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魔法自衛隊1964  作者: 秋山 完
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058●第9章● 〃 1964年6月17日(水)午後~18日(木)⑦:ステージ棟

058●第9章●秘密基地の人々…1964年6月17日(水)午後~18日(木)⑦:ステージ棟




       *


 それから二日間は、万城に教えられて、撮影機材、すなわち魔動化されたカメラ類のレクチャーと試験撮影に忙殺されることになった。


 翌日、十八日、木曜、朝。

 株式会社四谷プロダクションの本社玄関前は、トラックが悠々と回れる大きさのロータリーになっていて、ちょっとした広場だ。

 そこに、表向きは四谷プロの社員である魔法自衛隊の隊員たちが二、三十人集まって、おいっちに、おいっちに、と掛け声も元気良く、体操をしていた。

 体操のBGMは玄関の軒下のラウドスピーカーから流れてくる。万城も久も加わって、“ラジオ体操第一”の後半にお付き合いした。

 居合わせる人がたいてい初対面なので、万城の紹介に合わせて「宜しくお願いします」を連発することになったが、そこで万城が言い添える。

「この四谷本部の地上施設と、地下の三角ベースで二百人くらいになるし、都内ではほかに、新橋ヤードと有明エアベースがあり、全体で三百人ほどになる。俺だって、全員の顔と名前が一致しているわけじゃない。第一、ほぼ全員が本名でなく、仮の名前を名乗っているんだ。だから、名前を覚えるのにあくせくしなくてもいい。制服の胸を見れば、その人が呼んでほしい名前が書いてあるから、その名前で呼べば問題ない」

 そういえば、万城の制服の胸ポケットの上には、アルファベットで“MAN”と刺繍されていた。生地の色に近い濃いブルーの刺繍なので、近づかないと見えにくいが、面と向かって呼ぶのには不自由しない。漆田の制服には“UL”、受付にいた池条さんのブラウスには“IKE”とあった。

 で、久が自分の制服の胸を見ると……

 “Q”

 ……やっぱり。

 そういえば、本名で自己紹介しても、相手からは“キュウ君”と呼ばれていた。

 なんだか、悪の組織の子分みたいな語感でもあるが……。

「この名前、もしかして、真幌場さんが?」

「ああ、昨夜ゆうべ、夜なべで縫い取りをしてくれたらしい。気に入らなかったら、真幌場さんにそう言えばいい。すぐに糸をほどいて、変更してもらえるよ」

 万城は親切気そのものだが、久の立場としては、いまさら変えてくれとは言えないのである。

 それにもう、百人近くの社員に“キュウ君”で認知されてしまった。

「あ、いいです。このままで結構です。とても気に入ってます!」

 ……と、答えるしかない。“海底人パーパーニッサン”とやらにされなかっただけでも、良しとしなくては。


       *


 二人が歩み入ったステージ棟は、南北の長さが六十メートル、東西の幅も三十メートルあり、屋根の上に列をなす換気筒もあいまって、大型機械を動かす工場の一棟といった印象だ。

 建物の南端に、トラックが二台並んで通れる特大のシャッター扉があり、“№4”とペイントしてある。

「これが四番ゲート。秘密基地への入り口だよ。といっても、ここを通るのはもっぱら、ヒル先生のTS特車隊だけどね。人間用の通用口はこっちだ」

 と、万城はシャッター扉の隣の金属ドアをガチャリと開けた。

 ひんやりとした風が内側から吹きあたると同時に、背筋にビリッと静電気に似た感触。力場結界門フォースゲートが、ここにもある。重要防御施設ってことだ。

 そこには通路を兼ねた小部屋があり、さらに金属の扉を開けると、またも小部屋があって、同じようなドアをさらにもう一つ開けると、ステージ室に出た。外部の音を遮断するためか、二重のエアロックになっている。

 ステージ室は体育館のような柱のない広々とした空間で、見上げるばかりに高いアーチ状の天井から大小の照明ライトがジャングルのつたのように吊り下がっており、柱から柱へと、作業用のキャットウォークが走っている。キャットウォークも一部は昇降式で、滑車とピアノ線を使って怪獣や戦闘機などの“吊るし物”を飛行させるほか、撮影カメラを搭載したゴンドラをぶら下げて動かす、空中撮影も行える。

 壁際には照明ライトや送風機、クレーンカメラなどの機材類が雑然と並び、ここは秘密基地というよりは、まさに特撮映画会社のステージそのものだった。

「すげー」と感嘆のため息を漏らして、久は見回す。

 室内中央は、背丈に近い高さのステージ台が占領している。

 それは縦横が二十メートルもある、いわば人工地盤であり、その上には……

 都市が、あった。

 ぱっと見たところ、ミニチュアでできた、一九六四年の“東亰”らしき街だ。

 膝から胸あたりの高さのビルディングが所狭しと建ち、丸の内から銀座にかけての都市景観ランドスケープ俯瞰ふかんされる。

 とはいえ忠実な再現ではない。日銀や帝劇や、かつてGHQが入居していた第一生命ビルなどがひしめく隣に、銀座四丁目の時計台や国会議事堂や山王ホテルが違和感たっぷりに並び建ち、“東亰”駅と上野駅が向かいあい、背後に聳え立つ“東高タワー”と高さを競うように、通天閣や大阪城の天守閣、大正時代の浅草十二階が配置され、ビルの谷間には、鎌倉のそれらしき大仏が顔をのぞかせる。大仏の陰には、ついでとばかりに、ニューヨークの国連本部とクライスラー・ビル、そしてパリの凱旋門とエッフェル塔が寝かされていた。

 遠くの建物はディテールが甘く、縮尺もいいかげんだが、近くの建物は窓ガラスや看板などが本物そっくりに作り込まれ、街路樹をしつらえた道路にはミニカーが停車し、歩道には小さな人形が佇んでいる。お堀端には夜泣きそばの屋台があり、自転車の後部に保冷箱を積んで幟旗のぼりばたを立てたアイスキャンデーの街頭販売も並んでいる。

 しかし久が目を見張ったのは、この国籍不明感漂う精巧なディオラマ都市そのものよりも、その上空を乱舞する戦闘機だった。

 八機いる。四機が零式戦闘機二二型らしい、残り四機がアメリカ軍のF6Fヘルキャット、太平洋戦争の戦記映画では定番と言える、ゼロ戦とグラマンの空中戦が、ここで演じられているのだった。

 いずれも縮尺は四十八分の一スケールのプラモデル。回るプロペラがブーンと鋭い風切り音を奏で、それをBGMに各機が空中で舞い踊る。逃げるゼロ戦をグラマンが追うという図式だが、ゼロ戦は身軽に旋回し、インメルマン・ターンも鮮やかに、敵機グラマンを巴戦に持ち込もうとする。小回りの利くゼロ戦に背中を取られたグラマンは、つんのめるように機体を振って急降下、ゼロ戦の追尾を振り切ると、ステージ上空を外れるほど大回りの旋回で、周囲の照明機材やクレーンカメラを回り込むと、一撃離脱戦法でゼロ戦に襲い掛かる。

 ディオラマの街の上空、地平から天井までの壁面は、一面に淡青色のクロマキー・ブルーのスクリーンが張られている。本番の撮影で、背景に雲や航空機や怪獣を合成するためだ。

 人工の青空のもと、繰り広げられる緊迫のドッグファイト。

「よーし、カット!」

 カンカン! と手にしたカチンコの連打で空中戦を止めたのは、小柄でずんぐりむっくりした、ハンチング帽にサングラスの人物。四谷プロのジャケットはよれよれで、背中のYOTSUYAのロゴの最初のYはほぼ消えている。

 久の印象では“歩くおやじコアラ”といったところだが、通称、カントクと呼ばれる四谷プロの特撮“偽装”監督、略して特偽とくぎ監督その人である。魔法自衛隊では幹部級だ。魔物との戦闘行為を特撮映画のロケに見せかける偽装工作をこなしながら、その一方で世間的には四谷プロの特撮監督として、大手映画会社から請け負った特撮シーンの撮影を引き受けている。

 今、彼はクレーンカメラ先端の操作席に陣取り、メガホンで命じる。

「いったん状況終了! 自動懸垂で待機してくれたまえ」

 空中戦をやめた戦闘機は、ゆるやかに旋回してステージの端へ引っ込むと、両手を軽く掲げた操縦者の手前でゆらゆらとホバリングする。ステージ脇に立つスタッフは男女四人、一人で二機ずつ担当し、魔法の念動力で操っている。特撮の模型操演を担当する若手スタッフに、カントクが稽古をつけていたわけだ。

「田宮、長谷川、青島、今井!」

 カントクは四名に威勢よく呼びかけた。長谷川と今井が女性で、グラマンを二機ずつ、目の前に浮かせている。

「模型を作れば天下一品の貴様らだが、操演の奥義はまだまだ深い! 今の空中戦はなんだ。気合いだけは入っとるが、カメラの視界フレームに入っとらんぞ! 撮れるように飛ばす、飛んでいるように撮らせる。それが貴様らの仕事だ。“源田サーカス”は合格でも、四谷プロでは落第だぞ……」そして放送禁止用語に属する罵声をいくつか続けると、「わかったか!」

「はい!」

 と、四人のスタッフは額の汗を弾き飛ばす勢いで声を返す。これが未来では、一歩間違えば、監督の罵声が何者かによって録音され、パワハラ騒動になりかねない場面だが、この時代では誰も気にしないようである。「俺についてこい!」式の“鬼の特訓”はむしろ賛美の対象であるようだ。


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