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魔法自衛隊1964  作者: 秋山 完
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040●第6章● 〃 1964年6月16日(火)深夜から翌未明⑥:死と生

040●第6章●優しい治療と密談と夢…1964年6月16日(火)深夜から翌未明⑥:死と生






 空中にぼんやりと浮かんでいる三羽の白い魔法少女は、はっと緊張して、闇の中央にぽっかりと浮かぶ、それに注意を向けた。

 闇の中の、さらなる闇の中に、そいつがいた。

 あまりにも暗く、そして大きかったので、それまで気付かなかった。

 そいつは最初から、巨大な闇のカーテンそのものとなって、そこにいたのだ。

 ゆらり、と闇のカーテンがはためいた。

 動いたのはそいつの方なのに、極端に大きいものだから、こちらが動いているような、気妙な錯覚に陥る。

 それは質感を変えて、くっきりと立体化し、仄かな燐光を帯びた。

 暗闇に浮かび上がるそれは、じつは虹色の無数のうろこを纏った巨大な何者かの一部分であることが、ようやくわかった。

『……蛇竜じゃりゅうダイハチ!?』と、鶴嘴つるはしを持つ白い鳥が驚いて告げる。警戒の声だ。『ここは日本橋の……魔界隧道まかいずいどうの入口なの?』

 その言葉に促されたかのように、ゆらりと、目の前に奇妙な十字架が立ちあがった。

 鉄製の柱のようだ。細身の四角柱で真っすぐに立ち、左右に伸びた金属の腕の上には蔓草つるくさがからまった形の装飾が施され、中央の柱は天辺てっぺんで三つに分かれて、その先端には街灯のランプが載せられている。

 柱には文字の浮き彫り。……“東亰市道路元標”

『こんなところに“道路元票どうろげんぴょうかよ……あいつも夢を見るのか?』と、まさかりを持つ白い鳥が身構える。

『どうしたの、うろこの怪物さん。そんなに怒り狂った、哀しい震え方をして、どうしたの?』と、大槌スレッジハンマーを握る白い鳥がダイハチと呼ばれたそれに問いかける、不安と怯えを交錯させて。

 それはたしかに、巨大な怪物には違いなかった。

 しかし今、この夢の中では、すぐさま久たちに襲い掛かるつもりはないようだった。

 恐ろしい存在だ、強大で禍々《まかまが》しい。

 けれど、さっきの蛸型の魔物のような、毒々しいまでにけがれたよこしまさは感じられない。

 無数の虹色のうろこがうねり輝き、金銀の光の粉を四方に散らす。

 唐突に、そいつが自分に向けて言葉を発していることに、久は気付いた。

 耳に聞こえない音、それが、光を使った信号に変換されている。

 その瞬きを見るだけで、なぜか脳内に、翻訳された文字が流れる。

 妖精語フェアリッシュの一種だ。

『“ここにあるべからざるもの”よ。なにゆえにここに居るのだ。ここが本来あるべき安住あんじゅうの時間ではないことを知っているはずだ』そして一息置くと、語調を強める。

『いずれ、あるべき時と場所に戻らねばならぬことを知っているのであろう。“ここにあるべからざるもの”よ。ならば去るべきではないか。寄るなきここで、何をなそうと欲しているのだ?』

 久には返す言葉がなく、ただ圧倒されて、黙って聞くだけだ。ダイハチは語る。

『それでも居続けるつもりなら、時間の運命はそれを許さない』

『帰りたいのであろう? もといた時間と空間へ、なんじの家のある場所へ』

『居ることはならぬ』

『帰るべきである』

『ゆえに、存在を消去せねばならぬ』

『まだ間に合ううちに生きて戻れ。存在を許されるところへ』

『ここに居るなら、殺すことになるであろう』

『帰るのならば、殺されずとも済むであろう』

『ここで死ぬか』

『生きて帰るか』

 虹色のうろこの怪物……“蛇竜じゃりゅうダイハチ”と呼ばれるそれは、切れ切れに、しかし一方的に言葉を伝える。一人でありながら、複数の脳が複数の口で対話しているかのように。

 久は内心で戦慄しながらも、なぜか、うろたえることなく受け入れていた。

 身近な何かに似ていると感じたからだ。

 そうか……スマホの対話アプリだ。漫画のセリフに似た吹き出しを使って、交互にメッセージのやり取りをするコミュニケーション・ツール。

 そんな感じだ、画面の左右からフキダシを重ねていくように……

 ダイハチの二つの意志が、交互に伝えられてくる。

 死刑宣告と、追放宣告。

 ここに踏みとどまって殺されるか、逃げて生還するのか。

 そうか、蛇竜じゃりゅうダイハチとやらは、二つの考え方を持っているんだ。

 どちらかを選べと僕に迫っている……

『ここに居るべきでないにもかかわらず、ここにとどまり、為してはならぬことをなし、取り返しのつかぬ愚行のわだちを残せば、もはや生きて戻るにあたわず、ここを墓場とすることになる。それでよいか?』

『帰るのならば、今のうちだ。今ここで決意すれば、命は取り去られぬであろう。どうだ、帰りたいのではないか? 帰りたければ……』

 ダイハチは苦い殺意を甘言で薄めるかのように、最後に、おだやかに続けた。

『帰りたければ、我が力を貸し、願いを聞き入れてやることもできよう……どうか?』

 それは運命を定める言葉だった。神の代理人が発布する預言を感じさせる、厳かな通告。

 久は全身を震わせた。

 答えなくてはならない。

 ここに踏みとどまって殺されるか、逃げて生還するのか。

 ダイハチの言葉に迫られるまま、久は答えを探した。

 自分の好きで、自分の意志で、ここに来たのではない。

 だから、本来なら、帰るのが正論だ。

 久は一歩、ダイハチの方へ歩み出る。

 けれど……

 答えが喉元まで這い上がって、そこで止まる。

 “帰りたい!”と叫ぶ寸前、久は言葉を呑み込んだ。

 左右の腕と肩を三人分の手がつかみ、久をぐいと引き戻したからだ。

『ダメ、やめなさい!』

『行くなよ、ここにいろよ!』

『帰らないで、キュウさま!』

 切実な叫びが、久の背中に突き刺さった。

 本来なら、久という人間は“ここにあるべからざる”存在である……と知りながら、それでも、どうしようもなくほとばしる、彼女たちの感情の爆発。

 フキダシのシャワーが、ドッと、久の両脇と両肩を越えた。

 それは、純白のきらめきを映すシャボン玉となって久を包み込んだ。

 ダイハチはいったん、たじろいだ。しかし後退することなく、虹色のうろこの壁がよじれると……

 くわっと、巨大な闇のトンネルが眼前に開く。

 トンネルを縁取る、割れたガラスのような、水晶のような、ダイヤの原石のような、研ぎ澄まされた牙の列。

 喰われる!

 だが久が身を縮める前に、少女たちの声が呪文を唱えるのが聞こえた。

『聖なる魂の騎士よ《ザント・スピリト・カヴァリエ》!』

 三羽の白い鳥が猛々しい怒りの炎を纏った。

 それぞれが四翅よんしの紅蓮の翼を広げる。

 久の脳裏に、あるイメージが閃く。

 彼女たちは魔女であり天使、すなわち……

 “魔天使…ウィッチエンジェル…”だ。

 猛り狂う魔天使ウィッチエンジェルは激しく前進した。

 いかづちの轟きを伴った号令。

上衝アウフ!』

 迎撃。

 上下からせまる蛇竜じゃりゅうあぎとをめがけて、鶴嘴つるはしまさかり大槌スレッジハンマーの形をした稲妻が突き出されると……

 炸裂する雷光、噴き上がる三叉の電撃。

 研ぎ澄まされた硬質の火花が螺旋状の槍となって旋転しつつ、蛇竜じゃりゅうの上あごを貫くや、爆散させた。

 久は思わず両手で眼を覆おうとしたが、間に合わない。

 世界が真っ白な光子の渦となる。

 薄れゆく意識の中で、久は思っていた。

 ……そうだ、僕はきっと、誰かに求められてここへ来たのだ。

 それとも……誰かに“命じられて”かな?

 それは……誰かが僕を必死の思いで必要としているから?

 わからない、けれど……。

 僕がここにいるのには、なにか、ちゃんとした理由があるんだ。

 心の内側に、女の子の声が響いた。誰の声なのかわからないが、魔天使ウィッチエンジェルである魔法少女たちが使う妖精語フェアリッシュだ。

“そう、理由があるのよ、だからキュウ君は、勝手にサヨナラしちゃダメ、あたしたちがいいと言うまで、ここにいるの!”



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