(Ⅱ)遥かなる北国の地へ
意識を奪われ僕に襲い掛かってきた人達の一命は取り留めたけど、やはりそれ以前の記憶は無いらしい。一体誰が?何のために?今回の出来事が僕狙いなら犯人の目星は突きそうだ……けど、ありえない。そいつは僕をニヤリとした顔で見て、また会おうと囁いてきた奴だ。
そんな奴がこんなにもまどろっこしい手法を取るはずが無い。きっと、イスカリアの部下らしき人物だろう。まだ確証を得られていないから、明言は出来ないけど。
「エイジ、顔が暗いけど大丈夫?昨日の事で無理しているなら、もう1日休んだら?」
僕の些細な違和感に気づいたスノウは歩こうとする僕の右腕を片手で掴んで心配をしてくれる。確かに昨日の不可思議な現場を見てしまっていたおかげで随分と疲れてしまったけれど、スノウに心配を掛けさせないようにしておこう。
「大丈夫。今日から行かないと駄目だから、行かせてもらうよ」
本日から、クロノス聖団へと赴く事になる。本来なら昨日の夕方にはユニバース王国から離れていなければならなかったのだけど……緊急時という事もあったので、カーネル大差に事情を話して1日だけ延ばしてもらう事にした。だから、このままユニバース王国にいる訳にはいかない。
「しばらくはユニバース王国に来れないけど、何かあったらメールとかで連絡して。すぐに駆けつけるから」
「エイジ、何度も言うけど無理は絶対にしないでね」
「うん、分かったよ」
病院の玄関先でスノウと名残惜しく別れた僕は桜が咲き誇る一本道を歩いていく。ここから徒歩で駅まで歩くと40分掛かる。
「待ちくたびれました。随分と掛かりましたね」
一本道の途中にある木製のベンチで寝転がっていたクレインは僕を見つけるや否やのすぐに近づいてきた。どうやらクレインはベンチでポカポカと寝ていたみたい。
「今から、クロノス聖団だと時間が掛かるような気がしますが」
「何とかなるんじゃないかな。乗り物とか拾って、駅まで移動していけば。請求書は時間がある時に提出すれば良いし」
「そうですか。エイジがそう言うなら、私は黙って従う事にします」
クレイン……初めて邂逅して翌日に名付けた名前。そういえば、クレインとの最初の出会いは偶然と見せ掛けた必然的な出会いだった。彼女は僕が大会で古びた剣を賢明に振って、心の中で強く願っていたら燃え上がる紅の剣と形を替えていった。
それからは彼女と力を合わせて、全ての王国を滅ばさんとするキングと戦う事になる。だけど、戦っていく内にクレインから僕が人殺しと呼ばれる原因になったレーナの存在を知る。
彼女こそがクレインを作り上げて僕の手元に渡るように画策したのだ。結果的にまんまと手のひらで踊らされる事になったけど、最終的にはクレインとこうして気さくに話し合える仲になったのだから、別に良かったと思っている。
「エイジ、拾いました。これに乗りましょう」
早っ!もう拾ったの!?
「エイジの言った手段は有効です。なら早急的に可及的速やかに拾い上げるのは必然と言えます」
クレインが拾ってくれたタクシーに乗り込んで運転手に行き先を告げると、運転手はアクセルを軽く踏んで発車した。
2年前は馬車などが多くあったユニバース王国も王女の意向によって近代化しているようだ。
「お客様、到着しました。代金はどうしますか?」
車を15分走らせると目的地であるユニバース駅に到着。僕は財布から代金を支払って、領収書を受け取る。
ここからはクロノス聖団本部に近い駅へと向かう。まだ到着には時間が掛かるから周りの迷惑にならないように通路で連絡を入れておこう。
「もしもし、この音は電車かな。あとどれくらいで到着するんだい?」
連絡に繋いだ電話主はカーネル大佐で二年前に僕とスノウを一時的にクロノス聖団へと加入させた人物だ。当初、誘いを断っていたけどカーネル大佐の強い意志に惹かれて承諾した。
今はカーネル大佐の下でクロノス聖団の一員として世界の平和を守る活動をしている……と同時にイスカリアを始めた使徒の存在を追っている。
「まだ当分着きそうに無いかと……」
「そうか、じゃあ着いたら連絡頼むよ。ちょっと今日から向かってもらいたい国があるからね~」
向かってもらいたいという事は出張に近い感じか。僕って結構忙しいんだな。
「分かりました。到着次第連絡します」
電話を切ってから、流れてくる車窓を見つめると隣に立っていたクレインは遠い目で車窓を眺めている。どうやら、普通に見つめている訳で無さそうだ。
「……天気が暗いです」
今の天候は曇り。先程までは晴天だったのに、嘘みたいにガラリと変わってしまった。曇りは基本的に暗いから、僕の心も不安になりそうだ。
「ずっとこんな感じかな?午後から晴れてくれると良いな」
ぼんやりと流れてくる車窓をしばらく無言で眺めていると、電車のアナウンスから声が聞こえて僕達二人は扉が開いた瞬間にほぼ同時に降車した。それから再びカーネル大佐に連絡入れて、駅前で待っていてくれと言われたので指示通りに駅前で待っていると黒い車が姿を現れた。
「やぁ、あちらの国で休日は楽しめたかな?」
「休日の午後は色々と大変な事が起きましたけど。ある程度はゆっくりと休めましたよ」
「ふっ、そうかい。こんな所で話すのもあれだから車内で内容を話してくれ」
僕達二人は大佐の車に乗り込み、ユニバース王国で起きた謎の現象を細かく話すとある程度相槌を打ってから口を開く。
「エイジ抹消という事は現在、君は狙われている立場にある。もしかしたら今後は君を集中的に狙ってくるかもしれない」
今回ユニバース王国で起きた出来事はイスカリアの仕業には到底思えない。
それに僕が生徒会長に就任する時に姿を見せた以降は、一切姿を見せていない。また会おう……この言葉から今や一年。
果たして、再び僕の前で姿を現すのいつになるのか?姿を見せたら、僕はあの人を何としてでも倒さなければならない……母、そして何よりも兄を歪ませた元凶を。
「それにしても意識を奪う魔法を使った可能性があるのか~。相手は相当な手練れのようだね~。これからは気を引き締めていかないと」
今後の敵はイスカリアを始めとする使徒。キングの仮面は付けていたミナト兄さんは自殺する直前にイスカリアは100年前に伝説の魔法騎士に殺された第一使徒だと言っていた。
いつから蘇って、何を企んでいるのかは未だに分からないが僕は必ず復讐する!そう思うと不思議と拳に力が入ってくる。
「エイジ君、あんまり力まないでくれよ。最近の君は何だか危なっかしいからさ」
「えぇ」
「いよいよ到着です。ここからは気を引き締めて下さい」
その為にも、今は目の前にある出来事に全力で立ち向かおう。
「さて、お二人とも到着したぞ!さっさと俺の部屋に行ってくれ!俺は後から向かう」
地下駐車場に駐車した車から降りた僕は大佐にお礼を告げてからクロノス聖団本部に入って、言われた通り部屋に入ると見知った二人の人物と顔を合わせる。
「ユニバース王国で大変な事が起きたみたいだな。心中お察しするぜ」
部屋に入った瞬間に事情を把握されてお察ししているのは電気系最強の男で学園に居た頃はマイティー4の称号を持っていたベル。
背中に背負っている大剣から稲妻を帯びさせば、大体の敵は呆気なく終わるだろう。
以前学園に居た時にレーナと力を合わせてベルとやり合っていた時にドームを半壊にしたのだから、目に見えて覚えている。あれはやりすぎて先生達からこっぴどく叱れたので今や笑えない出来事となっている。
「いつ始まるんだ」
一方、手を組んで苛立ちを隠さずに足踏みをしているのはレグナス・ハート。彼は以前僕が通っていたジェネシス学園でトップの実力を納めている秀才でその戦闘力はあらゆる面で凌駕されていると噂されている。
しかも長い青髪を後ろで束ねており、肌は色白で顔立ちが綺麗なので人によっては女性と間違えてしまうかもしれない。
「もう少しで来るみたいなので、安心して下さい」
「そうかよ」
レグナスはぶっきらぼうに口を開くと、その場で瞑想をし始めた。この人は酷く人見知り……というか距離を取るので、いつも気を使わなければならない。
一体いつになったら気楽に話せるのだろうか?道のりはまだまだ遠そうだ……
「お待たせ、エイジ君も来たことだし概要を話そう」
両手で扉を開いて自分の席に着席したカーネル大佐は息を整えて、一つの資料を机の上に置いてから読み上げていく。
「えっと、今回から君達三人で北の地へと旅立って貰う事になった。つまりは遠征任務だね……期限は争いが終わるまでとされている訳だけど。ちょっと無駄に長い概要を読み上げていくから、トイレに行きたくなったら手を挙げてね♪」
こんな状況でトイレに行けるのだろうか。
「ユニバース王国より遥か北にあるオセアムという国で収集が着かない程の大きな暴動が起きているらしい。現在は一触即発のギリギリのラインだから、至急援助して欲しいとの事……だそうだね」
「いやいや、その書類はカーネル大佐が作成なされたのでは?何故、そんな断片的な口調で語っているのですか」
確かな口調で言わないカーネル大佐に嫌気が差したベルは疑問をぶつけると、小さく笑いながら解答する。
「いや~、だって。今回の件はジェネシス王国の王様に言われて作成した書類なんだから確かな事は分からないんだよ。文面をキチンと確認してみても、保守派と革命派の二つの勢力が争っているとか書かれているし。あっ!因みに僕達が援助するのは保守の方だよ」
「すいません、宜しければ見せてもらっても……」
「全然構わないよ。寧ろガッツリと頭の中に刻んでくれ」
文面の内容は大方カーネル大佐の言葉通り。しかし、確認してみるとオセアムの代表となるのは誰かという事で争っているらしい。革命派のジョイソンと保守派のメルビン……僕達は保守派の方へと回って革命派を討たなければならないのか。
「下らない。そんな醜い争いに援助する意味は全く皆無の筈。カーネル大佐、俺達が行かなければならないメリットは何ですか?まさかクロノス聖団として配属されている俺達に戦争に加担しろと申したいのですか?」
「そんなつもりは無いよ。ただジェネシス王国の王にとっては保守派を何としても守る必要があるから……革命派が勝つと世界を歪ましかねない結果に繋がるからかな。とにかくエイジ君が来たんだから、今からでもオセアムに行って貰う!話は色々と通してあるから、この四枚の切符を無くさずに電車に駆け込んでくれ」
オセアム行きのチケットか。ここからだと三時間の長丁場になる……しかも、かなり冷え込むみたいだから寒さ対策は万全にしないと身体が凍え死にそうになるの目に見える。
「エイジ安心して下さい。寒くなった時は私を抱き締めれば、暖かくなりますから」
「気持ちだけ受け取っておくよ」
「お二人とも、電車内でくれぐれもイチャイチャするなよ。まぁ……エイジ君にはあの子が居るんだし、間違いを犯す事は無いと思うけど」
何故にニヤニヤ?そして周りは白い目。僕は断じてしないから!絶対に!
「では、これにて解散。これより君達四人はオセアムに行って、事情を伺ってこい!それからは各自の判断に委ねる!」
かくして、僕とクレインと何だかんだで縁のあるベルとレグナスで北の地へと向かう事になった。果たして、あの地では何が待っているのだろうか?期待を膨らます一方で心の底にある不安はオセアムで過ごしていく内に大きくなっていく事をこの時はまだ知る由も無かった。