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魔法自衛隊1964  作者: 秋山 完
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050●第8章● 〃 1964年6月17日(水)午前⑥:SJT!

050●第8章●四矢女学園、白き魂の少女たち…1964年6月17日(水)午前⑥:SJT!




 そこで当然の手順とばかりに、はてるかは桜組と菊組、両方の少女たちが行きつけている近所の甘味処の店名を持ち出した。

「“みつばち”の、はちみつ入り金平糖、あれは美味かったよな!」

 うんうん、そうそう、おいしかったわ、また食べたいな、と、店頭販売しているお菓子を褒めちぎる囁きが続く。

「……もう、わかりました! 週末には、お配りします」

 こよみが降参し、自腹を切って解決する覚悟を提示したことで、全員がにんまりとうなずいて、一件落着した。そのように見えるが……

 こよみと、はてるかはライバル関係剥き出しで、互いの肩ひじを密着させ、張り合うように、ぎゅっと押し付けている。まるでアイドルグループのセンターを争うエースの二人みたいだ……と思って、久は、うわ、と小さく戦慄した。

 二人の、押し付け合った二の腕の密着部分には、ゆらゆらと、圧縮によって熱せられた空気のゆらぎがある。精神的なだけでなく、物理的にも張り合っている。

 その間には、何トンだか、ひょっとすると何十トンもの圧力が働いているに違いない。

 挟まれたら、ぺちゃんこだ。

 くわばら、桑原……

 除難の呪文を無言で唱える、久。

 ほんと、人気投票を目前にヒートアップするアイドル軍団みたいだ。

神女挺心隊シンジョテイシンタイって……」カメラを構えて、何気なしに久は言った。「SJTだね。四十二人だから、SJT-42エスジェーティー・フォーティツーかな?」

 なんのこと? と、きょとんとした一同に、万城がフォローした。

「英語の頭文字だな。シンがS、ジョがJ、テイシンタイがT、四十二人だから40と2でフォーティツー」

 途端に少女たちが、どっと反応した。

「いい、それいい!」

「かっこいい!」

「スマートよ、ハイカラよ、バッチグーよ!」と、時代らしく死語っぽい賛辞が続く。

「松竹歌劇団《SKD》みたい」

「じゃ、あたしたちアトミック・ガールズね」

「何それ?」

「ラインダンスのチームなの、花形よ。四十人いるって」

「きゃ、それ恥ずかしいわ」と頬に手を当てながらも、嫌な顔をする娘はいない。「SJT、断然そっちがいい!!」

 一気に賛同の嵐。

 一九六四年の感覚でも、“神女挺心隊”という呼称はさすがに軍国アナクロなダサい“時代錯語”に含まれていたのだろう。禿げた頭をスキンヘッドと言い換えるのと大差ない気もしたが、それでイメージが向上するなら、オールオッケー! という乗りの良さが、この時代の空気らしい。

 最も喜んだのは、はてるか。

「ジョートー! それいこう。今日からあたいらはエスゼーテー・ヨンニーだぜ!」

 その発音、ちょっと違う、いや、かなり違う……と冷汗たらりの久だが、こよみがあっさりと決着をつけた。

「悪くありません。そうしましょうね、マンさんはどうですか?」

「異議なし。真幌場さんに具申しておくよ」

 場の雰囲気が明るく元気一杯になるのを感じつつ、久は小型カメラの縦長のファインダーにSJT42のメンバーを収めた。素人目にも、いい構図だと思った。笑顔満々の少女たちの背景は、空梅雨からつゆの、初夏めいた白雲をほどよく配した青空、そこに尖塔を延ばす、若葉に包まれたチャペル。

「フィルムは市販品、このカメラは自動露出」万城が、思いついたかのように、先輩らしく久に指示した。「自動露出は欠点がある。みんなの服は真っ白だから、服に露出が合うと、顔が黒く潰れる。逆の場合だと、服の方が真っ白に飛んでしまうよ。だから機械に頼るな。念写したまえ」

 久は驚いた。シャッターを押せば、それでいいと思っていたのだ。

「えっ、念写するんですか?」

「あたりまえだろ」万城は笑う。「キュウ君は霊写技師サイコグラファーなんだぜ。それが仕事なんだから、いちいち頼まれなくても念写するものだよ。精神を写真機と一体にしたまえ」

「あ、そうです。そうでした」

 自分の、ものすごく頼りないプロ意識を指摘され、改めて納得させられる。

 そりゃそうだよな。これが僕のシゴトなんだから。遊びに来たわけではない。

「了解です。念写します。自分がカメラの一部になった感じ……かな」

「逆だよ。カメラを自分の一部にするんだ。カメラは君の心の眼だ。曇りのないまなこで真実を切り取って、フィルムに焼き付けたまえ」

 万城の激励が、おだやかに久の頭の中に届いた。これも職場研修のひとつなのだ。久の第六感覚野に、妖精語フェアリッシュで伝えてくれている。

 シャッターを押した。“はい、チーズ”を三回。

 ちゃんと撮れたかどうかは、昨夜のように、DPE室長の源蔵さんに現像してもらわないと、わからない。

 少女たちは口々に礼を言って、白い薔薇の花びらが散るように分かれ、ゆるやかに校舎へ戻っていった。たいていが、月面歩き《ムーンウォーク》のように、ふわふわと跳ねている。一見、スキップしているように見えるが、足が地面についていない。それとなく飛行魔法を使っているのがわかった。

 にしても、SJTの女の子たちは、久を前にすると、なぜかわからないが浮き浮きと楽しく接してくれる。こよみだけは例外だが、クラスメイトの不満を自腹の金平糖で解決するあたり、暴君ではなさそうだ。魔法力が強いので恐れられているだろうが、誰も嫌っていない。むしろ好かれている。

 少しばかり、ほっとしたところで、万城と二人になった。言われるまま、久がフィルムを巻き戻してカメラから取り出すと、万城は両腕を空へ伸ばして、唱えた。

「ククルクク・パローマ!」

 な、なんじゃらほい? とばかりに呆気にとられた久だが、万城はUFOを呼んだのではなかった。たちまちバサバサッと羽音が響いて、彼の両肩に二羽の鳩が舞い降りた。

「羽根の黒っぽい、こっちはククル号、雄だ」

 全身がダークグレー、頭部に漆黒の羽をモヒカンにした鳩が、ククッと鳴いて挨拶した。

「こっちの白いのは、パロマ号、雌だ」

 アルビノ的に真っ白な鳩が、同じくククッと鳴いた。

「ククルとパロマはアベックで、本部付の伝心鳩テレピジョン。メッセージや小物を届けてくれるのさ」

 万城は足元の落葉を一枚拾うと、むっ、と睨んで念を込める。これは“念書”……サイコライティング……の技術で、霊界物質エクトプラズムをインクとして使い、落葉にメモ書きしたのだ。そしてポケットからポチ袋を出すと、中からピーナッツを二粒、手のひらに載せて鳩に命じた。

「フィルムを源蔵さんに、メモを真幌場さんに」

 鳩は、超小型のランドセルを胸に装着している。ケースに入ったフィルムと落葉のメモを嘴で受け取ると、二羽の鳩は自分でランドセルに入れて、器用に蓋を閉じた。

 万城のピーナッツをついばむと、よござんす、お引き受けしやした……とばかりに、バサッと翼を一振り、チャペルの塔をくるりと回って四谷プロの建物へ飛び去っていった。

 まるでAI制御のドローン……と見送る久。

 四谷プロ本社から離れた出先でさきで撮影して、フィルムを至急に本部へ届けたいときは、ククルとパロマに頼む手もある……と、万城から伝心鳩の扱いを聞きながら運動場を横切ると、チャペルが意外と小さな建物であることに気が付いた。

 校門のあたりから見ると大聖堂の風格だが、近寄ってみれば、ごく普通の、下町の教会といったサイズだ。万城に訊ねると……。

「ああ、それは魔法じゃなくて、視覚的なトリックさ。強化遠近法というか。建物の細かなディテールを、上にいくほど小さく作ることで、実際よりも遠くにある、大きな建物に見せかけている。遊園地で魔法のお城や山を造るときに、よく使う手法だよ」

 千葉県の巨大テーマパークを思い出して、なるほどと思う久。まさにそれだった。

 四矢女学園の敷地は南北百メートル、東西六十メートルほどで、小学校の分校並みの狭さだ。神女挺心隊《SJT42》の四十二名が暮らすには差し支えないが、世間的には高等学校を偽装している。そこで、普通の人々に校門の外から覗かれたときに、高校らしく少しでも空間を広く見せようという魂胆だ。

 なるほど、見回せば、学園全体がやや奇妙な建築である。

 北を上にする地図でみれば、右上、すなわち北東の角が正門だ。そこから道路に沿って真下すなわち南へと向かい、そこで直角に曲がって、右下にあたる南東の角に達している二階建ての校舎は本物で、SJTの乙女たちが昼間に過ごす教室や医務室、職員室、校長室、その他秘密の施設がある。

 しかし正門から地図の左方向、すなわち西へ向かい、北西の角に達して、そこで下を向いて南西の角へと南下する逆さL字型の校舎は、正門の近くこそ実寸サイズだが、遠ざかるにつれて小さく作られたダミー建築なのだ。建物の厚みも薄いところで三、四メートルしかなく、中身は物置きでしかない。建物と言うよりは、実態は“厚みのある壁”だ。


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