表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
96/122

95 『彷徨やまぬ黒き管』

 時間は日没直前。人の通りも少なくなり始める頃なので、十分目立つことなく行動できるだろう。


 編成はネミッサと俺と隊長さんで行くことになった。

 使い魔は姿を消して印の中へ隠れられるので連れていくことにする。


「できればご主人様の近くにいたかったですが……ご命令ならここで待っています」

「先にごはん食べて寝てるからねー!」


 ウルは深々と一礼し、レルミットは笑顔で手を振って図々しいことをのたまった。


「気を付けてね」

「…………」


 アシュリーとクローディアは不満そうにしながらも見送ってくれる。


 クーファはというと、俺のベッドを占領して大の字になって寝ていた。


「クーファ?」


 ベッドに近づいてみると、クーファは堂々と熟睡していた。どうりで静かなわけだよ。


「ちょっと霊符で外へ行ってくるね」


 俺はクーファの肩を揺らしながら言った。

 事後報告で怒られるのも嫌なので、最低限のことは告げてから行く。


「おー……わしも行く……」


 かろうじて聞こえたのは、まさかの同伴を望む声だった。


 周囲の音は聞こえているようだが、いまだクーファの瞼は半分以上閉じている。

 そして白いシーツに背中をくっつけたまま上体を起こそうともしない。


 置いて行ったら後で何を言われるかわからないな……置いて行きたいところだけど。


 俺はクーファのほっぺたを軽く引っ張ってぷにぷに急かす。


「じゃー早く起きなさい。置いて行くよ」

「んー……」


 そういうわけで寝ぼけ眼のクーファも加わった。


 移動先は、隊長さんの仲間がいる場所である。王都より西方にあるシダノアという都市だ。


 西方ではおそらく一、二を争うほど栄えている主要な都市のひとつらしい。


「では俺たちが周囲の状況を軽く探りつつ、隊長さんが仲間との連絡を取り情報交換し次第すぐに退散するということで」


 俺が簡単に概要を確認すると、


「ああ、頼んだ」

「わかりました。もしバディが町を襲っているなら私たちが追い払います」

「んー……」


 若干心配な返事があるが、三人は各々頷いた。


『しゅわしゅわしゅわ(まあ衛兵に見つかっても心配するでない)』

『そうなったら私たちが追い払うわ』

『ふむ』


 小太刀の印の中で、使い魔たちが言った。頼もしい限りだ。


「では行きます」


 ネミッサは手慣れた動作で魔法陣と霊符を使って『門』を開いた。


「――なっ!?」

「これは……!」


 『門』をくぐると、周囲は異様な熱気に包まれていた。


 家々はすでに焼け焦げて炭になり、残り火が煙を立たせながらくすぶっている。

 レンガ造りだったらしい家は、わずかな土台を残して根こそぎ台風で飛ばされたかのように原型がほとんど残っていない。


 炎は城壁のすぐ外にある森にまで延焼し、そこではまだ勢いのある赤い揺らめきがもうもうと上がっている。

 暗い夕焼けを呑みこむように燃え上がる赤が、遠くからでもよく見えた。


 あたりには、肉や髪の毛が焼けたような悪臭が立ち込め、風が吹くたび俺たちの鼻孔にそれが運ばれてくる。熱のこもった空気が、さらに気分を悪くさせる。


「ううっ」


 ネミッサは口と鼻を押さえてうめいた。

 持ってきたクォータースタッフを手放さないあたり、まだかろうじて気力はもっている様子だ。


 周囲に、悲鳴は聞こえない。


 俺たちがいる通路には、逃げ遅れた人たちの焼死体が転がっている。喉をかきむしったりのたうち回ったような生々しい体勢のままだ。

 たぶんここだけではない。所々に生きながら炎に包まれ焼かれた人たちが倒れているのは明らかだった。


「くそっ、すでに手遅れだったか……!」


 冷静さを失わなかった隊長さんは、舌打ちしてかぶりを振った。


「ひどいです……」


 ネミッサは絞り出すようにつぶやいた。


「胸糞悪い光景じゃな」


 ようやく目覚めたクーファは、むすっとした顔で周囲を見回す。


「そうだ、生きている人は――」


 小太刀を取り出して風を吹かせようとすると、地鳴りのようなものが響いた。


 やや遠くの方に、なにか巨大な黒い影がいた。

 それは焼け焦げた住宅に紛れていてはじめわからなかったが、地鳴りがするとすぐに周りと違うことがわかった。


 細かいトゲトゲのついた巨大な筒だった。


 それが、ごろごろと瓦礫と化した家々を破壊しながらこちらに迫っていたのだ。


「あれがこの地に降りたバディか――!」


 この町を焼き尽くした張本人であるのは明らかだった。


 俺の周りに、チェルトたちが次々と顕現した。

 ネミッサの周りにも、すでにコルたちが守るように現れていた。


 巨大なトゲ付きの筒は、俺たちを轢き殺そうと速度を緩めずに突進してくる。


「くっ、きみたち、早く避けなければ!」


 焦る隊長さんに肩を掴まれたが、俺は大丈夫と言うように微笑した。


「避ける必要はありませんよ、隊長さん。――『黒妖鱗アウフホッカー』」


 焦げ付いた地表に、魔法陣が浮かび上がる。


 俺は鉄の鱗を生み出す黒竜の魔法で、筒が突進する進路上の地面に坂道――即席の発射台を形作った。


 猛スピードの筒は坂道に乗り上げて、俺たちのすぐ頭上を飛び越える。


「しゅわっ!」


 宙に投げ出された筒に向けて、しゅわちゃんが高電圧の雷撃を食らわせる。


 ――が、黒い表面がわずかに焦げただけで、見たところそれほどダメージはないようだった。


「しゅわしゅわー……(雷が無理なら我には簡単には倒せん。あとは任せた)」


 荒っぽく着地した筒は、その場で停止。


 それから筒は、片方の端を軸にしてごろごろと動く。

 奥が暗くて良く見えない、筒の空洞部分がこちらを向いた。


 ――何か来る!

 一瞬空洞部分が光ったかと思うと、筒からバーナーのように炎が勢いよく噴き出す。


「この炎が町を焼いたようだな」


 黒竜は言いながら前方に黒鱗の盾を形成した。

 黒い盾が炎を防ぐと同時に、ネミッサによる氷の魔法が地面を走り筒の動きを封じた。


 だが炎は上がり続けている。氷は地面に接する筒の外側を凍らせただけの一時的な足止めで、黒竜が作った黒い盾もだんだん熱を持って溶けだしてくる。


「今のうちに!」

「盾も長くはもたんぞ」


 ネミッサと黒竜は言ったが、すでにクーファがバディの懐に入っていた。

 筒の側面から、トゲの間を縫ってクーファの拳が炸裂する。

 けたたましい音とともに、筒は砕けていく体をまき散らしながらスピンした車のようにぶっ飛んで、焼け焦げた民家を破壊しながら失速し、やがて動かなくなった。


「なんとかなったか……」


 細かく砕けるように崩壊していくバディを確認し、俺は安堵する。


「よくやってくれたな白竜よ」

「ふんっ、気安く話しかけるでないわ。何様じゃ」


 コミュニケーションを図ろうとして失敗する黒竜に苦笑しながら、風で生きている者の気配を探知する。


 生き残った者はほとんどいない。


 それでも死にかけの十数人くらいを見つけ、クーファに魔法で治してもらう。


「これは、思ったより深刻みたいだな……」


 まだ意識を取り戻さない横たわった人たちを見ながら、俺はつぶやいた。

 服も半分以上焼けてあられもなかったが、そこはもはやどうしようもない部分だ。目を瞑っておこう。


「森に移っていた火事も消し止めてきました」


 とネミッサとコルが帰ってくる。

 無事に周囲の消火も完了したみたいだ。


「骨が折れたぜ」


 コルはネミッサの胸のあたりに抱きかかえられながら息をついた。


 気付けば夜も更けていた。クーファが再びうとうとし始める。


「逃げ遅れた者はほとんど始末されてしまったが、町が全焼する前に逃げ延びた人々もいるだろう。必ずしも絶望的な状況ではないな」


 と隊長さんは言った。


「無事に逃げ延びていますかね?」

「大丈夫かどうかはわからないが、我々が関わるほどではないだろうな。もとより、バディは人や人工物にはよく反応を示すが、自然物は逆にあまり破壊しない。だから人々は苦し紛れに山奥や深い森の中などに逃れてどうにか生き延びる。……少なくとも、私たちの国はそうだった」

「そっか、たぶん、パトリックはそういう風に……自然物をなるべく攻撃しないようにバディを創ったんでしょうね」


 俺は納得して言った。


「あえてそうした、ということか?」

「はい。人を生かすためにわざと用意された逃げ道です。救う人間がいなければ、救世主にはなれませんから」

「そうだろうな」


 ならば逃げた人たちは大丈夫だろう。


「稀名さん、あの、少しいいですか?」


 ネミッサは言いにくそうにして俺に視線を送った。


「どうしたの?」

「鳥籠もそうですが、国内でバディが暴れているのも、その、あまり看過できないというか……」


 言いながら、青いツチノコみたいな体のコルを抱きしめる力が強くなっていくのが見ていてわかった。


 たぶんネミッサにとっては、この問題はかなり重要なことだろう。こうならないために、結界をずっと修復していたのだから。


「我々には知ったことではないだろう。身を護るためやむなくならまだしも、あえて首を突っ込む問題でもあるまい」


 黒竜は元も子もないことを言った。


「でも、でもですね……」


 とネミッサは食い下がる。細い糸一本で大事なものを支えられているかのような弱々しく不安げな顔。


 濁した言葉の先は、わかっている。


「うん、バディ退治も片手間でやっていこう」


 俺は頷いた。

 国内を探っていけば、鳥籠を破るヒントが見つかるかもしれない。


 何より、ネミッサなら一人でも無茶してバディを倒して回りそうだ。

 さすがにそんなことはさせられないし、してほしくはなかった。


「ありがとうございます、稀名さん」

「ただしコッソリね」

「はいっ」


 ネミッサは目に浮かぶ涙をぬぐって、笑顔でうなずいた。


 胸の中で強く抱きしめられているコルが、苦しそうにぐったりしているのが目に入った。なんだかぬいぐるみみたいだ。生き物だって忘れられているのではないだろうか。


「そういえばクーファ」


 『門』を開いてコルドウェル邸へ帰還する途中、俺はクーファを呼び止めた。

 黒竜は印の中に戻るように言っていたので、もうここにはいない。


「なんじゃ」

「黒竜のことだけど――」


 言っていくうちに、みるみるクーファの顔が不機嫌にゆがんでいくのが見て取れた。


「黒竜がなんじゃ?」

「いや、えっと、なんでもないよ」


 あまりに怒りが爆発しそうなので、俺は少し説得をためらった。

 隊長さんが、一足先に『門』の中に入っていく。霊符を構えるネミッサは、気まずそうに目をそらしながら俺たちの話を聞いていた。

 クーファは深くため息をついて、表情を和らげた。


「どこからか話を聞いたんじゃな。昔わしの家族が、黒竜と人間どもに殺されたのを」

「うん……ごめん」

「調子に乗った人間どもに語り継がれている話じゃからな。べつに責めるつもりもないのじゃ」

「俺としてはできるだけみんなで仲良くやっていきたいところだけど、やっぱりどうにもならない問題かな?」


 俺はできるだけ優しくクーファに尋ねた。

 クーファは押し黙って、やがて鷹揚と口を開いた。


「……獣が精霊になると、かつての習慣や行動や自分の性格を劇的に変えるものがおる。自分と自分をとりまく環境が一変するからじゃ。魔法も覚えられるし、知恵もついて、できなかったことができるようにもなる。ずっとやってきた習慣も、そうしなければならない必要に迫られなくなるのじゃ。そうやって長く生きていると、昔の精霊でなかったころのことは次々と忘れていく」

「うん」

「じゃが一方で、昔のことをどうしても忘れられないものもおる。昔の習慣や性格をずっと続けて、今までの自分を保ちたいものもおる。わしもそうじゃ。長く生きていく間で、たしかにあった過去を忘れたくない……ただそれだけなんじゃ。おぬしの黒竜が悪くないことは、わしにもわかっとる。しかしこの気持ちだけはどうしようもないのじゃ。この憎しみは、わしにとって忘れてはいけないものなのじゃ」

「そっか……」


 クーファは不機嫌そうに「ふん」と顔をそらしながら、


「ただ、稀名がそこまで言うなら、日常会話くらいなら交わしてやってもよいのじゃ」


 少し照れくさそうに言った。


「ならば最初からそうしていればよいのだ。さあ握手をしてやろう」


 話を聞いていた黒竜がいきなり現れて、余計なことを口走った。


「あ」


 クーファに向けてずいずいと差し出される大きな手に目を落として、俺は声を上げた。

 ダメだこりゃ。

 せっかくいい感じに説得できそうだったのに台無しじゃないか。


「だからなんでそんなに偉そうなんじゃ! 死ね!」


 一瞬で眉を吊り上げたクーファは、黒竜に殴りかかる。


「ぐおっ! なぜ殴られねばならんのだ! あるじ!」

「いや今のは完全に黒竜が悪いでしょ」

「なんと!」


 はらはらしながら様子を見ていたネミッサが、一安心したのかくすくすと笑った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ