【第3話】「本当にバカですね。」
時刻は16時後半。今日は雨が降っているので部活は無く、今はクラスでいつもの3人と話している。
話していると言っても、半分以上…いや8割はお説教だ。残り2割は馬鹿にされている。
能力を過信し過ぎて、死にかけたバカ。という言葉を、この30分で20回は聞いている。
「ほんと、もうほんとにこのバカは…呆れるわー」
「ああ、頭のネジがイかれてる」
さきにバカと言われた回数は、過去の付き合いより、今の30分で記録を更新しそうである。
「ええ、本当に抜けていますね。能力の使い方が判らないなんて、あそこで死んでいたら彼氏失格ですよ?」
「ごめんなさい。あと、雪、ありがとう」
結果から言うと、突然現れた雪が彼の身体を凍らせて勝った。それだけ。シンプルかつ一瞬の出来事だったが、
彼女が居なかったら確実に負けていた。本当に助かった。
「でもまさか雪も能力者なんてね。昼休憩に聞いた時は本当にびっくりしたわ。」
「ふふっ、隼人を驚かせようと思ってすぐには言わなかったの。」
「でも、陸上部の...えーっと誰だっけ。あのキャプテンだけど、凍ったままほおって来たの?見つかったんじゃない?」
「いえ、あの後、私の『担当者』と彼の担当者が降りて来て、お互いの怪我を治してくれました。ただ、彼の能力と才能は消えていましたけど」
担当者と言うのは、自分に能力をくれた者の名前だ。特に呼び名も無いため、共通してそう呼ぶようにした。
ちなみに、雪の担当者は人型では無く。なんか丸かった。緑色をしたボール?の様な姿で、突っ込みたかったけど何も言えなかった。
「え?でも...バカの怪我...」
「ああ...それなんですが」
そう。僕の担当の神は降りてこなかった。勝者と敗者だけじゃなく、普通は戦闘に関わった者なら
全員降りてくるみたいだが.....代わりに手紙が降って来て、こう書かれていた。
『調子に乗った結果がそれだ。今回は治さない。痛みを感じながら反省しろバカ』
はい。ごめんなさい。心の中でそう唱えて、僕は手紙をポケットに入れたのだった。
その手紙を3人に見せて、3人に笑われる。はい。ごめんなさい。
「まぁ反省している様子だし、許してやろうぜ」
武留が僕を庇ってくれた。持つべき者は友達だよ。
「次から、ピンチが来たら電話すること。1対1では戦わない事。無茶はしない事。約束しなさい」
「はい、すいませんでした」
こうして、初戦闘は敗北に終わり、恋人に守られ無残な勝利と、色々な事を学んだ敗北であった。
悔しい思いを糧に、明日は修行しようと決心する。
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家に着きドアを開ける。
色々な出来事があったが、妹を不安にさせる訳にはいかないので元気な声で妹に声をかける。
「帰ったよー。海里ー元気か?」
「お兄ちゃんおかえり。今日のご飯はなーに?」
「ハンバーグのつもりだったけど、弁当買って来た。お兄ちゃん今日は忙しかったんだ。ごめんな」
「うん、大丈夫だよ!ありがと!」
かわいいなぁ。
妹が僕の唯一の家族にして癒しの存在、守りたいこの笑顔。
今日の学校生活...戦いの事以外の話をしながら晩御飯を食べ進める。
右手は今も重症で、包帯グルグル巻きであるが、身体強化の恩地で痛みは軽い。左手で食べるのは中々難しい。
「あ、食べ終わったらお兄ちゃんちょっと出かけてくるから先に寝て置きなさい」
「……もう18時だけど、お兄ちゃんどこ行くの?」
「雪の家で勉強の約束をしてるんだ。ちょっと行ってくる。」
「…うん…わかった。気を付けてね。」
「何かあったら電話しなさいね。ちゃんと左のポケットに携帯入れてる?お兄ちゃん泊まりになるかもしれないけど、海里が起きる前には
帰って来てるから安心してね。」
「もー入ってるよー。子供扱いしないでよ。誰が来てもドアを開けちゃダメなんでしょ?はいはい、行ってらっしゃい。」
もちろん嘘だ。雪の家に行くと言うのもウソ。この時間にアイツの家に行ったら本当に帰してくれない。
したい事は別にある。
僕は自分の部屋に戻り、制服から運動着に着替える。
全身が黒色で、足が速いからよくゴキブリだと言われる。サッカーをする時もこのスタイルだ。
着替え終わり、水筒に水を入れ、玄関の扉を開ける。
外はまだ雨が降っていて、薄暗い。夏場なのでまだ明るい方だが曇っていて日が出ていないからである。
靴を履いてる途中で、一言、妹に声を掛ける。
「行ってくるけど、誰が来ても玄関開けるなよー」
「わかってますー。はいはい、雪さんとイチャイチャして来てくださいー」
「勉強だって言ってるだろー。行ってきます」
後ろで見送りの声が聞こえ、僕は玄関の扉を閉めた。
向かった先は、学校である。
身体強化を良い事に、校門を飛び越える。
1.5mくらいの高さなら軽々越えれる自分に少し気持ちが昂るが、今日の"アイツ"の動きを思い出すと悲しくなってくる。
彼の動きや、戦闘の方法は慣れていた。きっと練習を重ねて僕に挑んだのだろう。
近距離以外でも戦えるように、ポケットにボールも仕込んでいた所を見ると、他に誰かと戦闘をした事があったのか?と考えるが
もう過ぎた事だ。二度とアイツと戦う事はない。別に嫌いじゃなかったんだけど、これから関わりにくいなぁ。
僕はグラウンドのど真ん中に立つと、左手に持っていた傘を投げ捨て。能力を発動する。
「『水』を発動。」
力が湧く気がする。予想通り、雨の中だと地の利があるらしい。
「はー、がんばるぞー」
力の抜けた声を上げ、僕は修行を始めた。
妹の為なら、命だって賭けてみせる。
終わったのは日が昇ってからである。あれから片時も休まず、延々能力の研究をしていた。
気を抜けば、倒れるギリギリまで自分を追い込んだ。
一息つき腕に付けている時計を見ると小針が6の数字を刺そうとしていて、僕は急いで自宅に向かった。
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「おはよーお兄ちゃん。遅かったね。何してたの?」
家のドアをゆっくりと開けたが、既に妹は目が覚めていたみたいだ。
リビングから土曜の朝にやっているニュース番組の音がする。妹がこの時間に起きているのは珍しい。
神妙そうに何かを疑う顔をした妹に対し、笑顔で僕は答えた。
「雪のお母さんが泊まって行けって言ってくれたからさ、有り難く泊めてもらったんだ。
それに今日はいつもより起きるのが早いね海里。」
「うん、お腹すいちゃって早く起きちゃった」
「ごめんよ。お兄ちゃん帰ってくるの遅かったな。今から作るから待ってて。フレンチトーストでいいかな?」
「うん、何でもいいよ」
何故か不機嫌そうな妹に対し、僕は笑顔で返事を返す。
疲れ切っている体にムチを打ち、僕は冷蔵庫を開け、食パンと卵を取り出す。
たったそれだけの動作だが、身体が悲鳴を上げている。6時間以上、ぶっ続けで練習していたのだから仕方がない。
朝食を作り終わり、僕は部屋に戻る。
テレビや、ゲーム機、家具などは全く置いておらず。あるのは本棚とベッドと時計だけ。
何処を見渡しても本しか置いていない僕の部屋を、武留は「刑務所よりひどい」と表現していた。逆にあいつの部屋はどうなってるんだろう。
外は日が昇ったばかりだが、僕はベッドに寝転がり目を瞑る。
次話で、主人公が真面目に戦います。ご期待ください。