054●第9章● 〃 1964年6月17日(水)午後~18日(木)③:カメラ、そして“営業部隊”
054●第9章●秘密基地の人々…1964年6月17日(水)午後~18日(木)③:カメラ、そして“営業部隊”
万城は、スチール製の三段キャビネットを次々と開けて見せた。
撮影機材が入っていた。
まずは、昨日、久が持たされてマダム・ロックを撮影した一眼レフのカメラ、“ミコンFZ”。
その躯体に装着するストロボと、ストロボを支えるL字型の金属マウント。ストロボからコードで接続された、弁当箱みたいな肩掛け式のバッテリーパック。こちらも芯まで金属が詰まった感じで、半端なく重い。
さらに、四矢女学園での記念撮影に使った、フィルムのコマを縦長に二分割して撮影カット数を倍増した小型カメラ“マシカ・ハーフFZ”、フィルムをカートリッジ式にして交換を簡便にしたインスタントカメラや、その場で現像できる一枚もののフィルムを使う、ポロライド社のカメラなど。これと同じ仕組みのカメラは、“チェキ”という名前で久も知っていた。
そして、さらにずっしりとした、三連装の擲弾投射器といった趣の十六ミリムービーカメラ、こちらはドイツ製の“マリフレックス16MZ”で、太い三本のレンズが円型ターレットから前方に突き出し、リボルバー拳銃の弾倉みたいに回転する。その背中にはフィルムを収めたマガジンが、フタコブラクダを思わせる形に膨らんでいた。重さは本体だけで五キログラムになるという。動画は、これで撮影しろというわけだ。何もかも身に着けたら数十キロ……
久は、自分に言い聞かせた。……これは体力勝負だぞ……と。それぞれの撮影メカの使用法は、二十一世紀のデジタルカメラよりも、ずっと単純だろう。こちらの時代でカメラマンに要求されるのは、デジカメのタッチパネルで細やかに設定を変更する知力よりも、重量物を操る体力と、状況に合わせてアナログのダイヤルを素早く調整する、野性的な反射神経だ。
「あの、ビデオカメラは……」と聞いてみたが、だいたい想像通りの答えが返って来た。
テレビカメラは架台が車輪つきで、スタジオで使用する巨大なものばかり。「三インチ砲の躯体から砲身を短く切り落とした」ほどに大きく、しかも画像信号と電源の回線を長く延ばしてその先に箪笥みたいなVTRが鎮座しているという具合だ。屋外用には中型バスほどのTV撮影専用車が必要で、そのルーフトップに高射砲みたいにカメラを据え付けているらしい……
これは、期待度ゼロである。
「最後に、極め付きの逸品がこれだ」と、万城は、差し渡し一メートルもある専用木箱を開けて、中身を見せた。
久は目を丸くした。
それは、黒鉄の鋳造ボディも物々しい、軍用の機関銃そっくりの物体だった。引鉄とグリップがついており、直径数センチの太い“銃身”の先端はレンズになっている。弾倉に相当する部分は円筒形のマガジンであり、その中にフィルムを収めて高速撮影する。
「……レーザーガン?」
二〇二四年の陸上自衛隊に極秘配備がささやかれ始めた新兵器を、ふと口走った久に、漆田はさもありなんと笑って解説した。
「近いねえ、光学兵器という点では、かなり似通っている。SF的なフォルムだろ? これは“八九式活動写真銃”……マシンガン・カメラ・タイプ89。戦争中に、航空機に取り付けて射撃訓練に使った高性能カメラだけど、対魔撮影用に只今改造中なんだ。撮影には魔法技術が必要となるから、キュウ君に使いこなせるかどうかは、今後のきみ次第だけどね」
魔法自衛隊には、いろいろと戦前の遺物が活用されている。神女挺心隊《SJT》の百式機関短銃と九七式自動砲、それにヒル先生のタイガー戦車+シャーマン戦車のTS特車。理由は様々だが、大きくは、戦時中の在庫がこっそりと隠匿して残された結果、それを、撮影小道具として非公式に入手したわけだ。シャーマン戦車のボディなんか、ヒル先生が万城に語ったことによると、朝鮮戦争のおり、仁川あたりで擱座していたのを“拾ってきた”代物だという。六〇式自走無反動砲は新しいが、作ってはボツになったいくつもの試作品のゴタマゼ流用らしい。
「で、俺たちと向かい合わせのこの席は……」
万城が指さしたその机は、先ほどまで学術書を積み上げて漆田が座っていた、その席だ。「つまり、おれとキュウ君の二人が、“企画課”、で、ウルさんが一人で“営繕課”というわけだ。俺が両方の課長を兼ねているけれど、管理職手当は一人分だし、ウルさんとは友達みたいな関係だ。漆田さんは魔法自衛隊の対魔戦闘装備品の開発を担当している。もちろん一人きりじゃなくて、長沢の科学センターや砧のラボなど外部研究機関と連携して仕事を進めている。魔自のトップブレーンってところだよ」
「えへんオッホン」と咳払いして、万城に、そんなに持ち上げていただき恐悦至極にございます……と、にやける漆田は、「万城さんとは同じ高校でして、先輩と後輩の関係なんす。魔法自衛隊の表の顔、四谷プロでの僕のお仕事は、特撮装備品の開発担当で、つまるところ怪獣の研究と製造でやんスね。まあ、しがない縫いぐるみ屋でござーますが」
「特撮の着ぐるみを作っているんですか!」と感激する久。怪獣が毎回暴れる特撮戦隊ドラマは二十一世紀でも盛んなので、子供心に“着ぐるみ”へのリスペクトが摺り込まれているのだ。しかし、より感激したのは漆田と万城の方だった。
「そうか! 二十一世紀では“着ぐるみ”って呼ぶのか。そりゃあいい!」
「“縫いぐるみ”だと女の子の玩具みたいで、もひとつ冴えなかったんだねエ。これからは“着ぐるみ”にしやしょうと、カントクに伝えときまっス」
早速、軽いノリで業務上の呼称が変更されてしまった。
ふと、万城が訊いた。「漆田さん、そういえば昨晩は、寮の部屋に戻らなかったね。何やってたんだ?」
「いえね。制作部の連中が、突貫工事で“銀座の柳”を百本ばかし作るというんで、手伝っていたんでさ。忙しいのなんの」
漆田は親指で、背後を指した。机の列が三本並んだ向こうに、部屋全体を仕切る、窓のない壁があり、その扉に、“制作部”と書いた木のプレートが打ち付けてある。扉の向こうからは、何か作業中らしい音がガサガサゴトゴトと聞こえてくる。
「でも、百本も作れば、どこへ置いておくんですか?」と久は訊いた。
「いえいえ、ご心配なく。カントクのお好きな“8/1《いちぶんのはち》工法”ってやつでね」と漆田は久に、「作るのは八分の一サイズの模型だけど、現場に運んでから、魔法で八倍に拡大して、実寸サイズにするってわけ」
「なるほど……」
魔法にはそういう使い道もあるのかと、久は感心する。訊いてみると、人間や動物など“この世”で活動している生命体の拡大縮小は、魔法でもかなり困難であり、可能だとしても、生きた細胞を無理矢理に引き延ばしたり縮めたりするのは、死に直結しかねない暴挙だということだ。
ということで、魔法で拡大縮小できるのは非生命体に限られ、倍率も八倍から八分の一の範囲が安全圏とされる。ただ、特殊な製法で最初から大縮尺で拡大縮小できるように造られた、例外品はある。魔法士のひとり一人にカスタマイズされた飛行箒がそうだ。
「職工さんたち、みんな凝り性ですからね。柳といっても、一本一本枝ぶりも茂り方も異なる樹を、ディテールにこだわってスクラッチ・ビルドしてるんすよ。こだわりの逸品。これを八倍にしたら驚き桃の木、本物そっくりでやんスよ」
「そいつを俺たちが、対魔戦闘でぶっ壊してしまうんだからなあ。いや、申し訳ない……」と心なしか、漆田と制作部員に感謝する万城。
「マンさんの温かいお気持ち、職工長に、懇ろに宜しく言っておきますワ。で、先輩は引き続き、キュウ君と基地見学っすか?」
「そうなんだ。地下の基地本体、三角ベースはまだ見せられないが、カメラの操作を教えてから、明日にでも特撮ステージを覗いておくよ。にしても営業部の皆さんはスッカラカンだ、どこへ行ったんだか」
漆田は振り向き、誰もいない三列の机と椅子を眺める。その天井から吊り下げた木札には“営業部”とある。「営業部隊の面々、三チームとも早朝から出払って、日本橋で現場演習です。初めての本番作戦なんで、やる気満々っすよ」
漆田と万城の話によると、四谷プロの“営業部”は、対魔戦闘の主力部隊である神女挺心隊《SJT》を援護するために、魔法隊四百名の中から有志が集って結成した、 “大人の”男女による戦闘チームだ。
一チーム十一名で営業一課、二課、三課の三チームがあり、計三十三名。魔動小火器や聖水蹴球弾などで武装した剛力の歩兵隊で、念動力で象った魔剣をふるい、飛行箒による空中戦能力も備えている。ただし、総合戦闘力では神女挺心隊の魔法少女には桁違いに及ばず、魔物をあの世へ完全排除する鎮魂弾を扱う能力もない。
一チーム十一人で三チーム、という人員構成から、隊の略称は“トリプルジャック”とされているが、四谷プロの中ではもっぱら“営業部隊”とか“営業さん”と呼ばれている。
それが全員、今朝から臨戦態勢だという。




