94 神無月稀名を倒すということに対する需要
書物を調べてもらっていたネミッサや町の様子を見に行ってもらっていた隊長たちと合流し、借り受けたコルドウェル邸の一室に、俺たちは集まった。
俺たちが今日調べたことを報告すると、
「……その、私のほうでも、とくに収穫はありませんでした」
ネミッサも言いにくそうに目を伏せて告げた。
攻略の手立てはないか……。
「たとえば過去に同じような出来事が起こっていたなんてことは?」
「歴史関係の書物も調べたんですが、この事態は初めてのことのようですね。教団がこの事態を引き起こしたことは確実ですから、魔法師の専門的な書物があれば違った発見もあったんでしょうけれど……」
「さすがに一般的な家庭じゃそれは望めないよね」
ネミッサの方は手を尽くしたというより、資料がなくてどうにもならなかったという結果のようだ。めぼしいものがあれば別だったろう。
「我々は町の様子を見てきたが、住民たちは不安がっているな」
ネミッサが話を切ったのを見て取って、隊長さんが報告した。
レルミットは座りながら、気楽そうに隊長さんに任せている。
隊長さんは続ける。
「何が起こっているかはわからないが、とにかく恐ろしいことになっていることはわかるといった風だ。空があんな風になっていれば不安がるのも無理はない。今は騎士や私兵団たちが尽力してどうにか普段通りの生活を送れているようだが、いつ不満が爆発するかわからん状態だ」
「町に被害はなく、なおかつ事情を把握していないのが救いということですか。魔族が降ってきたことを知ればすぐにでもパニックになりそうですね」
「それも時間の問題だろうな。それに関しては……こいつの口をふさぐのも大変だった」
と隊長さんは心底疲れたような目でレルミットを一瞥した。
「あー、なるほど……」
おしゃべりに夢中になって思わず秘密を口に出すレルミットの姿が容易に想像できてしまう。
俺は引きつった顔でレルミットの方を向いた。
「何?」
レルミットは、きょとんとしながら、俺と顔を見合わせる。
「こいつわかってないな」
隊長さんはため息をつきながらつぶやいた。
「誰のことー?」
「お前だお前。今度は絶対に外へ連れて行かんからな。引退しろ」
「そこまで!?」
隊長さんは俺に向き直る。
「ちなみに、町で鳥籠について知っていそうな者を探したが、誰もいなかった。神無月君の仕業だという意見は一定数聞いたが」
「俺じゃないですよ!」
とっさに否定すると、隊長さんは笑った。
「知っている。こちらももう少し聞き込みを続けてみる。さすがに一朝一夕じゃじゃ何もわからん。一、二週間ほどあれば、ある程度町の人間とネットワークを形成できる。そうすれば入ってくる情報の質も変わるし、こちらで情報の操作もある程度できるようになるだろう。教団の残党も見つかるかもしれん」
「ぜひそのへんはお任せします」
「了解だ。それとこれは余談だが――」
隊長さんは懐から紙切れを取り出した。
「商会ギルドに行って、貼られていた手配書を盗……拝借してきた」
俺の手配書だ。ウィズヘーゼルを滅ぼしたという罪状が増えている。
金額は五億レーギンに上がっていた――って、五億!?
「前見た金額の二倍になってる……!?」
俺は目をむきながら、何度も文面を見直した。ちゃんと読めている。間違いではない。
「そのようだな」
「あわわわ、大変なことに……」
「ちなみにネミッサ・アルゴンの懸賞金は三億になっていたぞ」
言われて、「ええー……」ネミッサの顔も青ざめた。
隊長さんは苦笑しながら肩をすくめる。
「由々しきことに、ウィズヘーゼルの件が評価されて君らの人気はうなぎ上りだ。やったな」
「非常にうれしくない」
「パトリック殺害の件が知られればさらに金額は上がるだろうが……この非常事態だ、そんな場合ではないだろう」
「殺してないですからね」
まあローコクの人たちの認識からしたら殺害で間違っていないのだろうけれど。
「そもそもさー!」
と、いつの間にか窓の外を見ていたレルミットは、顔だけこちらに向けて口をはさんだ。
ショートパンツに支えられた尻がこちらを向いているあたり、まともな話し合いへの参加の拒否を表明しているのは明瞭だが、言いたいことは言いたいらしい。
「結界ってまだ壊れてないんだよね?」
「そ、そう簡単には壊れないはずです……」
ネミッサは自信なさげに答える。
「この鳥籠に対しては何も反応しなかったけど、鳥籠は結界の外で作られたってことなの?」
「たしかにそうだね……」
もしくは結界じゃ防ぎきれなかったのかのどちらかだろう。
普段ビルザールを守っているという結界は目には見えない。目に見える鳥籠と違って、境界はあいまいだ。
「……鳥籠の範囲を特定しないとなんとも言えませんが、ギリギリ外で作られたと考えるのが妥当でしょうね」とネミッサ。
「結界ちょっとガバガバすぎない? 抜け穴たくさんあるじゃん!」
「それは、昔の結界を作った人に言ってくださいよう」
ネミッサは困ったように返した。
レルミットの言わんとしていることはわかるが、それをネミッサに言ったところでどうにもならないだろう。
「ところで、私は夜も少し町に出てみる。まだやれることがあると思う」
と隊長さんは言った。
「それと、ほかの町に滞在している同じ情報屋の仲間もいる。もし霊符で移動できるなら、直接連絡を取りたい」
ネミッサは「やってみますっ」とうなずいて、霊符を取り出した。
「いや、今じゃなくてもいいんだ。明日でもいい」
「でも私自身、ほかの町がどうなっているのか心配なのもあります。隊長さんが仲間と会うついでに見に行きたいです」
「それは願ってもないことだが……防衛のために各地に騎士を配置しているんだし、昨日今日で陥落しまくるなんてことはないんじゃないか?」
たしかに隊長さんの言う通りだ。
ただ、いきなり襲撃されたら対処も難しいだろうし、長期戦になれば不利なのはこちらだろう。間違いなく国は混乱している。
「これから夜になるから、そうしたら目立たないし、行動しやすいかもしれないね」
俺が言うと、隊長さんは「なら誰にもバレないくらいの少人数で行動したい。できるだけ余計なことはせずに、迅速に」と頷いた。
「そうしましょう」
そんなこんなで急遽ほかの町の視察が決定した。
「――あ、いたいた」
そのとき、ドアをノックして室内に金髪の少年と少女が入ってくる。
アシュリーとクローディアである。
クローディアはアシュリーの背中に隠れながら、敵意のこもった目で俺を見た。
どうやら晩御飯ができたので知らせに来てくれたらしい。
使用人とかにやらせればいいのに、わざわざ呼んできてくれたみたいだ。
「僕らも仲間に入れてくれよう。何かやれることはないの?」
アシュリーは俺たちを気遣って言ってくれる。
職場である私兵団のところにいずれは復帰したいらしいので、彼は彼の仕事をするべきなんだろうけど……。
「うーん、これから少人数でほかの町の様子見に出かけるけど、アシュリーは留守番かな」
「えーっ、なんだよー連れてけケチ―」
冗談めかして言うと、アシュリーも冗談めかしたように俺をぽかぽか殴ってくる。
笑いながら、俺は自分の手配書をアシュリーに見られないようにさっと背後に隠した。
コルドウェルさんからは何も言われてないみたいだし、俺からも指名手配されていることについて何か言うことは避けることにした。
バレた時にどんな反応をされるのか、いささか怖くなってくる。だがもう少し、せめて彼が職場に復帰するまでは、俺の正体は隠しておこう。




