045●第8章●四矢女学園、白き魂の少女たち…1964年6月17日(水)午前①:魔自の組織
045●第8章●四矢女学園、白き魂の少女たち…1964年6月17日(水)午前①:魔自の組織
●第8章●四矢女学園、白き魂の少女たち…1964年6月17日(水)午前
時刻は午前八時前。
四谷プロダクションの本社は、中庭を隔てて東西に建つ、事務棟と特撮ステージ棟で構成されている。一階の事務所と二階の男子独身寮を一体化した長屋のような事務棟、そして四階ほどの高さがある、窓のないカマボコ屋根の、一見すると巨大倉庫のような“特撮ステージ棟”。
事務棟と特撮ステージ棟の間の細長い中庭では、クロマキー・ブルーに塗装された牽引車“ガントラ”が二台、そしてヒル先生のTS特車が四輌並んで洗車中だ。
「事務所に出勤する前に、少し散歩に出よう」と万城が促した。
敷地の南端にある正門の横に来訪者向けの掲示板が立ててあり、四谷プロが特撮場面の制作を請け負った新作映画やTV番組のポスターが並ぶ。加えて近隣の案内地図も貼ってある。
万城は地図上を指差して説明した。
「ここが国鉄の四ツ谷駅、ほとんどくっついて、地下鉄の四ツ谷駅だ。国鉄四ツ谷駅から南西へと、つまり左下の方向へ国鉄中央線の地下線路が延びている。そして地下鉄の四ツ谷駅からは、南東つまり右下へと丸ノ内線が延びている。そして南には、首都高速道路四号線の、天井が開いた半地下式のトンネルが東西に、つまり左右に通っている。この三本の交通線で囲まれた、一辺二百メートルほどの正三角形、地図では、旧赤坂離宮の前庭と若葉東公園の敷地に当たる、この真下にわれら魔法自衛隊東亰本部の秘密基地が設置されている。地下二十メートル以下に掘りぬかれた、ちょうど、三角形の外郎みたいな形をした、平べったい三角柱形の巨大空洞。通称“三角ベース”だ」
万城が言うに、一九二三年の関東大震災以降に建設が進められた、帝都防衛を目的とした地下要塞の遺構を転用したものだという。国鉄と地下鉄は秘密裏に作られたスイッチバック方式の引き込み線を使って、基地内のホームに入線できる。
「また、首都高速の半地下トンネルからは、秘密ゲートから螺旋状の傾斜路を通って基地の南面にあたる地下駐車場に出入りできる。昨日、スクールバスでキュウ君を連れて来たのも、このコースだよ。ということで、我ら魔法自衛隊は、交通至便な都心一等地にデラックスな秘密基地を構えているのである」
と、自慢げな万城。利便性は言うことなしの上、基地内から直接、国鉄、地下鉄、首都高速を使って都内へ出動できる。
そうか、国鉄なんだ、と久は思った。この時代はまだ民営化されていない。
四ツ谷駅から南西方向へと地下線路を走る国鉄中央線、そのの道路は都道414号線だ。都道に沿った東側が、“三角ベース”の真上にある若葉東公園。そして都道414号線を挟んで、その西側に沿って、北から南、つまり縦に二百五十メートル、横幅が最大で六十メートルほどの敷地があり、その南半分が四谷プロダクション、北半分が四矢女学園となっていた。双方の建物は樹木で隠された渡り廊下でつながり、地下にも車両が通れるトンネルが共有されていて、事実上、一体化している。
続けて万城は、魔法自衛隊の構成員についても説明した。
魔法自衛隊の総員は四四二名と決められている。
そのうち四十二名は、魔物に対する主戦力となる、魔法少女戦闘団、“神女挺心隊”だ。
東風こよみが筆頭の桜組二十一名、南風はてるかが筆頭の菊組二十一名で構成される、魔自で最も強力な対魔戦力である。
彼女たちは世間的には、お嬢様学校である“四矢女学園”の高等部の女学生に扮して生活している。
残り四百名は“魔法隊”と呼ばれ、神女挺心隊をサポートする魔法使いの男女だ。
隊員は全員が魔法能力を有しており、“魔法士”という資格になる。隊司令の丹賀鉄虎をはじめ、真幌場女史やヒル先生や万城たちもみな魔法士であり、久も同じく魔法士となる。
魔法自衛隊四谷本部の隊員は、世間的には特撮映像の制作会社、四谷プロダクションの社員を偽装している。東亰に常勤しているのは三百名ほどで、あと百名ほどは、国内各地の支所に配置されて、さまざまな職業に扮しながら、偵察や補給の任務に就いている。
「そして一番に目を引き、悪目立ちもしているのが、ヒル先生のタイガーシャーマン特車隊さ。特撮戦車、縮めて特車と呼ぶが、実態は正真正銘の戦時中の戦車だからね」
洗車中の車体を間近に見ると、さすがに大きく、どうみても無理載せした感じであるタイガーⅠ型戦車の砲塔がいかつくて、いかにも強そうだ。
この“特車隊”を指揮するドイツ魔女のヒルデガルト・フォン・パイパー、通称ヒル先生は、ヨーロッパ最大の魔女結社、ワルプルギス同盟の幹部であり、ドイツの伝統ある魔法伯爵パイパー家の娘だ。生粋の魔女であり生年月日は不詳。“装甲魔女”の称号を持ち、戦車と大砲をこよなく愛するマニアックな魔女ということである。目下、教導武官として魔法自衛隊に招かれて、“神女挺心隊”の戦術指導に勤しんでいる。
ヒル先生の直属部隊は、米国製シャーマン戦車に旧ドイツ製タイガーⅠ型戦車の砲塔を載せた“ニコイチ戦車”……その名もTS特車隊。
車体にシャーマン戦車を採用しているのは、その重量と車体幅による。シャーマン戦車は本来の重さが三十トンあるが、TS特車は装甲を内側から削りまくって二十五トンにまでダイエットしている。車体の横幅は二・六メートル。一方、ナチスドイツのタイガーⅠ型戦車は重さが倍以上の五十七トンで横幅三・七メートル。したがって、タイガーⅠ型がそのまま都内を走ると路面は潰れ、橋は落ち、路肩の家々を削り取らねば進めない。まるで、そこだけ地震の被害を被るのと同じである。そこで、かろうじて都内の狭い道路に進入することができ、橋を落とさずに走行可能な車体がシャーマンだったわけだ。
TS特車は全八輌を有し、乗組員は各車三名、そこにヒル先生が加わって総員二十五名となる。この二十五名も組織上、四百名の“魔法隊”に含まれている。
TS特車隊は、魔物に対しては八八ミリ主砲から祓魔弾の“魔弾”を発射して、神女挺心隊の火力支援を務める。
“魔弾”は、東欧のボヘミアに本社を置くザミエル商会から輸入しており、七発を一つの木箱に収めた状態で入荷する。弾頭の中に無害ながら小さな魔物を封じてあり、その誘導によって、狙ったターゲットには確実に命中する。ただし七発目は弾頭の魔物が好き勝手に誘導できるので、どこへ飛んでいくのかわからない。そのため七発目は発射せずに木箱の中に残しておくように定めている。
TS特車は、世間的には四谷プロ所属の“特撮戦車”すなわち“自走大道具”として、スクリーンの中ではもっぱら怪獣に踏みつぶされる“やられ役”を演じている。
ヒル先生の性格は豪放磊落にして支離滅裂と伝えられ、酒豪にして愛煙家、普段は四矢女学園の国語教師に扮しており、出撃時には気分次第で内容下劣な“本日の標語”を幟に墨書して砲塔に立てるという趣味があり、特車隊の美青年たちの自虐的冷笑を誘っているという。
「では、魔自が誇る魔法学園、四矢女学園にチョイとお邪魔することにしよう」
久は笑顔でついていく。魔法少女の学園だ、見たくない少年はいないはずである。
四谷プロダクションの正門を出ると、すぐ左に折れて都道414号線の歩道を北へ向かう。
初めての外出だ。
ここは、“招和”三十九年の“東亰”。
空は曇り気味だが、空気はひんやりと冷たい。気温は二十度あたりか。
同じ六月でも、二十一世紀の東京よりははるかに涼しく、高原の避暑地を散策するような感覚だ。
しかし、騒音と臭気の強さは、さすがに大都市。
建設工事の杭打ち作業や鉄骨にリベットを打つドンドン、ダダダといった連打音に、自動車のエンジン音と警笛のパーカッションが重なって、けたたましい前衛音楽となり、加えて排気ガスの臭いが鼻をつく。不完全燃焼気味の、いかにもガソリンを燃やした臭いだ。
そこへ適度な風が吹き、不快な臭気を散らしていく。超高層のタワービル群が存在しないので、冷えた内陸部から暖かい海へと流れる空気が、さえぎるものなく都市全体にゆきわたっていく。
目の前の車道は、かなり広く感じた。ごくたまに姿を見せるシボレーやキャディラックといったアメ車を除けば、国産車はみな一様に、二十一世紀の車に比べて車体のサイズがこぢんまりとしている。
昭和三十年代を舞台にした映画に出ていたのと全く同じオート三輪や、銀色のバンパーを突き出した乗用車が引きも切らずやってくるが、たいてい車長が短く、寸詰まりな印象だ。玩具のミニカーがせかせかと動き回っている感じで、ボンネット・タイプのトラックやバスも含めて、どれも一様に出目金みたいな円いヘッドランプが可愛い。
目に映る何もかもが、クラシックカー……と言っても、当然のことなのだが、久にとっては、昭和レトロの自動車博物館を見学しているようなものだ。やはり印象的なのは初代クラウンのパトカーで、背中を丸めたブルドッグみたいな面構えが、なんだかマンガ的だと思う。
片側二車線の車道を隔てて、若葉東公園の樹々が茂る。その向こう、小高い丘の上に、昨晩、四谷プロの会議室から久が見上げた有名ホテルの本館が聳え立ち、朝日に輝いている。ただし、まだ工事中の足場とシートを屋上と建物半分ほどに載せており、完成直前の姿だ。
「あれは東亰ピューテックに備えた最新最大で超高級の“ホテル新豪谷”だよ。屋上の円盤みたいな展望ラウンジは回転するんだ。座ったままで東亰じゅうが見渡せる。戦艦大和の主砲塔を回転させる技術を応用しているんだ」と万城は言う。
公園の向こう側は外堀通りで都電が走る。レールと敷石をきしませて、黄橙色の車体がすれ違う。正面の三つの窓とその下の一つ目のヘッドランプが特徴的な、5000形という車両であることを、久は後日知った。
都電の線路が北へ向かう先には、まぎれもなく地下鉄の四ツ谷駅、そして、川底を埋め立てて空堀となった外堀、その対岸の台地状の地盤にすっくと立つ教会の尖塔は、二十一世紀の東京と同様に、キリスト教系の大学がそこにあることを示している。
このあたり、四谷界隈の風景は、ホテル新豪谷のほかには、これといった高層建築が見られず、建物の多くが四、五階の低層だ。とはいえ、道路に都電が走っていることを除けば、二十一世紀の東京と比べて、地図的には大きな違いはなさそうだ。




