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魔法自衛隊1964  作者: 秋山 完
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028●第5章● 〃 1964年6月16日(火)夜④:“あの世”と魔法の歴史

028●第5章●霊写技師と痛い就活…1964年6月16日(火)夜④:“あの世”と魔法の歴史




      *


「なぜ今まで黙っていたかって? しかしキュウ君は最初から知っていたじゃないか。我々が“魔自”であると」

 そう丹賀は答え、こよみを除く全員が、そうだ、そうですよ、と同意した。となると当然、各々《おのおの》の視線は、こよみに集中する。

「……だって、キュウ君から、魔自でしょ? と聞かれたので、うっかり、魔自ですよ、と答えてしまって、だからキュウ君はてっきり……」

 こよみの言い訳に、……てっきり? だからスパイにしちゃったんですか……と、恨み節のひとつも唱えたい久だったが、ここは我慢するしかない。相手は美少女型閻魔大王閣下である。逆らったら踏み潰される。それだけの攻撃力を備えているのだからどうしようもない。

 にしても、上野公園で初めて顔を合わせたあのときの、「マジっすか?」「ええ魔自よ」の、たった一言の早とちりで、ずいぶんと変な体験をさせていただいたものだ。

 人生の十年分くらい、お馬鹿な回り道をした気がする。とはいえ、こよみと出会って、まだ半日も過ぎていないのだが。

「まあなんだな、そういうことなら一から説明しよう。“この世”と“あの世”の関係、魔法とは何か、そして魔自と何か、頼むよ真幌場くん」

「はい」と答えつつも、真幌場はチラリと、私がですか?……といった表情を見せた。面倒な事務処理をたらい回しされたようなもの。とはいえ上司の丹賀からの無茶振りは慣れた様子で、するっと席を立つと、黒板の隣に立った。

 彼女がチラッと黒板に視線をやると、板書されていた六人の名前と箇条書きがサッと縮小されて、盤面の隅に収まる。チョークの粉で書かれた文字が浮き上がって凝縮しながら移動したのだ。小技こわざなんだろうけれど、これも便利な魔法だなあ……と久は感心する。

 そして例によって白いチョークが空中に浮かび、カキカキカキと軋む音を発しつつ、黒い板面に例の紋章を描いた。同じ直径の小さな円環を六個、下から三つ、二つ、一つと俵積みに並べる。三角形状に配置された六個の円環に外接して、一つの大きな円を描く。計七つの輪でつくられた紋。

「はい、このマークはなんでしょう、キュウ君!」と指さす真幌場。

 当てるのかよ……。

 美人女教師に目を付けられた万年劣等生の卑屈な心境で、久は答える。

「ええと、四谷プロの会社の社章……? それとオリンピック……じゃない、ピューテックとかいう大会のマーク?」

「はい、ご名答、六十点ね」と真幌場、「これは四谷プロダクションの社章であり、四矢女学園の校章であり、すなわち魔法自衛隊の隊章でもあるのよ。これを逆さにして、内側の六つの円がつくる三角形を逆三角形にしたら、世界の平和と文化と体育の祭典、ピューテック大会のシンボルマークになります。逆さにしても、ただマークを見る向きが変わっただけで、基本的に同じものなの。このマークには名前があります。日本語では“七輪紋しちりんもん”、国際的には“ヘブンズセブン……天国の七”と呼ばれているのです……」

 飛行するチョークがカキカキカキと盤面をこすり、要点を板書しては、飛行する黒板拭きが余分な文字を消してゆく。そうやって真幌場は説明を進めた。


 七輪紋ヘブンズセブンは、はるか古代から伝わる紋章として、世界各地の名所旧跡にひっそりと残されていたが、シンプルな地味系の図形なので、歴史的には注目されていなかった。

 この紋章に光が当てられたのは、十九世紀の後半に、古代ギリシャの遺跡で発見されてからだ。西暦一八七八年のこと、ドイツの青年考古学者アルドゥフ・ルフトヴェングラー博士が、ドイツ帝国の秘密チームを率いてギリシャに赴き、神々の“神託”で有名な都市遺跡デルフォイとその近郊を探索し、地下に埋もれていた“ピュートゥ聖域”の遺跡群を発見した。その中でも最大級の半円形劇場テアトルの中心に位置する石舞台に、この七輪紋ヘブンズセブンが彫り込まれていたのだ。

 ルフトヴェングラー博士の研究によって、デルフォイ近郊の“ピュートゥ聖域”では紀元前一千年以上の古代から、四年に一度、ギリシャ文明全域の都市国家が参加する文化とスポーツの競技祭典“ピュートゥ大祭”が開催されていて、そこで七輪紋ヘブンズセブンが重要な役割を果たしていたことが明らかになる。


「古代の“ピュートゥ大祭”は、20世紀の今は“近代ピューテック大会”として甦っていますが、もともと、神様に奉納する神前競技大会だったの。それも、正真正銘ズバリ本物の神様をこの地上へ招喚しょうかんして、そこで人類と神様の友好的な交流がなされていたというのよ」

「本物の神様って……」久は思い至る。「あの女神様、アフロディテ……」

「はい、ご名答」と真幌場。「そうなの、あの女神さまと、その一族の古代の神様たちが、まさにそうなのよ。神様は基本的に不老不死で永遠の存在、女神アフロディテは、三千年もの昔、古代ギリシャのデルフォイの近くで開催されていたピューテック大祭に毎回、来賓として地上へ招かれていたの。彼女はお友達のアポロン神をはじめ、多くのお友達の神々とともに、半円形劇場テアトルの石舞台の七輪紋ヘブンズセブンへとご降臨になって、人類を祝福し、そしてアポロン神と一緒に未来への予言、すなわち“神託”をくだし賜わったと伝えられます、つまりこれが……」

「デルフォイの神託?」と、自動的に答えてしまう久。

「ピンポーン!」と真幌場。

「えっ?」久は驚いた。この鳴らし方のクイズ正解音が、六十年前から使われていたのか。

「あ、これ、交換の玉由良たまゆらさんの思い付きです。正解ならピンポーン! 不正解ならブー! って鳴らせばどうでしょう、って」と照れ笑いの真幌場。

「“交換の玉由良たまゆらさん”って?」と久。

「四谷プロの首席電話交換嬢、日がな一日、電話交換室におこもりで、四谷プロと魔法自衛隊にかかってきた電話の応対をして、各部署の電話に取り次いで下さるの。それから各種の時報と非常時アナウンスも。そうやって館内および基地内放送および外部との通信を全部“指揮って”おられるのよ」

「ピンポーン!」と、天井近くの箱型スピーカーから返事代わりにアカペラのチャイムが流れてきて、真幌場がうなずいた。室内の会話は双方向で“交換室の玉由良たまゆらさん”に聴きとられているらしい。これも魔法なのか。そういえばさきほど、午後八時を知らせるウエストミンスター・チャイムをアカペラで放送したのも、同じ玉由良たまゆらさんなんだ、と久は気付く。

「ということで、七輪紋ヘブンズセブンは、人類が神様を“この世”へ呼ぶために使う、シンボリックな印章エンブレムということになるのね。でもいわゆる魔法陣じゃないみたい。この図形を描けばそれだけで神様が降りてこられるのではなくて、さらにいろいろと複雑な魔法技術と魔法作法が必要になるの。だから七輪紋ヘブンズセブンは、神様にご降臨いただくための、視覚的なコールサインであり、“着地標識”……グランドマーカーの一種と考えていいですね」

 その後、ルフトヴェングラー博士による一連の発掘と考古学的な発見は、学術報告書として出版された。ベストセラーには程遠かったが、その内容にビビッと来て大感激した人物がいたという。

 フランスの青年貴族、ピエール・エッシェンバッハ男爵だ。

 神託都市デルフォイの“古代ピュートゥ大祭”は、ローマ帝国が台頭した紀元四世紀に歴史から消し去られてしまった。キリスト教の勃興により、異教の邪悪な祭祀とみなされて、ローマ皇帝テオドシウスの勅令で廃止されたからだ。

 ピエール・エッシェンバッハ男爵は、この“古代ピュートゥ大祭”を“近代ピューテック大会”として十九世紀のヨーロッパに復活させようと決意した。

 しかし古代ピュートゥ大祭は、古代ギリシャの本物の神様を地上へ招喚しょうかんする神事である。いったん廃止された大祭を近代に復活させるには、神様からのお許しと、大祭復興の御神命ごしんめいが必要不可欠である。

 その方法としてピエールが企てたのは、十九世紀当時の科学者や技術者の能力を総動員して、“科学技術をもって、紀元前の古代神を地上へ誘導する”という壮挙だった。神々を地上へ招喚しょうかんする神事、“神寄せ《コーリング》”を科学的な根拠をもって実施するのである。

 西暦一八九四年六月、パリのセーヌ河畔に完成まもない世界最大の自立鉄塔エッフェル塔が、その会場となった。

 そこで挙行されたのが、世界の魔法史に金字塔を打ち立てた“エッフェル塔の神寄せ”である。ピエールはその企てに成功し、二年後の一八九六年、第一回“近代ピューテック大会”がギリシャのアテネで開催されるに至ったという。

「じゃあ、どうして、オリンピックじゃなくて、ピューテックなんですか? 僕の世界ではオリンピックが正しいですよ」と久は念入りに確認した。というのは、それが、久の故郷である二〇二四年の世界と、六十年前にあたる一九六四年のこの世界との、歴史上の大きな相違点だったからだ。

「ブー、それは古代都市オリンピアのオリンピア大祭のことね、あれはダメダメだったの」真幌場は皮肉っぽく指を振って言う。「汚職が酷くてね。お金で相手の選手を買収するとか、卑怯なルール違反で一等賞を取ろうという輩が跳梁跋扈するようになってしまったの。紀元一世紀には、ローマ帝国の暴君ネロに大会が乗っ取られてしまったわ。あらゆる種目にネロ君が出場して、もちろんネロ君がコケてもボケても道草しても、何をやっても一等賞になるという、史上最大級の八百長やおちょうをやらかしちゃった。大会全体がイカサマのカタマリになったのね。そういった黒の歴史に彩られたものだから、ピエール・エッシェンバッハ男爵は、オリンピア大祭は最初から除外して、眼中に無かったわけ」

 そういうことなら、納得です……と久。二十一世紀でも、その筋の国際的スポーツ大会には、なにかと黒い噂がついて回っている。

 そして……


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