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98 夢の世界

 気が付くと、俺はアシュリーの部屋に立っていた。


「……あれ?」


 眠ったと思ったら起きて立ち上がっていた。

 なぜだ。


 周囲は別段変わったことはなかった。眠る前に見たアシュリーの部屋と同じだ。

 ただ、少し人の気配が希薄になっていることと、真っ暗な夜だったはずの空が白んできているのが気がかりだった。


 あっという間に朝になったのだろうか。


 それにしては眠った感覚も覚醒した感覚もない。


「やあ、来たね」


 振り向くと、ベッドの上に腰を下ろしているアシュリーが目に入った。


「いきなり朝になった……わけじゃないんだよね?」


 俺は恐る恐る質問すると、アシュリーはうなずいた。


「空が白いのに太陽が出てないだろ?」


 言われてみればそうだ。まぶしいと感じないし、陽が射しているわけでもない。


「じゃあ、これが夢の中の世界ってこと?」

「そういうこと。なんならわかりやすく真っ白い空間にすることもできるけど」


 アシュリーが言うと、周囲がだんだんと崩れていき、真っ白い空間へと置き換わる。

 奥行きが乏しく、自分が立っているのか浮いているのかもあいまいな、奇妙な空間。


 どうやらこの世界は、アシュリーの思い通りにできるようだ。


「いや、さっきの部屋で大丈夫。なんだか落ち着かない」

「わかった」


 言うと、音もなくアシュリーの部屋内が再構築される。


「ここが夢の中だってことはよくわかったよ。これがアシュリーの特殊な力だってことも」


 改めて、俺は周囲を見回す。


「それで、その精霊ってのはどこに?」


 尋ねると、アシュリーはベッドのシーツを握りしめ、残念そうに首を振った。


「ごめん。今日もいないみたいだ」

「運がよくないと会えないってこと?」

「そういうわけじゃない。すこし前まではちゃんと現れて頻繁に話とかしてくれてたんだけど、最近全然姿を見せないんだ。嫌われたのかも」

「嫌われるようなことしたの?」

「そんなわけないだろ」


 アシュリーを見る限りでは、嘘をついているようには見えない。


 気まぐれで顔を出さなくなったのだろうか?

 可能性はあるだろう。精霊たちの性格は、なんというかフリーダムだ。


「とにかく、ごめん。少しは力になれると思ったんだけどさ……」

「まあその精霊が鳥籠のことを知っていたかどうかもわからないし」


 あまり申し訳なさそうにするものだから、俺は慌ててフォローを入れた。


「こういう空間を操れると、秘密の相談とかする分には便利そうだね」

「昔はよくクローディアと話してたよ」


 しかしこれでまた鳥籠破りは振出しか。


 いや、考えようによってはこの空間は便利かもしれない。寝ている間にも鳥籠やバディについて対策が立てられる。

 最大二人ほどというのがネックだが、バディ退治や鳥籠破りの効率が上がるのは間違いない。


 協力したいというアシュリーの言葉に甘えて、ぜひとも活用させてもらおう。


「ところで、そのよく話す精霊ってどんな精霊?」

「小さい女の子だよ。なにかと齧り癖のある不思議な女の子でね。見た目のわりには長生きらしいし、世の中の知識も豊富なんだ。だからどうしても相談したかったんだけど、最近全然会えなくて。断じて僕の妄想というわけじゃないことは断っておくよ、念のためね」

「……齧り癖?」


 なんとはなしに質問をしたが、俺はその特徴的な癖に心当たりがあった。


「もしかして金髪碧眼の幼い女の子だった?」

「そうそう! よくわかったね。なぜかいつも指を齧られてたよ」


 あの子か。


 俺はゲッコウオオタケを食して死にかけたことを思い出した。

 きのこの神様と一緒にいた、しきりに俺の指をかじっていた女の子だ。たぶんアシュリーの言っている精霊で間違いはない。

 どうやら俺の幻覚じゃなかったらしい。

 だとしたら、彼女は幻覚から目を覚まさせてくれた恩人でもあるな。


「もしかしてきみも会ったことあるの?」

「ああ、うん、まあ……」


 俺はあいまいにうなずいた。

 彼女に最後に会った時のことを思い出していた。


 ――あなたなら、私を助けられるかもしれない。

 ――たぶんもう、時間がない。


 彼女はそう言っていた。


 今でも意味は推し量りかねる。

 そしてそんなことを今さら考えている余裕はない。


 でもどこか引っかかった。

 彼女はもしかして、何か危機に陥っていたのではないだろうか?

 と思わずにはいられない。


 アシュリーにそのことを話すと、頷いて俺の意見に同意してくれた。


「なるほど……たしかにあまり自由には会えない身だって言ってたな」

「……ちなみにアシュリー、最後にその子に会ったのは?」

「最後に見たのは、教団を抜ける日の前日」

「鳥籠が現れる直前じゃないか」


 俺は額を押さえながら、頭の中を整理する。

 やはり何か引っかかる。


 小太刀は出るだろうか?


 試してみたら、容易に小太刀は召喚できた。ただ使い魔はいないようだ。


 俺は自分自身に風を吹かせた。

 身体をリラックスさせ、頭を冷静に、雑念を取り払って、思考をクリアにしていく。

 深い意識のところまで没入して、ない頭を絞って考える。


 ……なんとなく、鳥籠については疑問に思っていた。

 あれは、本当に人間だけの力だけで作れるものなのかって。

 結界のような社がどこかにあるのかもとも思ったけれど、今のところ見つからない。


 例えばの話だ。


 ――もしあの鳥籠が、強大な力を有した精霊を使って作った巨大な『精霊兵器』だったとしたら?


 魔法師マホツシは、精霊の意志など関係なく力だけ活用する術を持っている。

 そして消えた彼女が、そういった強大な力をもともと持っていたのだとしたら。


「俺が最後に会った彼女は、捕らえられる寸前だった?」


 いや、もしかしたらすでに捕らえられていて、思念のようなものを送って助けを求めていたのかもしれない。


 時間がないというのは、彼女があの鳥籠にされるまでの猶予だったとしたら?


 これは憶測でしかない。彼女が消えて、鳥籠が出現した。

 単なる偶然でしかないのかもしれない。たまたま時期が重なっただけかもしれない。


 だけど……。


「アシュリー、そのいなくなった精霊の名前ってわかる?」

「『コトダマ』って言ってたかな」

「!」


 これも何度か聞いたことがある言葉だ。

 コトダマ……『言霊』か!


「普段は、空気みたいにどこにでもある存在、って言ってたよ」

「――自然から生まれた精霊ってことか?」


 そういえば魔法師の魔法は言霊の力を主に借りているとネミッサが前に言っていたっけ。

 言霊って、魔力みたいな超自然的なエネルギーとかじゃなくて、精霊だったのか。


 そしてその精霊を捕らえて、コントロール下に置いた。

 それがあの鳥籠だろう。


 魔法師の魔法は守りに特化している。


 結界術などの特定の範囲を守るものや相手の動きを封じたりするものなどが主だ。

 攻撃などは『精霊兵器』や『人工精霊』など、精霊の力を借りて行っていた。


 守りに特化した力の源泉が『言霊』という精霊によるものなら――攻撃全てを受け止めるあの鳥籠の姿にも納得がいく。


 ネミッサが、魔法師の魔法は鳥籠が現れてから妙に調子がよくなったと言っていたのは、言霊の力を精霊兵器によって引き出しているからか。


「やっぱり、あの鳥籠は『精霊兵器』だ」


 確信めいたものが、俺の中でわだかまりつつあった。


「まさか! あの子を封じて作ったっていうのか!?」


 遅れて気付いたアシュリーは、どこか懐疑的だった。


「たぶんだけど。鳥籠は精霊を使って作ったものなんじゃないかなって思う」


 だとしたら、言霊が捕らえられている場所もどこかにあるはずだ。

 『しゅの盟約』で印を刻んである本体も一緒に。


 鳥籠の檻の部分をくまなく調べる必要があるか、もしくは――鳥籠が出現する瞬間上がった光の柱のある場所。

 王都の方角だ。

 そこに何かがあるのかもしれない。


「『呪の盟約』の印をどうにかすれば、『言霊』が解放されて鳥籠は取り払われるかもしれない」


 問題は具体的な位置がどこにあるかだけれど……これはありそうな場所をしらみつぶしに調べるしかないか。


 それと、これを行った教団の魔法師が誰か特定しなければ、どうにかしたところでまた鳥籠は現れるかもしれない。


「やることは王都方面の調査を強化することと、実行犯の特定か……」


 俺は風を凪いで小太刀をしまった。


 相手は、相当な腕を持った魔法師に違いない。用心して動かなければ。


「ありがとうアシュリー。これで光明は見えてきた」

「へへ、僕だって役に立つだろ?」

「きみが友達でよかったよ」

「……稀名、すぐどこかに行ったりしないよね?」


 アシュリーは明るい口調だったが、こちらを上目遣いで見る目はどこかさみしそうだった。


「心配になるんだ。僕らの知らない間に、ここを離れていくんじゃないかって」

「アシュリー」

「事情はわからないけど、ずっとこの町にはいられないんでしょ?」

「うん、まあ」


 あまり長く居座ると正体がばれるだろうし、コルドウェルさんに言いくるめられるかもしれない。


 だからある程度調査が進めばコルドウェルさんと手を切って、この町を出ようと思っていた。


「僕は私兵団だ。この町を守らなきゃいけないから、きみの旅に同行することはできない。本当は一緒に行ってみたいけど……。だから、行くんならせめて、別れの挨拶くらいはさせてよ」

「そうだね、行くときはかならず言う」


 話していると、周囲の空間が暗くなってくる。


「アシュリー?」

「制限時間だ。僕の力は、長くは続かないんだ。夢の共有は、もうすぐ終わる」


 とアシュリーは言った。


「そっか、ありがとうアシュリー、助かった」

「稀名の力になれてよかったよ」

「見た目だけじゃなく中身もイケメンとか、しかも強いとか、非の打ちどころがなさすぎる。卑怯だ」

「なんだよそれ」


 暗闇の中で一瞬、アシュリーの笑顔が浮かんで、すぐに消えた。

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