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93 黒竜と白竜

 コルドウェルさん宅にかくまってもらい休息をとった次の日、俺たちはさっそく鳥籠破りの検証にかかった。


 検証班は俺とバンナッハ、それに傍らにはウルとクーファがいる。使い魔たちにも、検証に協力してもらう。


 顔が割れていない隊長さんとレルミットには町の様子を見に行ってもらい、ネミッサにはコルドウェルさんの家にある文献を当たってもらっている。


「やっぱりどう攻撃してもヒビひとつ入れることはできないか……」


 俺は何度か物理攻撃と魔法攻撃の両方で破壊を試みたけれど、檻の格子はびくともしなかった。


 周囲は人気のない野原で、町も遠くにしか見えない。

 ネミッサに『門』を使ってもらって、屋敷から直接鳥籠の端まで移動したのだ。これならわざわざ忍ばずとも行動は可能だ。

 位置的には南東の端っこあたりだろうか、全く知らない土地だった。


「いや、そもそもどうにかしてヒビを入れたところで、こんな広大なものを破壊することなんてできないか」

「ふむ」


 人間の姿で腕を組んでいた黒竜は檻の格子に手をつく。


 そして自らの黒い鱗を増殖させてみたが、檻が干渉している空間を貫くには至らない。檻が阻んでいる空間に合わせるようにして横に広がるのみだった。


「なんらかの魔法であることは間違いないのであろうが、いかんせん強力過ぎる」


 黒竜は鱗を戻して口を曲げた。


「隙間からも無理だったね」


 ツタが絡まり合うようにそびえている檻の格子は、出られそうなでかい隙間がいくつもあり、向こう側も見ることができる。

 だがその隙間から出ようとすると、見えない何かに阻まれているようでどうしても進むことができなかった。


 太陽の光は鳥籠の中にも変わらず降り注いでいる。そして向こう側が見えるということは、可視光線もこの鳥籠を通り抜けている。

 つまり檻の隙間は光――少なくとも一定の波長の電磁波は通すのだろう。


「しかし魔法が通じないとなると難しいな」


 まるで不動の鎧みたいだ。ただ、あれも物理攻撃や魔法を無効化させていたけれど――この鳥籠とはまた規模も勝手も違う。

 無効化しているというより、通じていない。干渉ができない。

 それが魔法を消し去り物理的な衝撃やダメージさえゼロにする不動の鎧と違う点だ。


「ううむ、難しいな。しゅわちゃんの雷でも無理だった?」


 うなりながらしゅわちゃんに顔を向けると、その姿を見て俺は気が抜けてしまった。


「しゅわしゅわ、しゅわー(無理だ。そもそも精霊はほとんど魔力で構成されている存在……魔法が通らぬなら我々が何をやろうが破壊することなどできないのではないか?)」

「……何やってるの?」


 人間化していたしゅわちゃんは、仏頂面のままで幼女のクーファを後ろから抱きしめて頬ずりをしていた。

 抱っこされるように持ち上げられたクーファは、地につかない足をだらりと下げて何か諦めたようになすがままにされている。


「しゅわしゅわしゅわしゅわ!(我はかわいいものに目がないのだ)」


 真面目な顔で主張するしゅわちゃん。表情には出ないようだが声が相当興奮している。


「あまりにしつこいものでな、抵抗をあきらめたのじゃ」


 よく見ると、クーファはうんざり気味ではあるものの嫌そうな顔はしていなかった。

 なんかもうこの人たちやる気ないんじゃないかな。


 ……気を取り直して、調査を続けよう。


「鳥籠の中にとどまる範囲なら、魔法は使える。外と干渉しない限りは、制限はない。これも確かなことだね」


 俺たちはネミッサの霊符で、この鳥籠の端まで来た。

 むしろ魔法師の魔法は調子がよくなっている、と朝ネミッサに言われたのだ。そこも謎だ。


「私たちの魔法でも無理です」


 とウルとその使い魔たちも報告した。

 ウルはまた眼帯をして片目を隠していた。コルドウェルさんの家に駆け込んだ時はしていなかったが、やはり普段はしていた方がいいのではないかというウルの判断ですぐに隠されたのだった。


「……ウル、新しい精霊はなじんでる?」

「ええ、まあ、グリンさんが先輩風を吹かせていい気になっていますが、それ以外は問題もなく。……バルジーノさん、ごあいさつを」


 ウルに言われて、手枷から三メートルくらいはあろうかという巨大な羊のような化け物が現れる。

 体毛は黒く、とぐろを巻く茶色い角には細い筋が枝分かれしながら走っている。近くでたたずむ姿は圧巻だ。


 黒羊は礼儀正しくぺこりとお辞儀をしたので「あ、どうも」と俺もお辞儀を返した。

 アデルバートさんの武器になっていた精霊である。自分の周囲の空間を固めて壁を作っていたやつだ。

 名前はバルジーノといった。もともと大人しい性格で、民家で家畜のことを守っていたら雷侯に襲われてしまったらしい。


 こちらも大自然へリリースしようとしたら鳥籠がなくなるまで恩人たちに仕えたいということでウルが仲間にしたのだった。


「……おもに家畜を災難から守ってくれるみたいです」

「家畜いないなぁ」


 俺が災難に遭う時はウルがバルジーノの魔法を使ってくれることを期待して、俺は鳥籠に向き直った。


 鳥籠には触れることもできる。

 撫でるようにすると加工したプラスチックのようなすべすべした感触が、押そうとすると鉄の扉を押しているかのようなどっしりした重厚感が手に伝わる。もちろん素手での破壊などできるわけがない。


「現状、打つ手はないな……」

「ですね」


 閉口して空を仰ぐ。

 隣にはウルがいて、同じように鳥籠を見上げて立ち尽くしていた。肩がぶつかりそうでぶつからない距離。


「えっと、ウル?」

「なんでしょう」

「いや、いいんだけど……」

「…………?」


 なんだかウルがいつもよりそばにいるように思える。前はもう少し遠くで見守っているような感じだったような気がしないでもないのだけれど、今は手を少しでも伸ばせば余裕で届くくらい近い。

 ウルは普段通り澄まして、なんでもないような顔だ。


「…………むう」


 ウルと同様俺の隣りにいたチェルトが、不満そうに唸って俺の服をつかみ、距離を詰めてきた。

 どうもやりづらいなぁ……。


 思っていると、足元の地面から突然憮然とした男の顔が生えてくる。


「地中もダメだな。鳥籠の格子が続いている」

「うわあ、びっくりした」


 ネミッサの使い魔であるバンナッハだ。背泳ぎをするみたいに顔だけ地面に出している。


 地中を潜れるバンナッハには、地下から鳥籠の攻略を頼んでいた。

 ――のだが、結果はやはり芳しくないようだ。


「ずいぶん長いこと地中にいたね」

「ああ。少々深くまで潜ってみた。全体像がでかすぎて把握しにくいゆえにおそらくなのだが、鳥籠は空と同じように地中でも中心に向かってすぼまるように狭くなっているようだ。こう、全体としては球に近い楕円形のような形をしているようだな」

「なるほど」


 丸めのラグビーボールみたいな形だろうか。地下からならくぐり抜けていけると思ったが、甘かったようだ。


 何か攻略法はないかと首をひねっていると、


「白竜よ」

「なんじゃ」


 黒竜がクーファに話しかけに近づいた。

 しかしクーファは黒竜が来た途端露骨に嫌な顔をする。


「なぜ俺にはそんなに冷たいのだ? 俺が何かしたか?」

「なにもしとらんわ。あっちいけ」

「しゅわしゅわ(貴様にかわゆきものは似合わん。立ち去るがよい)」

「ぬう、雷鳥まで……」


 そういえば出会ったときから、クーファは黒竜に対して、あまりいい顔はしていなかったように思える。

 その時だけならクーファの気まぐれだったとも思えるけど、その嫌そうな態度はずっと続いていた。


「あるじよ、なぜか俺は白竜に嫌われているようだが、どう思う?」


 少し離れてその様子をうかがっていた俺たちのもとへ、物憂げな黒竜は戻ってくる。


「うーん、確かになんか黒竜といるときだけ機嫌悪くなるね。原因はなんなんだろう?」


 俺の使い魔になってから、黒竜がクーファに対して何か失礼なことをしたことはなかったはずだ。

 雷侯の精霊兵器だったときのことを気にしているなら、しゅわちゃんにだって同じ態度を取るはず。


「俺はなにもやっていない。断言する」

「生理的に無理なんじゃないの?」


 チェルトが容赦ない一言を黒竜に浴びせた。「ぬう」と黒竜の顔がこわばる。

 それはあれか、同じ竜であることに対する同族嫌悪的なものだろうか。


「それはおそらくな」


 とバンナッハが俺たちの足元に潜ったままで言った。


「な、なにか心当たりでもある?」


 足元にいるのであまり気に留めないのだが、いざ認識すると生き埋めの男がそこにいるようでいちいち肝が冷える。


「昔の伝承に白竜の家族が殺されたエピソードがあってな」

「それがどうしたのだ」


 黒竜は眉を顰めるだけだったが、なんとなく言いたいことが理解できた俺はバンナッハに尋ねた。


「もしかして黒竜が関係してる?」

「ああ、黒竜は昔は人間とのかかわりが深かった。人間と協力し、白竜の親を殺したことでも有名だ。白竜が精霊化する前の話だな。黒竜と白竜の一族は、あまり仲がよくなかった」

「……なるほど」


 クーファの家族は、人間と黒竜に殺されていたのか。


「それは大昔の話だろう。たとえ俺の一族が奴の一族と関係していたからといって、そんなもの俺は知らんし、俺個人の話でもない。俺と白竜は何の因縁もない」

「クーファはちょっとは気にしてるみたいだけど」

「少し誤解を解く必要があるようだ。できればでいいのだが、白竜と一度話す機会を与えてほしい」

「それはいいけど、誤解を解く解かないとかじゃないような気もするな」


 生理的に無理というチェルトの意見は、少しは的を射ていたみたいだ。

 黒竜がいくらクーファに歩み寄っても、関係が好転することはないような気はする。

 たぶん、忘れたくても忘れられないようなことなのだろうし。


 まあそれでも、あまり険悪な雰囲気になられても困るし、アシストくらいはしてあげよう。


「今日の調査は終わりにしよう。ネミッサの迎えまでまだ少し時間はある。それまで自由時間ということで」


 俺はみんなに言って、黒竜に目配せした。黒竜は頷く。


 ネミッサの迎えを待っている間、俺は草むらに腰を下ろして、今日でわかった鳥籠に関することを頭のなかで整理した。


・物理攻撃、魔法攻撃いずれも破壊は不可能

・無効化しているわけではなく、バリアのような正体不明の魔法が通過を阻んでいる

・檻の隙間から出ることもできない

・光は通す

・地平を中心にして楕円のような形をしている

・現状どうしようもない


「これ詰んでるんじゃないかな……」


 調査はできたが、なんの進展も得られていない。

 絶望感が小走りで迫ってきているのが確認できたくらいだ。


「ぐあー!」


 クーファたちの方を見ると、どう言い寄ったのか、黒竜が憤慨するクーファに殴られてぶっ飛ばされていた。切り出し方がまずかったのかな?


 二人の問題はさておき、どうにかコルドウェルさんが滞在を許してくれているうちに鳥籠を攻略しなければならないな。どのくらいの期間を想定してもらっているのかわからないけれど、あまり長い間は滞在できないだろう。


 顔だけ出しているバンナッハの鼻の穴にペンペン草を差し込もうとしている河童を押さえつけながら、俺はため息をつく。


 とにかく、文献を当たってもらっていたネミッサに期待するしかないか。

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