第二話
シルリア・ライゼントの首が地に落ちようとしたとき、眩い光がその場にいる全ての人の視界を奪った。
『可哀想に、我らが祝福を受けし子よ』
光がおさまると、そこには神々しいオーラを放つ一人の女性が佇んでいた。
女性は首だけになってしまったシルリアを胸に抱きしめ、静かに涙を流す。
その腕の中にいるシルリアは、まるで眠っているかのように安らかな顔をしていた。
『……どうしてお前が死ななければいけない。罰を受ける者は他にいるというのに……』
女性はポツリポツリと呟き出す。その女性の瞳に宿るのは、燃えるような怒り。
『…我はお前を殺した男と女に天罰を下す……』
女性はそう言って、静かに立ち上がる。
『その前に、シルリアよ。お前にもう一度チャンスを与える』
女性がシルリアの額に優しく口付けを落とした。
すると、シルリアの身体は光の粒子となって消失する。それを見ていた民衆は、あまりの神秘的な光景に目を奪われた。
光の粒子が最後まで消えるのを見届けると、女性は、先程までシルリアの処刑を面白そうに見物していた王族達の方を見据えた。
『……さて、どんな天罰を下そうか。先ず、偽りの聖女。お前からにしよう』
女性は天に片手を翳し、何かを唱えた。
その途端、聖女の体に黒く、不気味な靄が巻きつき始める。
「い、いやっ!?」
必死に振り払うとするが、靄はより深く聖女の身体に巻きつく。まるで聖女の身体に一匹の大蛇が這い回るかのように……。
「た、助けてっ!!」
聖女は隣の男に助けを求めるが、肝心の男があまりのおぞましい光景に腰を抜かしているため、全く役に立ちそうにない。
『これがお前の身に巣食う化け物か……。嫉妬、憎しみ、強欲……、醜い感情ばかりが集まっている。なんとおぞましい』
女性は嫌悪感を露わにして続ける。
『シルリアもお前みたいにもう少し強欲であればよかったのだ。そうすれば、死ななずに済んだというのに』
女性は一旦そこで言葉を切ると、再び片手を天に翳す。
『我は生命を司る神なり。魔を司る神にお願いする。あの者の魔力を奪い、全ての魔法を封じることを』
女性が声高々に言い放つと、女性の隣に目を見張るような美少年が出現した。
『いいよ。僕もあの子のことは気に入っていたんだ。だからかなり頭にきているんだよね。創造神様が人に危害を加えることを禁じたせいで、あの子が処刑されるのを、ただ黙って見ていることしかできなかった。でも、今、創造神様からお許しが出されたんだ』
少年はゾッとするような美しい笑みを浮かべた。
『…創造神様が……。そうか、それはよかった』
女性は満足そうに頷く。
『うん。でも、程々にね、ってキツく言われているから、殺すことはできないんだ。僕たちがこの世界に干渉しすぎると、この世界そのものが壊れかねないからね。まあ、魔法が使えなくなるということは、いわばこの世界では死んだことと同然だけど』
少年はそう言うと、聖女に静かに歩み寄った。
『……お前のその魔力を僕に返してもらおうか』
「な、何を言っているの? この魔力は私のものよ! 私が貰ったの!」
『貰った? 奪い取ったの間違いだろう。お前とこの国の王族達が。二年前、僕は何者かに干渉されて、身体から力が抜けていくような感覚に陥った。それもそうだよね? 魔力を持たない世界から召喚されてきたお前が、この世界の理上、魔力を持たざるを得なくなった。だから魔を司る僕の力が最初に吸いとられた。それに、お前はあの子の力も奪ったんでしょう?』
「う、奪ってなんていないわ!」
少年はどこか意地悪そうな笑みを浮かべた。しかし、少年の目が笑っていない。
『ふふ、神様には全てお見通しなんだよ? お前の身に巣食う化け物が、あの子の力を奪い、自分のものにする術を見つけたんだ。ほら、出してみてよ。あの子が本来持っているべきはずの魔核を』
少年が「魔核」と言った瞬間、聖女の顔に焦りが見え出す。
「そ、そんなの、知らないわ!」
『……出す気がないなら、僕が出させてあげるよ』
少年はそう言って、左手を固まる聖女の身体に突き立てた。すると、少年の左手はズブズブと聖女の身体に入っていく。聖女の身体から血は出ていないものの、かなりシュールな光景だ。
『ふふ、見つけた』
お目当てのものを見つけた少年は、聖女の身体から自分の手を勢いよく引き抜く。
その手に握られていたのは、淡い光を放つ、小さな青い石。
『ほら、これがあの子の魔核。お前は禁術に手を出して、あの子からこれを奪い取った。まあ、元々あの子は魔法よりも武術派だったから、自分の魔核が奪い取られていたこと自体、気づいていなかったみたいだけど。勿体無いよね、こんなにも潤沢な魔力を持っていたというのに……』
少年がどこか残念そうにしていると、聖女は反省するどころか、逆に開き直り始める。
「そ、そうよっ! だから私が使ってあげたの! あの女が持っていたら、ただの宝の持ち腐れじゃないっ!!」
『煩い口だね。僕に殺されたいの? お前を殺したら、創造神様には少し怒られるかもしれないけど、そんなの、僕は怖くない。あ、でも殺すなんて簡単すぎるね。先ずお前から魔力を全て奪い取ろう。そして、自殺しないように身体を不死にして、お前はただ老いて朽ちていくのは待つ。これでどうかな?』
少年が女性にそう問いかけると、女性は満足そうに笑みを浮かべた。
『いいだろう。そして、あの男とこの国の王族達にはどんな天罰を下す?』
『……短命にしよう』
『短命?』
少年がそう言うと、女性は不思議そうに首を傾げる。
『うん。短命になれば、彼らは先ず王になることはできない。多分他の誰かが彼らの代わりに王座につくだろう。死ぬのもよし、生きるのもよし、ただ生きても四十年。これなら創造神様もきっと喜ぶよ。あの子の家族も……』
少年はそう言って、王族の側で静かに涙を流している二人の男を見つめた。
ルゼフ・ライゼントとアラン・ライゼント、シルリアの父と兄である。
『……そうね。そうだといいわ』
『それじゃあ、彼らに罪を償って貰おうが……』
少年が女性に手を差し伸べ、女性がその手をとる。
『『神の名において、今ここに天罰を下す!!』』
少年と女性は、天に向かってそう叫んだ。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
【視点:処刑人の男】
私は処刑人。名を名乗るほどの者ではない。
私はただ罪を犯した者達を処刑してきた。
そこに感情なんてものは存在しない。なぜなら、彼らは処刑されて当然のことをしてきたのだから……。
しかし、今日は違った──。
シルリア・ライゼント。
今日私が処刑するお方だ。
この方は決して罪人なんかではない。
この国を救った英雄である。
なのに今日、処刑されてしまう。
こんなの間違ってる。そうと分かっているのに私たち民衆は、シルリア様が処刑されるのを見ていることしかできない。
なぜなら、これは王族と聖女様が決めたことなのだから……。
もちろん、このことに反対した人達はいた。しかし、彼らはもうこの世にはいない。奴らに殺されたのだ。
酷い、酷すぎる。
静かな趣で処刑台に上がるシルリア様を私は胸が張り裂けそうな思いで見つめていた。
一生消えることのない傷を背中に負いながらも、戦ったシルリア様にこの仕打ちはあんまりだ。
「シルリア様、何か最後に残すことはありますか?」
私はそうシルリア様に問いかける。するとシルリア様は、その澄んだ声で言った。
「最後に一曲だけ歌わせてください」と。
私は思わず涙を流してしまいそうになった。
ただ罪人を処刑する、それが処刑人の仕事。そこに私情を持ち込んではいけない。
そうだと分かっているのに、私はその感情を一瞬だけ顔に出してしまった。
「ッ……分かりました」
私はなんとか声を振り絞る。多分かなり声が震えていたと思う。
「ありがとう、ございます」
シルリア様は私にお礼を言い、静かに目を瞑った。
それからシルリア様が歌われた歌に、多くの民衆達が涙を流した。
無意識のうちに涙が頬を伝う。
何度も泣き止もうとしたが、自分の頬を伝う涙を私は止めることができなかった。
第二話と閑話を合体させ、所々書き直しました。