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90 夕闇の遭遇戦(3)呪の盟約

 ……凍ったのはパトリックの表面だけだった。『流動する髄』全体の活動を一気に停止させなければ、完全に動きを止めることは不可能か。

 パトリックは俺たち招かれざる客を排除するべく膨れ上がり、巨大化してそびえたつ。

 巨大化すると、鬼の角のような突起が額部分から二本生えてきた。


 月の光が目立ち始めると思ったら日はもう完全に沈んでいた。


 夕焼け空の残滓が残る藍色の空の下、周囲からの声援が響く。


「さすがパトリック様!」

「その新しい魔法で早く奴らを倒しちゃってください!」

「罪人に裁きを!」


 そのすべてはパトリック・ラザフォードへの声援だ。


「――耳があるなら聞いているだろう! お前らを応援したいものなど誰もいない! お前らは世の中に必要とされていない害虫だ! 害虫は速やかに滅ぶべきだ!」


 パトリックは俺たちを嘲笑しながら見下ろした。


 たしかに、彼らから見れば俺たちは極悪人なんだろう。


「けど、後ろめたいことなんてない。俺は胸を張って、お前と敵対する」

「――ならば悪人らしく倒れてもらおうか」


 『流動する髄』が濡らす地面から、成人男性ほどの泥の塊がいくつもむくれ上がる。

 泥はやがて二十人ほどのパトリックを形作った。


「クーファ、飛んで!」


 二十人のパトリックと巨大なパトリックから、同時に化け物の腕がこちらへ伸びる。


 黒の鱗で防御しながら、白竜になったクーファの上に乗って飛び上がった。


「――重いのじゃ。定員オーバーじゃ」

「耐えてくれ」


 クーファは俺たちを軽々と運んで上空へと逃れる。


 今のパトリックには氷も物理攻撃も効かない。


 ならばどうする。


「パトリック! なぜ国を滅ぼすような真似をする!?」


 考えろ。どうにか時間を稼げ。


「――滅ぼす? 違うな! これは再生のためのおおいなる破壊なのだ」

「炎で焼いてみます」


 ウルが『イグニッション』の炎をまとう。


「――わしのブレスもある。一気に蒸発させてみるかの」


 ウルの放った炎とクーファの吐き出した炎の息吹――それをパトリックは体を針金のように変形させて素早く動き、器用に直撃を避けた。


 とばっちりを受けて近くの家屋が燃え、石畳が融解する。


 人々から悲鳴が上がり、やじ馬たちが逃げるように散っていく。


「再生のための破壊って、どういう意味だ!?」


 炎もダメか。

 そもそも、少しくらい蒸発したところで『流動する髄』全体をどうにかできなければ意味がない。


 思いながら、俺は時間を稼ぐためにパトリックに叫ぶ。


 俺は小太刀を出し、自分に向けてそよ風を吹かせる。

 限界深域マージナルゾーンでの集中力と情報処理能力なら、打開策を見出せるかもしれない。


「――いずれこの国も、教団の作った人工精霊……バディによって危機的な状況に陥るだろう。国は国として機能せず、人々は陸地を跋扈するバディに見つからないように、ひっそりと暮らすしかなくなる」


 もしもの話か?

 結界がある限り、この国がバディに攻められることはないだろうに。


 ――いや、パトリックが城の地下でバディを作っていたように、もし国内に同じような施設があるなら……もし結界の内側でバディが大量生産されていたなら、それは可能だろう。

 ウィズヘーゼルの結界を破壊しようとしていたのだから、おそらくそれはないだろうけれど。


「――国が国として機能しなくなり人々が弱り限界がきたとき、私はバディを倒すために立ち上がるのだ。賛同する人々とともにバディを倒し、国の地域を救って回る。そうして、私は救世主となる。『まつろわぬ王と七人の家臣』の昔語りで、エールが人々を救うために立ち上がったようにな!」

「――!」


 一瞬、思考も言葉も止まってしまった。


「――そうしてバディを倒し、平和になった場所に国を作り、私が新しい王になる」


 自作自演で英雄になり、自分が王になって国を統治する。


 それが雷侯――パトリック・ラザフォードの計画か!?


 バディがあんなにでかく目立つように作ってあるのは、後処理を簡単にするためか?


「――稀名、早くなにか手を考えるのじゃ」


 伸びてくる無数の化け物の腕を回避しながら、クーファは俺に言う。


「もう少し待って」


 糸口はつかみかけている。


 ――必要なのは、一気に奴の質量を減らせるほどの大規模な一撃、そして弱ったパトリックを拘束しておける手段だ。


 前者はどうにかやれなくもない。後者をどうしようか……。


 ただそれ以上に、パトリックにちょっと文句を言ってやらなければ気が済まなかった。


「――精霊である私は永久に王として君臨し続ける。ただパトリック・ラザフォードがずっと生き続けていたら民に気味悪がられるだろう。仮面は『パトリック』という王が老けないことを隠すための材料の一つだ」

「馬鹿げてる、そんなの!」

「――かつてのエール王もそうだったではないか。民が限界になるまでラーガ王たちに搾取させ続けた。機をみてラーガ王を裏切り、民と一緒に革命を起こしてまんまと自分は王座についた。民が弱り切るまでエールはどうしていたのだ? ラーガ王たちと一緒に甘い汁を吸っていたにほかならないではないか!」

「だとしても今生きてる人たちをないがしろにしていい理由になんてならないだろ! 自分が王様になりたいだけの言い訳じゃないのか」


 パトリックの精霊化はすでに成っている。

 あとは破壊された世界に救世主として降臨するだけだ。


 あほらしい。

 そんなバカげた理由で、大陸中のいろんな人が苦しんでいたのか。

 こいつがいたから、俺やほかの四人は今までの生活を奪われて、こんな世界に連れてこられたのか。俺なんて犯罪者にされてるんだぞ。


「短い間だけど、俺はここの世界の人たちが生きているのを見てしまった。必死になって理不尽から抗ったり、どんな手を使ってでも何かを守ろうとしたり、助け合ったり、協力したり……そうやって生きている人たちを否定して何が王だ」

「――それが王だ!」

「それはただのエゴだろ! それに、精霊は長生きだって証拠はどこにあるんだ。長生きしたものが高い魔力を持って精霊になるってだけだろ。強制的に精霊になったところで寿命は延びるのか? 伸びなかったらどうするんだよ。寿命で死ぬだろ。癌とかで病床に臥せって普通に寿命で死ぬだろ」

「――戯言を抜かすな!」

「……ん? 待てよ。精霊?」


 ふと俺はあるものを手に入れていることを思い出した。


 こいつが精霊だとしたら――


 俺は鞄の中に入っているはずのものをガサゴソと探す。


「あった!」


 取り出したのは、古い羊皮紙だ。


「しゅわしゅわ?(何だそれは?)」


 しゅわちゃんが怪訝そうに俺が手に取ったものをのぞき込む。


 チェルトは何か気付いたようで、みるみるうちに顔が険しくなっていった。


「これが最後のピースだね」

「――で、どうやって倒すのじゃ?」

「やはり炎でやってしまおう」


 逃げるのはもうやめだ。


「まずはパトリックが逃げられないように囲む。……黒竜!」

「承知した」


 黒竜は大きいパトリックと二十体の小さいパトリックを囲むように、黒い鱗の壁を作り上げる。


「――壁で閉じ込めたところで無駄だ!」


 巻き込まれた人々はいない。

 そもそもウルたちの炎で、人々は散り散りに逃げていったのだ。近くにいるのはアデルバートさんくらいだが、しっかり黒鱗の壁の外側にいる。


 壁の高さは、かなり高めにしてもらった。

 大きいパトリックが余裕ですっぽり入るくらいはある。


「クーファ、銀細工で巨大な球を作って、それを自分のブレスで溶かすことってできる?」

「――やってみるのじゃ」


 クーファは銀細工で作った自分くらい巨大な球に炎のブレスを吐く。


 銀細工はやがて赤熱し、ドロドロに溶けた状態で球の形を保ち続ける。


 少し離れていても熱気が容赦なく肌を焼いた。


「――ほう、これはこれは」


 初めて見るものらしい。クーファは炎をはきながら、溶けた高熱の銀細工をうっとりするように見て感嘆の声を漏らした。


「――なんだと!? なんだ、それは!?」


 にわかに焦り始めるパトリック。逃げようとするが、遅い。


 クーファは溶けた銀の球をパトリックに放つ。

 パトリックは化け物の腕を伸ばして球を取り込もうとするも、クーファは巧みに操って腕を避ける。


「だが、そんなものでは、私は――!」


 球は逃げようとするパトリックを追尾し、巨大な胴体へと激突する。


 ――瞬間、膨大な量の水蒸気とともに爆発が起こる。


 すぐに距離を取るクーファ。


 大きなパトリックに銀の球は直撃し、爆発で小さいパトリックが蒸発して吹き飛んでいく。


「水分が、はじけた!?」


 驚くネミッサに、俺はうなずいた。


「水蒸気爆発だよ」

「よくわかりません!」

「えっと、そうだな、熱した油とかに水を入れると起こるような現象、かな」


 ほとんどが水分だって本人から教えてもらったからね。


 高い黒鉄の壁のおかげで、火山が噴火したかのように水蒸気が立ち上る。


 クーファが爆心地に降り立つ。


 爆心地はまだ熱い。

 ウルが『ウインドブロウラー』で余計な湯気を吹き飛ばした。


 俺は裸足なので地上には降りられない。やけどしちゃう。


 クーファの背中に乗りながら、俺は残った『流動する髄』を確認した。


「……やはり再生しようとするか」


 大部分が水蒸気になってはじけとんだ。

 飛び散った泥の生き残りは、再生しようと中心に向かってひとつに集まるべく流動していた。

 湯気を上げながら、ゆっくり中心部へと移動している。


「えっと……」


 俺は羊皮紙を取り出して、そこに書いてある文面に目を通す。

 ネミッサの講義のおかげで、少しは魔法師の文字も読めるようになった。


「――それはなんなんじゃ?」

「スミラスクで手に入れた『精霊兵器』のレシピだよ」


 私兵団のティーロさんが、スミラスクを守るための戦力を増強しようとして、どこからか手に入れたものだ。

 今思えば私兵団同士のツテとかだったのかな、と思ったりする。


 精霊兵器のレシピには、こう書かれている。


『「しゅの盟約」で精霊兵器を作り出すためには、以下の条件を満たす必要がある。


 一つ、精霊が抵抗できないほど弱っているか動けないでいる

 一つ、精霊の真名かその一部を知っている

 一つ、月の光が強い夜に行う

 一つ、兵器化させる物は、術者の持ち物を用いる』


「いや、今日はいい月夜だね。そしてここに弱っている『精霊』がいる。さあどうしようか?」

「――悪魔じゃな」

「今までさんざんやってきたことだ。自分がやられても文句は言えないよね」


 この羊皮紙によると、精霊兵器は『しゅの盟約』という魔法師マホツシの魔法で作り出せるらしい。

 どうやら持ち物に精霊の名と『呪の盟約』の口上を刻む必要があるようだ。


 精霊兵器が完成すると、それは術者の意のままに操れる。

 そこに精霊の意思はなく、抵抗も許されない。

 完全に精霊の自由を奪って、能力を発揮するだけの兵器と化す。


 そんなひどいものを……人工精霊になったパトリックにやってしまおうというわけだ。


「しかし、術者の持ち物か。俺の持ってるものなんて服くらいしか――」


 言いながら鞄をがさごそと探る。


 いや――あった。


 一番うってつけのものがあった。


 でも、使うのか、これ・・を。

 せっかく今まで大事に持っていたのに。


「ネ、ネミッサ、何か持ち物ない?」

「私の持ち物でやる気ですかっ? いやですよ、だって合体したら泥まみれになっちゃうじゃないですか!」


 だよね。


「あいにく私も服くらいしか無駄にしていい持ち物がありません」

「ウルの着ている服を泥だらけにするわけにはいかない」


 いや、流動しない一般的な泥にならおおいにまみれてもらってもかまわないけどうふふ……ってそんなことを妄想している暇はない。


 早くしないとパトリックが元に戻ってしまうかもしれない。

 弱っている今がチャンスなのだ。


「じゃあ俺の持ち物を使うよ」


 俺は泣く泣く鞄の中に入れていたゲームのコントローラを取り出した。

 この世界に召喚されたときに偶然持っていたものだ。


 ワイヤレスだから壊れていない。確かめるすべはないからじつは壊れているかもしれないが、見た目はなんともない。

 だからこそ惜しいのだ。


「では私がナイフで文面を刻みましょう」


 俺はネミッサにコントローラを渡した。少し手放すのをためらったけど、仕方がない。


「へえ、すごいですね、これ。どんな素材でできてるんです?」

「プラスチックです」

「へえー」


 ネミッサは感心しながら物珍しそうにコントローラを撫でたりして観察した。


「それで、名前は『流動する髄』ですか? それとも『パトリック・ラザフォード』ですか?」

「どっちだろうね。パトリックが本体だからパトリックかな? でも内訳としては『流動する髄』の割合の方が大きいし……」

「よくわからんならどっちも書いとけ」


 コルからアバウトなアドバイスをもらった。


 刻まれた名前は、『バディ』『流動する髄』『パトリック・ラザフォード』そして『流動するパトリック』。

 数撃ちゃ当たる戦法だ。……って、てきとうだなおい。大丈夫かこれで。


「えー、我、神無月稀名は、いにしえの理にもとづき、かのものを永久とこしえにそこへと縛らん」


 宿しゅの盟約にも似た言葉の魔法を唱えると、コントローラに刻まれた文字が光りだす。

 光った名前は『パトリック・ラザフォード』で、ほかの名前は光らなかった。真名はパトリック・ラザフォードで間違いないだろう。


 そして俺は最後の後悔をした。

 精霊兵器にコントローラを使うという提案をしてしまったことの後悔だ。


 もとの世界にいた大事な証拠を使ってしまうのだ。帰れるかもしれないというわずかな期待を俺はこのコントローラとともに共有していた。

 それも終わりだ。

 ……いい加減未練は断ち切ろう。

 さようなら世界。こんにちは異世界。


しゅの盟約よ、く成せ」


 最後の言葉を紡ぎ終わると、周囲に散っていた泥がコントローラに集まり、一つに融合した。


 精霊パトリック・ラザフォードを封じた精霊兵器の完成だ。


 表面の所々がどろどろべたべたのそれを手に取って、俺はようやく息をついた。


 黒竜が鱗の壁を解除してくれる。


「稀名さん大変です!」

「どうしたのネミッサ」


 まだ何かあるのか!?


「アデルバート様が!」


 見ると、氷のオブジェの中でアデルバートさんが酸欠によって氷の内壁に寄りかかるようにして気を失っていた。


「ああ、ちょうどいい。氷を解除して今のうちに精霊兵器を奪っておこうか」


 しかしようやく、この長い一日を終わることができる。


「とにかくお疲れであったな、あるじよ」

「しゅわしゅわ!(ゆっくり休むがよい)」


 全然疲れていない様子の黒竜としゅわちゃんが俺をねぎらってくれた。

 いや、俺も途中から人に指示してばかりだったけれど、それでも疲れたな。


 人の目を盗むようにして、チェルトが俺のそばにやってくる。

 チェルトは俺と目を合わせず、少してれながら一言。


「……お疲れ様、稀名」

「チェルトもよくがんばってくれたね」


 俺はチェルトたちと笑い合う。


「せっかくだしおいしいもの食べに行きたいなぁ」


 でも金ないし、隊長さんにおごってもらおうかな。


 などと考えていると、


「稀名君!」


 レルミットが猛スピードで駆け寄ってくるのが見えた。


「終わったのか? 神無月君……」


 遅れて隊長さんもやってきて、俺に尋ねる。


「はい」


 頷きながら、俺はこっそりとコントローラを鞄の中にしまって言った。


「パトリック・ラザフォードは俺がこの手で殺しました」

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