060●第9章● 〃 1964年6月17日(水)午後~18日(木)⑨:カントク
060●第9章●秘密基地の人々…1964年6月17日(水)午後~18日(木)⑨:カントク
「よお、マンさん。それになんと、六十年後のお客さんだな。未来少年のお出ましか、歓迎するぜ」
クレーン先端の座席から飛び降りる。見た目よりもずっと身軽だ。念動力を働かせ、ひょいと床に立つ。
ふふん、とふんぞり返って久を見るその顔は、典型的なドヤ顔だ。といっても、身長は久の顎あたりだが。
“上から目線”になってしまって申し訳なさそうな久に、やにわに話しかける。
「特撮は面白いだろう? 富士放送の『ファイト! ゼロ戦』てえテレビドラマの空中戦を稽古つけてやったところだ。四谷プロ名物の“無線操演”。ピアノ線やらテグスなんかいらん。魔法の念力で動かすのだ。もう何年か前のことだが、日宝映画の“空の大魔神ンドラ”って怪獣ものの特撮を請け負ったことがあってな……」
「ンドラ?」面食らう久。
「恐竜のプテラノドンを巨大化したような飛行怪獣さ。旅客機なみの大きさで、主翼は前進翼、尾羽は双尾翼。首に前翼をつけている。音速を超えて飛び、その衝撃波で敵を叩きのめす」と、万城が怪獣図鑑よろしくコメントしてくれる。
「そうそう、んで、ンドラが別府温泉を荒らしてから軍艦島を襲った、あの場面を撮って納品したのだ。別府観光塔を蹴飛ばす映像なんざ、会心の出来栄えだったんだが、そのあと日宝の担当さんが飛んできて言うには“ンドラを吊り下げているピアノ線がどこにも見えない。どうやって消したんだ?”」
「で、あわてたカントクは、日宝さんに忍び込んでフィルムを回収し、原版を焼き直して、ピアノ線を合成で付け加え、黙ってそいつと取り替えたんだとさ」と万城。
「なんだ、俺様のセリフを横取りするなよ」と、むくれるカントク。
「この自慢話、千夜一夜の如く聞かされましたからね」
「けっ、しかし、この未来少年には初耳だろ? 外には内緒の話さ。俺様と制作部の精鋭……そこの模型操演の四人は、今はヒヨッコだが、すぐに精鋭になる……が、ここでやっているのは、魔法で特撮することだ。よその特撮プロではピアノ線を消すのに一生懸命だが、俺様たちは、ご面倒でも、ピアノ線を後から描き加えて納品するって寸法だ」
……ということだ。何かご質問は? といった感じでカントクが締めくくったので、久は気にかかっていたことを訊ねた。
「あの……チョコレート、って、何ですか? 呪文の一種とか」
「あ、あれはな……」カントクは口ごもった。この問いは想定外だったらしい。「あれは、ただの口癖だ。子供の頃の摺り込みでな。……ううむ、まあ、話してもいいか。昔話だ。幼少のみぎり、俺様は上野駅の地下道をねぐらにしておった。戦争に敗けて東亰は焼け野原の真っ黒焦げ。家もなく飲まず食わずの生活ゆえ、進駐軍のGI連中が通るたびに、ギブミーとペコペコ媚びへつらってチョコを恵んでもらい、生き延びたのだ。こっちを指差してイエローモンキーなどとバカにして笑いおるから、俺様はこんな風にキッキキーキー! と猿回しの真似をした」
チンパンジーだかニホンザルだかの猿真似があまりにリアルだったので、久は吹き出してしまった。
カントクはにやけた猿顔のまま、「これがえらく受けて、チョコをしこたま獲得した次第だ。だからギブミーと言えば、今でもチョッコレートと出ちまうのさ。言っとくがアメさんに文句はないぜ。なにがしかの食い物を投げてくれたからな。悪いが、あのころの日本人には恨みがある。街のチンピラが、俺様がエテ公の芸で稼いだ食い物を、後から力ずくで奪いに来た。子供も大人も関係なしさ。あんときは心底から憎んだね、あいつらを。……と、まあ、そんなこんなで、生い立ちからして、しがないイエローモンキーなのでござんすよ、俺様は」
カントクは猿めいた笑顔で語ったのだが、久はもう、真顔に戻っていた。
カントクはサングラスの内側に隠していた、自虐の原点をさらけ出してくれたのだ。カントクの表面的な猿芸に笑いを誘われた自分が、恥ずかしく思われた。終戦からまだ十九年、二十代半ば以上の大人の多くは、死の淵を生き延びた記憶をひっそりと抱き続けている。屈辱と引き換えに手に入れた、やるせない生き様の記憶を。
この時代の人たちに、なにかにつけて“自虐ネタの笑い”が感じられるのは、それが理由なのかもしれない。
カントクは久の思いを察してか、過ぎた昔のことだ、忘れろと手を振って応えた。
「そんなわけで、俺様は名乗るほどの人物じゃない。カントクと呼んでくんな。社内に監督は俺様一人なんでな」
でも、やはり、偉い人なんだ……と緊張してお辞儀する久に、カントクは少し改まって、久に問いかけた。
「二十一世紀か、どんな時代だろうな。戦争はあるのかい?」
「戦争は世界各地にありますけど、日本は、たしか、まだ、していません」と答えて、久は驚いて聞き返した。「信じていただけるんですか! 僕が未来から来たって」
「おうさ。なにをそんなに驚くんだ?」
「だって、時間移動で今、過去の時代にいるなんて、自分でも信じられないというか、信じたくないというか、あまり、その、まともな状況ではないと思うんですが、いろいろあって、ご迷惑というか、お手間をおかけしています……」
困惑半分でもたもたと答えてしまった。久の、偽らざる心境なのだが……
「くわっはっは!」カントクは豪快に笑い飛ばすと、「正直だな、未来少年、そんなに卑屈になるな。堂々としとれよ。俺様は信じるぞ。本当かどうか、くどくど疑うよりも、信じた方が面白れエじゃねエか。もしもおまえさんが未来人じゃなくて、ただのホラ吹きのインチキ少年だったとしても、ハリボテ怪獣とか模型ヒコーキを本物に見せる芝居を打って、木戸銭をせしめる俺たちの仕事なんざ、れっきとしたインチキ商売。同類ってことだよ。なあマンさん」
「いや、まあ、だいたい同感ですが……」カントクの威勢に押されて、たじたじの万城は、「科学的な根拠が得られない以上、小生めは半信半疑ということで」
「なんだ、水臭えな。信じてやれよ。企画課で初めてできた可愛い後輩なんだろ。仕事を教えるのに、弟子を疑ってちゃいけねえよ」
「いや、おっしゃる通りです。でも小生にとって、キュウ君は後輩と言うよりも、立派な一人前の霊写技師なんですよ。彼の腕前は確認しました。彼は、たちの悪い人間じゃないですし、今、我々に必要な人材です。ですから、正直、前歴はどうでもいいのです。キュウ君は、いい仲間ですよ」
久はちょっと感激した。魔法自衛隊の彼らは、見ず知らずの時間遭難者を馬鹿にすることなく、久にとって今、一番必要なものを与えようとしている。
“居場所”を。
「なるほど、この少年が海底人でも地底人でもX星人でも関係ない、人物本位ってことか。うむ、それはいい」カントクはふと、小さなため息をつくと、「“あの娘”たちもそうだ。確かにそうだ。前歴など、ここではどうでもいいことだ」
そこで気分を変えるように、カントクは久の肩をポンと叩いて、壁際の暗がりに手をかざす。そこには、これからの活躍を待つ新型怪獣が一体、ナマズ顔にメタリックなボディをきらめかせて座っていた。
「あれはメカドシラ、まだ制作中だ。なあ未来少年、二十一世紀ではあれを“着ぐるみ”っていうんだな。そんな未来にも特撮屋が残っているとは、ちょいと嬉しいぜ。チンケな怪獣とショボい模型で稼ぐ俺たちにも、後継者がいるってことさな。こんな子供騙しの商売、さっさとすたれると思っていたんだが」
と、カントクが自虐感たっぷりに述懐して視線を投げたのは、壁の掲示板。社内通達の通知文が金色の画鋲で留めてある。ガリ版刷りの文面にいわく……
本社通達
人体に着用する“縫いぐるみ”は、未来用語に則り、
今後、“着ぐるみ”と呼称する。
そして、霊界物質のインクで、もう一文。
魔法自衛隊本部通達
“神女挺心隊”の略称を、隊員諸嬢の強い希望により、
“SJT42”とする。
招和三十九年六月十七日
「えっ、もう決まっちゃったんですか?」と驚く久に、カントクはこともなげに言う。
「マンさんが葉っぱに書いた上申書さ。鳩便で受け取った真幌場さんが、社長代理の権限でハンコついて即決したと、昨日、その紙を貼りに来た池ちゃんが言っとった」
「さすが真幌場さんだ。仕事が早い」と感心する万城。
「仕事が荒いときもあるがな」と混ぜ返したカントクは、ミニチュアの送電鉄塔に触ろうと手を延ばしている久に忠告する。




