理科
とりあえずベンチに座り、近くの自販機でお茶を二つ買って一つ未来に差し出した。
未来は受け取ったが黙って木更津先輩にどうしたら良いか考えているのだろう。
だから僕はこうして見守るしかなかった。
未来の顔を横目で見てみると、未来は目を閉じて相変わらず考えている。
空が青く、雲が一つ流れている。
公園には誰もおらず、考え事をするにはもってこいの場所だ。
ここは未来を信じることにする。
しばらくして未来は突然立ち上がり、
「巧、一歩踏み出しに行くよ」
未来は、その大きな瞳を輝かせ僕に告げる。
ここで僕は未来と、つきあった事を後悔しそうになった。
木更津先輩の家に電話をしても出ないし、インターホンに呼び出しても出てこない。オートロック式のドアをすり抜けは出来たものの、木更津先輩の部屋にドアをたたいても出てこなかった。
なので、このままでは木更津先輩が心を完全に閉ざしてしまう。
少し様子を見た方が良いと提案したが、未来は言う。
「木更津先輩は私にしか心を開く人がいない事を私が良く知っている。それに木更津先輩はきっと誰かに何かを吹き込まれ、万引きの犯行に至った。とにかく木更津先輩の気持ちを確かめに行きたい」
言い出したら聞かないのが未来だ。
でも、未来は軽率に物事を考える女じゃない。
本当によく考え、木更津先輩の事を思って最大限の事をしようと意気込んでいる。
だから未来の事を信じて行きたいと僕も意気揚々と片腕をあげたいところだが、未来とつき合うのは命がけだ。
その作戦だが、
『木更津先輩の気持ちを確かめ、笑顔を届けに行こう』
木更津先輩の知人や先生に聞いて見たところ、木更津先輩の本当の素顔を知る者はいなかった。
そして夜。
部屋にこもった木更津先輩の部屋に強引に入ろうと未来が提案。
木更津先輩の部屋は四階で、マンションの見取り図をネットで調べたところ、この作戦しかなかったのだ。
オートロック式のドアはすり抜けは出来るが、肝心の部屋には入ることは出来ない。
だからベランダから進入して、木更津先輩の気持ちを確かめに行く。
その方法だが、ベランダに続く配水管のパイプを辿ってベランダに進入するのだ。
その配水管だが、建物の外に取り付けられていて、木更津先輩の部屋は四階で落ちたら怪我は必須、下手をしたら命を失うかもしれない。
そんな無茶な事を僕に頼む。
未来は「だったら私がやる」と言い出したが、未来に怪我はさせたくないので僕が申し出たら、まさにダチョウクラブのコントのように手を差し伸べ、「どうぞどうぞ」と言った感じで引き受けることになってしまった。
未来とつき合うのに後悔の念もあるが、仕方がない。
でも未来は本気で木更津先輩の気持ちを確かめ、その一歩踏み出せる勇気を促したいのだ。
それは僕の命を懸けてもだ。
とにかく引き受けてしまった以上やるしかない。
警備員が見回りをしている目を盗んでそれを実行した。
配水管のパイプを腹這いの状態で辿り、下を見ると、四階の高さから見下ろして僕はおののいたが、とにかく木更津先輩の為だと思って、下を見ないで辿った。
そしてベランダに辿りついた。
運良く誰も僕たちを見ていない。
泥棒と思われたら、それは仕方のない事だ。
ベランダにたどり着き、カーテンは閉まっていて、ドアを開けると鍵はかかっておらず、中にすんなりと入る事が出来た。
中は真っ暗だが人の気配は感じられる。
「木更津先輩」
と小声で言ったが反応はなかった。
僕が進入した事に木更津先輩は気がついていないみたいだ。
とにかくここは未来の出番だと思って、中に進入して中から木更津先輩の部屋の鍵を開け、未来を中に入れた。
「遅かったじゃない」
ちょっと何か切れた感じで、ここはねぎらいの言葉を僕に述べるべきなんじゃないかと思ったが、今は夜中だし、この件については後で未来に言ってやる。
未来はゆっくりと靴を脱ぎ、中へと入っていく。
この部屋に木更津先輩はいる。
未来も感じている。
ここで僕たちがいきなり現れたら、木更津先輩はパニックになり大声を出して、騒ぎになりかねない。
その事も視野に入れておかないと、いけないだろう。
そして中に入った。
「誰?」
驚く木更津先輩の声が響いた。
「木更津先輩」
と未来の優しい声を聞くと、木更津先輩は、
「未来」
と何か安堵したような口調でその名を呼ぶ。だが木更津先輩は、
「私はあなたに会わせる顔なんてない」
顔を見られたくないあまり、その顔を手で必死で隠す。
「木更津先輩」
穏やかな声で未来は木更津先輩の元へと近づく。
「来ないで。私は醜いの」
そういって全身を隠すようにうずくまる。
「木更津先輩は醜くない。だったら、そんなに自分をせめて傷ついたりしない」
「私の事はほおっておいて」
「木更津先輩、私はあなたのゴミ箱って言ったじゃないですか。その心に鬱積したゴミをいつものようにぶつけてみても良いんじゃないですか?」
そして木更津先輩は嗚咽を漏らして泣いてしまった。
未来は、そのうずくまった木更津先輩に寄り添って抱きしめた。
木更津先輩もそんな未来に観念したかのように甘えた。
そんな未来を見つめて僕は思った。
未来は聖母のような存在何じゃないかって。
僕は危険を冒してまで、未来に協力して良かったと僕は本気で思えた。
僕は未来を信じていい。だから未来も僕の事を信じている。
木更津先輩の涙が落ち着いた頃、木更津先輩は話してくれた。
どうやら斉藤に言われたらしい。
『君は自分から変わろうとしないで、甘えてばかり入ると』
そう言われて。木更津先輩は未来にグチをこぼす事をやめ、自分から突き進まなくてはいけないと思ったみたいだ。
でも未来にグチをこぼす事が出来なくなった木更津先輩は、周りに気を使いすぎて、心が疲弊して、万引きに走り、謹慎処分になってしまった。
木更津先輩には周りにたくさんの友達に囲まれているようだが、実を言うと、木更津先輩は未来しか、その気持ちを打ち明ける人がいないのだ。
優しい木更津先輩はどんな人でも拒まず、その人当たりの良い笑顔で対応してくれる。
もし木更津先輩に未来がいなかったら、永遠の闇に葬られていたかもしれない。
そして未来は言った。
「木更津先輩は甘えてはいない。
私が木更津先輩のゴミ箱になったのは、木更津先輩が頑張って必死になって、生徒会長としての責務を全うして誰かの為に尽くしている。
もし木更津先輩がただ甘えただけで何もしないような人だったら、私は木更津先輩のゴミ箱になろうなんて思わなかったわ」
「でも斉藤先生の言ったことは間違いではないような気がする」
「確かにそうかも知れないけど、一人で誰にも相談もなしに、解決させるなんて出来ない事よ」
「未来」
「私はそれまで木更津先輩のゴミ箱で良いから」
その後、木更津先輩は嗚咽を漏らして未来に抱きついて泣いてしまった。
一件落着と言ったところか、木更津先輩は謹慎処分がすんだら登校すると。
この先に木更津先輩には色々な困難があるだろうが、木更津先輩には未来という理解者がいる。
だからここは未来を信じる事にする。
それよりも斉藤が木更津先輩に言い掛けたのは明らかに悪意のある行為だと僕は思う。
未来もきっと感じている。
帰り道、それぞれの帰路の分かれ道にたどり着き、僕は、
「斉藤の事だけど、何か手を打たないといけないんじゃない?」
すると未来は空に輝く満月を見上げ淡々と言う。
「斉藤先生の事だけど、心配は入らないわ」
「どうして」
「斉藤先生は自滅するからよ」
未来にそう言われて、納得した。続けて、
「斉藤先生は、私たちに復讐でこのような事をしている。それで木更津先輩に吹き込み、木更津先輩は危うく道を踏み外しそうになった。その他にも斉藤先生は私達の大切な者を壊そうとしてくるわ。
でも斉藤先生に待っているのは、誰も信じてくれず、しまいには自分さえも信じられなくなる心の病にかかり永遠の闇に葬られるわ」
そういって未来は僕の目を見る。
その目を見て僕は感じた。
斉藤を助けるのだと。
僕が分かったと言わんばかりにその唇をつり上げて、
「一歩踏み出しに行くんだろ」
すると未来は僕に人差し指を突きつけ、
「そう。でも一つ勘違いしないで」
「エッ?」
疑問の声を漏らす。
「私は斉藤先生に一言言うべき事を言うだけ、私が救うとかそんな大それた事は一度もしたことがないわ。誰一人私は人を救うなんて言っていない。私が私であるために斉藤先生の、その背中を押してあげたいだけよ」
未来は言っているが、考えて見れば、未来に関わった人間が路頭に迷ったことは一度もなかった。
未来、君は救うとか大それた事をしていないと自分では言っているが、充分救っているんだよ。
僕も木更津先輩も、それに未来に相談に来た人すべて。
でも未来は救うとか、そんな傲慢な事は思っていないみたいだ。
未来は相談に来る人すべてに謙虚な姿勢を保って接している。
次の日、学校では、斉藤の何かに包まれ、僕と未来だけが孤立した感じがしている。
未来と登校して、無性に何か怖くなったりする。
何て思って未来と登校すると、未来は僕の手をぎゅっと握りしめつないだ。
未来の目を見ると、
「巧、行きましょ」
「ああ」
返事をして僕はその足を進める。
学校で何か異変が起きている。
まるで僕と未来との戦いのような気がしている。
でも僕は一人じゃない。
未来も一人じゃない。
人間は一人では立ち上がれない。でも二人なら。
クラスに入ると、クラスメイト達はいつもの会話をしている。
別に嫌がらせをされている訳じゃない。
いつものようにクラスメイトは『おはよう』の挨拶を僕にくれる。
でも何だろう。何か僕の心が呪われた感じで何か嫌な感じだ。
斉藤なのか?
目眩がしてきた。
そんな僕に、
「大丈夫相沢君。顔色悪いけど」
クラスメイトの西垣さんが心配してくれた。
「大丈夫だよ」
あまり周りに心配かけてはいけないと思ってそう言った。
「無理しないでね」
「うん。ありがとう」
と、気にかけてくれた事は正直嬉しかったのでお礼を言っておく。
クラスメイトが悪いんじゃない。
クラスメイトはいつものクラスメイトだ。
でも何だろう。僕だけが孤立した感じがする。
心が壊れそうな時、僕の頭の中に未来の姿が浮かんだ。
そうだ。忘れていた。僕は一人じゃない。クラスは違うが未来も同じ気持ちを味わっているのかも知れない。
斉藤なのか?
誰かに相談した方が良いと思ったが・・・。
そういえば昨日、斉藤は自滅する未来は言っていた。
じゃあ安心・・・ではない。
それでも未来はそんな斉藤に一言言うと言っていた。
斉藤は自滅すると未来は言っていた。
じゃあほおって置けば良いんじゃないかと思ったが、未来はそれをしない。
そう思うと未来のお人好しには、つき合いきれないとやけを起こしたい気持ちに駆られたが、とりあえず落ち着く。
でも斉藤が自滅するなら、このクラスに入るだけのこの違和感は何だろうと僕は不思議に思う。
とにかくお昼休みに未来と会うから、それまで落ち着いて我慢するしかない。
授業中も集中できずに、僕はじっと我慢していた。
何度か先生に注意を受けたが、周りに心配かけないように、動揺を隠していた。
僕には未来がいる。未来には僕がいる。
そのように自分を言い聞かせた。
この違和感に耐えながら、お昼休みが来て、僕は即座に未来のクラスへと向かった。
この学校で周りすべてが敵に見えてしまう。
僕がどうかしているかも知れない。
だから一刻も早く未来の元へと駆けつける。
人間誰でもそうだが、一人で思い詰めるとろくな事がない。
だから、この気持ちを未来に伝え、共有したい。
未来のクラスに行き、未来の姿を目にした時、僕は安堵の吐息を漏らしつつ、
「未来」
と呼んだ。
未来と屋上に行き、僕は未来と入るだけで、ただ安心できた。
『寂しかった。怖かった』
と口には出さないが、僕は未来が隣にいるだけでもそれで良かった。
未来も口には出さないが、教室で何かしらの違和感を覚えて不安だったのが分かる。
「さっき斉藤先生を見かけたけど、私を見て、あざ笑うような目をしていた」
未来の話を聞いて僕は背筋が凍る程おののいた。
でも未来はそんな事も恐れる気すらせず、毅然としている。
続けて未来は、
「この学校に何か異変が起きているのは確かだけど、これだけは言える」
息を飲んで、その話の続きに耳を傾ける。
「ターゲットは私だわ」
「でも斉藤は自滅するって言っていたじゃないか」
「何か裏で操っている人物がいるかもしれない」
「それって。何か心当たりでもあるの?」
「・・・」
目を閉じて黙り込む未来。
心配だが、未来は話しかけるなと言う空気を醸しだし、遙か遠くの空を見上げた。
しばらく僕と未来との間に会話はなく、とりあえずお昼なので食事をいただくことにする。
食事の間も未来との会話はなく、おいしく食事をたしなむことが出来なかった。
食事が終わり、未来は、
「とにかく斉藤先生は自滅すると分かっているけど、木更津先輩をあのように追いつめた斉藤先生はまた私の相談者あるいは・・・」
僕に指を指して、
「私の一番近くにいる巧が危ないと言っても過言じゃない」
そういって未来は僕の目をじっと見つめる。
それは僕にこの件に関して、命を懸ける覚悟はあるかと言っているようにも思える。
迷いはなかった。
だから僕は未来の真摯に僕を見つめる目を真摯に見つめ返して、その覚悟を示した。
すると未来は笑って、
「巧、一度しか言わないから耳をかっぽじって良く聞きなさい」
「ああ」
未来の口元を見て、その声を聞く。
「私が私で入られるのは昔から巧がいるからなんだよ」
僕も未来の言葉に笑ってしまって、
「そんなの分かっているよ」
と。
そう分かっている。だからこうして僕は未来と交際しているんだ。
そして僕と未来の心は空のように一つになり、
「さあ、行くよ巧」
「うん」
お昼時間は終わり、午後の授業へと続く。
もうここは戦場なのかもしれない。
でもクラスは違うけど、僕には未来がいる未来には僕がいる。
午後からは未来と屋上で誓い合い、妙な違和感がしたけど、毅然とした態度を保てた。
未来は言っていた、この違和感の正体は表向きは斉藤が仕掛けた何かだけど、その裏に何かがあると。
あの時の未来の表情を思い出してみると、もうその人間が特定できている感じだった。
そこで僕は思うんだ。
未来と僕との歴史は長い。
だから僕もその人物が・・・。
そう思った時、全身に凍り付くほどのおののきにさらされた。
そして無性に怖くなってきた。
正直、未来に泣きつきたいぐらいの情けない気持ちさえ芽生えた。
未来と出会ったのは確か四歳の時だった。
未来達が遊んでいるのを羨ましそうに僕は見ていた。
毎日、毎日、僕は公園の大きな木に隠れながら、未来達が遊んでいるのを遠くで見ていた。
みんなとあんな風に遊べたら、どんなに楽しいだろうといつも想像を膨らませながら見ていた。今日は鬼ごっこ、その次の日は、かくれんぼ。僕はみんなが遊んでいる姿を、家に帰ってクレヨンで描いて一人で楽しんでいた。
特にあの一番中心的な人物の、みんなが未来ちゃんと言っていた女の子。そんな女の子に注目してしまう。
そして次の日、いつもの公園に行ったら、誰もいなかった。
今日はいないのかな?
しょんぼりして帰ろうとすると、いきなり公園の外から僕をめがけて、みんな走ってきた。
驚いて僕はとっさにみんなから逃げた。
何が起こったのだろうと僕は不安になり、ただひたすら逃げた。
みんなが「待てー」とか「その子をつかまえろ」とか言っていることに次第に僕にかまっているんだなと嬉しく思い、それがきっかけで未来とみんなと知り合うことが出来たのだ。
それからみんなと遊んで毎日が楽しかった。
眠る時、明日みんなと何をして遊ぶのか?思いを膨らませる事だけで幸せな気持ちになれた。
みんなで鬼ごっこをしたりと、かくれんぼしたりと。
みんなの中でのリーダー的な存在は未来で、僕たちをまとめてくれた。
未来がいたからみんな楽しく遊べた。
時には喧嘩や諍いもあったけど、未来がそれを沈めてくれた。
気の弱い僕をいじめる連中に対して追っ払ってくれた事もあった。
体の大きい小学生が相手でも、未来は僕を守ってくれた。
未来が入れば僕は安心していられる。
未来は僕を守ってくれる。
幼稚園もお母さんに頼んで未来と一緒の幼稚園が良いと僕は懇願したりした。
幼稚園では未来と一緒にいると、みんなにからかわれたりもした。
でも僕はあまり気にしなかった。
それは未来がいたから。
そんないじめっ子に対しても未来は僕を守ってくれた。
それで何だろう。
未来と他に誰か僕と未来の側に人がいる。
未来と僕ともう一人。
あのみんなとの遊びの場で、同じ仲の良かった女の子。
僕達は三人だったんだな。
もう一人って誰だっけ?
あれ?未来が泣いている。
やめて。
そんな未来を見ていると僕は・・・。
僕は叫んだと同時に僕は目覚めたみたいだ。
「巧」
未来の声がして、未来は僕が眠っていたベットの横から身を乗り出して僕を心配そうに見つめていた。
「僕はどうして?」
「先生から聞いて授業中に発狂して叫んで気絶したみたいだよ」
「心配かけてごめん」
すると未来は、
「まあ、少し心配だったけど、どうしたのか話してくれないかな?」
僕は話さなくてはいけないだろう。
でもどこから説明すれば良いのか分からず、とりあえず。
「昔の事を思い出して」
そこで未来はピンと来た感じで何か心当たりがあるように思えた。
そして未来は僕の目を見て、僕の手を握った。
「何?」
「巧、勇気を出して」
何が勇気なのかいきなり突拍子もないように思えたが、未来がそんな事を言う女じゃないことは僕が良く知っている。
勇気。
勇気。
・・・・・。
その言葉を反芻すると、恐ろしいほどの恐怖が僕の脳裏に襲いかかろうとしていて、僕がそこから逃げようと手を握っている未来の手をふりほどこうとしたが、未来は僕の手を思い切り掴んで離そうとしなかった。
「やめろー」
僕は叫び、僕は暴れた。
「巧」
それでも未来は僕の手を掴み、離そうとしなかった。
僕は一人になりたかった。
もう大切な人である未来の事なんてどうでもいいと思ってしまった。
「巧」
それでも未来は僕の手を離そうとせず、女性である未来にどこにこんな力があるのかと思うくらいのすごい力だ。
それで僕は未来に欲情してしまった。
か弱い女性である未来を良いことに、ベットに引きづりこんで押し倒した。
未来は抵抗はしなかった。
そういえば未来は言っていた。
巧がその気があればいつでも言ってと。
その言葉が頭に思い浮かんで未来としようとしたが、未来の表情を見ると悲しそうな顔をしていた。
「どうしてそんな悲しい顔をするんだよ」
と叫び、未来の瞳から透明な涙があふれ出て、恐ろしい程の恐怖にかられそうになった。
僕はベットから飛び降りて、逃げようとしたが、未来がそんな僕を抱きしめ、
「巧、逃げちゃダメ。ここで向き合わなくてはこの件は解決しない」
未来の言葉に激しい葛藤が僕に襲いかかるように駆けめぐった。
未来は知っているんだ。
僕が恐れている事を。
未来は勇気を出して、それに向き合えと僕に言っている。
恐怖のどん底に落とされたかのごとく、目の前が真っ暗に染まった。
怖い。逃げたい。やめて。未来から離れたい。
未来の言うとおり、ここでこの目の前にある恐怖と向き合わなくてはいけない気がする。
目の前が真っ暗だ。
でも僕の体に未来の暖かい包容を肌で感じている。
目の前の現実を見るのか?それとも逃げるのか?
目の前の現実に目を向けるにはあまりにも恐ろしい事で僕は立ち向かう勇気がない。
でも逃げることは簡単だが、それで大事な者を失いそうで怖い。
まさにジレンマと言う奴か?どちらに選ぶにしても恐怖からは、いや自分からは逃げられない。
だから僕は激しい葛藤の中、僕を抱きしめる未来を抱きしめ、その力を借りた。
未来の温もりを感じていると、底知れぬ勇気がわき起こってくる。
そうだ。僕は未来に約束したんだ。
どんな事があっても、この手を離してはいけないと。
それは未来が未来であるためであり、僕が僕であり続けるために。
未来の顔を見つめて、その涙を見てみると、ふつふつと底知れぬ恐怖が脳裏に駆けめぐろうとしている。
でももう僕は怖くない。
この押し寄せる恐怖を僕一人では拭うことは出来ないだろう。
だったら未来となら。
僕は未来の温もりを感じて、その恐怖を振り払い閉ざされた扉を開いた。
そう僕と未来と・・・理科は小学校まで、時が過ぎても変わりゆく時の中で変わらない友情を保っていけたのだ。