【第2話】加速
僕は今、窮地に立たされている。
カッコつけて、敵を挑発した結果、能力の使い方が判らないまま逃げに徹している。
力んだり、手を握ったり、色々試してみたが何の変化も起きない。どうしましょ。
「――……さか、能…を、使え……とは」
速過ぎて途切れ途切れにしか聞こえない声だが、僕を煽っているのだと理解している。けど、どうしようもない。
唯一、僕に許された身体強化も、そろそろ限界に近付いて来ている。
時間制限がある訳じゃない。
ただ
彼の速度が上がって来ている。
必死に避けているが、どんどん彼は速くなる。
もちろん全て避け切れるわけもなく、顔を庇って攻撃を受けた右腕は、無残に折れて使い物にならない。
戦闘が始まり、15分も経っている。休憩時間は残り20分ぐらいで、それだけ耐えれば不自然に思った先生か生徒が様子を見に来るだろう。
だけど
―――無理。もう体力も気力も限界だ。
自分で誘ったルールを破って、外に出ようと思った。
折れた右腕を犠牲に、スピードに乗った彼の蹴りをあえて受ける。
勢いの乗った蹴りで、僕の身体は飛ばされる――扉の方向へ、そのまま扉をぶち破って外に出ようとする……が
「予想済みだ」
そんなのは許してもらえるはずもなく……跳んでいる僕よりも速く、扉側に移動していた。ドラゴンボールか。
だけど、彼の鋭い蹴りが僕を襲う事は無く、軽く殴られ僕は地面に叩きつけられる。
何か意図があるのだろう。
「なぁ、殺す前に、二つ質問していいか?」
「普段なら絶対に答えないけど、今は喜んで答えますよ」
僕が彼の質問に答える。
「何でお前、痛がらない?やせ我慢にも限度があるぞ。現状がわかってないのか?俺は無傷で、お前は重症。
あと数発で気絶するレベルの怪我だ」
「そうですね。確かに痛いです、右腕なんて見るも無残な色をしてます。今にも叫びたいですよ。ですが」
僕は軽く溜めを作る。そして言った。
「死ななきゃ負けじゃないんですよ。」
「相変わらず狂ってる。俺の彼女を虐げた時もそんな顔をしていたな」
ああ、そういえば僕を襲った理由がそれだったな。
「何言ってるんですか、あの女が悪いんですよ?僕の妹を障害者扱いした上に、上履きを隠した。
"されて嫌な事は人にするな"小学校で習いませんでした?」
「確かにその通りだ。後から知った事だが、あいつが絶対に悪い。だけど……」
「不登校にまで追い詰める必要は無かったんじゃないか。ですか?」
「ああそうだ。やり過ぎだろ。途中で真美は謝りに行ったはずだ、それなのに何で」
そこで僕は、初めて彼の恋人の名前が真美だと言う事を知った。どうでもいいけど。
「謝りに来ましたよ。僕にね。でも妹には謝罪の言葉は告げませんでした、だから許せなかったんです。」
「シスコンのキチガイが!お前のせいで真美は、今も学校に来れてない。どういう事かわかってんのか!」
「死んで詫びろ」
――瞬間、彼の足が飛んでくる。最初の頃とは比べものにならないくらい速い。もう目で追えるレベルではない。
だけど
今の今まで、僕が何をしてなかったとでも?
僕の目の前に、水の壁が立つ。高さは天井まで届いて、横幅は3mと言ったところだ。
彼との距離は、もう数センチ、だけど絶対的な『水』の力で彼の蹴りは届かない。
「能力、使えるようになったんだな」
「おかげさまでね。早く言ってよ。口に出して能力名を言うなんて無口の僕じゃ思いつかないよ。」
「敵に塩を送る程、優しく出来てないんでね。お前もだろ?」
彼は壁を突き破ることを諦めたのか、壁を沿って僕に近づいてくる。
この能力にしたは良いけど、どうやって攻撃しようかな。
彼の能力は、『身体強化』の類のものだ。デフォルトで与えられた力にしては強すぎる。
なら近づけさせなければ勝てると見込んだ。しかし
「近接攻撃しか出来ないと思ったか?まだ防がれるのは目に見えてる!なら!」
後頭部から強い衝撃を受ける。頭が揺れ、瞬間的な痛みが僕を襲う。ポンと、跳ねる音がした。反射させたボールか。こいつ天才かよ。
一瞬、ほんの一瞬気を失ってしまった。敵に関心している場合では無く、気付いた時には遅かった。
「残念、さよならだ」
いつの間にか僕の目の前で、彼の身体が回転している。
廻し蹴りか。無理だ、避けきれない。バイバイ。
「サヨナラは貴方です、死んでください」
聞きなれた声がした。