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魔法自衛隊1964  作者: 秋山 完
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043●第7章● 〃 1964年6月17日(水)朝③:禁断のお肉

043●第7章●就職初日…1964年6月17日(水)朝③:禁断のお肉






 そして、この場に集う人々の食欲は……

 凄かった。

 二十代から三十代あたりの青年男女ばかりなので、テーブルに着けばドドッと掻っ込んで、そそくさと出ていく。早朝なのに、なにか大量の仕事が待っているようだ。

相席になったメンバーから、「お、新人?」「噂の新入社員ね」「宜しくね、未来人さん」とか声をかけられて、短い挨拶を交わすと、たちまち、もぐもぐ、ぺろりと平らげて、退席する人が多い。大食い選手権には及ばないまでも、早食い競争としてなら、ありそうなスピードだ。

 久からみれば、普通の人の倍近くの量を、倍速で食べている。

 万城の食欲も旺盛で、定食を和洋二種類とも持ってきて、代わる代わる口に運ぶ。

 あきれ気味の久に、「大食いかな? まあ、魔自の隊員はみんな、よく食べるよ。魔法を使うと、人一倍にカロリーを消費するんだ。肉体を使わなくても、エネルギーはマラソン並みに持っていかれることがある。魔法ってさ、“本当にタネも仕掛けもなしでやってのける大魔術”なんだからね。まあ、テーブルマジック程度ならまだしも、ダンプトラックを持ち上げたり、箒だけで空を飛んだりしてみろ、消費カロリーはすさまじい。自分の生身の身体で代謝しているエネルギーだけでまかなおうとしたら、たちまち息も絶え絶えに疲れ果て、やせ衰えて死んでしまうだろうね。それでも俺たちが平気なのは、細胞の中に霊的特異点スピリチュアル・シンギュラリティを持っていて、そこから三大霊界すなわち“あの世”のエネルギーを引き出せるからだ。自分の体力じゃなくて、“あの世”の物理力を“この世”へ持ってきて、魔法に振り向けているってことさ。そういうことだから、“あの世”の物理力を移動して使えるのは魔法そのものの“肉体労働”の部分に限られる。しかし魔法を行うときに、頭の中で、どのような魔法力をどれだけのパワーで何に対して使うか、といった“魔法の使い方”を考えるために脳内で消費するカロリーは、自分の身体から抽出しなくてはならない。つまり“頭脳労働”に必要なエネルギーは自前で用意しなくてはならない。これが意外と疲れる。マラソン並みだよ。すると腹が減る。だからみんな、おのずと大食いで早食いになる。それを自慢する奴はいないけどね」

「そうなんですか」と久は納得する。「だから昨日、あの、いろいろと訊かれた会議室で、皆さん、食欲があんなにモリモリだったんですね。真幌場さんは牡丹餅ぼたもちとあんみつを、社長さんと東風こちさんの分まであっさり食べちゃったし」

「そうそう」万城は久に同意して、「ここだけの話だけど、真幌場さんの胃袋は奈落の底無しだと聞いている、お酒も蟒蛇うわばみでブラックなマンホールだとさ。ヒル先生も同じでね、二人は良く一緒に飲みに出てるよ」

「でも……そんなに魔法を使っておられるようには、見えなかったですけど」

「魔法にもいろいろあるからね。ぱっと見て、魔法に見えない魔法が、じつは多い。真幌場さんは経理全般も兼務していて、魔自の大事な帳簿は必ず、彼女がつけているんだ。それを魔法でやっているのさ。いつのまにか社内留保の預金が増えていたりとかね……ま、そこから先は企業秘密。……で、これはどうだい、食うか?」

 と、万城が持ってきて、でんと久の前に置いたのは、大型の缶詰。

「無料のサービス品なんだ。毎週、“全虎ぜんとら食品”の余剰在庫を、真幌場さんが格安……というよりたいてい無料ロハで仕入れてくれる。厨房の窓口の横、あそこの棚に積んである分は、食べ放題で食べ切り御免というわけさ……ああ、全虎ぜんとら食品ってのは、四谷プロが提携している民間企業コングロマリット、“全虎ぜんとらグループ”の一社だよ。真幌場さんとヒル先生と丹賀トラ社長が個人大株主でね。未来の軍産複合体を目指しているらしい」

 要するに、魔法自衛隊と民間企業とのコラボってことか。

 久はしばらく黙って、眼前の缶詰をじっと見つめた。

 これは……。凝視せずにおれない。

 一号缶という、特大の缶詰で、内容量は三リットルとなっている。

 缶に巻かれた、安っぽい緑色の紙ラベルには、日本人なら英語なんか読むなと言わんばかりに、カタカナで……

 “ホエール・コンビーフ”

「く、鯨……」

 ラベルには、どうみてもなまずにしか見えないチープな三等身キャラが大口を開けてえていて、“ホエールくん”なんて、ふざけた名前がつけられている。

 缶詰の蓋はぎざぎざの円盤形に開けられていて、中身は誰かがすでに半分ほど消費していた。

 しかし缶詰の中で、まるでビーフジャーキーを素麺そうめんのように裂いたかのような、繊細な紅色の肉が白い脂肪をほどよく纏ってぎっしりと身を寄せ合っている姿は、とても食べやすそうで、久の食育的好奇心をそそりまくる。

 缶の中から立ち昇る、ビーフとチキンを足したような絶妙の芳香が、これでもかと久の煩悩を刺激する。

 何と言っても、生まれて初めての珍味。

「た、食べていいんですか?」

 思わず、聞き返してしまう。

「もちろんだ。好きなだけ食っていいぞ」と、万城は気前よく答える。「ニッポンは世界一の捕鯨国なんだ。牛よりも豚よりも鶏よりも安物の肉なので、今どきの小学生だって、給食で毎日食べさせられて飽き飽きしている。安物とバカにされるが、ちょいと加工すれば旨くなる肉の代表格だね。どうしたキュウ君、まさか二十一世紀では、鯨すら獲れなくなっている? ……なんてことはないだろうね」と久に屈託のない笑顔を向ける。

 いや、その通りなんです、あれこれ理屈をつけて強引に捕りに行ってるので、食べると世界から白い目で後ろ指を指されるんです……などと答えようものなら、またまた彼らの薔薇色の未来図に水を差してしまう。キュウ君の未来社会は、鯨も食えないほど貧乏なのか? ……って、またまた同情込みで一笑に付されるであろう。

 二十一世紀ニッポンのイメージが、これ以上、けち臭くなるのは、避けたい。

 しかし、鯨を食べない代わりに、僕は何を食べていたんだっけ。

 ハンバーガーか、フライドチキンか、ドーナツか。

 ポテチか即席ヌードル、コンビニ弁当に、良くてもテイクアウトのピザか。

 久はしばし、考え込む。

 一九六四年の今から六十年も未来の世界なのに、食生活は、本当に豊かになったのだろうか?

 それを確かめるチャンスが、目の前にある。

 二十一世紀の日本の、明らかに下級国民の貧民階層に含まれる少年にとって、これは一生口にすることができないかもしれない、禁断の謎食材である。

 やはり、食べてみたい。

「どうした、鯨なんて安物は口に合わないか?」と万城が訊く。

「あ、いえいえ、鯨って、おいしそうですね」と、安っぽい出まかせで誤魔化しながら、久は心の中でてのひらを合わせて拝んだ。

 この時代の鯨さん、環境保護団体の皆さん、ごめんなさい……

 どうしようもなく、罪の意識がついて回る。

 しかし、食べてはならぬものを密かに食する、この甘美な罪悪感は何なのだ。

「鯨のコンビーフなら、この食べ方だな。ほかにもいろいろあるよ。鯨のステーキ、鯨のハンバーグ、鯨の竜田揚げ、鯨の大和煮、鯨のベーコン、鯨の佃煮……、まあ、刺身はちょっと勧めないがね」

 と言いながら、万城は、洋定食についている食パンの一枚を、テーブルに一台ずつ置いてあるポップアップ式の電気トースターに入れた。ツマミを回して、加熱する。

周囲を見回して、部外者がいないことを確認すると、むっ、と睨んで“念”を送る。

ガチャン、とトースターのパン受けがバネ仕掛けで上がり、こんがりとキツネ色に焼けたパンが顔を出した。その間、一秒。

「えっ」

 久は目を丸くした。このクラシックなクロームメッキぴかぴかのトースターは、電源コードが巻き取られたままだ。テーブルのどこにも、コンセントはない。

「魔法……ですか?」

 万城はうなずいて、「魔法ってのはさ、別世界の“あの世”からエネルギーをちょいと持ってきて、思い通りに使う行為だって、教わっただろう? つまり熱量とか質量の移動と、その制御だね。今の魔法は、パンそのものでなくトースターの中のニクロム線を急速加熱したわけだ」

「あ……でも、それができるなら、パンを直接焼いたら……」

「そう思うだろ」万城は、いい質問だとばかりに、明るいドヤ顔で「パンだけを空中に浮かべて加熱することも、もちろんできる。しかしそうすると、火加減……というか、熱量の配分や周囲の熱対流も自分の意志でコントロールしなくてはならない。パンのどの部分に、どのような方向で、どのような温度で熱を当てるか、だね。調整を間違えると、黒焦げになって全部ボッと燃やしてしまうか、パンの耳だけ焼いてしまうとか、見かけは良くても、カチカチに乾燥してしまうとか……。要するに、ただ調理することはできても、美味しく食べられるかどうかは、別物なんだよ。本当に美味しい食事を魔法だけで作ろうとすると、相当な手間と時間と、熟練した技術を要する。それなら、最初から魔法をやめて、手を使って料理するのと変わらない。ただし、このトースターみたいに、パンを美味しく焼ける機械があるのなら、それを使えばいいわけだ。パンを魔法の火で焼くのでなく、トースターの方に魔法をかけて、その機能をスピードアップさせる。そうすればより効率的に、美味しくパンを焼くという目的が達成される。なにより楽だしね」

「そうか! 何もかも一から魔法で製造するんじゃなくて、道具に魔法をかけて、上手く使おうってことですね」

「うん。だから、俺たち魔法自衛隊が使う魔法は、ぱっと見て魔法に見えないものが多いって言っただろ」と万城。「例えば、ここから百キロ離れた場所へ行くのに、念動力で箒に乗って全速力で空を飛べば、二十分ほどで着けるかな。そのかわり重力に逆らって、自分の体重を持ち上げて質量移動させ、空気抵抗を念力フォースバリアで排除し、気圧の変化から身体を守らなくてはいけない。短距離ならそれでも便利だけれど、長時間にわたって全部を魔法でやると、肉体的にも精神的にも、けっこうキツいぜ。実際、一度に百キロも飛べる人は少ないよ。くたくたになる。ああ、しかし神女挺心隊の彼女たちは魔法力がケタ違いだから別格だけどね。けれど、グライダーのような乗り物があれば、魔法で推進力だけ足して、スピードアップすればいい。機体の強度が保てれば、同じ二十分くらいで到着できて、“魔法疲れ”は十分の一以下に軽減できる。だから俺たちは、既製の道具や機械をできるだけ活用する。それを魔法力でパワーアップすることで、楽して得しようってことかな」

 人間、楽するために道具や機械を作ったんだから、あるものは使わないと、もったいないだろう? ……と、喋りながら万城は、焼き上がったパンを半分に折ってちぎり、フォークで鯨コンビーフを遠慮なくざっくり掬うと、トーストに載せた。

「ほい、据え膳喰わぬは男の恥」と、男の身勝手としか思えないセリフを添えて、鯨コンビーフを山盛りにした半切りトーストを久に渡すと、自分のトーストにかぶりつく。

 久もそうした。

 ほどよく溶けた脂身がトーストのカリカリの面に滲みて、香ばしい。

 すると舌の上で、鶏肉風の感触と牛肉風の味わい、そして新鮮な鯨ならではの濃厚な栄養分が、味覚のワルツを舞い踊る。

 おおっ、これが、鯨か。

 う、美味い……

 もう、何も言えません。

 そうだ、こう考えよう、と久は思った。

 ……僕は中世風の異世界へ転生した。そこで、禁断のドラゴンクジラの肉をコンビーフにして食べているんだ……

 そう考えたらどうか。

 いや、もう、どうでもいい。

 美味いものは、美味いのだ。

 いかなる自制心も、美味なる食の前には敗れ去ることを、久は知った。

 良くも悪くも、多分、これは大人への一歩なんだ……と、自分に言い聞かせながら。



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