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96 コルドウェル氏は座りたい

 一週間ほどが経った。


 鳥籠の方は一向に進展はなかった。


 バディ退治の方は、夜に行動して少しずつ撃破しているが、これもやはり時間がかかっている。


 今日は王都にほど近い農村を救った。城も立派な城壁もないが、周囲が麦畑に囲まれているのどかそうないい村だった。

 こんな状況だというのに避難せず農業をさせられているらしい。逃げ惑う人々が目に入った。


 襲っていたのは二本足で立つひょろっと背の高いバディだった。

 壊滅していた農村を発見し、足取りを辿って行って見つけた。同じような農村が近くにあってそこを襲っていたのだ。


 思いっきり身をかがめてジャンプして前進するという奇抜な移動法を駆使しながら、自分の体重で家屋を圧し潰して回っていた。


 そこをやってきた俺とウルとネミッサでほどなく倒したのだった。

 これで発見して始末したバディは三体目だ。


「よし、戻ろうか」

「はい」

「みんな怪我なくてよかったです!」


 ここ一週間、ほかの地域の安否をネミッサと隊長さんに『門』を使って調べていてもらっていたが、由々しきことがわかった。


 主要な都市に限っていえば、もはや壊滅している町の方が多い。


 ともすれば狙いすましたかのように、バディは栄えている町を優先して狙っているようにも見えた。


「大きめの町でまだ無事なのは、勇者が集いつつあるらしい王都に、クーファがバディを倒して襲撃の目を逃れたローコク、ローコク寄りの地方が守られたことで奇跡的に襲撃に遭っていないコンスォ、そしてなぜか東方地方のスミラスクか……」


 ネミッサに開けてもらった『門』をくぐりながら、俺は再確認するようにつぶやいた。


 ……ヘルムートさんすげぇ。

 一度スミラスクがバディに襲撃されたときも短時間で撃退していたし、兵の練度の違いもあるのだろうか。


「小さな町や村落はまだ残っているでしょうけど、いちいち確かめてはいられないですね。隊長さんの話では、生き残った人民や兵力は自然の中に身を隠しているか、王都に集結してきているかのどちらかだろうということですが」

「もしくはほかの町に避難しているか、かな……」


 俺たちのいるコンスォにも流れて来そうである。


 そうなったら、素知らぬ顔をして平和を引き延ばすのも限界になりそうだ。




 屋敷に戻って、俺はコルドウェルさんのところに一日の成果を報告しに行った。


 ただし、バディを倒していることは彼には黙っていた。鳥籠の調査で夜も活動していると言ってある。

 こっそりバディを倒して回っていると知られれば、いろいろ付け込まれそうだからだ。


「そうですか、まだ鳥籠については何もわからないと」

「ですね。すいません。範囲については、だいぶ絞ってきていると思いますけど」

「あなたがたのペースで構いませんので、何かわかればお願いします」


 コルドウェルさんは自分の髭を撫でながら朗らかに言った。


「…………?」


 一週間経ってもほとんど打開策は見いだせないのに、それでいいのだろうか?


 昨日までは自分の眉間をモミモミして困ったような様子を見せていたのだ。


 それが今日にきて、調子が変わった。


「ところで、あなたがたの話では、ビルザールの各地に魔族――いや、バディが降り立ってしまったということでしょう」

「あの流星ひとつひとつが、おそらくバディですからね」


 コルドウェルさんには魔族の正体について、一通りのことは話した。

 アシュリーが真相を知っているから、黙っていてもあまり意味がないと思ったからだ。


「あなたがたの力でそれらを撃退していくことはできませんか? 外へ出ずに屋敷内から、しかも時間をかけずに国中を移動することができるのでしょう? その際、コルドウェル家の家紋の入った旗を掲げて戦ってほしいのです。あなたは顔を隠しながら戦う必要がありますが、それくらい容易でしょう」

「…………!」

「そしてできるだけ目立ちながら、戦っていただきたいのです」


 俺はコルドウェルさんの決意の言葉を呑み込んだ。


 コルドウェルさんはつまりは、英雄になりたいのだ。

 バディ退治も当然、必要なことになってくる。彼が思い至らないはずはなかった。


「ちなみに魔族が存在しなかったことは、誰にも話していません。今後も話すつもりはないでしょう」


 言われて、俺は椅子に座りながら一瞬だけ目をそらした。なるほど、そうきたか……。


 いや、考えれば当然かもしれない。コルドウェルさんは国内にいる人間なんだから。


 顔は、少しひきつったかもしれない。平常心で表情を引き締める。


「それは、つまり、どういうことです?」


 と、俺はあえてわかりきった質問をした。


「……いいですか。魔族を作ったのは同じ人間で、しかもその首謀者がビルザール騎士団の一人パトリック・ラザフォードだった――信憑性はわかりませんが、もしそうなら、そんな事実は我々にとっては知らない方が都合がいいのです」


 そうだ。彼はこのまま、奪うつもりだ。


 雷侯――パトリック・ラザフォードが、自分の座るために用意した席を。


 パトリックのためにしつらえられた救世主という役割の席は、空席のまま片づけられていない。

 騎士の自作自演なんていう馬鹿げた真実に蓋をしてしまえば、誰だってそこに座ることができる。


 手柄がほしいどころじゃない。

 コルドウェルさんはまんまと第二のパトリックに――救世主という存在にありつこうとしているのだ。


 コルドウェルさんはこのまま、魔族をあったこと・・・・・にするつもりだ。


「魔族という得体の知れないものどもがいて、それを率いる魔王という得体の知れない敵がいて、我々がそれを退治する……それが肝要なのです。そのほかのことには、目を瞑るべきだし、口外するべきではない」


 穏やかな口調で、コルドウェルさんは告げた。


『適当にあしらっておこうか?』


 印の中に入ってくれていた黒竜が、俺にしか聞こえない声で伝えた。


 俺は心の中でうなずいた。

 そうしてくれると助かる。


 これ以上の要求を受ければ、なし崩し的にコルドウェルさんの言いなりになってしまう。

 こんな状況だが、駒になるつもりは毛頭ない。


 それに、彼に言われなくてもバディは倒して回っているわけだし。


『承知した』


 言うが早いか、黒竜は俺とコルドウェルさんの間に姿を現した。


「発言に気をつけろよ、人間」


 黒竜は仁王立ちしてコルドウェルさんをにらみつける。委縮したように体をこわばらせるコルドウェルさん。


「それをやって我々に利はあるのか?」

「そ、そうですね、では、魔族を一体倒すごとに報酬などを支払いましょう。必要なものがあるなら、私のできる範囲で手に入れます。それに私が英雄になれば、それを支援したあなたがたに恩赦が与えられるかもしれない。罪は許され、指名手配も取り消されるかもしれません」

「発言に気をつけろと言わなかったか?」


 黒竜は黒い鱗で作った大剣をコルドウェルさんの首筋に滑り込ませた。


「ひっ!」


 コルドウェルさんは言葉を切り、息をのんだ。身体がこわばり、目が恐怖で見開かれる。

 黒竜、やりすぎだよ……。


「つけあがるな。それはつまるところ貴様の一方的な追加の要求ということではないか。対等の取引はどこへ行った? 手前の子どもを救い無事に帰しただけでも、貴様はあるじに多大な恩があろう。これ以上は無粋にもほどがある」

「か、神無月さんはどう思っておられるので?」


 それでも引かないコルドウェルさんもすごい。


 俺は黒竜が本当に大剣でコルドウェルさんの首を撫でてしまいそうに思えて、はらはらしながら答えた。


「とりあえずこの話はいったん保留ということで……」

「この状況を黙って見ていられますか!? 私にはそんな悠長なことできない!」

「ま、前向きに検討させていただきますが、とりあえず保留で」

「今決めていただけませんか? もたもたしていたらほかの者が私と同じことをするかもしれない」

「俺の一存では……こういうことは全員で決めないと」


 だんだん俺が押し切られているのを察知した黒竜が殺気立った目で、


「発言に気をつけろと、何度も警告したのだが?」


 容赦なくコルドウェルさんを威圧した。


 黒竜に威圧されながら、冷汗を流して震えるコルドウェルさんは「やめさせろ」というような目で俺の方を見た。


「黒竜、もうそのへんで……」

「…………」


 俺が言うと、黒竜はしぶしぶコルドウェルさんの首筋から剣を離した。


「あるじと貴様、対等な立場でお互いを利用し合うための協調――もし違えれば、その時は俺が引導を渡す」

「ふ、ふん、品のない使い魔ごときが……」


 コルドウェルさんは首に傷がついてないか、さすって確かめながらつぶやいた。


 黒竜は気にも留めない様子でこの場からいなくなる。

 再び『盟友ミトラの印』の中に戻ったのだろう。


「神無月さん、下の者の掌握は、ちゃんとやってもらわなければ困りますな」

「……一つ確かなことを言わせてもらいますと」


 コルドウェルさんの言い方が癇に障った俺は、少し脅すように言う。


「つまるところ俺が『やめろ』という一言を発するよりもずっと速く、黒竜はあなたの首を刎ねることができます。そして俺は使い魔たちを従者とか下の者とか、そういう風には思っていない。対等の立場としてお願いすることはあっても、命令してまで彼らを抑えつけるつもりはありません。もちろん殺そうとしているのを見たら止めますが、たとえば俺がよそ見とかして見ていない間に黒竜が何かよからぬことをしたとしても、後で咎めるくらいしかできないでしょう。床に転がるあなたの首を見て、だめじゃないかと言うしかない。申し訳ないですけどね」

「…………!」

「ではこれで失礼します」


 コルドウェルさんの私室を後にして、俺は深く息を吐いた。


「はぁー、疲れた……」


 疲れたうえにうまくあしらえたとは到底思えない結果だった。


 アシュリーは優しくていい奴なのに、その父親はどうしてこんなに面倒くさいんだ。


 これがきっかけで追い出されたりしないよね……?


『聞いててはらはらしたわよ』

『しゅわっ』


 印の中で黙って様子をうかがってくれていたチェルトとしゅわちゃんは呆れたように言った。


「黒竜、楽しんでたでしょ」


 俺が言うと、黒竜は再び現れ、冷笑するように口元を釣り上げた。


「わかるか? ……まあ発言に嘘はないがな」

「あのときはああ言ったけど、間違っても殺さないでよ。いくら腹黒いといってもアシュリーたちのお父さんなんだから」

「よかろう。しかしあるじは奴に対して、もう少し横柄な態度でもよいと思うぞ」


 アシュリーもコルドウェルさんの血を引いてるんだよな……今はよくても大人になったら腹黒くなる可能性があるのか。おそろしい。


 なんて思っていると、


「稀名ー、おかえり」


 ちょうどタイミングよくアシュリーと出くわした。


「僕のお父さんがどうしたの?」

「いや、なんでもないよ」


 俺は苦笑いしながら答えた。

 アシュリーはきょとんとして、まつげの長い目をぱちくりしている。


「まあいいや。ところで稀名、このあとって暇?」

「うん、とくに予定はないけど……」

「じゃあちょっと付き合ってよ」

「なんか用事でもあるの?」

「そんなところ。疲れてれば明日でもいいけど」


 こんな夜中になんの用事だろうか。


「いや、大丈夫、いいよ」


 なんの用事でもいいか。ほかでもない友人の誘いである。俺はよどみなく頷いた。

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