないんだ。キュウ君の写真一枚がもたらす情報が、未来の人々を何人も救うことになる、そう思うよ」
久は身震いする。正直、怖い。ダイハチの恐ろしさ、そして自分一人にかかってくる責任。しかし、ここで仕事を辞めて逃げる気にはなれなかった。
神女挺心隊《SJT》の“あの娘たち”が、僕を必要としているから。
カメラマンベストのフィット具合を確かめる。ベストは特注品で、肩と胸、腹と背中に薄いパッドが内蔵されており、パッドの中には柔らかい金属ネットが仕込んであった。防弾仕様ではないが、さまざまな破片が飛んでくるから、ということだ。多少の怪我は、ありってことか。
そして頭にはヘルメット、もともと“安全第一”と書いてあったそれは、総務課の池条イリカ女史の内職で、白い塗装の上から、モヒカン状に紅白の市松模様の帯と、その両側に“写”の字を塗装している。字体は極太の変形ゴシック、池条ちゃんによると“ゲバ字”なので、漢字というよりも記号に近い見え方だが、なにやら昔の学生運動的な印象も漂う。いや、今は招和なのだから、今どきの学生活動家と同じか。
これも、かなり恥ずかしい。
とはいえ、ヘルメットを渡しながら“池ちゃん”が言うには「これであなたがキュウ君だってこと、すぐにわかる。危ないとき、近くの誰かが助けてくれるから、現場ではなるべく脱がないでね」ということなので、恥ずかしいと思った自分を恥じることになった。
市販品のヘルメットかと思ったが、少し大きく、内側のパッドは頑丈で、前面には弾力性のあるプラスチックのゴーグルが内蔵されていた。対魔戦の現場は、かなり埃っぽいらしい。池条ちゃんは続けて言った。「熱かったり冷たかったり、いろいろ飛んできたり。火事の火の粉か、氷つぶてのブリザードとか、砂嵐になることもあるよ。覚悟してね」
ということで、いささか目立ち過ぎのコスチュームで、久はTS特車の砲塔に座っている。
座布団は申し訳なくていったん謝辞したのだが、ヒル先生から容赦なく、「そこは鉄板だぞ。そんな冷たくて固いものにケツ載せていたら、冷えすぎてお腹ピッピか、痔になるよ。まァ悪いことは言わないから、少年よ、座布団をお敷き」と、あからさまに指摘されてしまった。
快適な座布団の上、家屋なら二階の高さに近く、周囲を悠々と見渡せる。
ヒル先生は歩道の誘導員に、心臓の上に右手のひらをあてがう“胸当て”の敬礼を送ると、その手を前に突き出して、吼えた。
「戦車前へ!」
「ヤー!」と戦車男たちが応じる。
ヘッドライトを煌々と灯し、特車隊は公道を快走する。
ブオオと吼えるエンジン、動輪の歯車音、路面の保護と騒音低減のため接地面にゴムパッドを装着した履帯が、舗装した道路をギチギチと踏む。まさに戦車ならではの重量感、八輌の行進は威風堂々、と言いたいところだが……。
カモフラージュの仕方が、いささか、カッコ悪い。
車体の前後には品川ナンバーをつけ、後部には“(自家用)”の表記、そして車体後端には横長のベニヤ板に“東亰都庁委託事業”と大書したものを吊り下げてある。読んでも意味不明だが、なんとなくお役所に関わる仕事をしているように見せることで、市民の反感を逸らそうというわけだ。
これは真幌場女史の発案で、実際に四谷プロは都庁から、東亰ピューテック関連事業の一環として、都のマスコット怪獣のデザインと着ぐるみの制作を受注しているので、あながちウソでもないらしい。
さらに、TS特車の砲塔左側には看板を掲げ、怪獣ドシラのイラストとともに、「四谷プロダクションの特撮怪獣映画……怪獣大作戦・東亰ウルトラC……撮影快調、乞ご期待!」などと書いてある。装甲したサンドイッチマンというところか。
加えて、一号車アリスは砲身の根元にラッパ形のラウドスピーカーを装着し、景気づけとばかりに、勇壮な行進曲をエンドレステープで流し始めた。
魔自の学術顧問の一人である、長沢の科学センターに研究室を持つ瓢教授が作曲した“怪獣大作戦マーチ”だ。二十一世紀の世界で同じ曲を聞くと“怪獣大戦争マーチ”、もしくは“ギララの逆襲のテーマ”と答える人がいるかもしれない。そんな感じの曲である。
マーチが鳴り渡るのは、午後八時を回ったばかりの四ツ谷駅前だ。
二十一世紀の四ツ谷駅前と比べて、自動車の通行は少ないが、人通りはさほど変わらない。地下鉄と国鉄の駅舎から吐き出されてきた人々が、こちらを指さして何かを噂する。笑っている人もいる。好意的な笑顔というよりは、子供のいない夜間に、何を好き好んでバカ騒ぎをしているのか……といった、嘲笑に近い。
本格的な怪獣がスクリーンに登場して十年、原水爆の恐怖を背負って暴れ回る大人向け怪獣のシリアスで恐ろしいイメージは遠のき、子供と一緒にファミリーで楽しむ娯楽作品に変貌しようとしている。
怪獣は、いまや子供の愛玩動物なのだ。
それを、大人の仕事として熱心に取り組む四谷プロのような制作サイドの人間は、ちょっと変わった、少し頭のおかしな人たちだと思われる風潮がある。
やれやれ、おかしな連中が、またまたおかしなことを始めたのか……と。
これまた、恥ずかしい。
久は真っ赤になった。
二十一世紀と違って、スマホがずらりと並んで面白半分に撮影される光景がないだけ、ましだとも言えるが、四谷プロのチープな宣伝カーと化したTS特車に実際に自分が乗っていて、観衆から好奇の視線を浴びているというのは落ち着かない。
が、ありがたいことに、見物の群衆にサヨナラとばかりに背を向けて、特車隊はV字を描いて方向転換、旧赤坂離宮の正面にあたる三角形の若葉東公園の入口を東に回り込んで、外堀通りに入った。
この時、久は見た。右手下方だ。
公園の入口に初代クラウンのパトカーが停まっていた。朝からずっと、一日じゅう、そこにいたようだ。ウインドウを開けて、警官がこちらをじっと見ている。明らかに顔をしかめて、不快な表情だ。
まずい、嫌われてる……。
さらに、久はどことなく寒気を感じた。
そこにパトカーが停まっているのは、四ツ谷駅前の交通安全のためではない。
四谷プロを監視しているのだ。いや、ひょっとすると、僕たちの正体が魔法自衛隊であることを知っていて、その活動を警戒しているのだろうか?
しかし、そのことを深く考える時間はなく、特車隊はマーチの音色も賑々《にぎにぎ》しく、パトカーの前を通り過ぎ、外堀通りを南下してゆく。
頭上には首都高速四号線の高架が走り、地上道路の左側は都電の専用レーンになっていて、運転台に三つの四角窓と、一ツ目の円い前照灯という顔つきがいかにも都電っぽい“6000形”の車輛とすれ違う。夜の路面電車は幽玄な風情で、いかにも昭和的だ。
すると背後から、短いクラクションが六回鳴った。
※作者注……
久が愛用する動画カメラの一つ、“マリフレックス16MZ”。
それは1964年当時の、手持ち可能な16mmムービーカメラ“Arriflex 16ST”を対魔撮影用に改造したものであり、独自に長時間耐久の魔動バッテリーを搭載しています。
充電せずに長時間撮影を可能にしていますが、搭載できるフィルムマガジンが限られていて、一回の撮影時間は2分45秒、もしくは10分程度の二種類だけ。
撮影レンズは三種類、写真カメラの50ミリ、75ミリ、150ミリにほぼ相当するものを、三本束ねて円形の回転ターレットに設置、三連のガトリング砲というか、ボトムズの眼みたいな外観ですね。
躯体は西ドイツのメーカー、"Arnold and Richter Cine Technik"製で、1952年に最初のモデルが作られました。アマチュア向けでなく、ニュース、記録映画、短編映画などのプロ用カメラです。
1964年当時、国内でのプロ撮影に一般的で、邦画『若草物語』(1964)にて、“東京TVニュース社”に勤務する青年が同タイプ(推定)の機器を携えて野外撮影に大活躍しています。




