#1 魔法使いというもの
「鷹野~」
髪の長い友人の毛先をくるくると弄りながら、雨の降る外に目を向けている。
「ん~?」
「鷹野~」
「な~に?」
「鷹野梅~」
「・・・」
髪を弄る友を無視して本を読みだす。
「梅ちゃん~どんよりだね~」
埜坂稔は帰ってこない返事にしびれをきらして、もう一度どんよりだねと繰り返した。
「そうだね」
「私…雨って割と好きなんだけど…割と嫌いなんだよね」
「箒に乗って帰れないからでしょう」
「そうそう。分かってらっしゃる」
「歩いて帰る?」
稔は唸りを上げてしばらく悩んだ後、のそのそと椅子から立ち上がって湿気で跳ね上がった髪を気にするそぶりも見せず「帰るか」と言って梅を促した。
世界に魔法使いが生まれ始めたのは今から約1世紀前。ヨーロッパから迫りくる魔法使い人口は徐々に日本にも生まれ始めた。ヨーロッパは、各所で生まれ始めた魔法使いへの対応が早かった。魔法使いの人権を認め、魔法使いではない一般人に理解を求めた。それに対して日本では、過去の魔女狩りのように生まれたばかりの赤ん坊を親元から奪い取り施設で一様に管理する方法を取った。これは、彼女らが生まれてくる前の話である。
「このように、現在の日本魔法協会が設立される以前の魔法使いへの人権というのは今の君たちのような自由と尊厳というはなかった」
20××年、日本の人口1億2千万のうちの約1万人が魔法使い。日本憲法を無視した魔法使いへの対応は当時のUSA魔法協会の介入により10年続いた新生児への残虐な実験に終止符が打たれた。今の中高年の魔法使いは一般人と魔法使いはまるで別の者だと望むものが多い。勿論理由は過去の酷い実験から、魔法の使えないジンと区別して魔法使いは崇高なものだと認めたいからだ。
「埜坂!」
埜坂稔の頭に浮いていた魔法歴史学の教科書が落ちた。重たいそれは上手く前の席の鷹野梅の背中に隠れて睡眠を取っていた稔の頭に落ちた。
「いった!!…舌噛むところだった…」
静かな教室に稔の声がやけに響く。
「お前は毎度毎度!!何故この授業の時だけ寝るんだ!」
担任である、トッキーは鬼の形相で杖をふるうと黒板に文字を書いていたチョークが稔の額めがけて飛ぶ。
前の席の梅はよけるべくうつ伏せになる。それに続いて稔も伏せた。
「へへ~ん。当たりませ~ん。何回食らったと」
「当たった事を自慢するな!」
だがしかし、いつもなら一本しか飛んでこないチョークの2本目が稔の額にヒットした。
「いったーーーーー!!!職権乱用で訴えますよ!!」
「黙れ!俺の授業の時だけ寝る生徒に優しくする人情は俺にはない!お前は放課後教室の窓ふきな」
トッキーの言葉を待ってか、丁度いいタイミングで授業の終わりを告げるチャイムがなった。
「え~~~、なんでいつも私だけなんですかーーー」
「異論は認めん。終わるまで帰るな」
トッキーは早々と教室を後にした。
「最悪だよ・・・なんでいっつもいっつも私だけ!?他にも居眠りしている子はいるのにさ」
「まあしょうがないよ。最初の印象がね・・・」
「どういうことよ!?」
「そういうことじゃない。手伝うから早く済まそう。」
「本当!?ありがと~梅り~ん」
「梅り~ん…?」
二人は杖を出して雑巾に魔法をかけた。魔法が掛かった雑巾は一度きらりと輝くと勝手に宙を浮いて窓を拭き出す。
「私が物を浮かせる魔法苦手なの知っててこれやらしてるよね絶対」
稔はややぎこちない動きをする雑巾を見て溜息をはいた。
「でも、随分上達したと思よ?最初はガラス割ってたでしょ?」
「それは言わないで…今でもあの時のトッキーの顔思い出すと眠気が覚める」
「どうして雑巾でガラスが割れるのか不思議だったな~」
「間違えて硬化魔法も一緒にかけたんじゃない」
「かけてないじゃん」
「・・・かけてないね。もう、魔法使いやめようかな」
「やめれたら私達今ここにいないよ」
「それは嬉しいの嫌なの?どっち?」
「う~ん私は半分かな~。お母さんとお父さんに会えないのは寂しいけど、ジンは出来ない空とか飛べたりできるのは嬉しい~」
魔法使いは、初等科から親元を離れて魔法協会によって管理される。寮に住むことになる小さい魔法使い達は一つの島の魔法学校であれば大体は顔見知りにはなる。
ジンが住んでいる地上を離れた空に浮かぶいくつもの巨大な島に魔法使い達は住んでいる。これは、USA魔法協会会長の取った魔法使いの為の国だ。このアイランドは日本の法律が適応されない。逆にジンの住む地上では日本憲法に乗っ取った行動をしなければならないのに加えて魔法は一切禁止されている。
魔法を使わなければ、悪いようにはしないが魔法使いへの偏見を持っている人がまだ多い。
「私は、地上に行ってみたいな~」
「え~危ないよ」
稔は雨の降る外を見つめ「あの人達も元は私達も同じ暮らししてたわけじゃん」と続ける。
「同じホモサピエンスじゃん」
「同じでも魔法が使えるのは私達だけだよ。ジンは違うもん」
稔は魔法使いとジンは全く別物だという考えがあまり好きではない。梅が大人達と同じことを言うのも時々癇に障るときがある。
「それに可笑しいじゃんか。地上で今どんな風に住んでるか私達には詳しく教えてくれないし。これって絶対なんかあるって」
「そんなこと考えるの稔だけだよ~大人たちは今の魔法使いの事を考えてそうしてくれてるんじゃないかな~?」
稔は良い子ちゃんだねという言葉を飲み込んでうつ伏せになる。
「稔は考えすぎ。魔法使いってこういうもんだよ~」
「そういうもんだね」と続けた。