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魔法自衛隊1964  作者: 秋山 完
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033●第5章● 〃 1964年6月16日(火)夜⑨:運命の一撃

033●第5章●霊写技師と痛い就活…1964年6月16日(火)夜⑨:運命の一撃





 魔法自衛隊の隊司令、つまり作戦責任者が、正面から頭を下げて、久に説得を試みている。

 これには正直、心打たれるものがあった。

 言うことはアバウトだけど、心は誠実なのだ。

 二十一世紀の“偉い人”たちとは、どこか根本的に違うと久は感じた。なんだろう……

 そうか! と直感した。丹賀の言葉の最後のフレーズ。

 “特攻兵器に乗せて片道切符……”

 経験したことがあるのだ、丹賀は。

 この国が世界を相手に戦ったらしい、あの戦争が終わったのは西暦一九四五年、この世界では、まだ十九年しか過ぎていない。

 若かったころ、たぶん二十代だった丹賀は、本当に直面したことがあるのだ。

 敵の人間を殺す恐怖、殺される恐怖、そして自ら特攻という自殺を志願する恐怖を……。

 戦争は絶対に許されないという、生身の体験に基づく信念。

 そんな、底知れぬ迫力を、ほんの一瞬だが、久は感じ取った。

 丹賀鉄虎という人物の、ぞっとするほどの渾身の覚悟を。

 久のもうひとつの“現在”である西暦二〇二四年には、ほぼ存在しないタイプの人格だ。

 心理的に、完全に圧倒された。 

 彼には、言葉だけではない、本気の“責任感”が充満しているのではないか。

 丹賀から視線を外し、答えようもなく、たじたじと言いよどむ。

「え、ええ、まあ……、そういわれれば、そうですか……ねえ」

 これがネットのVRゲームなら、冒険は楽しい。

 写真を撮るのが仕事というのなら、戦場カメラマンみたいなものだ。かっこいい。

 しかし、これは現実。

 変でも嘘っぽくても、“魔法自衛隊”は現実に目の前にある。

 そして目の前で、本物の銃火器を発砲しているのだ。実弾ではなく、重光子ヘヴィフォトンという霊界物質でできた光の弾丸みたいなものだったけれど、RPGの勇者気取りでナメてかかると、大怪我をする、いや、命の危険もあるだろう。目の前で負傷する女の子もいたんだし……。

 さあ、逃げるべきか、逃げざるべきか。

 逃げないと、魔物との戦争……いや、“闘い”に巻き込まれる。

 だからもちろん、逃げなきゃいけない! でも、逃げてどうなるのか、ここを出て警察へ行って、わけのわからない説明をして、かえって怪しまれたあげく、浮浪者の収容施設に保護(?)されるのか……そう思いつつ、久は頭の裏側で、必死になって計算していた。

 メリットとデメリットを。

 就職は人生の一大選択肢。まだ結論を出したくない。先送りできるものなら、先送りしたいけれど、いずれは直面することになる。

 それが今なら、できるだけ有利な条件で……と願うのが人情。プロ野球やサッカーの選手だって、きっとそうだろう……。

 魔法自衛隊に就職するメリットは、まず、衣食住を得られること。落ち着いたら、二十一世紀に帰る方法を探せるかもしれない。それに魔法に対する好奇心もある。自分に何か魔法力があるなら、それを使ってみたい。そして何よりも不幸中の幸いは、金髪美少女のくるみちゃんとお近づきになれるかもしれない、ということ。これは嬉しさMAXだ!

 自分の顔に、不謹慎ながら、期待のムフフと、不安のビビリが交錯するのを感じる。

 一方、デメリットは、やはりそれなりにリスキーな仕事らしいこと。きつい、危険、そして奇怪な3K職場だろう。その割に一万六千円という、とんでもない安月給。そして、こよみという名前の、おっかないド閻魔な鬼女おにじょとお隣同士で、ひょっとすると毎日、顔を付き合わせそうなこと。これはたまらない、苦手だ。恐怖感MAXである。 

 こよみは、きっと頭にツノを隠しているんだ。同じつの付きでも、ダーリンと呼んでくれる可愛い女子鬼じょしおにさんなら大歓迎だけど、こよみの角はきっと闘牛士を突き殺す狂った雄牛みたいな、それとも“美女と野獣”の野獣の方か、ガチのリアル・ナマハゲか……

「キュウ君、お立ちなさい」

 こよみの不気味な声が、久の妄想を中断させた。つかつかと久の脇へ歩み寄り、片手を机につくと、立ち上がった久に、横顔を近づけて言う。

「あなた今、打算してるでしょ」

 この横顔は閻魔だ。憎悪の炎メラメラの閻魔大王だ……

 久の肝っ玉は縮み上がった。冷淡な激怒が、こよみの秀麗な口元に火花を散らしている。こよみは続ける。

「わたくしが黙って見ていれば、いつまでも、うじうじうじうじと……」

「うじ?」

「物事を決められない人のことです。いちいち、そろばんを弾いて損得勘定しなければ、やる気を出せない軟弱者。男なら……男ならさっさと決めなさい! この……この……この……ちんたら未来人!」

 こよみの堪忍袋が暴発のゼロ・アワーに達したことを久は知った。ドリルの先端に似た殺意が自分の脳髄を貫くのを感じた。もう、逃げるには手遅れだ。

 だから、逃げたら……

 ガギッ!

 と、顎の骨がきしむ恐ろしい響きと同時に、自分の身体が跳ね飛んで背中を壁にぶつけ、頬と背中の激痛のハーモニーで悲鳴を上げる寸前に、こよみが放った念力びんたが、ぱぁん! と炸裂する音が室内のあらゆるものを叩いていた。

 だらしなく床に転がり、うつろな意識の中で痛みをこらえて涙目で見上げると、こよみが見下ろしていた。血の気が引いて、真っ青な顔がひきつり、口元がぶるぶると震えている。

 またも後悔先に立たず、やってしまった。そんなつもりじゃなかったのに、やってしまった! と、自分自身にいきどおって、こぶしを握り締め、そして……

 ぷいと後ろを向いて、走り去ってしまった。

 ばたんとドアが開いて跳ね返る直前に、久は万城と漆田に抱えられて、椅子に戻されていた。

 真幌場が冷たいおしぼりを、頬に当ててくれる。しっかり! 大丈夫ですか……といった介抱の声に応えて、久は何か声に出そうとしたが、顎の痛みで歯の根が合わない。

 それでも、口の中にあふれる鮮血の味に交じって、自分で自分に言い聞かせる言葉が木霊こだましていた。

 追い詰められ、人生の避難所をなくした少年の心の叫び。

 久の場合は、こうだった。

 ……逃げてもムダだ、逃げてもムダだ……逃げたらあいつに殺される!

 もごもごとつぶやく久の言葉を聞き取れず、真幌場は優しくそっと尋ねた。

「ごめんなさいね、キュウ君、お取り込み中に悪いけど、私たちの仲間に、なってもらえるかしら?」

 顎の痛みに舌をよじり、久は電池の切れかけた目覚まし時計のベルみたいに、やっとの思いで、か細い声を発した。

「ひょろひくほねがひしまふ……」




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