第一章 三話
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明くる朝、浩士が目を覚ますとジルは隣にはいなかった。
世話役としての仕事にかかっているのだろうか。
朝には弱い浩士ではあったが漸く意識がはっきりとしてきた。
そして否が応にも思い出す、昨夜の出来事。
その余韻に浸り己の息子を弄ろうと掴んだ時
一気にその夢が醒めた
轟音と地割れが寝床を揺らし、火炎と煙幕が地平線を彩っていた。
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住民が言わんとしている事、その相対を望まれた者共の放つ暴力
彼らが「ソレ」と立ち向かう術をとうの昔に失った事
おのれが【なんのために此処に呼ばれたのか】
駆けつけた原住民が寄越した穴だらけの甲冑と何故か回転する盾
彼と同じくらい困惑した表情の犬を見た時
理解してしまった
と同時に恐怖した。
「え・・・これヤバイ状況じゃね・・・?」
妖術師、あるいは漫画の魔女と思しき老婆が浩士に見せた水盆には
教科書の白黒写真でしか見たことの無い連中が
これまたゲームでもなかなかお目にかかれない武器を持って
嬉々とこちらへ進行している様がありありと映っているのだ
『救世主様、こちらです!!』
身振り手振りと共に裏口へ促す原住民に導かれ
「ベッドの下に隠し通路あったのかよ」と今の状況とは関係のない方向に思考を泳がせた浩士
爆音から今からでもこの怪しい連中をぶちのめしてでも逃れたい心境ではあったが自信がない。
常日頃自宅に直帰して液晶とにらめっこする身分である。
「ボクグラップラーな刃○くんじゃないお…」
『…』
期待に胸踊らせ、しかし浩士を握るその手は震えている娘を見て躊躇した。
外の見えないトンネルが方向感覚を狂わせた。
浩士は今更ながら前日の歓待が今現在この集落を襲撃している輩を迎撃する為に先払いされた報酬であることを察した。
この隠し通路一本道は浩士を安全な場へと「逃がす」為に掘削されたものではない
(どこへ向かってるんだ?このまま行ったら…ってか揺れたよな今?!)
都市部の地下道、あるいは田舎の山道に慣れている者であっても自分の位置を方向感覚のみで把握するのは簡単とは言えまい
『先日鍛冶が鍛え上げた大槍です』
武者震いと都合よく勘違いしたのか従者と思しき者が革鞘に収まった長物を寄越した。
どう見ても数時間で出来る細工ではない。
穂先は日本刀を思わせる波打った刃紋があり薬品でも使ったのか黒染めされており、
白い木の柄には呼び出された際に目撃した渦巻き模様と同様の彫刻と象嵌が施されている。
おそらく自分が此処に放り出されるかなり前に製造られた得物だろうと手渡された長槍をさすりながら浩士は思った。
「え?無理じゃね?コレで、アレと?」
「てか、ヤリでしょ。セットのバケモンは?どこいったの?」
供物はもう捧げられてしまったのだ。
浩士はそれと知らぬとは言え受け取ってしまったのだ。
「逃げ」の選択肢が取れる時間は既に過ぎてしまったのだ。
原住民の不文律は完全前金制なのだ。もう遅い。
「・・・・・・・・・・・・・・ッ…監禁前膳制じゃねえか…」
『救世主様、ここ五百歩先の扉を開ければ悪魔共の陣が御座います』
『人避けの呪いを施している為、貴方様が顕現なさるまで彼奴等は気づきますまい』
『我々は上で彼奴等を押し留めております故ごゆるりと出陣し、どうかどうか報いを』
大槍を手渡した者が檄を飛ばさんと何事か叫んでいた。
少女と身体を重ねた愚行を、歓待の理由を熟考しなかった短慮を、後悔する時間はもうなかった。
『ご武運を』
今にも泣き出しそうな目でジル(仮名)は浩士を見つつそう言った。
何を言ってのか分からない。
だが言わんとしていることはわかる。
「いけ」と言われているのだ