036●第6章● 〃 1964年6月16日(火)深夜から翌未明③:謎解き
036●第6章●優しい治療と密談と夢…1964年6月16日(火)深夜から翌未明③:謎解き
部屋の明かりは、すりガラスの傘を被った黄色電球だった。傘の上は二股ソケットになっていたが、久には初めて見る電気器具だ。ソケットにつまみがついていたので、回せば明かりが消えた。
襖を開けたまま押入れに横たわって、窓から街の薄明かりが差し込む部屋をながめると、ひしひしと、自分がもといた世界から、あまりにも遠くへ来てしまったことが実感されてくる。
最初からタイムマシンで意図的にやってきたのならともかく、突然に迷い込んでしまったのだから、これは旅行者でなく遭難者だ。
このような場合、環境の変化を自然に受け入れるようになるには、時間がかかるものだとわかった。
一九六四年のこちら側へ来て半日ほど過ぎたところで、ようやくその気になろうとしている。
確かに“招和三十九年”という異世界に、自分はいるのだ。
そんなばかな、と疑う自分もいるが、ここが実際に六十年昔の世界だと信じれば、つじつまが合うことも事実だ。
そして、思い切り信じたくないことだけど、この世界では“三大霊界”という“あの世”から怪獣めいた魔物が現れて、その魔物を迎撃して退治する“魔法自衛隊”という組織が特撮映画会社の仮面を被って秘密裏に活動していて、さらに、神様や幽霊も現実に存在していて、魔法自衛隊のメンバーと僕には、それらがしっかりと目に見える……つまり、僕もどうやら魔法使い…魔法士…の一員であるということが、もう、信じるしかない既成事実となっている。
……ということは、あの美少女型閻魔大王が率いる、“神女挺心隊”とかいう白いセーラー服の可愛い女の子たちは、魔法少女の戦闘団ってことか。ただの演技にも見えるけれど、じつは本当に魔法が使えて、それを俳優の演技に見せることで、社会の視線から巧みにカモフラージュしている。
どうして、こんなことになったんだろう?
不意に思い当たった。
スマホの写真。
あの一枚……スケルタルドンという骨格恐竜と、それよりもおっかない美少女型閻魔大王…こよみが写った一枚のことだ。
西暦二〇二四年六月十六日の今朝、スマホの画面をジャックしたその一枚は、撮影時刻が数時間先の未来だった。その謎を解きたくて、上野公園に出かけたのだ。しかし、“僕がまだ撮影していないはず”の“未来の写真”が画像データとして存在したことは、すごく不自然だ。
常識的に、“あってはならないこと”が起こったのだ。
……そして、二〇二四年六月十六日の十三時十三分十三秒の時点で、その写真と全く同じ情景に遭遇した僕はシャッターを押して撮影した。その瞬間、撮影した時点の表示は、“一九六四年六月十六日の十三時十三分十三秒”に変化していた。これが、本来あるべき正しい撮影時刻だったのは確かだ。
写真に映っている骨格恐竜も東風こよみも、一九六四年の存在なのだから。
ということは……
そうか、だれか、不思議な力を持った何者かが、あえて不自然な形で、無理矢理に、一九六四年に撮影されるべき一枚の写真を二〇二四年のスマホに押し込んだのだ。
しかし、“過去の風景”、すなわち時間的に過ぎ去ってしまった一九六四年の風景を、未来の二〇二四年にナマで撮影することは理論的に無理、不可能なことだ。
そこで……時の流れを司る神様がいたとしたら、無理な形に捻じ曲げられた時間軸を修正して、前後関係を合わせようとするだろう。無理矢理に伸ばされた輪ゴムが、手を離すと縮んで元の形に戻るように。
つまり、前後関係を合わせるためには……
僕が一九六四年の過去へ戻って、あの一枚を撮影することだ。
そのような手続きを踏んで、何者かが、僕を過去の時代…この一九六四年世界…へ引っぱり込んだのだ、きっと。
その、何者かとは?
確実な証拠はない。けれどたぶん……神様、それとも魔物の親玉、魔王クラスの凄い奴、じゃないか?
僕を過去の世界へ移動させたのは、おそらく魔法の力。
時間軸を捻じ曲げて人間を移動させる魔法があるとしたら、それは恐ろしく強力な、魔法の中でも難度が最高級のスキルに違いない。
そんなことができるのは、神様か、魔王かそれに近い、トップクラスの魔物では?
かりに、神様だとしたら?
第一容疑者は、美の女神アフロディテ。
こちらの世界にやってきた僕に、妖精語で話しかけてくれた。最初から僕がここに来ることを知っていたかのようだ。
そうだ、ここへ時空移動する直前、二〇二四年の国立西欧美術館の前で、ちらりと見かけたぞ、アフロディテにそっくりの女性を。あれは、本当に神様のアフロディテだったんじゃないか?
僕がスマホの写真に導かれて、あの場所に来たことを確認したうえで、僕を一九六四年に送り込んだ!?
でも、何のために?
久の脳は、そこで推論が止まった。頭の中には、主人公が異世界へ転生して物語を始める、無数のライトノベル作品がぐるぐると渦巻く。十作や二十作はのめり込んで読んだと思う。けれど、「誰が、なぜ、どうやって、どんな理由で、よりによって、そこへ転生させたのか?」という根本的な疑問への回答は、わりにあっさりとスルーされていたようで、残念ながら、あまり参考になりそうにない。
第一、ここは、異世界と言えば異世界だけど、ラノベで親しんだ異世界とは違う。
それも、教科書に載っている“昭和”の歴史とは内容的にほとんど同じだけど、あちらこちらが少しばかり異なる、中途半端な異世界ともいえる“招和”の過去世界だ。
僕はそこへ来た。
何のために?
犯人が神様でも魔王様でも、目的もなく、そんなことはしないだろう。
何かをさせるつもりなのだ。一九六四年のこの“招和”レトロの世界で。
そいつは、僕に、この世界で何をさせようというのだろう?
わからない。これ以上のことは、僕にはわからない。どうすればいいんだろう。
しかし、明日は明日の風が吹く……と、呑気なことも言っていられない。
とにかく働いて、生活の目途を立てなくては。
それから、どうすればいいか考えよう。
なんとかなる、きっと、なんとかなるさ……
そう自分に言い聞かせていると、窓に近い小さな茶箪笥の上に目が留まった。
水の入った広口の瓶……それってたぶん、牛乳瓶? があり、星明りに照らされて、一束の花が活けてあることに気が付いた。
黄色のおしべとめしべを円く囲む花びらは、純白。
中学校の花壇で見たことがある。デイジー、雛菊だ。
だれが活けてくれたんだろう? 最初からそこにあったっけ? と思いに耽りながら眺めていると、どことなく、その花に元気づけられる気がした。寂しさと心細さが、和らぐ。
そうだ、僕は寂しかった。ほんの半日ほど前までは。
たとえ口うるさくても、僕のことをかまってくれる姉貴か、それとも可愛い妹がいてくれれば……と、心のどこかで願っていた。
いや、確かにもう、寂しいどころではなくなった。
ヒューマノイド閻魔大王みたいな、こよみ。たぶん少し年上の姉貴、ただし、嫌味と暴言と暴力のカタマリ。
一方で、美少女フィギュア顔負けの愛くるしいドジっこ天使、くるみ。どうしてかわからないけれど、仲良くしてくれる。理想の妹みたいな?
これって、願いが叶ったことになるのだろうか?
神様が、願いを叶えてくれた……ということだろうか?
とうせ叶えられるならば、くるみちゃんの方だけでいいんだけどね……
と、くるみの幸せそうな笑顔を思い浮かべたとたん……
すとんと、眠りに落ちた。




