相沢盟
「聞いてくれる水島さん」
木更津先輩が机から身を乗り出しそうな程の勢いで未来に向かって訴える。
「聞いていますよ。木更津先輩」
未来は穏やかな表情で木更津先輩の愚痴を聞いている態勢だ。
僕は書記として、二人のやり取りを大まかにノートに記録している。
ノートの記録によると木更津先輩は十回目だ。
いつも品行方正のお嬢様だが、こうして未来に愚痴を言って、そのうっぷんを晴らしている。
聞いている僕は気がめいりそうになるがだんだん慣れて来た。
木更津先輩に対する愚痴の気持ちの免疫が付いてきたみたいだ。
いつも思うが、それを直に受け止め、対応している未来はノイローゼにはならないのかと心配になる時もあるが、未来はそんな様子は全くない。
でも未来も僕と同じ人間だ。
いくら免疫がついてくるとは言え、木更津先輩の愚痴やその他の相談に来る人に対して誰でも真摯に受け止め対応している。
未来はパンクしないのかと心配する時もあるが、その心配はいらないみたいだ。
中間でも学年一位をキープして、そろそろ期末だと言うのに、焦っている感じにも見えない。
この後、部活が終わったら瞳さんのお見舞いに行くって言うし、それに僕も付き合わなくてはいけなくなった。
でもあの事件から瞳さんの顔を見ないと不安になる。
それは瞳さんが生きていたとはいえ、その姿を一目見ないと何か気持ちがすっきりしないからだ。
だから瞳さんを一目見て安心したい。ただそれだけだ。
そんな不安な気持ちを抱いたままでは、期末に集中できない。
放課後、学校の帰りに瞳さんのお見舞いの品として、未来が二千円のマスクメロンを買う事になり、未来はその金額の半分を強制的に払わされ、多少渋々だったが、仕方がないと思って払う事にした。
そして瞳さんの病院に立ち寄った。
そうそう瞳さんはあれから精神的に安定してきて、神経科から産婦人科に移動して家族以外でも面会が出来るようになった。
「こんにちは」
未来は瞳さんの病室に入り明るく挨拶をする。
僕も同じように挨拶をして瞳さんの姿を見て僕は本当に心配の念がぷっつりと切れるように安心した。
『本当に生きていて良かった』
と心の中で人知れず思っていた。
「気分の方はどう瞳さん」
「うん。だいぶ安定してきた」
そういってお腹に手を当て穏やかな表情をした。
その姿を見て、盟がお腹にいた時の事を思い出し、なぜか胸がときめいたりもした。
お見舞いの品を渡して、瞳さんは表情を綻ばせ喜んでくれた。
それと瞳さんを見ていると、安心したのは良いのだが、何かドキドキして嫌らしい気持ちになり、僕はここにいてはいけない気がして、
「瞳さん。元気で何よりだよ。僕はそろそろ帰るよ」
そういうと未来は強引に止めはせず、瞳さんは、
「相沢君。ありがとね。それと心配かけてごめんなさい」
「気にしないでくださいよ。僕は正直、瞳さんの姿が見られて、安心しています」
「ありがとう」
と言われてなぜかドキッとして、未来に、
「じゃあ明日学校で」
帰り道、瞳さんがお腹に新しい命を宿して穏やかな姿でお腹をさすっていた姿が頭から離れなかった。
相手はあの斎藤の子だと分かっていても、そのお腹の子の為に健気に生きようとする瞳さんの事を思うと胸がドキドキする。
それでいかがわしい事が頭に浮かび、僕は何を考えているんだと自重する。
でもそれは分かっていても、いかがわしい事が次々と思い浮かんで、なぜか未来の事を想像してしまい。
何で未来の事を想像してしまうんだ。
あーやだやだ。
僕も健全な男子だから、そういったいかがわしい事を考えてしまうのは仕方がない事だといつしか保健の時間でならっている。
でもなぜ、よりによって未来の事を想像してしまうのか、それが何か嫌だ。
それはともかく瞳さんは話によると、まだ斎藤からの呪縛のようなものから解かれていないと未来から聞いている。
でも今日あのお腹の子を懇ろに思う瞳さんを見て、その呪縛のような気持から少しずつ解放されると僕は思う。
机の前で期末試験に取り組む前に僕はある事をしなければならない。
それは煩悩を取り払う為に試験に集中するためだ。
ベットの裏に隠しているいかがわしい本を見て・・・。
あれなぜだろう?どうして頭に未来が思い浮かんでしまうのだろう。
自分でも未来の事を頭に思う浮かべないようにコントロールしようとするが、未来の事を想像してしまう。
・・・仕方がない。
未来には悪いが、分からないけど、ここは未来をおかずにして僕はひと時の快楽を得た。
それから煩悩を取り払い期末試験に向けて集中できた。
これは僕だけの心の奥底に留めておくことにする。
期末が終わって、順位を確かめに行くと、僕は堂々の一位だった。
僕は目を疑った。
一位と言う事は未来に勝った。一位の上位はない。
ちなみに未来は何位か見てみると、どんどん下がって丁度五十位だった。
嬉しい。空を飛ぶほどの嬉しさに見舞われたが、それはほんのひと時だった。
何か未来が心配になって来た。
いつも一位をキープしているのに、五十位はいくら何でも落ちすぎだろうと思った。
未来に何かあったのだろうか?
昨日はいつものように元気だった。
勉強しているそぶりは見られなかったが、未来はそれでも超人的な頭脳で学年一位をキープしてきた。
未来は人の相談ばかり乗っていて、とうとう勉強する余裕がなくなってしまったのだろうか?
いや、それでも未来は学年一位をキープしてきた。
授業が終わり部室に行くと未来はいつもの笑顔で僕を迎えてくれた。
未来は学年が下がったからってショックそうな感じではなかった。
「学年順位見たけど」
「おめでとう巧、一番だったじゃない」
未来が学年五十位だった事に対して何か調子が悪いのか?それとも何かあったのかと聞こうと思ったが、タイミングが合わず言いそびれて、早速相談の人たちが未来を訪ねて来た。
書記を務めながら未来の様子を心配で見ていたが、いつもと様子は変わらない。
その様子を見て僕は未来に勝てたことを喜んで良いんじゃないかと考えたが、何かそんな事を考えてはいけないような気がして出来なかった。
部活が終わり、明日から期末休みだ。
勉強ばかりで盟にはあまりかまってやれなかったから、今日あたり一緒に遊んでやろうと考えていた。
それと未来の事も心配だから、学年が落ちたことに何かあったのか聞こうと思っていた。
未来と一緒に下校して、未来に心配する気持ちを打ち明けるのは正直恥ずかしい。
だからどういったらいいのか分からなかった。
でも思い切って、
「未来」
「ん?」
その大きな瞳で僕を見て、やっぱり言う事は出来ず、そこで未来は、
「巧、今日から試験休みだから、気分転換に巧の家に泊まりに行っても良い」
「・・・」
僕は未来のセリフを疑い絶句した。
未来は自分の言っている意味が分かっているのか?
未来は僕の返事を待つようにその大きな瞳で見つめ答えを待っている感じだ。
突然の事で驚いたが別に断る理由はないし、それに未来が好きな盟も喜ぶだろうから了承した。
いったん未来は着替えを取りに家に戻ってから来ると言ってまず、別れた。
そして僕は考えてしまう。
いくら幼馴染とはいえ、いきなり僕の家に泊まりたいなんて何かおかしい。
そういえば幼い頃、未来とは一緒にお泊りとかした。お風呂にだって一緒に入った事がある。
でも僕達はもう立派な高校生だ。
もしかしたら未来は僕の事が好きで、そう考えるとあらぬことを考えてしまい。
ダメだと首を大きく左右に振って煩悩を振り払った。
未来はいつも学年一位をキープしていたが、勉強は二の次三の次と言った感じで学年を大幅に落としたことは気にしていないような感じだが、何かあったんじゃないかと思った。
だから今日いきなり僕の家に泊まりたいなんて言ったのかもしれない。
未来は僕の助けが必要だから泊まりに来るのか?
それとも・・・いかがわしい煩悩が頭によぎり、
「やめ・・・」
叫びそうになったがここは人が行きかう商店街、そんな気持ちを抑えながらも僕は未来が今日うちに突然泊まりたいなんて言う何て、色々と考えてしまうが、とにかく事情はどうあれ、うちに戻り未来を待つことにした。
盟に未来が泊まりに来る事を伝えたら、瞳をキラキラと輝かせ嬉しそうにはしゃいでいた。それで盟は待ちきれないのか、家の扉の前で未来が来るのを待っている。
その姿は僕の部屋から窓から見えて、そんな盟は可愛い。
それはそれで良いとして僕は複雑な気持ちだった。
とにかく泊まりに来たら盟の部屋に眠ってもらおう。
あいつは何でも食べるし、母さんに未来が泊まりに来ると伝えたら大歓迎で、今台所で腕によりをかけて晩御飯の準備をしている。
風呂はどうしようかと考えた瞬間、未来の入浴姿を想像してしまい、嫌らしい気持ちになる。
僕は未来の事が好きなのかな?誰にも秘密だが期末の時の合間に未来を想像して・・・。
でも僕はそんな嫌らしい目で未来を見る自分が嫌になるが、僕と未来は結ばれてはいけない気がする。
そう考えると、
『お前は未来がいなくては何も出来ないんだな』
と頭によぎり、
「僕は未来がいなけらば何も出来ない人間じゃない」
と人知れず部屋で呟き、自分に言い聞かせる。
まあ未来がうちに泊まりに来て心配なのは、未来の事を夜這いなんかして・・・。
それはないな。
それとも未来は僕の事が好きで、未来から迫って来たらどうしよう。
その時自分の欲情を抑えられるか不安だ。
いや未来はそんなに尻の軽い女じゃない。
じゃあ何で泊まりたいなんて急に言い出すのだろう。
それと心配の気持ちもある。
学年順位を落とした事を気にしていないみたいだけど、何かあるような気がしてきた。
とにかく盟も母さんも喜んでいるから、たまにはいいのかもしれない。
そう思って、家の扉の前で待ちぼうけしている盟を部屋の窓から、何となく見ると盟はいなかった。
どうしたのだろう?
待つことに飽きちゃったのかな?
とにかくと思って振り返るとベットの上腰かけて盟と未来はそこにいた。
驚いた僕は思わず「うわぁ」と叫び、未来は、
「お邪魔しているよ、巧」
「いつからいたんだよ。それに盟も」
「未来お姉ちゃんから気配を消してお兄ちゃんに近づく術を教えてもらった」
何て意気揚々に言う。忍者か。
そこでハッと我に返り、もしかしたらさっき呟いたことを気がれてしまったんじゃないかと気持ちがあたふたして、
「お前ら本当にいつからいたんだ」
「今さっきよ。だから大丈夫だよ。巧が恥ずかしい事をしているところは見ていないよ」
それはまるで二人が部屋に来る前に恥ずかしい事をしていたみたいな言い方でいい気分にはなれなかった。
とにかく僕は単刀直入に、
「お前は何をしに来たんだよ」
「何しにって、巧の家に泊まりに来たんじゃない」
それはその通りで、それ以上返す言葉が見つからず、盟が、
「未来お姉ちゃん。今日は盟と一緒に寝ようね」
「うん良いよ」
「じゃあ未来お姉ちゃん。一緒にゲームしよう」
盟は立ち上がり、未来をぐいぐいと腕を引っ張り、自分の部屋へと連れ込んだ。
その様子を見て、何か分からないけど妹を取られたような気がしてちょっと切なくなったりする。
こんなだったら、未来を泊めるんじゃなかったと僕は思ったりもした。
再び部屋で一人になり、やっぱりいきなり未来が泊まりに来たことにふと考えてしまう。
僕の家に泊まりに来たことにきっと何かあると思っている。
でもそれはまだ分からない。
夕飯が出来て家族と泊まりに来た未来を囲んだ。
メニューはすき焼きだった。
盟は子供ながらに大はしゃぎをして、未来はおいしそうにみんなと談話しながら食べている。
そんな未来が気になって、僕がちらちらと未来の方を見ると、未来と目が合って、未来はにこりと笑顔で『どうしたの?』と仕草で訴え、僕は照れ臭くもなり恥ずかしくもなり、とっさに視線をそらして、気を紛らわせるために食べる事に集中した。
母さんも父さんも幼馴染の未来とは子供の時から知っていて、二人はそんな未来を昔から気に入っていた。
食事がすみ、盟と未来は一緒にお風呂に入っている。
部屋に一人でいると、未来の事を気にしてしまう自分がいる。
色々と考えめぐらしていると、お風呂場から良くは聞こえないが盟と未来が嬉しそうに話し合っている声が聞こえてくる。
何を話しているのだろうと気になったが、気になると同時に未来の入浴姿を想像してしまい、ここで想像してしまうと欲情におぼれ僕自身の理性は保てなくなりそうなのでヘッドフォンを着用して音楽を流し、音をシャットダウンした。
本当に未来は何をしに来たのか?