第一章 五話
捨て鉢の浩士に高速接近する者があった。
その者は戦場での怒号も響く軍靴の音もなく風のように到来した。
「わ・・・ちょ・・・ストップ?!!」
咄嗟に差し出した手を捕まれ膝裏に腕を突っ込まれ…
「痛デッ?!」
真横に放り投げられた。
地に伏し黒塗りの刃物を突き付けられた浩士は脳震盪の影響で混乱していた。
気付けば陸軍戦闘服を来た5人に取り囲まれており、小銃が向けられている。
投技をまともに喰らい目を回した浩士は無用にも
「ノー!!ノー!!アイムジャップ!!」
「ギブミーチョコレート!オーケー?」
などと何故か英語で意味不明なことを口走った。
「…はて?」
方や伍長と思しき人物は頭に疑問符が付いていたが、様子から命乞いであると察していた。
「ふむ、この地に来て初めて見る東洋人が洋装で敵国語を話すとは面妖な。」
英語が敵国語などと煽ったのは軍隊ではなく当時のメディアであったことは今更説明することではない。
が、この迷言を吐かれて黙っている人間が少ないことも想像に難くない。
「しかし貴様、ジャップとは恥知らずな…」
不幸かな「JAP(日本野郎)」の一言は浩士をぶん投げた当人の癪に障り
浩士の肩に膝を当て肘を捻り揚げる行動に移らせた。
「痛い痛い!!ごめんなさいごめんなさい!!」
みしり。
伍長の記憶に蘇る敗戦の記憶。
思えばあれから十年余り。
以前であれば激昂したであろうが、今や隊を預かるに相応しい冷静さを…
「茂木伍長!それ以上やると折れてしまいますぞ」
今取り戻した。
「椎名二等兵、私は冷静だ。なんのことかね」
茂木伍長は部下に諌められて捻り上げた腕をやっと離した。
「なあなんでだよ?!オレこんなことされる言われは無…」
「…いです」
浩士は頭が冷えたばかりの人間にまた火を付け始めた。
心頭滅却が完了した伍長であったが、今度は部下である5名の兵士が睨み付けていた
「よさんか、私を止めたのは貴様等だろう?」
「だいたい何なんだよここ!?あんたら知ってんじゃねえのかよ?」
混乱と脳内毒により恐怖を振り切った浩士は鼓動で己が破裂するような恐怖を抱きながら叫んだ。
「なるほど、迷い込んだ野良犬が吠えているようなもの…ですな…」
兵士達とて全てを知っているわけではない。
「…しかし…」
浩士は銃床で頭部を打たれ昏倒した。
「これより此の者を捕虜とし、拠点基地へ連行。」
「敵残存兵の追撃を警戒しつつ戦線を離脱。」
「各自状況開始!!」
次からは第二章です