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泉瞳

 登校して、未来と出会い、おはようの挨拶をかわす。

 未来はいつものように明るかったが、僕の心は黒いもので覆いつくされている感じで、それでも悟られまいと笑顔を取り繕う。

 どうやら未来にも僕の気持ちを悟られずに済んで、僕はホッとしてしまう。

 でも何だろう。未来のその明るい笑顔を見ていると、心が満たされる感じがして、斎藤に対する恐怖感が少しだけ拭われた感じだ。

 いつもの学校生活は始まる。

 そろそろ期末試験だって言うのにこんなんじゃダメだ。 

 そんな時、盟と未来の笑顔がよぎり、斎藤からの強迫観念から遠ざけてくれた感じがして、勉強に少し身が入った。

 

 放課後僕はもう限界になっていた。

 だから僕は未来に誰もいない教室で、

「未来、僕達は斎藤にはめられたんだ」

「・・・」

 黙り込む未来に、どうやら未来も斎藤の件で気が付いている事が分かった。だから僕は、

「気が付いていたのかよ」

 憤りを表す口調で言った。

「・・・」

 そして未来はその目を閉じて黙り込む。そんな未来に、

「未来」

 と一喝。

 黙っている未来に僕はもういてもたってもいられず、その場から部室から出た。

 もうどうしようもない。

 これは未来が斎藤にけしかけられ、瞳さんを自殺に追いやってしまい、斎藤が僕達を糾弾しようとすれば、その罪の矛先を向けられる。

 悔しい。

 すごく悔しい。

 斎藤をぶっ殺してやりたい。

 ちょうどそう思った時、廊下の踊り場で斎藤に出くわした。

 僕を目にした瞬間、威圧的な視線を向け、一瞬不敵に笑った。

 もはや僕は我慢の限界で、斎藤にとびかかった。

 だが斎藤に攻撃をかわされ、返り討ちに会ってしまった。

「いきなり何をするんだ」

「お前は僕達をけしかけて瞳さんを自殺に追い込んだ」

「僕は別にけしかけていないよ」

「嘘だ」

「君たちが勝手にやった事じゃないか」

 何事もなかったような顔で言う。

 僕は立ち上がり、拳を丸めて斎藤にとびかかった。

 だがするりとかわされ。僕はつんのめる。

 斎藤の顔を見ると再び一瞬笑みを浮かべる。そんな斎藤に僕は言う。

「瞳さんは妊娠していた。あんたの子供を身ごもっていたんだよ。あんたは死んだ瞳さんに対して何とも思わないのかよ」

 一瞬笑みを浮かべて、斎藤は、

「君は僕に暴力を振れば、停学か退学になるよ」

 僕はもうそんな事はどうでも良かった。

 僕達をけしかけて瞳さんを自殺に追いやった斎藤が許せなかった。


 僕はバカな事をしたのだと思う。

 斎藤に暴力を振るった一件で僕と未来が瞳さんの入院している病院に侵入したことが発覚して、僕と未来は学校側から糾弾される羽目になってしまった。

 放課後の夕暮れ時、部室で未来と二人きりになって僕は未来に打ち明ける。

「未来は知っていたのだろ。斎藤にけしかけられて、はめられたことを」

「・・・」

 黙り込む未来。そんな未来にいら立ちを感じて、

「どうして黙っているんだよ」

 怒りをぶちまけるように大声で言う。

「・・・」

 未来は背を向け窓の外のどこか遠くを見る。

「未来は悔しくないのかよ。瞳さんの尊い命が闇に葬られてしまったんだぞ。挙句にそれを僕達のせいに仕向けられたんだぞ」

 声を絞り出すように言う。涙までこぼれ落ちて来た。

 すると未来は僕に振り返り、穏やかに微笑み、

「巧、そこまで分かるなら、私の事を考えてくれなかったの?」

「はあ?」

 話が見えず疑問の声が漏れた。そして未来は僕の目を真摯に見つめて、

「巧、何度でも言うよ。汝自身を知れ」

 そういって未来は鞄を背負って一人で部室から出て帰って行った。

 部室に取り残された僕は訳が分からず、憤りだけが心の奥底から込み上げていくだけだった。


 気が付けば僕は我を忘れて、学校を飛び出して走っていた。

 未来はいったい何を考えているのか?僕達は斎藤にはめられた。僕達は処分を余儀なくされてしまうだろう。

 そして走って、走り疲れてもまた走って、僕は走れなくなり、人目もはばからず僕は叫ぶしかなかった。

 周りの人は僕の事を気の狂った不良だと思っているだろう。

 でも今はそんな事を気にしていられない。

 僕のこのやるせない憤りが走れ、叫べ、と本能がそう言って走り叫んでいる。

 だから僕は本能に身を任せている。

 そして叫んだことに気持ちが落ち着いてきて、夜の空の下、宛もなく歩き続けて辿り着いた先は近所の土手だった。

 思えば悲しい事があるたびに、僕はこの場所に来てぼんやりとしていた記憶がよみがえる。

 先ほどの未来の言葉が頭の中に思い浮かんで、


『巧、汝自身を知れ』


 といつも言われている事だが、今日のその言葉は僕の逆鱗に触れた感じだ。

 本気で未来を殴ってやりたいとも思った。

 でもそんな事はしてはいけないと、僕の理性が働いている。

 とにかくこうして本能に任せて走って叫んだことに気持ちは楽になった。

 そして僕は先ほど未来が言っていたことを思い出す。

『巧、そこまで分かるなら私の事を考えてくれなかったの?』

 と。

 あの時の未来の表情は少し切なそうな感じだった。

 すごく意味深で、それは何か重要な事のような気がした。

 肌で風を感じて夜空を見上げ僕はぼんやりとしていた。

 思えばこうして自暴自棄になった後、頭の中を空っぽにしてぼんやりとしてやり過ごした後、目の前にあった困難を自然と解決に結びついたことが幾度かあった。

 そこにはいつも側に未来がいた。

 もしかしたら今回も解決に繋がって行くんじゃないかと気がしてきた。

 何か分からないけど、気持ちが前向きになって来た。

 スマホの時計を見ると二十二時を回ったところだ。

 家族が心配すると思った直後にスマホに着信が入って盟からだった。

 盟はなき入りそうな声で僕に訴えて来た。

「早く帰ってきて。みんな心配しているから」

 と。

 僕は分かったと言って家族に心配かけて気まずい感じだったが家に帰った。

 未来の事はまだ分からない。

 斎藤にはめられた事を考えると目の前が真っ暗に染まりそうな程の恐怖に苛み、明日学校に行きたくなくなる。

 でも逃げてはいけないような気がした。

 帰った時、玄関に盟が泣きながら僕に抱きついてきた。

 母さんも父さんも心配していた。

 夕食が用意され、僕は気分が滅入っていて食べる気になれなかったが無理して食べた。

 でも不思議と元気が出た。

 やっぱり夜は眠れなかった。

 布団に潜り込んで明日におびえていたが、現実から目を背けてはいけないと、連呼していた。

 そんな中、扉が開いて、盟だった。

 また僕を心配して布団に潜り込む気だなと、気持ちは嬉しいが、でもこんな事やめてほしいと思った僕は、

「盟、もういいから」

 と断ったが、盟は黙って僕の布団に潜り込み、僕に抱き着いた。

 盟のサラサラな髪から甘いシャンプーの香りがする。

 そんな盟に抱きしめられ、目の前に遮られている真っ暗な闇が少しだけ晴れた感じだった。

 盟に甘えてばかりで悪いな。

 妹の盟に甘えているなんて知られたら僕は本当に生きていけないほどの羞恥心に苛むかもしれない。

 でも僕はもう良いと思った。

 この目の前が真っ暗に染まりそうな現実を強く生きられるなら。

 そうだよ。僕はこんな小さないたいけな妹にこうして抱きしめ慰めてもらっているロリコンだよ。

 笑いたければ笑えばいい。


 翌日、盟のおかげで眠る事は出来、朝の爽快な日差しを浴びて恐怖で苛みそうな気持が少しだけ払拭してくれた。

 朝、登校して、目の前の現実から目を背けてはいけないと俯きそうな顔を上げ、僕はまっすぐと視線を向け歩いている。

 そんな僕に、後ろから強く激しく背中を叩く感触がして、振り返ると未来だった。

「おはよう。巧」

 未来はいつもの悲しみ一つ感じられない満面のスマイルだった。

 そんな未来を見ていると曇っていた心が晴れていく感じがする。

 それに昨日の事に対して、正直顔も合わせづらいと言う複雑な気持ちだったが、そんな事に対して悩む余裕を与えてくれない感じで僕を元気付けてくれる。

 僕はそんな未来といて安心しているんだな。

 でもそこで僕の脳裏にある言葉が浮かんだ。

『お前は未来がいなきゃ何も出来ないのかよ』

 って。

 だから僕は、

「おはよう」

 と何事もなかったかのように言う。

 その後未来は僕が悩む余裕を与えないかのように色々と他愛もない話を繰り広げた。

 正直、ずっと未来の話を聞いていたいと思ったが、学校に到着して、僕と未来に迫られている残酷な現実と向き合わなくてはいけない。

 その事で未来と話したいと思ったが未来はその隙を与えてくれなかった。

 未来にはこの迫られた残酷な現実がどのように映っているのか知りたかった。


 僕と未来は学校に到着するなり職員室に呼ばれた。

 僕は斎藤にはめられ、それで糾弾されることがすごく悔しくて仕方なかった。

 未来は何を思っているのか?狼狽えた感じではなく平常心を保ったままだ。

 でもそんな未来と一緒にいると不思議と不安は感じられなかった。

 きっと未来と一緒で僕は安心しているのだろう。

 職員室に行くと僕と未来、それぞれの担任と斎藤が待っていた。

 僕は斎藤を目にした瞬間捨て身でとびかかってやろうと考えたが、それを制止するかのように未来がそっと僕の手を握った。

 そんな未来を横目で見ると、未来は笑顔で『ここは私に任せて』と言いたげな穏やかな表情をしていた。

 ここで僕は悟った。

 僕は未来に助けられるんだって。

 僕が安心して未来を見ると未来は僕達の教師それぞれの教師と斎藤の下へと毅然と歩み寄った。

「独断で私が巧を連れ、瞳さんの所へ行ったのは事実です」

 すると未来の担任新庄が、

「それでどういう結果を招いたと思っているんだ」

 と大声で怒鳴り散らす。

 でも未来は動揺もせず、平常心を保ったまま新庄の視線をそらさず向けている。続けて新庄は、

「理由はどうあれ、君たちがやった事で尊い命が亡くなっているんだぞ」

 その拳で机を思い切り叩いて怒鳴り散らす。

 未来は何を考えているのか、黙り込む。そんな未来に新庄は、

「返事ぐらいしろ」

 と怒鳴った。 

 僕はもう見ていられず、事情を話そうと歩み寄ろうとしたが、未来が『待ちなさい』と言わんばかりに手で合図した。

 すると斎藤は急に泣き出して、

「瞳さんは僕の生徒だ。君たちは何をやったか分かっているのか?」

 三文芝居も良いところだ。さすがの僕も呆れて憤る気持ちも失せた感じだ。

 すると未来も僕と同じ気持ちか、軽いため息をついて、

「斎藤先生は瞳さんの気持ちを考えた事はあるんですか?」

「君に何が分かるんだ。瞳さんを殺したのは君達だろうが」

 眼を真っ赤に染め、迫真の演技だった。

 新庄と僕の担任の倉石はそんな斎藤を宥める。

 そんな斎藤を見て何て陰険な人間なんだと、憤る。すると未来は、

「斎藤先生。あなたは自分の気持ちを悔い改めた方が良いと思います」

「話が見えないよ。それは水島さん。自分に言いうべきことなんじゃないか?」

 未来の言う通り、斎藤は自分の犯した事について悔い改めた方が良いと思ったが、斎藤はそんな愚直な人間ではない事は頭の悪い僕でも分かる。

「私は瞳さんの気持ちを知っている」

 胸に手を当て静かに目を閉じ未来は言う。

「そんな事が分かって何になると言うんだ。瞳さんはもういない」

 本気で悔しそうな感じで叫ぶ。 

 これは芝居だと分かっている僕でも騙されそうな感じだ。

 僕達の担任はこの演技の裏の顔を見る事は出来ないだろう。

 それにこの人の前では、もはや真実を暴くことは出来ないだろう。

 だから僕は信じるんだ。

 未来を。


 未来ひどいよ。

 ずっと僕の事を欺いていたんだね。

 いくら瞳さんの為とは言え、真実を僕にだけ教えてくれたって良かったじゃん。

 その真実を教えてくれれば、僕はあんなに悶え苦しむ事はなかったのに。

 それと僕はもう一つ許せない事があるんだ。

 それは未来に対してではなく自分に対してだ。

 僕はまた未来に助けられた。

 その真実が胸に焼き付けられると、僕の頭にリフレインされる。

『お前は未来がいなきゃ何も出来ないのかよ』『あんたは未来がいなきゃ何も出来ないのね』などなど、言われてきた言葉だった。

 僕はそれを言われるのが嫌だった。

 そう思われるのが嫌だった。

 だったら未来のいない世界に行けばいい。

 でも未来はいつも僕のそばにいる。

 だったら未来に負けたくない。

 勉強でも、人間性でも。

 だから僕はまだまだ努力が足りないんだ。

 何でも未来に打ち勝って未来をアッと言わせてやりたい。

 まだ一つ未来を許せないところがある。

 それは僕達を欺こうとした斎藤も助けようと思っていたのだ。

 その気になれば僕達をはめて貶めようとした斎藤を糾弾して、二度と教師を出来ない立場に追いやる事が出来た。

 未来はそれをしなかった。

 生きていた瞳さんの為だと言っていたが、僕は納得が出来なかった。

 そう瞳さんは生きていたのだ。

 状況を察するに未来は瞳さんを死んだと拡散して、斎藤の様子を伺っていたのだ。

 瞳さんは斎藤の陰険で陰湿な事を知っているが、それでも斎藤の事を愛し斎藤の事だけを考え、お腹に宿っている命もろうともいなくなればいいのだとも考えていたみたいだ。

 でも未来の説得で、そこまでは至らなかった。

 瞳さんも未来もバカな人間だと僕は心の中で思っていた。

 斎藤は真実を聞いて何を思ったのか分からないが、しばらく休養を取るとのこと。

 あんな斎藤みたいな自己中、人生の表舞台に立てない程、ぎたぎたにしてしまえば良いと思っている。

 表面ではいい顔して、その裏の顔は恐ろしく陰険な人間だ。

 未来は斎藤が自分をけしかけた事を分かっていたみたいだ。でもなぜけしかけたかは、あの時斎藤に話を聞いた時点では気が付いておらず、実際に瞳さんに会って、斎藤の手口に気が付いた。

 瞳さんは斎藤の事を本当に愛している。

 僕達が瞳さんの閉鎖病棟に行って、斎藤が困っている事を知れば瞳さんが自殺することを斎藤は知っていた。

 それに気が付いた未来は瞳さんを説得してその親御さんにも事情を説明して、死んだ事にして斎藤の様子を伺った。

 それで未来は僕を欺き、そんな事を知らずに色々と苛まれた。

 そう思うと未来の事が許せなくなってしまうが、一件が済んで不思議とそうは思えなかった。


「巧、汝自身を知れ」


 意気揚々に人差し指を突きつけ僕に言う未来の姿が目に焼き付いて、僕は思わず大声を上げてしまった。

 我に返って辺りを見渡すと、そこは教室で周りのクラスメイトの注目の的になってしまった。

「うるせえぞ。相沢」

 と数学担当の鬼教師の大月に怒鳴られ、僕はびっくりして立ち上がり、

「すいません」

 深くお辞儀をして謝った。

 すると周りのクラスメイトの笑いの的になってしまった。

 どうやら僕はいつの間にか居眠りをして、未来の夢を見てしまったようだ。


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