059●第9章● 〃 1964年6月17日(水)午後~18日(木)⑧:模型空戦
059●第9章●秘密基地の人々…1964年6月17日(水)午後~18日(木)⑧:模型空戦
「よし、俺様が手本を見せてやる」
メガホンには紐がついていて、カントクはそれを首にかけると、クレーンの先端に立ち上がり、勢いよく両腕を広げた。どこか新興宗教の教祖様のようなポーズ? いや、リオ・デ・ジャネイロの山頂のキリスト像に似ているかな……と久が思ったら、彼は大音声で唱えた。
「ギブミー・チョッコレート!」
しん……と特撮ステージは静まり返った。
カントクは刹那、畏まったままのスタッフをバツの悪い顔で見下ろすと、自らの言い間違いで鼻の下に湧いた冷汗を舌で舐め、唱え直した。
「ギブミー・コントロール!」
「ユーハブ!」と四人は応じた。
「アイハブ!」
とカントクが受けるや、八機のプラモデルは、ぶん! と力強くプロペラを回して、生き返った。瞬時に、ステージの袖で見入っていた久の前に整列し、翼を上下に振って挨拶すると、空に舞う。
久の視線はその動きに誘われて、クロマキー・ブルーの空を見上げる。
そこでは零式戦闘機の三機編隊が、大空を巡航している。V字形の編隊。風を切る機体がびりびりと震え、わずかに離れ、近づきつつ、さらに速度を上げ、強烈な風圧を裂くかのように驀進する。
ゴオッと風が耳元を叩くかのようで、久はたじろいだ。
すると後方の虚空に黒い点が四つ。現れるとみるみる接近、襲いかかってくる。
翼に搭載した六丁の機銃がバリバリと発砲する音が、ドップラー効果でグワッと拡大して消える。あわてて散開する零戦をとらえ、その二機が撃墜される。
残りの零戦一機は左へ横滑りして鮮やかに機体を捻る。もんどり打って地上へ落ちる二機を下に見ながら、そのパイロットは反撃する。敵機の弾幕を縫って、ぐいと機体を引き起こし、またも左の捻り技でグラマンの背中につく。発砲。二十ミリ機関砲の、ドンドンと重い発射音が腹に響くと、敵の一機が下方へ落ちてゆく。
なおも追いすがる三機のグラマン。零戦は被弾して降下しつつグラマンを誘う。と、不意に急上昇、一機のグラマンをやり過ごしざまに、突如翼を振り下ろして、そのコクピットを叩いた。敵機、墜落。しかし零戦も失速し、敵の弾幕の餌食となる寸前……
追撃する二機のグラマンがグラッと揺れ、バンバンと被弾し、激しく揺れると下方へ落ちる。救援に駆け付けた一機の零戦が、太陽方向から急降下して、グラマンを奇襲したのだった。
奮戦したものの、機体は穴だらけになり、左翼を一部もぎとられた零戦は、パイロットも傷ついたようで、飛行はふらふらだ。エンジンは息絶え絶えで、ガスッ、ガスッときしむ音が聞こえる。
無傷の増援機はいたわるように並んで飛び、さらなる敵機を警戒しながら、基地へ送り届けようとする。そのパイロットは、おそらく瀕死の重傷を負った僚機のパイロットを大声で励ましているのだろう。
二機はミニチュア都市の上空を遠ざかり、その爆音は哀愁を帯びて切れ切れとなり、夕日に映える通天閣のかなたへ……
はっ、と久は我に返った。
すべてが、ほんの数十秒ばかりの出来事だった。
クレーンの先端に立つカントクの両手の前で、八機の戦闘機が一列に並んでいた。
それは空中で久に向けてお辞儀すると、エンジンを緩めてプルプルと降下し、四人のスタッフの前に戻る。
どうしてプルプルと聞こえるのか、わかった。カントクの唇が震えている。口ドラムというか、“声音擬音効果”とでも言えばいいのか、射撃やエンジンなどの効果音を、抑揚を強調した声音で表現していたのだ。
しかも擬音だけで、射撃の閃光や機体の損壊が、まるで目に見えるかのように感じさせてくれる。聴覚で視覚的に幻惑させる、一種の心理トリックだ。おそらく超音波で思念を伝える妖精語も併用している。最後の場面の夕日など、ありもしないのに、ブルーの背景すら赤く染まっているかのように、錯覚してしまった。
「ユーハブ」とカントクは静かに告げた。
「アイハブ」と四人は答え、その手にプラモデルの飛行機を受け取った。
どうかね……と、言いたげに、カントクは久を見た。
すばらしい! とか、本物そっくりです! などと、月並みな感想は湧いてこなかった。いつのまにか目の前の状況に魂を吸い取られ、しばし濃厚な夢を見させてもらったみたいだ……
魔法の念動力とはいえ、カントク一人で八機の戦闘機を操った。
それはすべて、じっと立ったままである久の視界の範囲内だけで演技されたのに、雲を越えて広大な空を飛び回り、急上昇に急降下、捻り込みに宙返り、追う者と追われる者のダイナミックな機動に吸い込まれるようだった。模型飛行機の動きだけで、観客である久に、そう感じさせてくれた。
模型飛行機は前進していないのに、激しいプロペラの回転と、ぶるぶると震える機体、それだけで、時速数百キロで飛行しているかのように見せる。翼を傾げて急減速で遠ざかるときは、見ている自分が風を切って追い抜いたかのように感じる。零戦の視点とグラマンの視点が切り替わり、自分も戦闘機に乗って、空中戦に参加しているかのようだった。
四名のスタッフによる最初の空中戦は、あくまでラジコン機の華麗な演技だった。
しかしカントクの空中戦は、人と人の命がけの闘いに見えた。
どう答えていいのやら、言葉が出てこず、久はただ、しっかりとうなずいた。
わかったか、それでいい、と言う顔で、カントクは今日の稽古を総括した。
「要するに、ヒコーキには人が乗っているってことだ。パイロットの闘志や怯え、用心深さと迂闊な油断、痛みや苦しみ、仲間を思う気持ち、そんな感情が、飛行に現れる。それを表現するのが、俺たちの仕事だ。そのひとつの手法が、振動だ。機体のわずかな震え、揺らぎ、プロペラの回転トルクによる機体の傾ぎ、そこにパイロットの心情を反映する。場面に見入る観客の心は、振動に共鳴するのだ。次に、構図だ。カメラのフレームに、どのように入っているかを常に意識しろ。観客は第三者じゃねエ! 登場人物の誰かに、必ず感情移入している。ヒコーキだって同じだぞ。観客は、パイロットと一緒に空を飛ぶのだ。撃たれる時に“あっ、危ない!”と固唾をのませる、それがドッグファイトの醍醐味だ」
……と、ひとしきり講釈したカントクは、一息入れると、こう続けた。
「忘れるな。俺たちのシゴトは、フィルムに残る、永遠にな。それを観るお客さんは、今だけじゃない。そこが舞台と違うところだ。フィルムはいつまでも生きている。十年後、二十年後でも再上映されるぞ。テレビにも流れるぞ。だから、五十年後百年後のお客さんに観られても、恥ずかしくない作品を創れ! それだけだ」
僕にも伝えてくれている、と久は感じた。
自分は霊写技師、魔法自衛隊の公認の撮影係だ。
想定外の事態で失われない限り、フィルムは永遠に残る。だからカントクのアドバイスの通り、“五十年後百年後の人々に観られても、恥ずかしくないシャシンを撮れよ!”……と、そういうことなんだ。
カントクは見物の二人に口元だけの笑みを返すと、これで終わり! とばかりにカチンコを鳴らす。「各自、自主練しとけ」と命じて、久と万城に声をかけた。




