下品な二人
学校に戻った時、僕と未来は職員室に呼ばれて、教育指導の須藤先生に、「成績が良いから何をしても言い訳じゃないだぞ」と思い切り叱られてしまった。
それでどうしていきなり早退なんかしたんだ。
と言う問いに、こんな事誰に話しても仕方がないことで、言葉に迷っていると、未来が、「二人で海に行きたくなったんです」
そんな身勝手なことは火に油で、須藤先生は怒りを通り越して、笑顔で、
「今度そんな身勝手な事をしたら、謹慎処分にするからね」
とりあえず、僕と未来は須藤先生、それと僕たちのそれぞれの担任に誠意を込めて謝っておいた。
その時、斉藤の邪心に満ちた視線を感じた。
だが僕はもう怖くなかった。
未来の言う通り、独りよがりの憎しみほどこの世に怖いものはない。
斉藤はまた何か僕たちにやってくると思うが、その時は二度と教鞭がふるえない程の体にしてやると密かに思っている。
でも未来はそんな斉藤でも助けたいって言うか、その間違った考え方から一歩踏み出せる勇気を身につけ、どんな言い回しでも未来は助けたいんだ。
そこが未来と僕との心の齟齬だ。
でも僕は未来の気持ちは大切にしたい。
だから未来も僕の気持ちを大切にしてほしい。
本当に恋人同士なら、そうして行きたい。
それに斉藤は理科と何かしら、関係を持っている。斉藤は独りよがりの憎しみをぶつけるために、理科に加担している。
そして新たに感じた。
違和感は学校だけじゃなく、学校外でも、外でも極端に言ってしまえば世界中に感じてきた。
その事を未来に言うと、未来も同じで、次から次へといったい何が起こっているのかと思って、まるで世界中に僕たちが監視された感じになってしまう。
まさに八方ふさがり。
犯人は理科だ。
本当に気をつけた方が良いのはこれからだ。
まるで僕たち二人を弄んで入るみたいに思えて、気がおかしくなりそうだ。
でも相談部に行き、気のせいかと思うくらいにいつも通りだった。
僕たちがいきなり早退したことを心配されもしたが、別に何でもないとその心配してくれた気持ちだけ受け取り、この見えない何かと戦う勇気に転換させる。
学校帰りに外に出て妙な違和感は止まらない。
世の中に疑心暗鬼という言葉がある。
まさにそうかもしれない。
僕は神経質になっているのか?
精神的にまいって立ちくらみがして、未来が、
「巧、確かに学校の外からも気配は感じるけど、そこまで神経質になる必要はないわ」
「そうか」
未来にそういわれて少しだけ気持ちが楽になった。そして未来は、
「理科の事もあるし、今日は巧の家に泊まらせてもらうわ」
突然の事で気持ちがあたふたとしたが、今はそうした方が良いかもしれない。
気のせいなら気のせいだと思いたいが、僕たちは誰かに見られている気配を感じる。
商店街を歩いていて、まるで通りすがりの人が神出鬼没のように突然襲ってくるんじゃないかと錯覚まで起こしそうだが、近くに未来がいて、その抑制になっているのだろう。
横目で未来の方を見ると、未来は毅然とした面もちで歩く前を向いている。
僕の視線に気がつき、『どうしたの?』と言うような目で見られて、僕は『何でもない』と言わんばかりに未来と同じように毅然とした気持ちを心がけた。
そうだよ。未来は毅然と振る舞っているのに、僕としたことが情けないと言うより、もっと未来を信じる事を心がけるべきだと思った。
相変わらず理科の憎しみを感じる。
家に戻り、盟がスタスタと玄関まで駆け寄り、「おかえり」と言ってくれる。
ただそれだけで、憎しみにかられている僕の気持ちが解放される。
「ただいま」
と僕は言う。
盟は未来が泊まりに来る事に、案の定大喜びだった。相変わらず盟はミィミィを大事そうに抱いている。
未来はいったん自分の家に戻り、それから僕の家に泊まりに来た。
盟はそんな未来に抱きつき「未来お姉ちゃん」と二人はまるで仲のいい姉妹のように感じる。
今日は母親も父親も働きに出ているので、食事は僕らで作ることになった。
盟は三人で買い物に行こうと提案したが、盟を何かしらに巻き込むかもしれないので、未来と僕で相談してやめておいた。
盟が真っ暗な闇に包まれる事を考えると僕は気が気でなくなる。
とりあえず料理は家の冷蔵庫にある物を使うことになった。
盟はいつも母親の料理の手伝いをしているので料理が得意だ。
未来は料理なんかした事がないので料理の仕方さえ分からないので包丁の持ち方も分からない。
そんな未来が見栄を張って盟の前でカッコつけてから、「出来ないなら出来ないと正直に言えばいいのに」何て盟に言われてそんな光景を見て、理科の憎しみを忘れて幸せを感じたりもする。
盟は未来に料理を教えて、三人で作ると言ったけど、僕は離れて二人のやりとりを見つめていた。
幸せは一人では決してなれないと改めて思うことだった。
でもこの幸せを脅かそうとしている者がすぐそこまで近づいている。
理科だと言う事は分かった。
そこで分かったが理科は独りぼっちなのだと。
未来は言っていた。独りよがりの憎しみほど弱い物はない。
理科も斉藤と同じように自滅するんじゃないか。
でも自滅はするけど、その代償に誰かが傷つき、下手をすれば永遠の闇に葬られる事も考えられる。
でも僕はそうはさせない。未来も同じだ。
それと僕は理科に謝らなければいけない。
これは人として。
そして出来れば、理科に未来と僕の思いを伝えたい。
手遅れになる前に、僕と未来は目の前に迫っている理科の憎しみの暴走を止めなくてはいけない。
だからと言って焦ってはいけない。
今、こうして未来と盟のやりとりを見て、この幸せを感じていればいい。
このように心にゆとりを持つことも大事だと思っている。
この心のゆとりを保つことは今こうして、未来と盟と心通じあえる人が側に入ることで保たれる。
もし僕一人で、この問題に直面していたら、我を忘れ無謀に立ち向かい、命を失っていたかもしれない。
そう思うと僕は以前簡単に命を投げ出すような事を言っていたが、とんでもない事に改めて気がつく。
憎しみに翻弄される事はまさに悪魔に魂を売る行為だ。
その代償は魂を売った悪魔に慟哭を強いられ、永遠の闇へと消えていく。
色々と考え巡らしていると、
「巧」
未来の声に我に返り、
「どうした?」
「さっきから呼んだよ」
「ゴメン」
未来の目を見ると、今は僕たちに差し迫った問題のことを忘れて、盟との時間を楽しもうと輝いた目をしていた。
だから僕も便乗して、最初はあまりみんなに心配させまいと、盟と未来の明るい話に合わせて明るく振る舞ったが、次第に心の底から楽しくなってきて三人で食事を楽しんだ。
メニューは冷蔵庫にあった有り合わせの材料で作った豚駒の焼き肉にサラダ、お豆腐だった。
豚駒の焼き肉とサラダは盟が作り、お豆腐は未来が切ったみたいだ。
盟が作った料理は、どれも見た目も味もうまかったが、未来が切ったお豆腐はぐちゃぐちゃで、見た目は最悪だが、味はまあまあだった。
何て未来に「妹に料理を教われば」とけたけた笑っていると、盟が「未来お姉ちゃんを悪く言わないで」と本気で怒り、僕はとりあえず「ゴメン」と謝っておいた。
食事が終わり、それぞれお風呂に入り、盟の部屋でトランプなんかして遊んだ。
本当に楽しかった。
問題は寝るときだった。
盟が提案して、盟は僕と未来に間に眠りたいと言ってきたので、僕はちょっと抵抗があったが別に大した事はないと言うとおりにしてあげた。
まあ僕と未来はつき合っているんだし、盟も僕と未来がつき合っているのも知っているし、盟はいつまでも僕達がつきあい続け、幸せになってほしいと切に願っている。
時計は十時を回り、
「電気消すよ」
と僕は言って消した。
僕と未来の間で妹の盟は健やかな表情で眠っている。
「巧」
僕の名を呼ぶ未来。
「どうしたの?」
「私の気のせいかもしれないけど、やっぱり感じるわ」
未来の言う通り僕も感じる。
そして僕と未来は話し合った。
この件に関して、僕と未来以外誰も巻き込むわけにはいかない。
もう不穏な気配がこの部屋まで感じてきた。
これは気のせいではない。
スマホで何かを検索しようとすると、ウイルスか何か分からないが、すべてのデーターが消えていた。
通話を試して見たが、通話できない。
未来のボタン一つの携帯は何とかつながる。
通信手段はこの未来の二世代前の携帯が頼りだ。これはGPS探知はされないだろう。
僕は未来の目を見て言う。
「どうやら僕達はここにいてはいけないみたいだね」
「今はね。ゴメンね巧、巻き込んじゃって」
「今更何を言うんだよ」
すると未来は笑って、
「今回ばかりは本当にヤバいよ。極端な話、世界中が敵だと言っても過言じゃないわ」
「でも僕達は間違った事はしていない。きっと解決策はある」
「そうね。巧の言う通りね。諦めちゃダメだよね」
未来らしくないが半分諦めていたような感じだった。
未来が弱気になるほど、今回の件は本当にヤバい。
僕たちは狙われている。
明け方僕と未来は少し眠って、共に外に出た。
僕と未来は決心したんだ。
理科の憎しみが狙っているのは僕と未来だ。
僕達に関われば、命を落とすかも知れない。
でも不思議と僕は怖くなかった。未来がついているからだ。未来も同じだと思う。
僕たち二人なら何も怖くない。
やはり外でも不穏な気配は感じる。
手がかりがないが、未来が言う分からない時は直感で行動するしかない。
早朝の商店街を歩いて、不気味にもカラス達が泣きながら、ゴミを漁り漂っていた。
気配は薄まっている。
でも迂闊に動かない方が良いと感じる。
とにかく手がかりのありそうな所を手当たり二人で思案して探す。
そんな時、未来の携帯が鳴り響いた。
「誰からだ」
僕が聞く。
「分からない」
着信画面を見ると非通知と記されている。とにかく未来は、
「はい」
と出る。
誰からなのか?携帯を耳に当て、未来の顔が青ざめる。
未来は通話口に耳を当て何を聞いているのか?黙っている。
そして通話は終わったのか、未来が携帯の電源を切り、
「理科だった」
と淡々と答える。僕は気が気でなく、
「何て言っていたの?」
「・・・」
未来は黙って正面を見つめ、その先に目を向けると、素行の悪そうな、不穏そのものと言っても過言じゃない連中男二人が僕たちの前に姿を現し、こちらに向かってくる。そして未来は、
「こちらから出向かなくても、あちらから招いてくれるそうよ」
「水島未来さんと相沢巧さんですよね」
敬語を使っているが、憎たらしくガムを噛みながら、しゃべる態度に苛立ちを覚える。
僕と未来は黙って頷く。
「細沼理科さんからのあなた達を招くようにと言われてきましたが、ご同行願いますよね」
そこで僕が、
「僕達は逃げも隠れもしない」
すると二人は下品にも大笑いをする。
「バカなほどの熱い奴と聞いたが、まさかこれほどまでとはな」
僕はムカついてぶんなぐってやろうとしたが、未来が、
「軽い挑発よ。熱くなってはダメ。とにかく落ち着いて」
確かに未来の言う通り軽い挑発だ。
物事に対して熱くなってはダメ。熱くなって焦ったら冷静な判断が出来なくなる。
僕たちは黙って二人について行く。
白いワゴン車が連中二人の車で、僕たちを乗れと促され、頭に強い衝撃に意識がもうろうとして、
憎しみは憎しみしか生まない。
理科は承知でそれをやっているのだ。
独りよがりの憎しみは、いつか自分を自滅させてしまう。
でも彼女を止める者は理科の側には存在しないのだろう。
だから僕は友達でもあり、その時の謝罪を込めて僕と未来は伝えたい。
理科はあの一件以来、とてつもない程のひどい目に遭ってしまい、その心を黒く染めてしまった。
それが見えもしないし聞こえないけど、僕と未来は感じていた。
そしてもう目の前まで理科が僕たちを招いている。
本人は気がついていないが、自分を悲劇の人間にたとえて美化して正当化しているが、それはただの小さな子供が誰にもかまってくれないから、稚拙ないたずら心から僕たちを追いつめたりするのだ。
でもそのいたずらは許されない事だ。
理科はそれを許されない事だとは思っていないだろう。
でもこの思いが届くなら、理科に伝えたい。
僕と未来は戦わない。でも逃げたりはしない。
理科に自分のやっている事がどれだけ人を傷つけているのかを。
確かに発端は僕たちかもしれない。
だったら僕はこの思いを理科の心に諭したい。
そして理科にも幸せになってもらいたい。
その憎しみのふちから一歩踏み出せる勇気を未来と考え、その背中を押してあげたい。