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お題小説【宇宙人×ラーメン×イチゴ大福】

作者: いさか

 一日を終えた帰宅後の楽しみとしてよく挙げられるのは酒だろう。風呂から上がり、冷凍室で冷やしておいたジョッキにキンキンに冷えた瓶ビールを注ぎ、軽快な口当たりと上質なのどごしを楽しむ――らしい。


 俺はまだアルコールには縁がない年頃だ。親父がニヤニヤしながら冷蔵庫を開けるのとほぼ同じようにして、コンビニ袋からカップ麺を取り出す。


 お湯をかけて三分間待つ。適度に焦らしてくれるのもカップ麺の隠れた長所だと俺は考えている。旨そうな香りを漂わせてくるものだから、ついつい先走って割り箸を割ってしまった。


 そろそろ食べごろかとタイマーを覗いていたら、


「実に旨そうな匂いナリ。当職にも食わせるナリ」


 くんくんと鼻を鳴らす音と共に、そんな声が後ろから聞こえてきた。


「……あ?」


 振り返る。

 誰もいないはずのリビング、食卓の真後ろに、人影。


「む。お主、このネタは既知ではなかったか?」

「だっだだっ誰だお前っ⁉」


 女の子が獲物を視界に捕らえて野生解放したけものみたいな目つきで、椅子に座っていた俺を覗き込んでいた。


 どういう遺伝子配列なのか知らんが、髪は現実世界ではまずお目にかかれない鮮やかな蒼色で、纏めることなく臀部まで垂らしていた。田舎のおばあちゃん手作り感満載の白いセーターと膝上一〇センチほどのスカートを身に着けている。


「そこらを歩いていたら、この場所からひどく食欲をそそる化学調味料の香気が漂ってきたのだ。だからついお邪魔してしまったというわけだ」


 食欲が失せる表現をしやがる。というか、


「……どうやって入ってきた」

「どうも何も、入ろうと思えばどのような空間でも侵入できる。たかだか原子ごときの集合体で物理的干渉を阻止できると思っているのなら、それは大きな間違いだぞ」


 俺は席を立ち、見ず知らずの少女の袖を無理やりつかむ。


「うわっ⁉ 何をするのだっ‼」

「何をするのだっ、じゃねーよ。勝手に人様の家に上がり込みやがって。今日のところは勘弁してやるが、二度目はねえからな」


 玄関まで力づくで引っ張った。


「待て、待てったら! 青年! おぬし勘違いをしとらんか⁉」

「何をどう勘違いするってんだよ!」

「わらわは本当に、さっきそこの壁を透過して闖入しただけだっ。空き巣と一緒にしてもらっては困るぞっ!」

「じゃあちょっとそこのドアをすり抜けてみろ」


 目の前のさび付いた合金製のドアを指さす。


「容易いことだ」


 屈服させようとして言ったのだが、なぜか少女は自信ありげに胸を張って見せた。まさかこいつ……本当に?


「見るに及ぶ証明もなかろう」


 少女はさもその辺の道をぶらつく調子で歩き始める。

 そして次の瞬間、ドアにぶつかる寸前――まるで立体映像を突き破るようにして、少女の姿はドアの向こう側へと消えていく。


「……」


 俺はしばらく、口を閉じられないままにその光景を見送っていた。


「信じたか?」


 ひょこり。ドアから突然、生首が現れる。


「分かった、分かったからそれ止めろ。気持ち悪い」

「よかろう。止めてやるから青年、あの旨そうなやつをわらわにも寄越せ」


 旨そうなやつ? カップ麺のことだろうか。


「お前、物を食べられるのか?」

「先ほど青年はわらわの腕を握っただろう。実体はある」

「そのくせ壁抜けはできるのか。お前あれか? 超越人力講師か?」

「回りくどい言い方をするのだな。わらわは彰晃ではないぞ……ただ、青年の推測は的を射ている」


 全てを察した俺は不思議と冷静だった。未知との遭遇的なトンデモSFは普段テレビや漫画で見慣れているからか――あるいは、この目前の得体のしれない物体Xがかろうじることなく人体の容貌を究極的に模倣しているからなのか。


 ともかく、この少女の正体は――。


「宇宙人なのか、お前」

「この惑星の広義的定義によれば、そのように呼称されるようだ」


 俺は恐怖より、俄然興味が湧いてくる。


「それなら宇宙人さん。そっち側としてはどう呼んでもらうのがいい?」

「別にどう呼ばれようと構わんが、正しく自らを称するならば『地球外知性人型イントルーダーまたは情報統合思念体によって構成された対人型ヒューマノイド・インターフェイス』だ」

「言ってることが一ミクロンも解らん」

「要するにだな。惑星の知的生命体とのコンタクト手段、そして超高度な学習能力を備えた高次元的存在だと思っていてくれればよい」


 言いながら、宇宙人はクレクレと両手を俺に伸ばしてきたので、とりあえず頭頂付近をがっしりと掴んで足止めしつつ、


「けちぃ~」

「分けてやるから、大人しく座っとれ」

「ふふん。物わかりのいい人間だな、青年は」


 俺は軽く舌打ちしながら、既に伸び始めた麺とスープの半分を器によそい、フォークと共に差し出す。


「じゅるり……感謝するぞ、青年っ」

「いいから冷めないうちに食え」


 宇宙人は適当な場所にぺたりと座り込んで、器の中のそれを口の中へと運んだ。


「うむ……旨い!」

「俺の楽しみが半分減っちまったよ、全く」


 とは言いつつも、こんなお客さんが来るのは恐らく全世界で俺だけなのだ。稀有な体験の代償としては安すぎるレベルだろう。


「宇宙人さんは、どうして地球に来てんだ?」


 食い逃げされないうちに、俺は訊きたいことを口に出すように心がけることにした。


「わらわはだな、まあ……調査の一環で来とる。というのも、この惑星には情報統合思念体のルーツとなった物が存在するのだ」


 宇宙人のルーツ? まさか。


「いやいや宇宙人さん、地球の生涯なんてそっちから見たらまだまだ始まったばかりじゃないのか?」

「そういう訳でもないのだ。青年が主観で時間の流れを観測しがちなのは仕方のないことだろうが、我々から見ればこの世界は遠い過去なのだぞ」

「今が過去だと?」

「あくまで我々から観測する場合だがな」


 宇宙人は一呼吸置いたのち、


「今から二万六千年後、この惑星から物体Xを積載した飛行体が射出され、時空跳躍を繰り返したのち特定の領域に到達する。すると周辺を広域支配していた別の情報体が例の物体Xへと侵蝕。晴れて実体を持つ生命体が誕生する……そこから気が遠くなるほどの時を積み重ね、やがて情報統合思念体が成立した。尤も、進化の過程で無駄な有機的実体は不要とされ、結局は元の身体を持たない情報体へと戻ったのだがな」


 つまりこいつは宇宙人兼未来人。これもうわかんねぇな。


「で、その肝心の物体Xとは?」

「『イチゴダイフク』」


 思わず吹き出してしまった。


「そうかそうか、お前らは数万年後の駄菓子屋が自分とこの売れ残ったイチゴ大福をロケットに積んでぶっ飛ばしたっつー行動に由来するわけか。こいつぁ傑作だ」


 小馬鹿にして言うと、宇宙人はぷくーっとハリセンボンのように赤みがかった小さな頬を膨らませて、


「からかいおって」

「からかわれたくなければ、もっとザ・宇宙人みたいな姿にならんとダメだな」

「お望みとあらば変身しようではないか」

「いやしなくていい」


 今はその姿だから恐らくこちらも落ち着いて対応できているわけで。

 エイリアンみたいなのは画面越しに見るから平気なのだ、いざ目の前でこれ見よがしにあの気色悪いフォルムを見せつけられれば卒倒する自信がある。


「あーだこーだと面倒な輩だな」

「もう食い終わったなら器を寄越せ。洗うから」

「ん」


 きれいに完食されている。ジロリアン風に言うなら「完飲。ごっそさん」という具合だろう。朝食から洗い損ねていた食器類と共に、洗い桶にぶちこんでおく。


「実はな。わらわはこの姿、気にいっとるのだ」

「さっき煩わしいから身体捨てましたって言ってたじゃねえか」

「星に住まうなら実態があるほうがよいな。情報統合思念体は住むなどという概念を持たない」


 科学も発達しすぎるとこういう末路が待っているのかもしれない。


「理解できん」

「当然。次元が違いすぎるのだから理解など求めもしない」

「イチゴ大福から生まれたやつに言われたくない台詞だ」

「むぅ……実際、異次元なのだぞ。確かにルーツはイチゴダイフク、しかしこの惑星の生命体が時空跳躍技術を生み出すまでの時間で、我々は生死の概念を捨てたのだ」


 情報体には生きるも死ぬもないってことか。


「我々は宇宙の全てを知りつつある。膨大な情報、知識を吸収し、それでいて勢力はほぼ無限に広がり続ける」

「そんなら地球のことも無論知ってるんだろう?」


 宇宙人はジト目でもの言いたげにこちらをじーっと見やってきた。


「なんだよ」

「ふんっ。青年のいじわる」

「ん? いま何でも知ってるって言ったよね?」

「ネット語録は最近勉強中なのだ」


 価値がゴミほどにもならない無駄知識さえも貯め込もうとしているらしかった。


「いらん知識は切り捨てたらどうだ?」

「青年のように情報を有機的な媒体で記憶するのとは違うのだ。情報は情報のまま維持され、故に限界がない」

「だからって何でも知ろうとするのか」

「正直、こんな五流惑星から発生する情報など役に立つ訳がなかろう。それでも我々は収集する。情報統合思念体は、自らの究極の存在目的は次元を問わず、宇宙上全ての情報を収集、統合することだと考えている」


 俺の個人情報もダダ漏れということらしい。悪用の恐れはないようだから構わんが。


「なんか話が飛びまくってるけど、結局イチゴ大福をどうしたいんだよ」

「食べたぃ」


 じいさんに新作ゲーム機をねだるガキみたいな猫なで声で宇宙人が言った。


「食えばいいだろ。その辺に売ってあるし」

「青年……買ってくれんか。わらわ……その、金を持たん」

「いらんだろ。壁抜けできるんだし」

「わらわ、そんなズルいことはしたくないもん」


 うるせえ。タダで俺のヌードル半分食ってる時点で充分ズルしてきてんじゃねえか。


「金やるから自分で食え」

「青年も来てくれぬのか?」

「何で俺もいかなきゃいけねえんだよ。別に食いたくないっつの」

「わらわは、青年と共に食べたいぞ」


 宇宙人はもじもじしながら頬を薄紅色に染めつつ、そんなことを主張した。


「どこで覚えたんだ、そんな仕草」

「ラノベ」

「そんなもんまで読んでるのかよ」

「そういう青年だって読んどるのだろ。初っ端からモノローグがモロにラノベのそれだし」


 阿良々木みたいな軽妙な語りには確かに憧れているが。


「人の心まで覗き見るのは勘弁してくれ」

「覗かれたくなくば、わらわと一緒にイチゴダイフクを買うことだ」


 酷いやり口だ。何だかんだ理由を付けられては俺が折れるという構図は、多分こいつと一緒にいる限り変わることもなさそうである。

 俺は手持ちのスマートフォンで手ごろな駄菓子屋を検索し始めた。


「何をしとるのだ」

「お望みのイチゴ大福を買える店を探してるんだよ」


 俺の隣でスマホの画面を覗き込んでいた宇宙人は突然何かを思い出したようで、はっと顔を上げる。


「青年っ! わらわ、アレで買いたい!」

「アレ? 何だよアレって」

「メルカリ」

「売ってる訳ねえだろ」

「あるに決まっとる。最近は小島よしおが出品されたと聞いた」


 小島よしおがあるならイチゴ大福も売っているだろうという思考回路がどうにかしていると自分で思わないのだろうか。


「……一応、調べてやる」


 メルカリのアプリをインストールし、検索窓に「イチゴ大福」と入力する。即座に検索結果がずらりと画面上に表示され、気になる出品を逐一タップして詳細を確認。

 が、出てくるものはマグネットやらキーホルダーやら写真やら。


「本物は売ってねえな」


 生ものだし、そりゃそうだと言いたくなる。


「買えぬのか……」

「ネットオークションでは厳しいだろうな。諦めてリアルで買いに行こうぜ」

「う、うむ……」


 ホルモンのごとき歯切れの悪さである。


「何か不服なのか」

「そうではなく、むしろ逆だ。割と青年、わらわの我儘に付き合ってくれるのだな」

「勘違いするな。生涯二度とないチャンスを生かしているだけだ」

「可愛いところもあるのだな、青年よ」


 こいつは「勘違いするな」と発言する人間は漏れなくツンデレ属性を保持しているとでも思っているのだろうか。


「お前、意外とアニメとかにも詳しそうだよな。好きなツンデレキャラとか、いるのか?」

「ふむ。わらわは王道を往く『かがみん』だな」

「ずいぶんチョイスが古いのな……」

「そう言う青年はどうなのだ」

「ツンデレなあ……王道っつったら『御坂』とか『桂』とかじゃねえの?」

「わらわじゃないのか……」


 そんなんで肩を落とされても。


「とにかく、さっさと行くぞ。今ならまだ閉店前だ」


 俺はちらりと時計を確認する。たまたま五限目が休講になったので、今日は陽が落ちる前に帰宅していたのだ。


「くれぐれも外で如何わしい術を使うんじゃないぞ」

「如何わしいとはなんだ。ただ自分たちの理解が追い付かないというだけで、自分勝手なことを言うのだな」

「しゃーねえだろ、地球では地球のルールが最優先だからな。壁抜けなんて以ての外だ」


 コートを羽織り、タンスの中に放り込んでいた財布をポケットに突っ込んだ。


「ほら。ついて来い」


 俺は冷たい玄関のドアノブを回し、アパートの固いコンクリートの通路へと足を踏み出した。季節は二十四節気で表すところの立冬にあたり、今にも雪こそ降らねと言わんばかりの冷気があちこちで吹き散っている。


「惑星も惑星で勝手なものだ」


 拗ねたように吐き捨てる宇宙人。何だろうと思ったら、しきりにぺたぺた足踏みをしている。


「その恰好でよくもこの気候を歩き回れたな」

「ちべたい……せめて足だけでもどうにかならんか青年よ……!」

「感覚はきちんとあるのか」

「無論。五感からそれに準ずるあんな感覚、こんな感覚も」

「……」

「青年のえっち」

「何も言ってないんだが」

「えっちなのはいけないと思います!」


 そろそろ本当に面倒くさくなってきたので、俺はさっさと自転車のロックを解除して乗り込んだ。


「青年?」

「乗らないのなら俺一人で買ってくるぞ」


 宇宙人は焦燥の表情を浮かべ、ぱたぱたと駆け寄りサドル後方の荷台に股をかける。


「全く、プロットもなしに漠然とテキトーな構想のまま書き進めるからこんなにダレるのだ。読者も既に辟易しとるぞ。書き手もそろそろ落としドコロに困っている頃だろうな」

「お前、ちょっと黙ってろ」


 着々と冬に近づく夜の風は、突き刺さってくるかのように俺へと襲い掛かってくる。負けじとペースを上げて、俺はペダルを漕いだ。

 腹部のあたりに違和感を覚え、ふと目を落とすと――左右後方から伸びる日本の足が、俺の腹に巻き付いている。


「お前なぁ」

「こうでもせんと仕様がないのだ。ぶるぶる」


 あまり人通りがない国道沿いを、ひたすら向かい風に抗いながら進んでいく。いくつかの個人経営の店が並ぶ通りからわざと距離を置いているかのように、ぽつんとその老舗餅屋は店先を構えていた。


「いらっしゃいませ」


 年配の店員が出迎えてくれる。俺と宇宙人は軽く会釈をして、商品がずらりと並ぶショーケースを物色し始める。


「青年っ! あれか⁉」

「あれはみたらし団子だ」

「あれこそ⁉」

「あれはクリーム餅」

「では、あれかっ⁉」

「あれはきなこ餅……すみません、イチゴ大福ってありませんか」

「ございますよ」


 店員はにこやかな笑顔で、店奥からお目当ての品を持ってきてくれた。


「展示スペースが狭くて。ある種の裏メニューみたいになっているんです」


 お店のロゴが印刷された紙袋に商品を詰めながら、俺たちはそんな店員の説明を相槌を打ちながら聞いていたのだった。

 店を出て――相変わらず寒い冬の入り口に俺たちは身を震わせながら、それでも急かしてくる宇宙人のためにたった今包装してもらったばかりのイチゴ大福を取り出す。


「ほら、食えよ」

「おぉ~……この歪な球形、完全ではないからこその美しさ。弾性のある表面にまぶされた片栗粉。小さいながらも高密度を意識させるこの重量感は格別よの」

「お前、初めて見たのか?」


 宇宙人はにへらと口元を歪ませた。どうやら図星だったらしい。


「それで、感想は?」

「へ?」

「自分たちのルーツを初めて目にした感想だよ」

「非常に旨そうだ」


 と言ったのも束の間で、隣からはすでにもきゅもきゅと咀嚼音が聞こえていた。


「うむ、うまうま」

「共食いするのはどんな気持ちだ?」

「なんだ。青年、まだ信じておったのか」


 もぐもぐと口を忙しそうに動かしながら、宇宙人は目を丸くして俺を見ている。


「どういうことだ」

「イチゴダイフク関連の話は全て虚妄だ」


 一回ぶん殴ってやろうかとすら考えた。


「お前なぁ……」

「まあ許せ。青年にイチゴダイフクを買わせるためには多少の騙りも必要だったのだ」


 悪びれるそぶりもなく言いやがる。


「そんでお前、今からどうすんだ。言っとくが二度と家には上がらせねえからな」

「分かっとる。わらわの方もちょっと用事があってな。同胞のところへ向かわねばならんのだ」

「仲間ってことか?」


 他にも宇宙人来てるのかよ。


「どこだよ」

「東経135度、北緯34度の地点だ」

「……明石か? 標準時子午線ってやつだろ」


 たまに記念撮影をしにいく輩もいるらしいが。こいつはそんなそうでもいい印に興味を持つ個体とは思えない。


「西宮だ。同胞が監視している超巨大情報フレアの発信源となっている、とある人物へコンタクトを図るミッションを負っていてな」

「お疲れさまなことだな。宇宙人に監視されるとかやってられんだろうに」

「ところがそうではない。当該対象はむしろ周囲に宇宙人、未来人、超能力者を抱え込んでいると聞いているぞ」


 どういう状況だ。俺が知らないところでそんなカオス展開がこの世に存在してるってのか?


「……羨ましそうだな、青年」

「何を羨望するってんだ」

「今もこの日本に、非日常へと巻き込まれている一般人がいると思うと――羨ましいのではないか?」


 宇宙人は目を細め、つんつんと肘で俺の横腹を突いてくる。

 ……悔しいが、確かに一理あるかもしれない。現に宇宙人と会話している俺なんかより、よっぽどおかしな連中に日々囲まれながら生活している一般人がいるのは、なんか腹が立つ。


「何なら、一緒についてくるか?」


 一瞬心が動かされたのは、誰にも明かせない心の金庫にでもしまっておくことにしよう。


「残念だが、俺も俺の生活があるからな」

「……そうだな。尤もだ」


 店先には証明が一つあるだけで、それもあまり光量が十二分とは言えなかった。宵闇に染まる空を見上げ、俺ははあと白い息を腹から吐き出してみる。


「あんまりこうしていると、風邪ひくな」

「――そろそろ別れ時だな、青年よ」


 宇宙人の方を向くと、どことなく物足りなさそうな表情をチラつかせながらも、俺に笑いかけてくれた。

 こうして彼女を見下ろすと、案外と身長差があったことに気づいた。容姿で判断するなら、俺とこいつは五つほど離れていることだろう。


「これ、一つ青年に返しておこう」

「……美味しくなかったのか?」

「そんなことはない。とっても美味だぞ」


 宇宙人の小さな手から、真っ白のイチゴ大福をそっと受け取る。

 かじかんだ指先が、ほんのりと温められる感覚に陥った。


「じゃあ、わらわはこの辺で」


 刹那に宇宙人は俺の目の前に躍り出て、にこりと笑ってみせる。


「楽しい時間だったぞ。じゃあな、青年」

「……あ、」


 何か一言、と考えている間に、さっきまで眼前にいたはずの人影が空気に溶け込んだように消失していた。


「……」


 しばらく呆然としていた俺は、半ば無意識に左手で頬を引っ張っていた。


「痛てっ」


 痛覚によって、どことなくぼやけていた視界が鮮明に戻る。

 ……景色は変わることがなかった。

 俺はふと、何かが握られた右手の存在を察し、ゆっくりと手のひらに目を落とす。

 ――どことなく温かい、真っ白なイチゴ大福だ。


「なんだ、これは」


 拾ったのか、はたまた自分で買い求めたのか。

 つーか何故俺はこんな場所に突っ立っているのか。記憶障害か? 夢遊病か? ちんちくりんな大学教授の四方山話を聞きすぎて脳内に欠陥でも生じたのかもしれない。


 ――ただ、


「……悪い気分じゃねえな」


 不思議と心が晴れやかだ。これは末期的な症状かもしれないが、そんなことをいちいち気にしてたらキリがない。

 帰りに好物のカップ麺でも買うかーなどと考えながら、俺は手にあったイチゴ大福をそっとポケットの中にしまって、自転車へと跨った。



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