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帝國地獄変(仮)  作者: 変態紳士海藻用電池法
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第一章 二話

2

それから暫くの後、浩士はふと目を覚ます。

どのぐらいの間寝入っていただろうか。

未だ酒気が残っている浩士は意識の焦点がなかなか合わなかったが、

目元を擦りながら光を感じる方向に視界を合わせると

窓から月明かりが差していた。


「…つつつ…。」


意識を改めてみると僅かに頭が痛んだ。

「…あぁこれが二日酔いってやつかな…?」

「(...てか、やっぱり夢じゃなかったのな…)」


そして不意に気配に気付く。

「…!?(誰かいる!!)」


緊張感が走り、浩士は気配の位置を確認する。

気配は思ったよりも近く、浩士のすぐ隣に位置しているようだ。

つまり今の今まで浩士が眠っていた床の中ということだ。

「!!!!」

「だ、誰ぞ!?」

思わず声が裏返った上に変な日本語になってしまった。

何処かのお武家さんかな?


すると掛物の中に隠れていた気配がごそごそと動き始めた。

気配は影となり、その頭を擡げた。

浩士は一瞬たじろいだが、影から掛布がするりと落ちた。


其処に座して居たのは、昨夜の宴の際に浩士に隣で酌をしてくれた娘だった。

影の正体を確認した浩士は一瞬緊張感が緩んだが、今度は違う緊張を余儀なくされたのだ。


「!!!!え!!?…えええぇぇっ!!?!?」

「ちょ!?えぇ!?ちょっと!?何してんだよ!!?」

全力で動揺する浩士。

勿論浩士は交際経験すらない。つまり童貞だ。



すると娘は無言で浩士の肩に手を付くと、身体を預けるように体重をかけ撓垂れ掛かってきた。

これには浩士は更に動揺させられた。

浩士はまだ童貞なのだから。


抵抗出来ない浩士を娘が抱擁するかたちとなった。

女性の芳香が浩士の鼻腔を突く。

これにより浩士は動揺のピークを迎えたのだった。




色々崩壊しかけた浩士は訳も解らず娘を突き放した。

これにより娘もまた緊張の糸が切れたのか、驚きの表情を浮かべ、その直後に安堵したような表情となる。


「えっ!?えっ!?何で!!?いやオカシイでしょ!?」

「どうしてこうなった!?え?脈絡無さすぎでしょ!!?」

「いやいやそもそも此処何処よ!!?」

「あーーーもーわっかんねー!!」

「ぜんっぜんわかんねーよ!!」

などと浩士は早口で捲し立てる。


繰り返すが、浩士が童貞だからだ!!☆


取り乱す浩士を娘は黙って見つめている。

浩士が一頻り喚き終わると燃え尽きたかの如く力が抜けた。


「なされないのですか・・・?」

ふと顔を上げるとそう言った気がする娘と目が合った。

数秒の沈黙。

堪らず娘が吹き出した。

浩士もこれに釣られて僅かに笑いが出る。

「…はは……は?」

すると娘が口を開く。

「これでは私はお役目を果たせません…」

今度は気のせいではなくはっきりとした声だ。

勿論浩士に現地語はわからない。

「(うおっ!何言ってっか解らんが、声カワエエーーー!!!)」

「(しかし何か答えんとな……、よし困った時は笑って誤魔化せ!!)」


ぽつりぽつりと話す娘に浩士は取り敢えずへらへらと笑って見せた。


「お優しいのですね…」


「お、おぅ!」


「あの……私…救世主様のお側役に選ばれた時…」

「…本当は怖かったんです……もしあの軍の人みたいに酷い人だったらどうしようって…」


「…その……何と言いますか…」

「…あの…私……経験が無い…ので…」


仕草で言わんとしていることは分かったであろう。

「!!?」

「(何だこの子?)」

「(あれ?なんか?いい雰囲気じゃね?)」

「(これ?もしかして?イけんじゃね?)」

しなくてもいい禁欲によって持て余していた情動が彼の脳にろくでもない邪推と推進力を与えたのだ。


しかしただ軽い男と思われる事に恐怖も拭いされない浩士は

全力でカッコつけることにした。

ただでさえ初めての行為である。

上手く出来なかった時の体裁と

初体験をロマンティックなものにしたいと言う中二心からである。


漢浩士、斯様なる状況を至すまでの無用なシミュレーションを齢9つより延々と繰り返して来たのだ。

ここにきてその性の集大成を発散させねば妄想は真に水泡に帰す。


そして浩士は意を決して娘の肩に手をかけた。

「……(…嫌がらない!)」

更に抱き寄せようと力を込める。

「…!(逆らわない!!これは!!?)」

月明かりに煌めく髪をすくう。

「…(間近で見るとやっぱカワエエなこの子!)」


娘も瞳を閉じ迎える。

唇を重ねようと顔を寄せたところで、


「あのっ!!」

虚を突かれ浩士の心臓が跳ねる。

と飛び跳ね気味に後ずさるのはほぼ同時であった。


「すんません!すんません!!調子乗りました!スンマセン!!!」

慌てて弁明する浩士。


「…え?何で怯えてるの?」

娘はキョトンとした表情で首を傾げている。


「…あら?怒ったんじゃないの?」


「???」「???」

互いの頭に疑問符が浮かぶ。


「……名前……」


「へ?」


「貴方の名前、教えてください。初めての人の名前…知っておきたい…。」


「ん?」

浩士は言葉を理解できず呆然としている。

それを察した娘は身振り手振りで続けた。

娘は自身を指差し何か言い、その後に浩士を手で指した。

「ん?え?…おれ?おれは鋼城浩士?だけど?」

相変わらず言葉は通じていないが、何となしに自らの名を名乗る形となった。


「ヒ・ロ・シ…?」

娘は聴こえたままに発音した。

「…!そう!!ヒロシ!おれの名前!浩士ってんだよ!」

「…で、ってそういや君の名前もまだ聞いてなかったっけ。」

「えーと…?君の名前は?ナ・マ・エ。」

浩士も身振りを交えて質問してみた。

がしかし、なかなか意図が伝わらない。


「んー…困ったな、これどうするよ?」

「まぁいっか、仮の名前で呼んでおくか。そ、あだ名みたいなもんだねコレ。」

「んーと、名前解らん金髪美少女だろ?よし!」

「ジル!君のことはジルと呼ぶことにしよう!うん!」


浩士はぶつぶつ独り言を言っていたかと思うと娘を指差し、

「ジル!君のことは取り敢えずジルと呼ぶことにする!」

と宣言した。


「ジ・ル?私のことですか?」

娘はまだ疑問符の付いた状態であった。

「ジル…良い呼び名ですね。」

「私は此度救世し…いえ、浩士様のお側役を命じられました折に個人としての私は丁重に供養頂き、晴れて浩士様の物となりました。」

「私の一切、全ての物は浩士様の物でございます。それは名前とて同様でございます。」

「私はこれより、浩士様のジルでございます。」

今度は娘が自ら咀嚼するように言葉が続いた。

言い終えると浩士ににこりと微笑んだ。


これには浩士も鼓動が高鳴った。

しかし娘の雰囲気は宣告までのはっきりとしない不安げなものではなく、

今はなんというか、凛とした趣を帯びている。


そして浩士は、考えや言葉としてまだ形を成さない

決意、とはとても言えないそれを

一つの起点として事にのぞんだのである。


灯の光は無く、宵闇に浮かぶ異世界の月明かりの下。

朧気に揺れる二つの影、親密な距離を保ちながら溶け合う。



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