044●第7章● 〃 1964年6月17日(水)朝④:霊界物質の弾丸
044●第7章●就職初日…1964年6月17日(水)朝④:霊界物質の弾丸
「話の続きだが、食べながら聞いてくれ」と、万城は魔法自衛隊のレクチャーを続けた。
魔法の料理にトースターなどの調理器具を活用する、魔法の飛行にグライダーなどの乗り物を利用する。
これと同じ理由で、魔法自衛隊は、魔物と闘う武器に、機関銃や対戦車ライフルや自走砲や戦車を活用している。それには理由がある。
“あの世”と“この世”の間は超巨大な絶壁みたいな“力場結界門”で閉じられているが、そこに開いたり閉じたりしている穴が霊的特異点だ。この霊的通路を通って異なる世界を行き交うことのできる両世界の共通媒体は、“光子”であると知られている。
だから、“あの世”からやってくる悪しき魔物の奴らは、最初は光子の霊的集合体として“この世”に現れる。
すると、“この世”に存在している重力子やヒッグス粒子と作用して、本来、質量がゼロとされる光子でありながら、“この世”で段階的に質量を獲得していくわけだ。このように“質量を獲得した光子”が“重光子”であり、それは俗に霊界物質とも呼ばれている。
つまり、《《魔物の奴らの身体は基本的に重光子でできている》》のであり、骨格恐竜スケルタルドンの肉体を構成していた、虹色に輝くゼリー状の物質がそうだ。
しかし重光子は、魔法を使えない普通人の眼には見えない。
見えたとしても、ゆらゆらした陽炎といった曖昧な影のようなものにすぎない。
つまり、神界から降臨なさる神様も、幽界から現れる幽霊も、魔界から攻めてくる魔物も、その身体の構成物質は“この世で質量を獲得した光子”すなわち重光子なのである。
十九世紀の心霊科学者、フランスのシャルル・ロベール・リシェは一八九三年にこの物質の存在を確認し、“霊界物質”と名付けた。のちに研究が進んで、天才物理学者のアルベルト・イアンシュタインが「霊界物質の物理的な正体は重光子である」と突き止めたのだという。
ということで、“霊界物質=重光子”で構成された魔物に、“この世”の物質である鋼鉄の弾丸をぶつけても、まるで効き目がない。ほぼ素通りしてしまい、ダメージを与えられない。
そこで人類の魔法使いたちは、秘密の工房で、重光子を結晶化させた弾体を製造し、それを銃砲で発射して魔物に激突させる戦術を考え付いた。
そうすることで、国立西欧美術館の前で久が見た通り、スケルタルドンのような魔物を破壊できるわけだ。
“あの世”の物質を破壊できるのは“あの世”の物質なのだ……ということである。
この“重光子を結晶化させた弾体”は概ね二種類に分類される。
ひとつは祓魔弾、魔物の構成物質を粉々に粉砕する。ただし粉砕されて塵埃となった霊界物質は、“この世”にとどまったままなので、いずれ再結合して、魔物が復活する可能性を残す。この種の弾体は百式機関短銃や、万城が携帯していた南部十五年式拳銃などの小型火器に使用される。
もうひとつは鎮魂弾、霊的な爆縮効果で強烈な斥力を発生、魔物を“この世”から“あの世”へと弾き出してしまう。
魔法自衛隊の対魔戦においては、後者の鎮魂弾の方が大口径で大威力の弾種となる。九七式自動砲や六〇式自走無反動砲などで使用される。
「要するに、魔法使いにとっては、重光子で作った祓魔弾や鎮魂弾を、そのまま野球のボールみたいに魔法の力でエイヤッと投げるよりも、既製品の砲熕兵器に合わせた弾体を作り、既製品の火薬の火力を利用して発射する方が、体内の魔法力の消耗を低減でき、合理的だということだ」と万城は語る。
「あの……質問ですが」と久は訊いた。「その弾丸……祓魔弾と鎮魂弾は霊界物質の重光子でできている。だから、“この世”の人間にとっては、命中しても突風程度の衝撃で、ほぼ無害だ……と聞きました。一方で、魔物たちの身体も同じ重光子でできているんですよね。それならば、普通の人間に対しても無害ではないですか? なぜ、骨格恐竜のスケルタルドンは、樹をへし折ったり、地響きを立てて歩いたり、野口英世さんの銅像を掴んで投げたり、そんな風に暴れまくることができたんですか?」
「ああ、いい質問だね」さもありなん……とばかりに、万城は答える。ちょっと得意げな話し方は、この人の特徴かな、と久は思った。他者に説明することが好きみたいだ。でも説明の仕方が嫌味ではないので、いい人なんだと感じる。
万城が言うに、霊界物質でできた魔物は基本的に、“この世”の普通人の目には、霧のような、ほとんど透明な存在だ。
ただし魔法自衛隊の隊員のような魔法能力者には、虹色に輝くゼリーのような肉体に見える。そして、しばらく時間が経過すると、ゼリーは動物の皮膚のように、はっきりと見えるようになってくる。骨格恐竜の骨の部分も、最初はぼんやりとしているが、やがてカメラのピントが合うかのように、かっちりとした物体に見えてくる。
「それは、かれら魔物の肉体の重光子が質量を増しながら、“この世”の物質と“混合”していくからだ。ほら」と万城は目の前の空間に手をかざして、振ってみる。「地球の空気は透明に見えるけれど、大量の水蒸気があるし、窒素、酸素、炭素といった元素がたっぷりだ、魔物はそれらを体内に取り込んで、新たな分子構造を構築して肉体を膨張させていく。砂や土や水や金属類……それに、飯食ってるときに悪いが、捕食した動物や、人間なんかも体内に取り込んでしまうことができる。そうやって自らに混合した“この世”の物質をエネルギーに変換し、暴れ始める……」
だから、光るゼリー状に見える肉体でも、時間が経つうちに10%、20%……と、徐々に“この世の物体”と化してゆき、巨大な質量とエネルギーを蓄えていくわけだ。
そうなると、まるで特撮映画に出演する怪獣のようにズシンズシンと歩き、周囲のものをバキバキと破壊できるようになる。だから、まだ普通人にはちゃんと見えない、ほぼ透明な肉体だというのに、骨格恐竜は国立西欧美術館の前庭を滅茶苦茶にしてしまった。
「似たものと言えば、台風みたいなものだね」と万城は言う。「台風の構成物質は何だろう。膨大な水蒸気と風、雲と雨、いずれもフワッとかヒュウとかザバッとしたイメージで、カチカチの硬い物体ではない。けれど屋根を飛ばし建物を潰し、山を砕き、谷を削り、津波や洪水を引き起こす。映画の怪獣を遥かにしのぐ破壊力で国土を蹂躙する。戦争並みの破壊力。魔物もそのようなものさ。姿形がフニャフニャモヤモヤして柔らかそうに見えても、とんでもない質量とエネルギーを秘めていて、暴れ回る。だから我々、魔法自衛隊が戦って、人類への被害が拡大する前に、撃破しなくてはならないんだ」
そのために魔法自衛隊は重光子から製造した弾体、祓魔弾と鎮魂弾を使う。
「かりに、“この世”の物質で作った金属の弾を命中させても、魔物の肉体を素通りするだけで、ほぼダメージを与えられない。今、“ほぼ”と言ったのは、魔物が“この世”の物質とどんどん“混合”して、自分の肉体の大半を“この世の物質”で占めるようになると、“この世”の弾丸や砲弾でも破壊できるようになってくるからだ。そして同時に、普通人の目にも、はっきりと見えるようになるというわけだ」と万城。「ただし、今、“この世”の物質で作った弾で破壊できると言ったのは、魔物の肉体に混合した“この世”の物質だけだ。一見、破壊したように見えても、霊界物質でできた魔物の本体は無傷だよ。だからたちまち、“この世”の物質を取り込み直して復元してしまう」
もうひとつ、魔物が“この世”の物質と結びつく方法に“憑依”がある。文字通り、生きている動物や人間に取り憑き、乗り移って操る方法だ。それに生物だけでなく、屍体やミイラだったり、あるいは自動車や機関車、飛行機などの無機物にも取り憑くことがある。
この“憑依”の場合でも、“この世”の物質の弾丸で倒せるのは、憑依された生物や無機物だけであって、霊界物質の魔物は全く無傷だ。だから、“あの世”の物質である重光子の弾を使わなくては、魔物を最終的に倒すことができない。
あ、なるほど、と久は納得する。エクソシストが活躍する映画を思い浮かべたからだ。魔物に取り憑かれた被害者を殴っても冷水を浴びせても、傷つくのは被害者の肉体だけで、取り憑いた魔物はノーダメージだ。魔物に通じる心霊的な手段を用いなくては除霊できないわけだ。
「“混合”や“憑依”で巨大化、強力化して、“この世”の人々に大きな脅威となる、そのような危険性を持った魔物を、我々魔法自衛隊は“甲種魔物”とか“超甲種魔物”に分類している。戦術的な分類だ。これとは別に、法律的な分類として“怪獣《BEM》”がある。“甲種魔物”以上に成長した魔物の威力が、傷害や殺人、器物損壊といった“犯罪”のレベルを超えて、“災害”レベルにまで拡大したら、鬼象庁の怪獣課が法的な要件と照らし合わせて“法定怪獣”に認定する。それが怪獣《BEM》だ。その出現を観測し、その後の行動を予測して、“怪獣《BEM》予報”を発出するってわけだ」
「えっ、気象庁って、そんな仕事も抱えてるんですか?」と面食らう久。
「あ、空気の気じゃなんて、オニの鬼と書く、鬼象庁だ。明治以前から秘密裏に存在する、政府の非公然の“闇政庁”でね。災害として法的に認定した怪獣《BEM》に対しては、“鬼象庁”から魔自に対して正式に“災害出動”の要請が出されるってわけで、そこで国策として対処する予算がつくってわけさね。その傍ら、“鬼象庁”は明治の時代から表向きは空気のキの気象庁という仮面を被って、一種の余業、まあアルバイトみたいなものとして、天気の予報もするようになったんだよ」
「そ、そうなんですか……」
どうやらこの国には、行政の裏面に隠された、秘密のお役所がいくつかあって、神様や幽霊や魔物が棲んでいる“三大霊界”に対応する業務を行っているらしい。魔法自衛隊も、その上位組織は闇政庁である“統聖庁”であり、隊司令の丹賀も、統聖庁の長官から権限を委任されて対魔戦闘を指揮しているという。
「そこで、“この世”に侵略してきた魔物が“怪獣”に成長して台風や地震みたいに暴れまくる前に、我々魔法自衛隊が魔物を殲滅すべし。それが俺達の日々のお仕事というわけさ」
万城が説明を終えて、目を上げた久の視線が一点に止まった。
食堂の一角には太いコンクリ柱を背にした棚にテレビが置いてあって、朝のニュースを映していた。
テレビといっても、木の板で作った、一抱えもある大きな箱だ。
画面の四隅がずいぶんと円い画面で、映像はモノクロだ。
あれがブラウン管っていうものか。
部屋全体の迷惑にならないよう、音声のボリュームは下げてあり、聴きたい者が数人、テレビの下に立ちどまっていた。
画像は粒子が粗く、ぼやけていて、ああそうか、昭和の昔のニュース映像を流してるんだ……と久は思ったが、すぐに、その“昔”に自分がいるのだと気づく。変な感じだ。
モノクロの不明瞭な世界の中で、四階建ての公共アパートが、根元から倒れていた。コンクリートの橋桁が、横から見るとのこぎりの刃の形に落ちている。その背景に、燃え続けるガスタンクの黒煙がたなびく。ひび割れた泥だらけの道を、唐草模様の風呂敷包みを背中に、あるいは荷車を牽いて避難する住民たち。
新潟地震。
六十年も昔のはずなのに、今、現在の出来事だ。
六十年前の現在。それは、ありえない変な状態のはずなのに、自分は、さほど違和感もなく、見ている。なぜなら、地震や津波とかの被害と避難のニュース映像は、二十一世紀の久にとっても、ある意味、日常に近い見慣れた光景だったからだ。
似たものを、何度も見た。
だから、変にもやもやとした不可解な感じがありながら、自然に見てしまう。
未来と過去の混濁感というのか。
同じような場面が繰り返されると、未来と過去の違いが薄まり、ただ“現在”が延々と続いているだけではないか……という奇妙な気分になる。
二十一世紀でも二十世紀でも、今も昔も地震や台風など、天変地異がこの国を襲い続けている。
もしかして……
「新潟の地震、あれは、魔物が……?」
「そうだよ」と万城が答えた。「地殻変動の一種である地震の発生と同時に、人々の目に見えない巨大な魔物が発生し、怪獣レベルの破壊を追加して、そして何処へともなく消えていったらしい。今、隊司令が現地調査に向かわれているはずだ」




