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斎藤

 ここで思ったが精神的に患っている人にいきなり押しかけられたら、激しく動揺することを僕は忘れていた。

 でも彼女、おそらく泉瞳は未来の顔を見て最初は驚いて目を丸くしていたが、徐々に落ち着いてきて、

「何か?」

 話を聞く体制になった。

 そういえば未来は相手の気持ちを汲み取って落ち着かせるのが得意だった。

 伊達に悩みを抱えた人の相談に乗っていた訳じゃない。

「泉瞳さんね」

「はい」

 と神妙に返事をする。

 でも泉瞳さんは僕の方を見て、出来れば未来と二人きりで話がしたいと言う感じだったので、ここは空気を読んで、部屋から外に出た。

 


 今頃、泉瞳さんと未来は色々と語り合っているのだろう。

 斎藤先生の話によると、泉瞳さんは想像妊娠をして精神を患っていると聞いた。

 未来はそんな泉さんの不安を取り除いて、安心させたのだろう。

 僕にはまねできない芸当だ。

 未来のその神様のようなちけいはどこで学んできたのか?

 それとも生まれつき未来は神様から、すでに与えられたものなのか。

 だったら悔しい。

 僕と未来は天と地ほどの雲泥の差が生まれた時からついていたのか。

 何て考えると未来の言葉がよぎった。


『巧、汝自身を知れ』


 とその人差し指を僕に突きつけ、意気揚々と語る仕草が頭によぎり、ますます頭の中が混乱して、僕と未来は頭の出来が違うのだ。僕はバカだから、未来の二倍三倍、いや五倍くらい努力しなきゃ未来に追いつかないのだ。

 未来に負けたくない。

 未来のその伸び切った鼻をへし折ってやりたい。

 僕には何も持っていない。

 唯一勉強は出来る方だが、それも未来には敵わない。


 どれくらいの時間がたったのか未来と瞳さんはまだ中で話し合っているようだ。

 そして未来が部屋から出てきた。

「未来」

「・・・」

 未来は黙って目を閉じ瞳さんの事は何も言わず、

「巧、帰るわよ」

 病院を後にして、駅のホームに向かうと時計は午後十時半を回ったところだ。

 未来は黙っている。

 瞳さんの事に関して何も言わない。

 けれど、僕と未来の帰り道の分岐点に差し掛かったところ、未来は言った。

「瞳さんは想像妊娠ではなかったわ」

「それってどういう事?」

 すると未来は僕の目を見て、いつものように言う。


「巧、汝自身を知れ」


 すごく癪に障った。

 でも怒るのも面倒なので、

「じゃあまた明日」

 と言って別れた。

 夜帰った時、親に少し心配されたが、別にたいした事はなかった。

 部屋に戻った時、午後十一時を回っていた。

 今日は未来に振り回されて少し疲れていたが、勉強しようとしたが、今日の事が気がかりで集中できなかった。

 僕は瞳さんの事を考えてしまう。

 瞳さんは想像妊娠ではなかった。

 そこで斎藤先生が言っていた時の顔を思い出す。

 あの顔は僕は見覚えがある。

 何だろう? あれは人をけしかける時の顔なんじゃないかと。

 いや、それは深読みしすぎだろう。

 第一僕達をけしかけてどうするのだ。

 いつも未来に振り回されたが、この件に関しては未来が解決させていくだろう。いつもそうだった。いつも僕はその側にいるだけ。

 でも未来はどうして僕を振り回すのか、疑問に思ったが、何だろう?

 訳が分からないし、それに今勉強しているのに、色々と関係ない事を考えてしまう。

 このような時は寝るに限る。


 次の日、入院していた泉瞳さんが自殺してしまった事に僕は驚いたし、もしかしたら僕と未来が昨日、瞳さんの所に押し掛けた事と何か関係があるんじゃないかと、動揺してしまう。

 その知らせを聞いた僕は放課後部室に行って未来に、

「泉さんが自殺したって」

 未来は僕の方をちらりと見て、未来は黙ってその目を閉じてしまった。

 未来が考えている事が分からなかった。続けて僕は未来に、

「昨日僕達が押し掛けたせいで泉さんは」

「黙りなさい巧」

 僕は思ったんだ。未来もどうしたら良いのか困惑していると。

 部室にはいつものように相談に来る人がいた。

 それでも未来は何の動揺もせず、いつものように相談に乗っている。

 僕も僕でいつものように相談の内容を書き留める。

 気がかりだった。未来は一体何を考えているのだろう。

 

 部活が終わり、未来は瞳さんの件に関することは話すなと言うような感じで黙り込み、今日は一人で帰ってしまった。

 多分一人で帰りたいのだろう。

 未来もショックなんじゃないかと思った。

 それと僕も一人になりたいと思っていたところだ。

 帰り道僕は考える。

 あの後、未来と瞳さんは二人きりで何を話していたのだろうと。

 それで僕は気が付く。

 あの斎藤が僕達をけしかける目を。

 証拠もないし僕の勘違いかもしれない。

 でもよくよくあの時の斎藤の顔を思い浮かべると、未来の本質を知っていて、それを利用して瞳さんに合わせて自殺に追い込んだ。

 もしかしたら瞳さんに何らかの刺激を与えれば斎藤は瞳さんが自殺することが分かっていたんじゃないかって。

 斎藤にとって瞳さんは邪魔な存在だったんじゃないかって。

 確信はないが、そう思うと激しい憤りに翻弄されてしまいそうになる。

 瞳さんは想像妊娠ではなく、本当に妊娠していた。

 そして自殺してしまい、瞳さんとそのお腹の中の命が葬られてしまった。

 それを自分の母親が盟をお腹に宿らせ、その命が同時に奪われたと想像すると、斎藤の事が許せなくなってしまった。

 でも証拠もないのに確信はできない。

 それと瞳さんと二人きりになった時、何を話していたのか気になった。

 そこで思い出す、あの時泉さんは僕を見ておののいていたが、未来を見て安堵していたことに。

 じゃあ泉さんは生きているんじゃないか?

 じゃあどうして学校中に泉さんが自殺したと広まっているのか。

 もう頭が混乱して、何が本当の事なのか分からなくなってきた。

 そんな時、未来の姿が脳裏に浮かびあがり、


『巧、汝自身を知れ』


 と。

 それとこれとはまた別問題だと思って、ますます混乱した。

 未来にこの事を相談した方が良いと持ったが、何か今の未来に近づかない方が良いと感じている。


 ここで頭を整理すると、多分斎藤は僕達をけしかけ、瞳さんを自殺に追い込んだかもしれない。

 それで瞳さんは自殺したと学校中に広まっている。

 泉さんは自殺したのか。

 ここで未来の事が頭に浮かんだ。

 未来は相談に来る人をちゃんと一歩前に踏み出させ、無理なく歩めるように促していた事を。

 だから未来が瞳さんを自殺させるような事は決してしない。

 だからもしかしたら瞳さんは生きていて、未来は瞳さんが死んだとデマを広めて、何をしようとしているのだろう。

 でもこれらは僕の憶測にすぎない。

 それにこんな事を考えても僕に何の得があるのだろう。

 また頭が混乱してきた。

 何て廊下を歩いていると斎藤とすれ違い、目が合った瞬間、何事もなかったような感じの顔をしていた。

 それが意味深に思えて、ふと考える。

 あれは何かを隠している顔だ。

 じゃなかったら、斎藤は僕に一言何か言うはずだ。

 それで確信する。

 斎藤は僕達をけしかけて、瞳さんを自殺に追いやったと。

 教師が生徒に妊娠させたら、ニュース沙汰になる。

 それを避けたいがために、斎藤は瞳さんを自殺に追いやった。

 でも未来は瞳さんが生きていて、デマを広めたんじゃないかと思っている。

 そう思って、学校の外で未来の携帯に電話をかけた。

「もしもし未来」

「どうしたの? 巧」

 少し元気がなさそうだ。何か怖くて嫌な予感がする。その思いを断ち切るように僕は、

「瞳さんの件だけど」

「・・・」

 黙り込む未来。

「未来」

 どうしたと心配の気持ちを込め僕は言う。

「仕方がない事なのよ。私達にはどうすることも出来なかった」

 すごく落ち込んだ様子だ。

 それで僕は確信する。瞳さんは本当に自殺してしまったのだと。

 あの時、病室で二人きりになった時、瞳さんを思いとどまらせ、助けて、自殺を拡散して何かしようとしていたと僕の予想はただの勘違いだと言う事に落胆した。

 未来もそうとう落ち込んでいる様子で、これ以上は喋りたくない感じだったので、通話は途絶えた。

 じゃあ僕達は斎藤の陰謀にまんまとはめられた。

 いや僕の勘違いかもしれない。

 でもあの時、僕達に瞳さんの話を持ち掛けた時、あれは明らかに僕達をけしかける感じだった。

 その後数日、眠れない夜は続き、布団には僕の事を心配して布団に盟が潜り込んできた。

 学校では未来はいつものように相談部で相談を受けていた。

 瞳さんの事は禁忌として言ってはいけないような気がして、触れなかった。

 斎藤の顔を見ると、何も知らないかのように、白けた感じだ。

 あれは僕達をけしかけた目だ。

 でも証拠はない。

 はっきり言って殺してやりたいとも思ったが、それは出来ない。

 すごく悔しい。

 斎藤は何て陰険で下等な人間なんだろう。

 ふとテレビを見て、政治家たちが明かされた不正に対して、やっていないと言い切っている。

 そんなのを見ていると勘ぐり深くなり頭がおかしくなりそうだった。

 この日も盟に心配かけ、僕の布団に潜り込んでくるのだと思った。

 だから僕はそんな盟に涙なんか見せてはいけないと、こらえなくてはいけない。

 思った通り、盟は僕の布団に潜り込んできた。

 鬱陶しいからやめてと盟に言いたかったが、それは出来なかった。

 盟の気持ちを踏みにじりたくなかった。

 でも今日は我慢できずに涙を流してしまった。

 そんな僕に対して盟は、後ろから僕を抱きしめて来た。

 それでも涙は止まらず、ドバドバと流れ、僕は盟を思い切り抱きしめた。

 斎藤のような恐ろしい人間がいる事に恐怖で心が打ちひしがれそうになるが、こうして妹の盟が僕の事を心配してくれることを良い事に。

 こんな事誰にも言えない事だ。

 ここ数日気が付いたが、もし僕に妹が心配して僕の布団に潜り込んで心を癒してくれなかったら、僕は精神的に追い詰められ死んでいたかもしれない。

 

 次の日、僕と未来は職員室に呼ばれ、亡くなってしまった瞳さんの事に対して詰問されるように聞かれた。

「泉瞳さんが亡くなった前日、君たちは泉瞳さんに会ったって目撃証言があるが本当なのかね」

 その時、斎藤がいて、ちらりとその目を向けると、黙ってこちらに目を向けていた。

 僕達の様子をこっそり伺っているような感じだった。

 そこで僕は斎藤先生の話を聞いて泉瞳さんの様子を見に行ったと、斎藤にけしかけられた証拠はないが、その事で様子を見に行ったことを証言して少しでも身の潔白を証明させようとしたが、未来が、

「私達はそんな事をしていません。確かに泉瞳さんの訃報は残念な事だと思いますが、私達は泉瞳さんとは何の関係もありません」

 と嘘の証言をした。

 ここでちらりと斎藤の方を見ると、何事もなかったように机の上に座って黙っていた。

 担任は未来の言っている事は信じてくれたみたいだ。

 未来は学校では先生からも人望も厚いから信頼されている。

 担任は未来と僕に対して「疑って悪かったな」と言って職員室を後にした。

 未来があんな嘘をつくなんて、正直らしくないと思ったが、やっぱり生きていくにはそういったずるい心も持ち合わせていなければいけないと感じた。

 だから僕はそんな未来に何て言ったらいいのか分からず、ずっと黙っていた。

 未来もあんな嘘をつきたくないと思っているだろう。でも仕方がない。


 授業が終わり、部活に行く途中、斎藤が僕達の前に現れ、威圧的な目で見られた。

 それは言葉には出していないが嘘はつくなと言わんばかりの目で。

 未来は平然としていたが、僕は少々狼狽えた。

 いつものように未来は相談部に来る人たちに対して、何事もなかったように相談を受けていたが、僕は斎藤に威圧的な視線を植え付けられ狼狽えた自分を隠していた。

 みっともなくも心の中で妹の盟の事を思ってしまう。

 誰かの優しさでこの心に巣くっている先ほどの斎藤に威圧的に見られた心の呪縛から救われたいと思っていた。

 未来も仕方がないと思っているかもしれないけど、僕達は斎藤にけしかけられたとはいえ、瞳さんを自殺に追い込んでしまった。

 これは未来のせい何じゃないかと思えてきた。

 未来が余計な事をしなければ、瞳さんを自殺に追い込むような事はなかった。

 この場で未来を糾弾したいと思ったが、今は相談の人たちがいるので出来なかった。

 そこで僕は相談に来る人たちの顔を一人一人見ていた。

 未来に打ち明ける時は悩まし気な表情をしているが、未来に打ち明けた後、その相談した人はほっこりとした表情で「ありがとう」と言って去っていくのだ。

 いつもの光景だが、未来のせいとは言え未来を糾弾してはいけないと思った。

 未来だって完璧な人間じゃない。だから斎藤にけしかけられたとはいえ瞳さんを自殺に追い込んでしまうような時もあるのかもしれない。

 でもそれは許されない事だ。

 でも未来は瞳さんを助けるために神経科の病院に侵入して瞳さんと斎藤先生の為に一歩踏み出せる勇気を、その背中を押してあげたいと思ったのだ。

 そんな優しさを利用して斎藤は。

 ふと部室から廊下の方を見ると、斎藤がいて、僕に威圧的な視線を送りつけて来た。

 だから僕も威圧的な視線を斎藤に向ける。

 お前は罪には問われないだろうが、お前のやった事は最低でえげつない行為だと訴えるかのように。

 しばらくにらみ合い、その威圧的な視線に圧倒されて、尻込みしそうになったが、それでも僕は負けてはいけないと思って目をそらさなかった。

 すると斎藤はその視線をそらしてどこかに行ってしまった。

 斎藤は僕に目で罪を糾弾して精神的に追い詰めようとしているのが分かった。

 気が付けば僕はよほど動揺して妙な汗をかいていた。

 未来は何事もなかったようにいつものように相談を受けている。

 僕は未来が恋しくも思ってしまった。

 誰にも言えないが未来に思い切り甘えたいとも思うバカな自分を必死に自重するしかなかった。

 

 部屋に戻って一人で考え事をすると斎藤のあの威圧的な視線が、強迫観念としてもだえ苦しむ。

 布団に潜り込んで一人になりたくなかった。

 いつものように盟が僕の布団に潜り込んできてくれることを期待した。

 期待通り盟は僕の布団に潜り込んできた。

 僕はそんな盟をすかさず抱きしめた。

「お兄ちゃん。苦しいよ」

「・・・」

 僕は情けなくも盟の胸元に顔を埋めて涙を流していた。

 それに嗚咽までも漏らしてしまう。

「お兄ちゃん。どうしたの?」

「お兄ちゃんは人を殺してしまったんだ」

「・・・」

 絶句するような感じで黙り込む盟。

 僕は涙が止まらなかった。

 高校生になって、妹にこんな事をされているなんて知られたら、僕は生きていけない程の恥ずかしさにショックを受けるだろう。

 でももう何でもいい。この苦しみから解放してくれるのは盟の抱擁しかない。そして盟は言った。

「盟はお兄ちゃんの薬箱だから」

 と。


 朝目覚めて、苦しい気持ちから解放されていた。

 でも斎藤の強迫観念から逃れたわけじゃない。

 でも今日も何とか行けそうな感じがした。


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