91 流星群と空這う檻の格子
隊長さんの負傷した手は、クーファによって瞬く間に完治した。
「魔法というのはすごいものだな……!」
目を皿のようにしながら、隊長さんは治った手を動かしたりさすったりした。
「改めて礼を言うよ、神無月君。これでようやく、祖国に胸を張って帰れる」
隊長さんは俺に深く頭を下げる。
「いつでも復興のお手伝いに行きますよ。たぶんまだバディはいろんなところで暴れているだろうから」
「何から何まで助かる。きみには感謝してもしきれない。いいように利用しようとしていたことは謝罪する。すまなかった」
「いいんです、いいんです」
やっぱいいように利用しようとしてたんだ……!
大人って怖い。
「ちなみに唯一の教団の本部は、城の地下にあり、すでに機能はしていません。もうバディを作ることもできないでしょう。そう、唯一の本部なのでね」
「念を押さなくともわかっているよ」
よし、これで結界の外にある第二本部のことはごまかせるだろう。
逃げていたアシュリーとクローディアも、騒ぎが収まると戻ってきた。
「アシュリーとクローディアは、あんまり戻ってこなかった方がよかったかも」
「なんで?」
説明する時間がない。
案の定やじ馬たちも戻ってきて、電撃で倒れていた衛兵たちも意識を取り戻す。
「パ、パトリック様が殺された!?」
「く、くそっ」
「いや、相手だって消耗しているはずだ!」
「パトリック様の弔い合戦だ!」
たちまち兵士と男たちに囲まれ、さらに遠目からはやじ馬たちが剣呑な表情でこちらをにらむ。
「やっぱりこうなるか……」
「わしはめんどくさいので稀名にまかせるのじゃ」
幼女になったクーファは眠たそうにあくびをする。
「くっ、来るなら来い!」
「そうだ! やつらを殺せ!」
「賊どもを生かして帰すな!」
「殺せ!」
「殺せ!」
俺たちが疲弊しているのを見て取って、盛り上がってくるギャラリーたち。
黙って聞いていれば好き勝手言いやがって畜生め。
俺はため息を一つついて、前に出た。
いきなりいくつもの矢が飛んでくるも、すべて黒竜の鱗が防いでくれた。
「――では、あちらもやる気十分のようだし、俺が一思いに遊んでやろう」
俺はパトリックの宿ったコントローラを構える。
「このゲームパッドでな!」
それからおもむろにスタートボタンを押した。ぽちっとな。
コントローラから『流動する髄』が発生する。
見る間に、周囲一体の地面が『流動する髄』の湿地帯へと変化していく。
魔力で操っているのでスタートボタンは押さなくても泥は出るんだけど、気分の問題だ。
いきなり汚い水に浸された地面に、兵たちは戸惑って足を止めた。
「なんだ!?」
「何らかの攻撃か?」
「魔法!? さきほどパトリック様の使っていたものに似ている!?」
泥を操って泥人形のような人型を何体か作った。
「こ、これは?」
「ひるむな! かかれ!」
……俺の愛したゲームのコントローラはもう帰ってこない。
ならばもはや、このパトリックで遊ぶまでだ!
「上上下下左右BA! このっ! このっ!」
やけくそぎみにボタンをかちゃかちゃやりながら、生れ出た泥人形を操って人々を襲う。
泥はちゃんと殺傷能力を抑えることにする。
泥人形の腕をぶんぶん振るって兵士に当てるゲームである。
もちろんボタンを押さなくても魔力で泥は動くが、精一杯遊んでいる感を出すためにボタンは押すことにする。
「うわぁっ!?」
「泥人形が襲ってくる!?」
いやー、これはいいゲームだなー……。
じつにいいゲームだなー……。
「ねじ切るやつはえげつないので使わないでおいてやろう! ありがたく思うがいい!」
ゲームではなく現実である。
そんなものはわかっている。
兵士たちが剣をふるうも、泥人形には効かない。
だがこちらの泥のビンタはいくらでも当たる。
「ふはははは! まるでボーナスステージじゃないか!」
一般人も巻き添えにするべく、さらに泥人形の数を増やす。
「うわああっ!」
「なんだこの泥!? 身動きが!」
「きゃあああっ」
俺は『流動する髄』が生み出す泥で兵士や男たちを拘束し、逃げようとする若い女性たちを全身くまなく泥まみれにし、チビッ子たちにはキラキラした泥団子をやんわり投げつけた。
「よし、逃げるぞー!」
ひとしきり好き勝手やらかした後、俺たちは白竜になったクーファに乗って逃げだした。
「そういう余計なことするから恨まれるんじゃないの?」
チェルトから手痛い一言をもらったが、これが遊ばずにいられるかと。
気絶しているアデルバートさんも連れていく。
今の彼を見てガルムさんがなんて思うかはわからないが、そこは親子の問題だろう。
ウィズヘーゼル跡へ立ち寄ったら、あとは教団の第二本部で引きこもる体制を整えるだけだ。
「――稀名」
なぜかクーファは、ローコクの上空でホバリングし続けていた。
顔にはしわが寄っていて、心なしか険しい表情をしているような気がする。
定員オーバーすぎるくらい人が乗っているけれど、それが原因ではないようだ。
それはあるいは、動物的な勘のようなものだったのかもしれない。
『しゅわしゅわ……(マスター、何か、不穏な感じがするぞ)』
『あるじよ、雷鳥に同意だ。胸騒ぎがする』
雷鳥と黒竜が、クーファと同じく嫌な予感を訴えた。
「俺は何も感じないけど、さっさと逃げたほうがいいのは確かだろうね」
「――上じゃ! 何か来ておるぞ!」
言われて、俺はとっさに夜空を見上げた。
「うおおおっ?」
それは空を滑る、いくつもの流れ星だった。
長い尾を伸ばして飛来するいくつもの白いような赤いような筋。
しかもどれもかなり大きい。
異世界の流星群は、こんなにスケールが大きいのか。
「すげえ」
突然夜空を彩った天体ショーに、俺はしばし釘付けとなった。
「昔、聞いたことがあります」
ネミッサは震える声でつぶやいた。
「長く尾を引く夜這い星は、不吉の兆候だって」
「こんなにきれいなのに?」
迷信じゃないのか?
だがじっと見ていると、それがおかしいことに遅ればせながら気づいた。
燃え尽きないのだ。
尾を引いてきらりと光って消える流星とは違う。
燃え尽きずに空を流れている――いや、落下しているんだ。地上に向かって、いくつもの星が。
「まさか、隕石!?」
ぱっと見でも二十個から三十個になるだろうか――いや、もっとあるだろうか――そのすべての星が燃えながら落下していた。
しかもその一つが、ローコクの方に、こちらに向かって落ちてきている。
「――逃げるのじゃ!」
クーファはとっさに銀細工を盾のようにして、それをいくつも何重にも作って自分や俺たちを包むようにした。
隕石は町の上空を通過し、飛んでいるクーファのすぐ横をかすめて、近くの森林のある平地に落下した。
暗かった夜にまばゆい光が閃いた。
衝撃波が空を裂き、風を切る音と爆発音がけたたましく轟き、爆発とともに大地がえぐり返る。
臓腑を叩かれるような轟音と衝撃に耐えながら、それでも俺はこんな時に少しだけ感動した。
「まさか、隕石の落下をこんな近くで見られるなんて」
「稀名、違う、あれ……」
チェルトが不安そうに隕石の落下地点を指さす。
大地がえぐられてできたクレーター。その中心には、二本足で立つ巨大な黒い人型の何かがあった。
「あれは……」
「まさかバディなのか!?」
頭に角のようなものもついている。
その巨大な動く物体に、心当たりのあるのが一つしかなかった。
バディ――教団が人工的に作り出した精霊。
「結界は魔法による侵入や攻撃は防げても、魔力の高いものが直接出入りするのは止められない」
隊長さんは俺たちに説明するように言った。
「我々が調べていたことで、確かな情報だ」
魔力の高いクーファが王都を襲撃するときこの国に入ってこられたのは、魔法を使わずに直接入ってこられたからだ。
それはわかるんだけれど――
「落ちてくるなんて滅茶苦茶な方法で、『門』を使わずに結界の内側にバディを侵入させたっていうんですか!?」
いや、違う。使ったんだ。はるか上空で『門』の魔法を。
結界に範囲があるのなら……横の限界が存在するなら、当然上の限界も存在する。そう考えるのが普通だろう。上空の範囲外のところに『門』を展開できれば、そのまま下へ、結界の内側へ落ちることも可能だ。
教団の雷侯派たちが、温めていたこの計画を強行したとなると――
「まさか――さっきの流れ星全部そうなのか!?」
あの流星群すべてがバディだったのなら――教団の計画は、雷侯パトリック・ラザフォードを失った今もまだ遂行されていることになる。
いや、正確には、パトリックを失ったことに気付かないまま計画が遂行されてしまった、というほうが正しいか。
「こんなタイミングで、計画の段取りが整ってしまったっていうのか……!?」
教団の定例集会で、雷侯がしきりに口に出していた『約束の日』。その計画がこの流れ星をトリガーとして実行されるものだとすれば――
「そうだろうな。ウィズヘーゼルの結界を破壊してバディを招き入れる方法とは別の――バディを国内へ招き入れるもう一つの方法がこれだったんだろう。おそらく教団の破壊工作の、最終段階」
隊長さんがうなずいて言った。
「その通りだ」
気絶していたアデルバートさんは、意識を取り戻した様子で答えた。
同時に、夜空にさらに異変が現れる。
中心――王都の方角だ――から光の柱が現れたと思うと、そこから黒いヒビのようなものが、空に張り巡らされ始めた。
空高い位置で生まれたヒビは、ドーム状に空を走りながら雲を貫き地上へと伸びる。
「なんだよこれ……!」
まるでいびつな鳥籠のようだった。
中心から地上へ向けて伸びる格子に黒いツタが絡まり合っているかのような、ドーム状の建造物。それがビルザール王国すべてを包んでいるように見える。
「――くっ、これ以上進めんようじゃな」
クーファは檻のようなヒビに阻まれて立ち止まった。
「黒竜」
『任されよう』
俺はクーファの全面に魔法陣を展開すると、『黒妖鱗』で巨大な黒い鱗の剣を作り上げた。
壁のようにそびえる中空の檻の格子に向けて何度か剣を振るうも、鳥籠の格子はびくともしない。
隙間はある。向こう側も見ることができる。
だが、その隙間から出ることはできないし、鳥籠を破壊することもできない。
「これって、もしかして――」
ネミッサは黒い鳥籠を凝視して呟いた。
「はははっ、わが同胞たちが、やってくれた!」
アデルバートさんは、立ち上がって狂ったように笑った。
何をどうやったのかわからないが、やはりこの鳥籠は教団の仕業らしい。
たしかに超巨大な建造物――と言っていいのかわからないが、とつぜんこんなものがひとりでに生えてビルザールほぼ全土を勝手に包むわけがない。
まるで牢獄のようだった。俺たちや民衆を外に出さないための牢獄だ。
多くのバディが降り立ったこの国から出られなくなってしまった。
「計画はすでに成っていた……! ならば私も役割を果たそう。ラーガ教団万歳!」
アデルバートさんは裸一貫でクーファから飛び降りた。
「アデルバートさん!」
クーファは地上からかなり上を飛んでいる。
しかも空間を固めることのできる精霊兵器は、俺たちがすでに没収した。自殺行為だ。
アデルバートさんは風に乗りながら、ローコクの町の中にある家屋に落下し、屋根に激突した。
生死は……ここからではわからない。
「もうパトリックはいないのに……何が計画だよ」
「――いいようにしてやられたのう」
クレーターの中心から、町に向かって歩き出すバディ。
それをクーファが銀の巨大な剣で切り刻み、炎のブレスで焼き尽くした。せめてもの当てつけだろう。
猛獣と一緒の檻に入れられたウサギになったような気分だ。
逃げられない檻の中で、バディは人と人の作った文明を破壊しながら、容赦なく暴れるだろう。
「あの檻の外側に設定した『門』も開かないみたいです。魔法での出入りも完全に不可能になりました」
ネミッサは光らない霊符を手にしながらかぶりを振った。
俺たちは、どうやら完全に檻の中へ閉じ込められてしまったらしい。
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