原島
「巧、私のうちに泊まることで、何かどきどきしていない?」
「していないよ」
少ししか。続けて僕は、
「って言うか泊まりに来いって言ったのは、未来の方だろ」
「まあ、それはそうだけどね」
にこりと笑って軽くウインクをする未来。
そんな仕草をみて本当に未来は僕の事が。
いや、それはあり得ないな。
未来は何か深刻な事情があるみたいだが、何か楽しんでいるようにも思える。
未来のうちに到着して、未来の部屋に案内された。
未来の部屋に入ったのはいつぐらいだろう?
それはともかくきちんと片づいて、本棚や机なんか見てみると、ハードカバーの哲学書や心理に関する本が敷き詰められている。
どんな内容なのだろう?と一つの哲学書をとり、中身を見て身を見てみると、本当に頭が痛くなる程の難しいことが記されている。
これ以上読んだら頭がおかしくなりそうなので、すぐに閉じて本棚に戻した。
ちょうどそんな時、
「お待たせ」
「ああ、うん」
「とりあえず適当に座って」
言われたとおり僕はベットの上に座って、未来にもてなされたオレンジジュースを受け取った。
一口飲んで僕は本題に入った。
「話って何なんだ?」
すると未来は悩ましげにその視線を俯かせた。
「未来?」
心配して声をかけると、
「うん」
俯いた視線を反対側に向け、
「また、何か斉藤の件みたいに欺こうとしているのか?」
「今回はそんなんじゃないわ。今回は巧にも関わってくる問題だから」
心当たりのない僕は、
「僕に関わってくる?」
「巧は気がつかない?」
「何が」
僕はてんで話が見えない。
「単刀直入に言うよ。私たちは狙われている」
未来の瞳には少し恐怖を感じている目だった。
だから僕は「誰に」
「最初は学年一位をとった私を狙っていたけど」
そこでピンと来て、未来は学年一位をとった人間に狙われ、何かしらの精神的な苦痛を受け順位を落とした。だから僕は、
「今度は僕が狙われるって事?」
「そうなるかもしれないわ。順位を落とした私に殺気は感じられなくなったわ」
そこで以前未来が、僕に抱きついてきたことが脳裏に浮かんだ。
あの時、未来はその狙われている相手に精神的苦痛で思わず僕に抱きついたんじゃないかと思えてきた。
そこで未来に威圧的な視線を向けたが、未来は相変わらず動じず穏やかな表情で僕に対応している。
「どうして言ってくれなかったんだよ」
未来は言葉に迷っている様子で黙っている。
そんな時、心なしか誰かに見られている気配を感じた。
そんな僕を見て未来は、
「気がついたようね巧」
僕はそんな未来に憤りを感じて、
「何だか知らないけど、僕がぶっ飛ばしてやる」
この誰かに見られている気配を頼りに向かっていこうとすると未来が、
「巧、それはダメよ」
「どうしてだよ。僕達は狙われているんだぞ。そんな連中と戦わなくては自分たちの身を守ることはできないだろ」
そこで未来の目を見ると、そんな狙われている奴でも何とかしたいという感じの目だった。
それに憤った僕は、
「そんな奴でも未来は、何とかしたいって言いたいのかよ」
「何とかするんじゃない。その人に一歩踏み出せる背中を私は押してあげたいだけ」
「同じ事だろ」
「巧、憎しみは憎しみしか生まない事は、いつも言っているように汝自身を知ってわかっているよね」
「・・・」
確かに未来がいつも言う『汝自信を知れ』と言うことは別として、未来の言う通り憎しみは憎しみしか生まないことを僕は知っている。でも、
「じゃあ警察にでも通報しようよ」
「そんな事をしたら逆効果よ。私たちを狙ってきた相手は路頭に迷うだけよ」
そんな未来に僕は呆れて、
「未来、人の事よりももっと自分の事を大切にしろよ」
すると未来は僕の目を見て毅然として言う。
「大切にしているよ。大切にしているから、原島君に一歩踏み出せる勇気を与えたい。それは私が私であるために」
そこで未来の発言の中に『原島』と言う単語が出た。
未来は黙っているつもりだったが、勢いで名前を言ってしまった。
未来の言った原島と聞いてピンと来たが、原島はいつも未来に差し押さえられ学年二位だった。
その事を未来は妬まれて誰にも、近くにいる僕でさえも気づかれないように、嫌がらせをされていたのだと気がついた。
それで未来は精神的に追いつめられて試験の時に集中できなかった。
僕の予想を未来に伝えたら、どうやら間違っていないみたいだ。
早速未来の家に来て事情も知ったところで原島にどうしたら、その病んだ心から一歩踏み出せる勇気を持つ事が出きるか、考える前に一つ未来に言っておきたいことがある。
それは、
「未来、どうしてお前はいつもそうやって一人で抱え込もうとするんだよ。辛いなら誰かに打ち明けたらどうだよ」
僕の言葉にさすがの未来も返す言葉も見つからないようで、その目をおもむろに閉じて、素直に「ごめんなさい」
と謝った事に少しだけ安心したし、いつも未来に言われっぱなしの僕はちょっと気持ちが良かった。
でも未来は、
「お言葉だけど巧、打ち明けなかった事は謝らなければならないけど、私は一人で抱え込もうだなんて思っていないからね」
「じゃあどうして」
すると未来は嫌みったらしくその瞳を唇をつり上げ、僕を指していった。
「巧、汝自信を知れ」
と言われて未来から一本とったと思ったら、逆に奪い返された気分だ。
返す言葉が見つからず、憤ったが、ここで怒ったら僕の完全な負けだと思って、怒りをこらえた。
その話はここまでで、これから原島の事に関して僕と未来で話し合っていくつもりだ。
どうやったら原島にその病んだ心から一歩踏み出せる勇気を促せるか?
僕と未来が知ったところ、原島は学年首位をとるほどの成績の優秀な生徒だ。
それで僕と未来は原島とは会話もしたことないし、成績が優秀なところ以外は何も聞いたことがない。
未来に嫌がらせをしたのは、僕と未来が察した通り未来に対する妬みだろう。
それで今度は僕が学年一位をとったので、僕が標的にされる。
そう思うと僕は怖くなってきた。
未来は標的にされ、怖くなかったのか。
怖かったはずだ。
そうでなければ、成績を大幅に落とすような精神的苦痛はなかったし、先ほど、打ち明けた時、かすかだが恐怖を感じた瞳だった。
そうだよ。今度は僕が未来に守られるのではなく僕が未来を守らなければいけない。
それはそれで良いとして、未来と原島の事を話し合っている最中、妙な違和感を感じた。
さっきも感じたがこれは原島の気配だ。
「原島?」
「そうとしか考えられないわ」
未来の顔を伺ってみると、怖くて苦しそうな程おののいた表情になる。
改めてわかる事だが、原島に標的にされて一人で怖かったんだと、原島に対して憤りを覚える。
でもそんな未来に気づけなかった僕も問題だと思う。
先ほど未来にどうして僕に打ち明けなかったのか聞いてみたが、もしかしたら怖くて打ち明けられないほど、おびえていたんじゃないかとも思えてきた。
それでも未来は原島の気持ちを大事にしている。
僕だったら証拠をすぐに見つけて学校か警察に通報している。
そんな時である。突然耳がはちきれそうな程の音がした。
とっさに僕と未来はその方に視線を向けると、それはガラスが割れた音だとわかった。
未来の部屋にめがけて石を投げ込まれた。
いつも平常心を保っている未来も、もはや我を忘れて、僕に抱きついてきた。
そんな未来を見ていたたまれなくなり、後を追いかけて、とっつかまえてやろうと外に出ようとしたが、未来に「行かないで」と言われて僕は「こんな時まで奴の気持ちを大事にしたいのかよ」と言うと未来は口をつぐんで僕に抱きついたまま何も言わなかった。
そんな未来を見て分かったが、未来は怖いんだと言う事に気がついた。
未来は原島の気持ちも大事にしたいが、未来はもう心の余裕がなくなるほどの精神的な苦痛を受けている。
未来の意見には共感できないが、せめてその気持ちは大事にしたいと思っている。
そう。本当に共感できない。
共感できないが、その気持ちは嫌いじゃない。
いや分からないけど、嫌いになってはいけないような気がする。
未来の気持ちが落ち着いてきて、早速本題に入ることになった。
ここで未来の弱点を見る事ができた。
未来はとんでもない天の邪鬼だと言うことに。
それは無理して平常心を装っているからだ。
そんな未来に言ってやりたい。
『未来、汝自信を知れ』
と。
でも、それは今は言わない方が良いかも知れない。
未来はそんなに怖い目に遭っても原島のことを考えている。
その姿を見て思ったが、未来は自分の信念に命をかけている事が分かる。
そんな未来が何かかっこよくも思えてくる。
だから僕はなぜか協力したい気持ちになり、学校のサイトを調べて、原島の事を調べたり、SNSで何か活動していないか調べた。
調べたが、プライベートな事は学年と家族構成だけ、これ以上調べても意味がないと思って時計を見ると、午前0時を回ったところだ。
僕も疲れてきて、さすがの未来も疲れているんじゃないかと、未来の方を見ると、いつの間にかソファーに倒れ込み眠っていた。
周りからは完璧超人に見える未来も人間であり、か弱い女の子だ。
限界が来ないのなら人間じゃない。
そんな自分の限界を超えるほど、原島に対してどうすれば、その病んだ心から一歩踏み出せるその背中をおせるか命を懸けて考えていたみたいだ。
その証拠にノートを見ると。
原島に対することがびっしり書かれていた。
大まかにノートの内容をまとめてみると、原島が未来を標的にするのは妬みであり、恨んでいるわけじゃない。
原島には何か心に大きな病みを抱えている。
それは強迫観念で、そうしなければいけないと言うものだ。
それとそんな原島に対して色々な作戦が書かれている。
それは呆れたくもなるが僕も巻き込んだ内容だ。
ため息がこぼれ落ちそうになるが、いつも未来に巻き込まれるのは毎度の事。
でも未来のやっている事は悪い事じゃない。まあ散々な目にはあってきったが。
ノートを一通り見て、僕は未来に風邪をひかないように薄いタオルケットをかけた。
先ほど石を投げられた窓を見ると、憤りとともに怖い気持ちが生じた。
だったら原島のことを半殺しにしてやりたいとも思ったが、僕は原島の気持ちも分からなくはなかった。
嫉妬や妬み。
僕も未来に対して嫉妬や妬みを感じたことがある。
それと思い出すのは苦痛だが僕も嫉妬や妬みの対象を受けたことがある。
奴らは笑みを浮かべながら疲弊した僕を傷つけた。
鮮明に頭の中に思い浮かび、僕の気持ちは壊れそうになった。
とにかくこのような気持ちに翻弄されてると心が壊れそうになり、ここで一度深呼吸をして気持ちを整えた。
妙な冷や汗までかいている。
確かに原島の気持ちは分からなくはない。
でもその妬みや嫉妬で矛先を向けられ傷つけられるのは我慢ならない。
そんな事をされたら殺意を抱くのは当然だ。
それでも未来は原島に対して、どのようにすればその一歩踏み出せる背中を押せるか考える。
再び未来が原島に対して書いたノートを見て意をくもうとしたが、憎む気持ちはいっさい書かれておらず原島に対しておもんぱかる事一点張りだ。
ここで僕は思う。
未来は人間なのかと。
ふと未来の顔を見ると、健やかな寝顔で眠っている。
じっと見つめているといつも気丈に振る舞っている未来だが、か弱い女の子の無垢な寝顔だ。
そう思って安心した。
でもじっと見つめていると、妙な気持ちに支配され、未来を抱きしめ、いかがわしいことをしたいと言う衝動に駆られそうになったが、それをしたら原島よりも最低な人間になるし、未来を傷つけてしまう。
僕はそんな事はしたくない。
そんな事をしたら心に大きな傷害を与えてしまう。
僕も心に傷があり、たまにその傷がうずくときがある。
それを未来には味あわせたくない。
眠りにつこうと思ったが、ここは未来の部屋でしかも未来と二人きり。
妙な気持ちに翻弄されそうなので、帰ろうとしたが未来を一人にしたら原島に何かされるんじゃないかと考え、僕は未来の自宅の前でじっと石段に座っていた。
夏だと言うのに夜は冷えるな。
どうして僕がこんな目に遭わなくてはいけないのか、未来のせいにもしたりした。
僕もとんだ天の邪鬼だ。
別に僕は未来の事が好きな訳じゃない。
ただ未来のその気持ちを大事にして・・・どうしたいのだろう。
ふと夜空の星を眺める。
夏の第三角形を見つけ何となく見つめる。
「デネブ、アルタイル、ベガ」
星が輝き続ける。
何のために?
そう、意味が分からない。
それは僕が未来に無理してまで、こうして寒い夜にたたずんでまで、未来を見守るのと同じように。
僕が不眠だと言うのに、しかも無理なことを強制するところがある未来。
だったら未来の事なんてほおっておいて帰っていれば良かったんだよな。
「未来、昨日眠れなかったんだけど」
「何よ、一日眠れなかっただけで人間は死なないわ」
未来を守ろうと必死になって、眠らずに見守っていたのに、何か腑に落ちない。
「本当に行くの?」
不服の意を込め未来に伝える。
「行くに決まっているじゃない。路頭に迷おうとしている原島君に一歩踏み出せる背中を押すには、まず原島君がどんな家庭に育っているか調べる必要があるわ」
昨日は原島の為に自分の命を削ってまで、かっこいい、そんな未来の気持ちを大事にしたいと思っていたが、正直今は、こんな奴、原島にひどい目に遭ってしまえば良いと思ったりもした。
まあ、そう思ってしまうのは仕方がないだろう。こんな理不尽な事につきあわされたら、グチの一つや二つ、いや百や二百思いたくもなるよ。
眠いし、おっくうだ。
渋々ながら未来の後に付いていくと、未来は立ち止まり、原島のうちの住所が示された紙を見て、
「ここね」
家の外観を見てみると、民家の一画にあり、ごく普通の一軒家だ。
路地裏に隠れ、とりあえず見張って様子を見ることにする。
まるで探偵だな。
夜は冷えたが、夏の炎天下は容赦なく暑い。
でも、熱中症にかかるといけないので、僕は持参したミネラルウォーターを一口飲む。
すると未来が僕のミネラルウォーターを奪い取り、
「巧、私にも飲ませなさいよ」
ごくごくと飲み干す未来。
間接キスもお構いなしですか。
それはそれで良いとして、家から原島が出てきた。
どこに出かけるのか?ジーパンに白いカッターシャツにジーパンに帽子にサングラスをかけてなにやら怪しい格好をしている。
「行くわよ巧」
言われなくてもそうする。
この時期は水分補給が必要不可欠だ。先ほど奪われたペットボトルを返されたが、中身は空っぽだった。
炎天下の直射日光のように未来の遠慮しない癖も容赦ない。
それはともかく原島を尾行しについて行く。
昨日は未来にひどいことをした事を許せないと思ったが、今は未来に散々振り回されて許せない気持ちの方が大きく、何か僕は原島をその憂さ晴らしにぶっ飛ばしてやりたいと思っている。
あの格好からすると、昨日の夜みたいに僕たちに何かしようと、もくろんでいるようにも思える。
とにかく尾行を続ける。
僕の家の方に向かっている。
そして僕の家に到着して、近くの路地裏に隠れて何か様子を伺っているようだ。
僕と未来は原島の家に張り込み、それで原島が出てきて、その後をついて行ったら僕の家に張り込む、何て間抜けで浅はかな奴だと笑えないほど僕は呆れてしまった。
ここで未来はこのまま様子を見ようと言ったが、僕は少し考えて、もし妹が出てきて逆恨みに妹にひどいことをしないか不安になってきて、原島の前まで行こうとすると、未来が、
「大丈夫よ。原島君はそこまで心は病んでいないわ」
どうやら聡い未来は僕の考えている事を分かっているみたいだ。
そういわれて未来は人を見る目があるから、そこは信用して良い。だから僕は未来と共に原島の様子を見ることにした。
しばらく原島の様子を見る。
すると僕の家から、お出かけする盟が家から出てきた。
原島は妹をじろじろ見ていたことに気が気でなくなる。
「やっぱりこのまま野放しにしていると、まずいことになりそうだわ」
先ほどは大丈夫だと言っていたが、やっぱり未来は盟が狙われるんじゃないかと危惧している。
「やっぱりあいつ盟に何かしでかすんじゃ」
「このまま行けば、そうならない可能性はないとも言えないわ」
「じゃあ、僕があいつをぶっ飛ばして・・・」
「ダメよ。そんな事をしたら逆効果よ」
「じゃあどうする?」
「まだ、今の時点では私たちが危惧している事にはならないわ。とりあえず今日は原島君の様子を見ましょう」
未来は冷静にそう言っているが、昨日の事を考えると、盟に何かしでかすんじゃないかと思って気が気でなかったが、ここは未来の言う通り我慢した。
盟は原島に気づく事なく自転車に乗り、そのまま出かけていった。
原島は、そのサングラスの奥の瞳から盟に対する何か悪意を感じたが、ここは我慢する。
それから数分後、原島は何を思ったのか分からないが僕の家から離れていく。
どこに行くのだろうと思って、盟の事が心配になったが、盟が出かけていった方角とは違う道へと立ち去っていく。
「後を追うわよ」
僕は言われなくてもそうする。
未来は原島の気持ちを大事にしているようだが、僕達にとって危険な人間だと言うことは分かってきた。
原島が向かった先は河川敷を跨がる人目が少ない橋の下だった。
何かを見下ろしてじっと見ている。
何を見ているのだろうと、原島に気づかれないようにその視線を追ってみると、母猫が子猫に乳を与えている姿だった。
それを見ていやされているのかと思ったら、原島は母猫を思い切り踏みつぶして、悲鳴のような鳴き声をあげ即死。
そして子猫も次々と踏みつぶして、おぞましい声でこう言った。
「ざまあみろ」